お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第9話 自立と成長

家に帰って一応メロンに今日の事を報告することにした。
報告の義務はないのだが、メロンの正体をばらしているわけだし、神の存在も教えてしまったので。
「お気になさらず。第一勇者様ご本人が私の事を疑っておられるわけですし、寧ろ我々天使と主の存在を他言されたという事は、信用をされたと言う事にもなりますし」
「いや、そうなりはしないけどな」
「残念です。ところでその方は、勇者様のパーティに加入なさったと言う事でよろしいのでしょうかね」
「パーティってな」
「共に魔王討伐を誓い合ったのでしょう?」
「俺は誓ってない。ただ紗凪さなぎが乗り気なだけだ」
「その紗凪様のご職業はなんでしょうね」
「女子高生だけど。後はカラオケ屋でバイトしてる」
「戦力にならなさそうですね」
「そりゃそうだろ。ただの女子高生……あ」
「あ?」
「そう言えば、空手部に入部しに行ったわ」
「という事は武闘家ですね。良き仲間を手に入れられてさぞ心強いでしょう」
「あのさ、紗凪の行動に神様の神通力的な何かが働いているって訳じゃあないよな?」
「そのような事は決してありません。何せ魔王によってバグらされた世界では、我がしゅはこの世界にいずることすら難しいのです。この世の何かを媒介にして、時間制限つきで行動する事になりますから」
「ならいいんだ。もしも神様が人の行動にまで勝手に干渉できるなら怖いなと思ったし、俺の所為で紗凪が興味の無い武道を無理矢理やらされているなら即刻辞めさせるべきだと思ったけど、そうでないなら」
俺は制服をハンガーにかけて布団に胡坐あぐらをかいて座った。
「しかしながら紗凪様はどうして乗り気なのでしょうね。肝心要の勇者様がこの為体ていたらくだというのに」
「なんでも母さんの完璧な主婦力と女子力に打ちひしがれて気が狂うかも知れないから、居ない方がいいんだと」
考えてみたら凄まじい発言と動機だよな。自分の母親殺した犯人の供述がそれだったら俺は狂乱するだろう。
「なるほど、応分の動機があったわけですね。人間的な原動力が彼女には存在するわけですね。理由なき討伐が出来ないと言っていた勇者様とは逆ですね」
すまないジェームスディーン。なんかメロンがアンタの名曲っぽいセンテンス使い初めた。
でも、実際俺と紗凪の大きな違いと言えばそこだ。勿論そもそもこいつら本当に善良なのかっていう疑念は払拭出来てないから、それも大きな割合を占めるが。仮にこいつらの言う事が100%真実だとしても、なら魔王としての自覚の無い母さんを殺せるかとなると、それは不可能だ。動機が無さ過ぎる。
「勇者様も理由があれば討伐をしてくださるのでしょうかね」
「ちょうど今俺もそれを考えていたんだけどな。なかなか無いよ。殺すほどの動機なんて」
「殺すほどと考えるから無いのではないですか? 例えば、少しだけ魔王の言動に怒りを覚えた事はありませんか? 私があおって差し上げますよ」
こいつ急に堕天しないだろうな。考え方がまるでサタンだ。
俺は天井を見上げた。
激甘に育てられて、何不自由のない暮らし。勉強やりなさいと言うお決まりの文言もない。
「怒りが難しいのなら、何らかのはずかしめを受けた事は?」
「辱めか……」
――ある。
「一回だけあるわ」
「おお! それは一体どんな」
「初めて一人エッチしたその次の日、朝から赤飯炊かれた」
無音の空気が肌に触れた。
言った事に対して何も返されず、急に羞恥心しゅうちしんが湧いてきた。
「おい! なんか言えよ! 引くなよ!」
「いえ、引いていたわけではありません。ただ、言葉もないと言いますか。どれほどのダークエピソードが飛び出すのかと期待し過ぎた所為で、何とも肩透かしを食らった気分です」
「俺からしてみれば凄い辱めなんだよ!」
「どこがですか。母が息子のムスコの自立と成長を喜ぶのは当然の事なのでは?」
「立つの意味が違ぇえ! 後、成長の意味変わるからやめろ!」
――ガタンッ。
不意に物音が聞こえ、振り向く。
そこには母さんが手で口を押さえて立っていた。先の音はお盆とプラカップが落ちた音だった。見るとカップは二つで、入っていた液体をフローリングにまき散らしていた。
燈瓏ひいろうちゃん」
俺の名を呟き、その場で崩れ落ちる母さん。
今にも泣きそうな顔をしている。
これは、完全に見られたようだ。
このメロンとの会話を。
どう説明したものか。
「母さん、驚かないでくれ」
俺は立ち上がり、ティッシュでフローリングに零れた液体を拭く。麦茶だ。俺とその話し相手に持ってきたんだな。
カップをお盆の上に置く。
「実はこの前送られてきた夕張メロン、メロンじゃなくて感情認識メロン型ロボットだったんだ」
その言葉に目をぱちくりさせて俺とメロンを交互に見る母さん。
「ほら、携帯ショップとか行くと、ロボットが話しかけて来るだろ? あれのメロンタイプなんだこれ」
「そ、そうなの?」
まだ信じられないと言った様子だ。
「試しに話しかけてみるよ。ヘイ、メロン」
「いやちょっと言っている意味が解りません」
「そこは合わせろよ、馬鹿! 空気の読めないメロンだな!」
「人間特有の意思疎通を求められても応えられません」
俺が折角即興で考えたストーリーを一瞬で台無しにしやがって。
しかし母さんを見ると微笑んでいた。
「ふふふ。良かった。そう、ロボットなのね。話し声が聞こえたからお友達が来ているのかと思ったら、メロンと話しているじゃない? 私、自分の頭がおかしくなっちゃったのか、それとも燈瓏ちゃんがおかしくなっちゃったのかって物凄く混乱しちゃった。あー、びっくりした」
得心とくしんした母さんはお盆を持って部屋を出て行く。
「麦茶拭いてくれてありがとう。新しいのを持ってくるわね」
笑みを残して去って行った。
俺はメロンを見やる。
「お前な。なんであんな時だけ律儀りちぎ俗世ぞくせの事がわからなくなるんだよ。出会った時から横文字ずっと使っていただろうが」
「知識として勿論ロボットという言葉は知っていますよ。現世に来るにあたって、この世の知識はなるべく知っておいた方が良いだろうという事で、インターネットにアクセスしてそこにある全ての情報を得ましたから。しかしながら、空気を読む、というのは知識がいくらあっても出来ない事ですからね。今後ともそう言った事には対応出来かねます」
これじゃあ本当にロボットみたいじゃあないか。逆に役作りする必要が無くていいか。
「それにしても、魔王は納得しているようでしたが、私が天使であることに気付いていたとしたら、もう命は無いでしょうね」
「お前が天使であるかの前に、そもそも母さんは魔王である自覚が無いんだぞ」
「その無自覚すら演技ならばどうでしょうか。そして今のロボットとしての納得も演技なら。きっと勇者様が居なくなったら、私は8等分くらいにカットされて食卓に上るのでしょうね」
「そんな風に不安を煽ってきても、絶対に学校には連れて行かないからな」
「残念です」

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