オウルシティと傷無し

詩一

story:19 分からねえだろ

莉々りりはそれから数日間、口を開くことはなかった。
それどころか飯も食わない。お菓子も食べないし、ジュースも飲まない。色々と思い出しているんだろう。処理しきれるわけないよな。やっぱ想が言う通り、俺は酷なことをしているんだな。だからってこのまま放って置いたら餓死しちまう。

「なあ、莉々。俺はお前のワガママを何でも聞く。何でも買ってやるし、何からでも守ってやるし、なんだって見せてやる。だから、一個だけ。たった一つだけ俺のお願いを聞いて欲しい」

俺は膝立ちになって、ソファに座った莉々を見上げた。

「生きてくれ」

ほんの少し、瞳孔がせばまったのが解った。眩しいものを見た時の反射的に起こる現象。ようやくその時瞳に光が映ったように見えた。あの時開くことの無かった姉貴の眼がそこに在るように感じた。7年ぶりに感じる家族という存在に、胸が熱くなる。なんか、莉々の事件を追い始めてから、やたらと姉貴のことを思い出すな。と考えていると、莉々は俺の顔を不思議そうに覗き込み、人差し指を曲げて、俺の目尻にあてがった。

「あ」

いつの間に涙が流れていたのか。

「悪い」

この前守ると言ったばかりなのに。今ワガママを全部聞くって言ったのに。自分がこれじゃあな。でも止まってくれない。ただただ流れていく。
結局俺は、俺が救われたいが為に、手っ取り早く自己肯定したいが為に、莉々を守ろうとしただけだったのか。なんてズルい奴だ。こんな子供を利用して。

項垂れていると、頭に何かが乗った感触があった。それは莉々の手だった。
ゴシゴシと擦るようにさすられる。

「お兄ちゃんのお名前は?」
「……ゼン」
「じゃあゼン。これでおあいこだよ?」

俺が顔を上げると、莉々はビクッとしてから、視線を彷徨さまよわせ、やがて落とした。

「ゼンは、悪い人じゃないね」
「……そうか?」
「うん。あの人がうそを言ったんだね。きっと」
「そうか」
「ゼンは、あたしがごはんを食べなくて泣いたんでしょ?」
「ああそうだ」

自分の抱えている問題の大きさのせいで食事が喉を通らない、声を発せない、そんな状態でも、目の前に泣く人が居たら自分のことなんてそっちのけで手を差し伸べることができる。本当に本当に本当に、優しい無垢むくな子じゃねえか。周りの奴らがまともだったら、フォルトレスにも人殺しにもなってない。莉々は全く悪くない。こいつが死んで良かったと思える世界なんて、間違ってる。

「ママはね。パパにきらわれるから太っちゃだめよって言ってた。だからもっとほしいって言っても、なにもくれなかったし、あたしが食べないって言うとよろこんでくれた。でもママはあたしの言うことをしんじてくれなかった。それがとってもいやだった。ゼンはあたしのことをしんじてくれるの?」
「信じるさ」
「なら、ごはん食べるね」

莉々の微笑みに、全てが救われたような気がした。俺は、この世にはまだこんなに幸せなことがあるんだということ知った。生きて欲しい人が生きてくれる。生きようとしてくれる。それがどれだけ尊いものなのか。人殺しじゃあない奴になんか、どうせ分からねえだろと思った。

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