オウルシティと傷無し

詩一

story:08 こんな苦いもん

施設から返された姉貴は、衣服を着ていなかった。ほとんど皮だけであばらが浮いていた。衣服を別で渡されたが、硬直した体をどうやって動かしていいかもわからず、ただ体の上に乗せて、「ごめん」とだけ呟いた。その時初めて、自分の声が掠れているのに気が付いた。

姉貴の葬儀の時、珍しい奴が顔を出した。

「久しぶりだな」

親父だ。俺は挨拶の代わりに問いを返した。

「なんで母さんの時は来なかった」
「そりゃあ、色々あるんだ。こっちにも」
「ならなんで今回は来た」
「自分の娘だぞ?」

今更父親面しやがって。
なんでお前が生きているんだ。
そもそもお前がクソ親父じゃなけりゃ、離婚もしてねえ。母さんは溺れてねえし、姉貴も施設に行ってねえ。
そう食って掛かりたかったが、その時の俺は虚脱状態で、それ以上会話を続けることはできなかった。

葬式が終わったあと、親父は俺のところに来て済まなさそうな顔をして手を合わせた。

「わりぃが、ちぃとばかし、貸してくれねぇか?」
「どうして」
阿弥奈あみなが死んじまって、誰も金をくれなくなっちまったからな」
「あ? じゃあ、今まで……?」
「ああ、あいつは困った人間に手を差し伸べることができる、良い子だった」

俺はそれ以上何も言うことができなかった。ただ目の前の男が何を言っているのかを理解してやるのに精一杯で、にもかかわらず絶対に理解したくなかったもんだから。

こいつは人間なのか?

そんな思考の外で、親父は俺が持っていた香典こうでんをひったくるように掴んで、にやにやっと笑った。

「へへ、わりぃな」

信じられないほどの嫌悪と空虚に見舞われて、怒りは湧いてこなかった。
その日家に帰って、姉貴が吸っていた煙草を吸ってみた。思いっきりむせて、涙が出た。床に落ちた透明を見て、そういや姉貴が死んでから今まで泣いてなかったなと気付いたら、今度は溢れて止まらなくなっちまった。涙と鼻水の洪水の中、煙を吸ってゲホゲホ吐いた。

「こんな苦いもん吸ってたのか。姉貴も母さんも偉いな」

暗闇に沈んだ部屋の中。返ってくるのはいつの間にか降り出した雨の音。と、アスファルトに張り巡らされた水の上を、車が行き交う音。

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