オウルシティと傷無し

詩一

story:06 能力もねえのに

葬儀屋の爺さんが駅でタクシーを捕まえてここまで来ることになった。
それを待つ間、未だ漂う鉄の焼けた臭いを嗅ぎながら、壊れたマセラティの状態を確認していた。足回りとエンジン系は大丈夫だ。ただオープンカーが更にオープンになっただけで。

「これ保険降りるのか?」
「無理でしょうね。説明できます? バカでかい刀で薙ぎ折られたって」
「できねえし、恥ずいよな。絶対保険屋に白い目で見られるわ。あー、クソ」
「車で行くのに悪い予感はしなかったって言いませんでした?」
「ああ。だがあのセダンの後ろに付いた後、ずっと嫌な予感がしてた。まさかこうなることへの危険信号だとは思わなかったわ。完璧じゃあねえな、俯瞰的直感オウルシティも」

車の中に置いてあるコルトガバメントのマガジンをジャケットのポケットに突っ込む。

「そう言えばお前、よくあの状況で嘘付けたよな」
「拡大解釈ですけど、実際未来予知みたいなものでしょう? それにその方が今後手を出しにくくなるでしょうし。一石二鳥ならその先に鬼が居ても石を投げますよ」

相変わらず人を食ったような野郎だ。

「何の能力もねえのに、よくやるよ」
「ゼンさんが味方であることがもう何にも代えがたい能力みたいなものですからねえ」
「その唯一の能力である俺が動けなかっただろうが」
「いいえ。ゼンさんが銃を構えていてくれてなかったら、問答無用でぶった切られていましたよ。やはり渓谷然壽けいこくぜんじゅの名は伊達だてじゃあないなあ」

いつにも増してにやにやしている気がするな。何もかも上手くいった時みたいに。

——あ。

「お前もしかして、俺の情報カサブランカに流したのか」

そうが俺の顔をぎょっとした顔で見て、それから嬉しそうに笑った。

「おお!? やっぱりゼンさんは勘が鋭いなあ!」

俺は天を仰いで大きくため息を吐いた。
マジかよ。味方の情報を売るか、普通。

「まあまあ。恐れられていた方が敵も近寄りづらいでしょう? 情報戦って言うのは徹底的に情報を守るだけじゃあないんですよ。相手を騙す為に虚実織り交ぜてやるのが一番効果的なんです。例えばネットの掲示板にもわざとツァルの悪口を書いてみたり。悪口に賛同する人たちを結集してSNSでグループを作ってみたり。それで数日後にそのアカウント消してみたり。殺されたんじゃあないかとかいう噂を立ててみたり。……その殺し屋はどうやらとんでもないフラグメントを持ったオッドシーカーで、超絶強いっていう情報だけを流せば、あとはゼンさんの実際の仕事ぶりが後押しして、カサブランカのネットワークに引っ掛かる頃には都市伝説級の無敵最強戦闘人間にしたて上がっているわけです」
「戦闘人間ね」

俺はCABINキャビンを咥えて火を点した。

ビターチョコレートのような味わいが口に広がり、ほのかに甘い香りが立ち込めた。初めて口にした時は、ただ苦かっただけだ。姉貴はよくもまあこんなものを吸ってるな、偉いなと思ったもんだ。このフラグメントだって、姉貴がフォルトレスになった時に得た副産物だしな。姉貴からはいつも貰ってばかりだ。そうか、あれがあってから、もう7年も経つのか。ああ、そうか。跳浦莉々はねうらりりの顔、どこかで見覚えがあるなと思ったら、あの時母さんが助けたガキに似てんだな。雰囲気ってーか、幸薄そうな感じが。

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