オウルシティと傷無し

詩一

story:03 ガキじゃねえか

信号待ちの間に、そうは弄っていたタブレットの画面を俺に向けた。

「今回のフォルトレス。跳浦はねうら莉々りりです」

丸い金縁のサングラスをずらして画面を見る。そして疑うように、助手席で薄笑いを浮かべる想を見た。

「まだガキじゃねえか」

跳浦莉々と書かれた名前の上にある少女の顔写真は、小学一年生になるかどうかというようにしか見えなかった。フレームアウトしているが、恐らく肩の下あたりまで伸びた艶々の黒は綺麗なストレートで、前髪はパッツン。おまけにおしろいでも塗ったかのように白いキメの細かい肌。まるで人形のようだなと言う月並みな感想が浮かんだ。こんな顔を昔どこかで見た気がするが、引っ掛かって出てこない。こんなガキの知り合いはいないはずだから、ただの気のせいかも知れないが。

俺が煙草を銜えて火を点けると、想は断りもなく、車のオーディオ機器のUSBポートにタブレット端末のコードを伸ばし、充電を開始した。同時に、音楽がシャッフルで流れ始める。聴き覚えはあるが、曲名不明。多分、いつも想が勝手に流しているから覚えているだけだろう。

foxフォックス captureキャプチャー planプランです」と勝手に説明し始めたから、サングラスを掛け直しながら興味なさそうに「聞いてねえよ」とだけ返した。なのに想は、満足そうに目を細めた。

信号が青に変わる。想から目を切り、アクセルを踏み込みながら問う。

「そんなガキにまで“欠落無くしラックスレイカー”は手を出すのかよ」
「“欠落無くし”の発生については不明ですからね。ただ、絶望の淵に現れるとは言われていますが」
「そんなうら若き過ぎる乙女にいったいどんな絶望があったんだよ」
「跳浦莉々は交通事故で両親を亡くしました」

煙草の煙を吐き出して、ドリンクホルダーに置いてあった缶コーヒーを手に取り、すする。べたべたに甘い。

「そしてその車に乗っていた跳浦莉々は無傷でした。これに目を付け、アプローチを仕掛けたのが政府です。事故発生当日にマスコミの報道が一切なかったので間違いないと断定しています。その間に“偽無にせなし”の真眼まがんでフォルトレスかどうかを見抜いた。そうして彼女を完全に手に入れた後で、マスコミへのプレッシャーを解いた。マスコミはこぞって彼女の奇々怪々ききかいかいさらし続けた。政府の管轄かんかつから外れても、マスコミが張り込み、近隣住民も注意を向けますから、我々も容易に近づくことはできないという段取りです」
「なるほどな。で、莉々は一体どんな欠落を無くしたんだ?」
「傷です。傷付くことができないから、両親が共に即死するような事故にもかかわらず、彼女は無傷だったわけです。ですので“傷無きずなし”と名付けられました」

微かな違和感。V8のエキゾーストノートだけが鼓膜を揺らす。

「ん……おいちょっと待て。それはつまり両親を亡くしたタイミングで既にフォルトレスだったってことじゃあねえか。辻褄合わねえよ」

想は、大袈裟に肩を竦める。

「そうですねえ。合いません。ということは二人が死ぬ前から既にして絶望的な状況に追い込まれていたということになります。先ほど見てもらったバス焼きのニュースに因果関係を求めるならイジメの線が考えられますが、決定的な証拠はありませんし、ただのブラフかも知れません。憶測に憶測を重ねては、全てが邪推じゃすいになり真実が有耶無耶うやむやになってしまうのでやめましょう。今はその合わない辻褄を合わせている時間では有りません。彼女がフォルトレスという事実だけを追い、一刻も早く、政府から引き離さなくてはいけない。政府が今後跳浦莉々をどう使うのか分かりませんが、現段階で既にまともではない使い方をしてします。更なる被害の拡大の前に奪取してしまいましょう」
「奪取つったってそう上手くいくかよ。政府がかくまってんだろ?」
「ええ。取り敢えずは慈善福祉事業団体の児童養護施設という名の隔離施設に預けているでしょうから、その間は手を出せません」
Casablancaカサブランカには手を出すなって、誰かが言ってたな」
「うちの所長ですよ。それ」
「そうか。で、どうすんだよ。政府とマスコミの目をごまかして、カサブランカまで相手にするなんて器用な真似、できねえぜ?」
「今回のバス焼きが跳浦莉々の私怨によるものなのか、はたまた政府やカサブランカの思惑があるのかは分かりませんが、彼女に目を付けた企業はいるでしょう。だとすれば、割と早い段階でその企業がアプローチをしてくるはずです。そしてそのタイミングなら、企業との癒着を知られたくない政府が、マスコミを封殺しているはずですから、カサブランカの手を離れた所を狙えば、両方面の死角の中で奪取できます」
「上手く奪取できたとして、そのあとはどうするんだ?」
「適材適所を見極め、その人物が能力を活かせる職場を提供するのが人材派遣会社としての務めですが、彼女の場合はまだ幼いですし、これ以上問題を起こす前に殺す以外に手段はないでしょう」
「殺す、つったって、傷がつかねえんだろ? なら無理だろ」
「殺せないものを殺すのがゼンさんでしょ?」
「勝手に俺を人外にするなよな」

前方から目を切らず、多分薄笑いを浮かべながら俺の横顔を見ている想に、ふと疑問を投げかけた。

「なあ。さっき、早い段階で、って言っていたよな」
「はい」

俺はサングラス越しの視線で斜め前の車線を行く車を指した。

「例えば不自然にフルスモークの高級セダンに乗せられて、もう既にドナドナの最中ってことはねえのか?」

想はタブレットのカメラをセダンに向けてシャッターボタンを押した。何やら操作しながら問い返してくる。

「ゼンさんの俯瞰的直感オウルシティでは見抜けませんか?」
「俺のは自分の身に降りかかることしか分からねえ。というより、具体的に解ったためしはねえよ。今のも何となく嫌な予感がしないでもないってレベルだ。だから誰が乗っているかなんてところまでは分からねえ」
「僕からの仕事の連絡は解るのに」

残念そうにため息を吐いたあと、タブレットを見て「ビンゴ」と呟いた。

「カサブランカの所有する車ですね。阜良亜ふらあさんが引っ張ってきました。追えますか?」
「追えるが」

右ウィンカーを出して、ターゲットの2台後ろに入る。

「手を出すな。なんだろ?」
「カサブランカから離れて相手方に渡った瞬間に皆殺しにしましょうねえ」
「大丈夫なのかよ」
「上にはあとから話を通しますよ」

相変わらずの微笑みを浮かべたままだ。

「悪い奴だぜ、まったく」

煙を吐きながら、煙草を消した。

「ええ悪党です。巨悪の不義ふぎをぶちのめす、正義の大悪党」

へらへらと、特に表情は変わらない。まあ、そうじゃねえと務まらねえわな。想が上手くやるってのなら俺もやるしかない。だが行動するにあたって一つ気掛かりがあった。

「てーか、元々は葬儀屋の爺さんを迎えに行くところだったんだよな?」
理三郎りざぶろうさんには、駅のカフェで待っていて貰いますよ。今から連絡します」

想は、またタブレットの操作に戻った。先のようにメールを送っているのだろう。

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