オウルシティと傷無し

詩一

story:02 じゃあどういう

風が走って、額に被った前髪をかき上げ、後ろに流していく。耳に掛かっていた髪もその裏側でスネアドラムの様にシャリシャリと音を立てている。風を浴びて、切るように走る。この感じが好きだ。

——MASERATIマセラティ GranCabrioグランカブリオ MCマセラティ・コルセ……。

四人乗りできるオープンカーを探していたらこいつに行き着いた。そうは目立つとか言っていたが、そんなことはない。だって黒だぞ。黒色でシックに決めてんだ。落ち着いた大人って感じがするだろ。どう考えたって黄色のVitsヴィッツの方が目立つ。黄色だぜ? 黄色。赤信号の次に目立つじゃあねえか。

ツァルの事務所があるビルの前の歩道横にマセラティをピタ付けすると、ガラスの向こうのロビーから男が歩いてきた。細いアーモンド形の瞳と目が合う。緩くウェーヴ掛かった黒髪が耳に被るくらいのところで切りそろえられている。ふんわりとボリュームのあるボブが、歩くのに合わせて揺れる。ダークグリーンのビジネススーツに白シャツ。襟にはモカブラウンのネクタイ。ナイロン地のビジネスバッグ。へえ。秋っぽくて良い取り合わせだな。今度真似してやろう。にしてもこれから動くかも知れねえのに、いくら仕事中とはいえビジネススタイル過ぎるだろ……ああ、さすがに靴は歩きやすさと安全性を考慮して安全靴か……ってダセェ!

「どうせならヘルメットも被って来いよ」
「何のことですか? 今日はそんなに危険な仕事になりそうなんですか?」
「それを決めるのはお前だろうが」
「そうでしたね。でも僕が安全な仕事を選んだところで、向こうから危険が迫ってくることもありますし、そういった意味合いで言えば、ゼンさんが安全だと言ってくれた方がよほど信憑性が高いですから」

想は左側のドアを開けて、助手席に腰を下ろした。

「やっぱり目立ちますよ。この車」
「アホ言え。黒だぞ」
「いや色の問題じゃないんですよ」
「じゃあどういう」
「えーんーじーんーおーん!」

俺はそれに応えるようにフォオン! っと一度だけアクセルを踏んだ。

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