勇者が世界を滅ぼす日
女神の祝福
もう時間は過ぎている。
天地創造のスキル効果は切れているが、女神の御力はそのまま変化がない。それに天地創造でおきた天変地異もいぜんとしてそのままだ。
「え? え? うそ……し、しっぱいした?」
「くくく……浅はかな作戦だったな……黒い魔女よ……アイリスは女神と一緒に力に飲まれた! このまま世界も飲まれてすべてが終わるのだ‼ あーははっはははっは!!」
狂ったように笑い転げるフレイヤは、もう終わりだと告げる。そして造物主であるにもかかわらず悔しさを隠すようでもなく地面を殴りつける。
「くそぉがぁあああああああああああああ!!!!!!」
そんな全員が絶望に涙をこぼし、膝をつく中、クリスティアーネはゆっくりと壇上へと近づいていく。その顔は特に表情はない。
目を隠し、子を宿したお腹が重そうだったが、その冷静な彼女の様子。リーゼちゃんという子を抱きとめている姿はまさに聖母のように見えた。
すべての人々が絶望する中で、それはまさに救世主の様だ。遠巻きに観客席からミザリが呟く。
「救世主……どうか……どうかお救いください」
クリスティアーネは壇上を上り詰め、光の間近で止まる。そしてリーゼちゃんに何かを話しかけている。すでに距離を取っている他の人にはそれが聞くことができなかった。
そして抱いていたリーゼちゃんを光の方へすっと差し出す。
「なにを……!? 赤ん坊を生贄にする気か!!」
そう蔑む人もいた。その行為にどよめきが起きる。しかしクリスティアーネにとってはこれが予定通りであった。
これを読み切ってリーゼちゃんを連れてきていた。
リーゼちゃんが大きく息を吸い込む――
『霊魂喰らい!!!!!!!!!!!!!!!!』
近くにあった拡声魔道具の所為で、彼女の声が会場中に響き渡った。そしてじじじっと干渉に反発するように、電撃のような現象が起きた次の瞬間――。
ごぉっとものすごい轟音と共に女神の御力が、リーゼちゃんによって吸い込まれていった。
「あの赤ん坊が女神の光を吸っている⁉」
「嬰児か! まさに天使だ!!」
この得体のしれない事象に恐怖を隠しきれなかった観客からは、少しずつ期待感の声が上がっていた。まさに世界を救うのがこの小さな赤ん坊なのだから、その期待感は計り知れない。
「ケケケ! さぁ我が娘、リーゼちゃん! いくのだわ!」
「「「リーゼちゃん! いけぇえええ!!!」」」
シルフィやアミたちも、まさかここでリーゼちゃんを使うとは思っていなかったようで、驚きと共に期待した。彼女がまさに勝利へのカギだったのだ。
赤ん坊を戦場へ連れていくと言えば大反対されることがわかっていたので、完全にクリスティアーネの独断だった。
みるみる女神の光を吸い上げ、魔力渦がおさまっていく。それらが霧散していくと、周囲は天変地異によってできた氷の塊が複数できている。
魔力渦の霧散と、リーゼちゃんが吸収する時に発生した風の渦でその氷は削れ、ダイヤモンドダストのように乱反射していた。
星一つない漆黒の空に月の光のみが光源だったが、見惚れてしまうほど幻想的な光景だ。
クリスティアーネはそのままリーゼちゃんと中心部へ歩いて行く。
――そして、二人の人影が見えて来た。
見えた影は……アシュインとアイリスだった。もう女神の面影はなく、抱き合っている。
「ぱぁぱ!」
「ぐぅへへ……アーシュちゃんもアイリスちゃんも……へ、平気そう……ね。じゃ、じゃぁ……し、仕上げ」
二人がこのまま観客の前に、裸のまま姿を現せばいろいろと問題が起きてしまう。世界の理との賭けには勝てた。だから今度は最後まできっちり人間界の理の帳尻を合せなければならない。
幸い二人の影は間近にいるクリスティアーネとリーゼちゃんにしか見えていない。
アイリスと一緒に途中まで来ていたアミが近づいて来た。
「わ! アーシュ! す、素敵……インスタ撮りたい……」
「うぇへへ ……あ、アミちゃん……み、みんな回収して」
「うん!」
天変地異に用いた魔法陣はすでに消えているので、同じ場所に別の魔法陣を設置する。今度はさほど魔力も必要ないので発動はクリスティアーネ一人で十分だった。
さらに光は収束し、魔力渦は薄くなってそよ風程度の流動だ。それが乱反射する氷の結晶をゆっくりと周囲を包んでいて、二人を美しく見せた。
光が完全に収束するタイミングを狙う。
アミは壇上したにいた彼女たちを回収し、戻って来るとナナが全員を隠匿する。この場に必要なものは女神だけだ。
クリスティアーネはじっと二人を見つめ、動きがあったことを確認するとナナに指示をしてアイリスも隠匿。
「さぁ、し、仕上げ……ね。『変化 アシュリーゼ』!」
すると何も打ち合わせることなく、始めにシルフィが念話で伝えた通りを覚えてくれていたアシュインは『勇者の壁』を使った。
それと同時に――
「り、リーゼちゃん吐いて」
「あい! 霊魂返し!」
『勇者の壁』に紛れ込ませて先ほど吸った女神の力を天空へと還す。
――これがクリスティアーネが紡いだ話終幕だった。
まるでキラキラと光る銀箔の世界で、白い光の柱が立ったことで、再び観客から大きな歓声が上がる。もうどよめきは起きていない。
そして次の瞬間、どぉんという音と共に、『勇者の壁』『霊魂返し』が合わさった柱は天空で弾け、天変地異で暗黒と化していた空はいっきに色づいた。
「わぁ! すごい……」
「なんて幻想的な光景だ……まさに歴史の生き証人になった気分だ……」
すでに時刻は深夜だ。暗黒の世界でも残っていた月明りはさらに強さを増し、そして完全に消えていた星々が一気に姿をあらわした。
積雪地帯のような寒さが徐々に引いて行く、それでもまだ寒いので観客たちは魔女の出した焚火で暖を取りながら空を見上げている。
そして光源のもとへ視線を戻すと、そこには一人の女性が立っていた。その美しさは以前の者よりはるかに上回る。
それはこのダイヤモンドダストが舞う幻想的な光景による効果もあったが、女性自身の美麗で嫋やかな様子が、所作がそう感じさせる。
そして変化の魔法では隠しきれない女神の残滓。
「え……? あれは……魔王……? うそ……女神様は?」
「でも……あの神々しさは……え? ……え?」
「おぉおおお……う、美しい……」
無事だったアルバトロスは、心酔していたアシュリーゼがさらに美しさを増していたことに、歓喜した。しかしそれは同時に手に入らない存在になってしまったという理解せざるを得なかった。
(アーシュ! アーシュ!!)
(シルフィ!! ありがとう!! みんなのおかげで『勇者の血』を抑えきれたよ……)
しかしそれは間違いだとシルフィは指摘する。抑えたのでなく、すでに発動していた。そしてそれを食い止めるために、リーゼちゃんが全てを飲み込んでくれた。彼女にはその力があったと説明してくれた。
(それにまだ終わりじゃないのだわ。 ジオルドに干渉しないと宣言するのだわ)
そうだ。
世界の終わり回避できたが、人間世界の政治的な問題がまだ残っている。下手をすればこのままアルバトロスの慰み者にされてしまう。
それにいくら世話になったからといって、この強大な力と権力が一方に味方すれば、またいつか戦争になる。
手の届かない中立的な存在であると宣言するのが妥当な落としどころだ。そして宣言するにも、人間側で了承し、その誓約のもとで女神の存在を認められなければならないので、当然代表を選ぶ必要がある。
つまり女神のお墨付きをえた人物が、代弁者となる。
それだけで世界はその人物を敬い、よほどのことが無ければ付き従う。
当たり前だけれど、アルバトロスにまとめ役になってほしくはないので、エルランティーヌとミザリを召喚する。
ボクが手を振るとアミはシルフィの指示を受けて、エルランティーヌとミザリを壇上へと空間転移で壇上へ誘う。
突然転移させられた彼女たちも驚いているが、観客はそれ以上だった。彼女たちが女神のお墨付きを得たのだから。
『全人類よ。 我は女神アシュティ、魔王アシュリーゼに降臨せし者』
『降臨は一億年に一度の神の戯れであり、以後の干渉はない』
『戯れに付きおうてくれた人類に、ささやかな礼を……』
シルフィに教えてもらいながら、女神らしい台詞を宣言した。そして最後に手を払うように観客へ向けて振る。
するとそれに合わせてリーゼちゃんが吸った女神の御力が観客へと降り注いだ。
権力者たちを納得させるための演出まで筋書き通りだ。
「おぉお……『女神の祝福』!!」
「あぁ……なんという幸せ……」
「あったいかいね……」
「えぇ……女神様からの贈り物よ」
あまりに強大で美しい輝きが、カスターヌの町全体を包み込んだ。外からも歓喜の声が上がっている。
そして目の前にいるエルランティーヌとミザリに微笑み――
――ボクも会場から消えた。
あとはエルランティーヌとミザリの役目だ。
ミザリはある程度こうなるだろうと、クリスティアーネから聞いていた。混迷を極めたが、おおよそ帳尻があったことに、ある意味興奮しているようだ。
まさかこんな荒唐無稽な作戦が上手く行くとは思っていなかったのだろう。
興奮して、意気揚々と役目を果たそうと前に出た。
『皆さま。我らの願いを聞き入れてくださり、女神の祝福を賜りました』
『……本日は新教『アシュティ教』を設立予定でありましたが、しかし今それは誤りであると確信いたしました』
『スカラディア教分裂で争いを産めば、女神アシュティ様も嘆き悲しむことでしょう』
『従って、皆が生き証人である女神アシュティ様の祝福を、今会場にいない人たちへも届けるために、スカラディア教を改名し、アシュティ教になることをここに宣言に対します!』
「「「おおおぉおおおおおおお!!!!!!」」」
完全に彼女の独断であった。教皇とてそんな暴挙を押し通す権限などはない。しかし今彼女は女神の加護を受けている。
そんな彼女が宣言してしまえば、教会はそう行動せざるを得なくなる。それに観客の反響をみれば、それが受け入れられようことは一目瞭然だ。
一方エルランティーヌの方が深刻な状態だ。求心力は完全に失い、アルバトロスにとって代わられようとしていたのだから。
彼女が女神の加護を受けて、どの程度復権したのかは未知数だ。強権を発動するレベルの命はきっと受け入れられないだろう。
しかし今ここを乗り越えられなければ、彼女は確実にその権力を失ってしまう。
ミザリの演説が終わると、一歩下がり、代わりにエルランティーヌが一歩前に出る。
『我ら人類は女神アシュティ様により祝福を賜りました』
そうミザリと同じ下りで入る。するとあまり受け入れられないような、溜息のような声があがる。
『我らがすべきことは、女神のご意向に沿うことです。したがって御力が降臨なされた魔王アシュリーゼへの干渉を一切禁止致します』
「なんだと⁉ ふざけるな!!」そう権力者たちからは声が上がっている。首謀であるアルバトロスは、到底覆せそうにないその勅命に衝撃を受け、茫然自失となっていた。
すでに消え去ったであろうボク。そしてこの干渉禁止。今までの苦労が統べて水の泡である。そのわりに失ったものが大きかったからだ。
これにはジオルド陣営も反発しているが、ボクとしてはクリスティアーネの落としどころがこれであると確信していた。
横で見ている彼女も、うんうんと頷いている。それが何となく嬉しくて、彼女の手を握った。
「うぇへへ……」
『すでに我々は祝福をいただいております。これからの人類は安寧を約束されているのです! もしその恩恵を感じたのであればスカラディア改めアシュティ教会にてお祈りを捧げなさい』
「「「おぉおおおおおお!!!!」」」
それは教会の改名を認めたという宣言であった。彼女はただミザリの後を追っただけだ。ただ現状ではそれが最善だった。
すでに女神が認めた非の打ちどころのない教皇への期待と支持はとてつもなく大きくなったからだ。
急遽文官たちが用意した契約取引の署名書類を手渡され、お互いに署名をして交換した。そして握手。
こうして改名されたアシュティ教は、今日、人類の希望であり救世主となったのだった。
「さぁ……ボクたちは帰ろう」
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