勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

滅亡行進曲 その7





――シルフィVS紅蓮の魔女パドマ・ウィッチ




 シルフィはクリスティアーネの補助があれば、抑え込むのはさほど苦労しないと思っていた。しかしそれは今彼女の驕りであったことが証明された。
 むしろ地力からすればシルフィのほうが格下だったのだから、紅蓮の魔女パドマ・ウィッチに軍配があがるのは当然といえる。


 そう、今のシルフィでは上位魔女の魔力は過ぎたる力。到底扱いきれるものではなかった。ましてやクリスティアーネの力は上位魔女の中でも抜きんでている。他の誰でも制御は難しいであろう。


 今も魔力が無駄に消費され、拳を振れば過ぎたる強大な魔力に彼女の小さな体が持っていかれる。


 巨大に爆ぜるが、紅蓮に軽くあしらわれる。




「カカカ! がっかりだ! そりゃキモ娘の力だろう?」
「それがどうしたのだわ!」
「使いこなせてないし、揺り返しを起こしている……使いすぎるとキモ娘が死ぬぞ?」
「……ぐっ⁉」




 図星だ。
 クリスティアーネはそれを承知で力を貸してくれている。アーシュちゃんを救うためと、息巻いていた。
 もうこれ以上に手が無ければ、彼女は……負ける。


 そこでふっと冷静になったシルフィはクリスティアーネに付与された力を解く。しかしそれは諸刃の剣。魔力防御が元の力に準じるから、魔力差を考えれば一撃でもくらえば即死だ。
 それでも解いた。




「カカッ! 気でも触れたか? 死ぬぞ?」
「ふん……もう接続の役目は果たしたから解いたのだわ。」
「なに?」




 再び轟音が鳴り響く。しかし今度は巨大な金属音ではなく地面が抉れる音。すべてを避けきる。
 幾度となく地面が爆ぜ、劇場の石床が破壊される。




「あぐっ⁉」
「カカカ! がんばるねぇ? 停滞さえなけりゃ上位魔女だったろうに……」




 吹き飛ばされたシルフィは背中から地面へと叩きつけられて、血反吐を吐いた。仰向けになり必死で起き上がろうとするが、受けた衝撃が大きくて震えるばかりだった。




「程度が知れたからもういいや。 白銀の。雑魚過ぎ。魔女はもう辞めろ」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが仕掛けてきたのはただの腕試し。依頼の仕事でもなければ、趣味の範疇でもなかった。
 魔女としてのシルフィを推し量っていただけ。
 なんとも傲慢極まりなかった。






 一方シルフィからすれば取引やこの対決より、アシュインの命をもっとも優先すべきこと。ずっとアーシュの状態を戦いながら見ていた。
 さきほど、アルバトロスの登場がシルフィからも見えていた。この時を待っていたのだ。
 混迷を極めた他勢力が存在し、船頭多くとも各々の利によってのみ行動する現状。女神アシュティの状態を忘れている現状。
 鑑みればおのずとするべきことが見えてくる。




 そして殺気とは別のものを発していた。それは滅亡願望である。その想いが強ければ、殺気同等に周囲に影響を与える。それは殺気ほど強くなく、そして微弱な不快感として感じられるだけだ。普通の人間には。
 しかし特に老練な支配者であれば、どんなに強い猛者よりも素早くそれを感じ取る。




 そう。シルフィは一種の賭けをしていた。アルバトロス・アルフィールドが彼の回復を促すかどうか。




 回復しなければ、お前の計画ごと王国を滅ぼすぞ……と。




 こちらをちらりと見て、溜息を吐く様子が見て取れた。次にミザリを連れてくるようにアミたちに指示を出している。
 思惑通りにヤツは女神を回復してくれた。
 その様子ににやりと微笑むシルフィの意図に紅蓮の魔女パドマ・ウィッチも気がついた。




「ちっ……そういう事かよ……」
「ケケ……さっさと壇上へ連れて行くのだわ。 あるじも向かっているのだわ」




 そう言うと紅蓮の魔女パドマ・ウィッチは、不満げに顔を顰めてシルフィの襟をつかみ持ち上げる。そのまま壇上へ向かう。
 シルフィと紅蓮の戦闘が終了すると、中央の空間が再び騎士や召喚勇者たちで埋め尽くされた。


















 ……シルフィが負けた!? ……いや、勝ち負けより彼女の怪我は……。




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチがつかんできたシルフィの様子を窺うと、大きく肩を上げてかなり荒い深呼吸をしている。致命傷にはなっていないようだ。




 ……シルフィ……‼




 また何もできずに彼女を傷つけてしまった。本当に自分の不甲斐なさに辟易していた。
 だらんと垂れ下がってなすが儘にされている彼女。あんな彼女を目の前にして、仕掛けを期待して待っているしかできないなんて辛い。




 彼女を掴んでいる紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが反対側からの檀上へ登って来る。そしてもう反対側はアルバトロスと従えたアミとナナ。隷属されたボクだ。
 中央付近には先ほどから演説をしていたエルとミザリ、数人の護衛と文官がいてこちらを驚いた様子で見ている。




『皆の者! 静まるがよい!』




 拡声魔道具で大きくなった奴の声が会場中に響くと。一瞬で静寂に包まれた。その威圧感たるや、みぞおちに魔法をぶち込まれたほどの衝撃だ。
 普通の騎士では、その場で畏怖し跪かさざるを得なくなる。貴族や文官ならなおさらだ。
 各勢力の主力である召喚勇者や魔女は、要人の護衛配置に戻る。その各勢力がわかれている中心にいるのが、少人数精鋭でやって来たジオルド軍だ。
 いま敵対勢力扱いとしてつるし上げられたら、一溜りもない。




『我はアルバトロス・アルフィールド、アルフィールド領領主にして、ガイアス・グランディオル王の血を引くもの』




……ガイアス……たしか建国時の初代グランディオル王の名だ。




 つまり奴は王家の血を引いているということか。この国は血統を色濃く維持するために近親婚が多いと聞く。ならば国王の傍系などが大領地の領主をしていてもおかしくはない。現にロゼルタもアイマ領に厄介払いされていたのだ。
 それは何千年と気の遠くなる歴史の切れ端。




『女王陛下はご乱心なされた。変わって我が王家の血筋をもってこの場を諫めようぞ‼』




――その威厳はまさに王。


 前国王、や女王陛下、ましてやロゼルタ姫などでは到底その域に達することのできない人類最大王国の国家元首。
 その威風にすべてが恐れおののく。


 奴が王の血統を証明するものなど何もないが、この国家を支えて来た男の経験は誰にも覆すことができない。
 誰にも異を唱えること敵わないだろう。




 奴が演説に集中してくれているおかげで、わずかだが余裕ができた。シルフィとの距離も先ほどよりかなり近くなった。ここなら……。




(シ、シルフィ……大丈夫か⁉)
(アーシュ? アーシュ‼)




 やっとだ……。やっと再会できた……!!




 おかげでこの後の作戦について話すことができた。
 案の定ジオルドでは作戦を立ててくれていた。それもクリスティアーネの原案だと言う。クリスティアーネが相変わらずで安心した。
 きっと彼女はボクがこんな事態になっていることを悔やんでしまっている。できるだけそんなことはないと言えるように、絶対にうまく・・・やる。




『女王陛下の失態により傷ついた女神は、我の先導により癒された!』
「「おおぉおおおおお!」」
「女神様が見目麗しい姿に!!」




 ミザリが回復してくれたこの傷は、元はと言えばアルバトロスの失態なのだけれど、その口方便の上手さはやはり政治家たるものだ。
 演説を聞けど、まだ思惑は見えてこない。


 魔王が手に入ると言う前提で話を進めているとすれば、王族復権か、あるいは悪魔の奴隷化計画復活だろうか。


 すでに王国民や新教設立に期待していた多くの国の者は、アルバトロスに王位の威厳を感じているだろう。期待感が高まっているのがうかがえる。




『さて、昨今奴隷制度の見直しが各国一律に検討されているが、ジオルド帝国のみ反対している。それは彼らの権利であるが、それ魔王の力を抑止力として人類をけん制しているという暴挙に出ている』




 物は言いようだが、それは間違いではない。その前提で職業奴隷の地位存続を目指していたし、利用を了承していた。
 しかし世界の潮流は、一律の奴隷統一化だ。専門職としての奴隷が無くなり、職業奴隷だった人たちが、突然身体を求められることも合法となる。
 それは今までもあったが、あくまで違法であったためそれなりに抑止されている。
それらはこの統一化によってすべて覆されてしまう。




『したがって、新教設立及び、ジオルドの本部設立を認め、その代わりに魔王アシュリーゼはグランディオル王国で管理するという取引を提示した』
「ま、魔王を管理!?」
「そんなことが可能なのか?」
「ロゼルタ姫を殺された恨みがはらせるのではないだろうか!」




『ジオルドの代表の者よ。 返事はいかほどか』




 そういってシルフィに視線を向ける。シルフィは少し間を置いて、すっと息を吸い込むと、張った声でかつての軍人の時の様に声を上げた。




『我はジオルド帝国代表代理。シルフィ。その提案。快く引き受けようぞ! 空間転移ゲート……』




 近くに魔法陣を敷くと、光の中から魔王のその姿がゆっくりと現れる。護衛にはミルがついてきたようだ。あえて魔王を引き立たせるように横で跪いている。
 アルバトロスとはまた違う威圧感。圧倒的な存在感が全ての生けとし生ける者を畏怖させた。




「ひぃいいいま、魔王だ!」
「こ、怖いよぉ……!」




 そう現れたのは魔王アシュリーゼに扮したアイリスだ。
 さっきシルフィから聞いた作戦でアイリスにクリスティアーネの魔力を使って変化をさせる荒業をしたと聞いた。
 たしかに現れたのはボクがここに居ると言うのにアシュリーゼそのもの。それは変装だけでは到底成し得ない精度。




「おおぉ……やはり美しい……」




 そう呟くのはアルバトロス。やはりこの男はアシュリーゼに心酔しきっている。それも中身が男のアシュインであることはあの時知れたはずなのにだ。




『……では、女神の首輪を外しアシュリーゼがはめるのだ。これによって取引は成立する!!』




 対面するグランディオル側と、ジオルド側の丁度中央で取引が成される。
 舞台の中央に悪魔アシュリーゼと女神アシュティが歩み寄っていく。その様子がまるで歴史の記録になるような絵とばかりに、周囲が静寂に包まれ、多くの人間の唾を飲む音が聞こえてきそうなほど緊張感を産んでいた。


 ボクはしっかりと前を見て歩く。すると対面から歩いてくる魔王アシュリーゼに扮したアイリスの瞳もこちらを見ていた。
 それはまるであの時のようだ。


――はじめて会った。魔王城魔王の間の情景。




 時間も、そしてダイヤモンドダストもないただの昼間の演劇場だというのに、ボクの視界は彼女を一点集中させられた。
 やはり中身がアイリスだったからというほかない。




 ……アイリス。




 近づくと、あの時とは違いボクの方が身長は低いので少し見上げる形。魔王アシュリーゼの容姿なのだけれど、ボクにはもうアイリスにしか見えていない。
 それはぼやける視界を魔力視で補完している所為か、あるいはボクが再びあの時のように彼女に心臓を鷲づかみにされている所為だろうか。




固有解呪ディスペル




 アルバトロスが固有の暗号と共にそれを唱えると、ボクの枷がかしゃりと音を立てて外れて床に落ちる。その瞬間にボクの身体が熱くなった。




『それを拾って、アシュリーゼに渡すの……だ――な、なんだ⁉』




 ――熱い。


 ――燃えるなんて生易しいものではない。


 ――マグマにでもなったかのように、身体の内側が熱い。


 ――周囲の様子が感じ取れなくなっていく。魔力での保管ができなくなり、視界が無くなった。
 これは……想定内なのかどうかもわからない。しかし何となくシルフィが慌てている様子を感じ取れたのだから、想定外なのだろう。




(――シュ! アーシュ!!)




 念話が届いていることを認識できている。しかし恐ろしく断続的で、聞き取りづらいし、こちらから送ることができない。
 魔力が……魔力が異常に膨れ上がっていく。押さえつけられていた内側の魔力が突然かちりと体に定着した感覚。
 それと同時に急激に際限なく稼働し始めた。
 体内の魔力が高速で体内を這いまわっていることが感じ取れる。でも感じ取れるだけで一向に制御できる様子がない。




『こ、これはなんだ⁉ 説明しろ!!』
『わからんが魔力渦だ!! このままでいたら飲まれる!! 要人を観客席まで退避させる!! 手伝え白銀!!』
『アーシュ!! ……くそ!! わかったのだわ!!』




 ……ぐぅ!!


 このままでは、再び酷い結果にしかならない。前回は意図してアシュリーゼとなって恨みを買った。しかし今回はもう制御できる余裕もないし、政治的な制御どころの話ではない。
 意識ははっきりしているし、思考も正常だ。だというのに魔力制御だけができずに勝手に膨らんでいく。
 そこで嫌な予感がした。まさか……。






――『勇者の血ブラッド』が発動している⁉















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