勇者が世界を滅ぼす日
滅亡行進曲 その3
――刻はすこし遡る。
「アーシュちゃんが!?」
「ど、どうしましょう!?」
「嘘なのだわ……護衛は一体何をしていたのだわ!!」
「ごめん……ボクは……また……うあぁあ‼」
「ぐひぃ……ル、ルシェちゃん……な、泣くのはあと」
ゴルドバから報告を受け、四人は動揺を隠せずにいた。それでも一番修羅場を掻い潜って来たクリスティアーネは自分の心を押し殺す。
そして冷静に状況報告を促す。
体裁上、人目のあるところで食事がとれなかったのが裏目に出た。使用人を除けば孤立。紛れ込んでいた刺客に毒を盛られて拉致されてしまった。
給仕をしたイザベラを問い詰めると、息子を攫われていたので従う他なかったという。しかし元へつながる情報が無かった。
イザベラの息子も未だ帰ってきていないそうだ。下手をするとすでに死んでいる可能性がある。
捜索は大規模に行われた。女神という立場もよりアシュインという人物がジオルド内でとても評価を受けていたからだ。
ジオルド内ではすでに強さや肩書は利用すれど、アシュイン本人を慕う仲間と思って接してくれていたのだ。
「くそ!! 俺の所為だ!! くそぉおおおお!」
「いや……任務中だというのに、誘ってしまった私に罪がある」
「……うるさい……く、悔やむのもあと」
普段はビクビクと人の後ろをついて歩いているクリスティアーネが主導権を握り今や一国を動かしていた。
期限は悪く、無駄口を叩けば畏怖の目で睨みつけられる。彼女もなりふり構っていられない理由があった。
本人には変化の魔法の延長だということを臭わせただけで、授けた魔法の本当の効果を教えていなかった。
嫌がる可能性もあったし、犠牲を伴うのだ。
まずあの魔法陣を作成する材料が拒否される理由になると考えた。
リーゼちゃんのへその緒、秘蔵の死霊を濃縮した液体に、百人分の魔女の血液から抽出したエキスが使用されている。
その時点で約数千人を犠牲にした生命力が含有されている。さらに羊皮紙に見せた魔法陣を描く紙は、生きのいい魔女の皮膚を使っている。
自分の研究、シルフィの研究、そして過去の上位魔女の研究を組み合わせて、あまり人には言えない実験を繰り返してできたものだ。
それは……。
――概念である神を具現化し、降臨させるための魔法。
まさに禁忌中の禁忌。
白を切るつもりではいるが、上位魔女や造物主からは消去対象となっても文句が言えない代物だ。世界が滅びてもおかしくはない。
身重の彼女はシルフィと共にそれを研究開発し、ついに作り上げたのだ。魔女同士が共同開発をすることはほぼない。
それぞれ魔女は研究分野もちがうし、複合的な技術で足りないものは自ら習得する傾向にあったからだ。
一つの共通する目標があったからこそ。
そして魔女の中では珍しい友人ではなく親友という二人だからこそ実現できたものだった。
彼女たちの共通の目的はこうだ。
まず因果律による細胞死回避。アシュインの寿命が短いが故に子どもたちが死んでしまう可能性をつぶす。
女性化させ、不老長寿薬を飲ませられる肉体する。いわゆる魔女化だ。
いくら神薬とは言え、女性化が解ければ効力を失う事が明白だった。その為、アシュイン自身を因果律の外へもっていく必要があったのだ。
その状態で不老長寿薬を飲ませることができれば、魔法の効力を失っても維持できるという寸法。
しかし組み上げた魔法陣は超難解で複雑すぎた。間違いの可能性を何回も潰したのにクリスティアーネ不安で仕方がなかった。
間違えればアシュインに戻ることができなくなるどころか、理の内側へ戻ってこられなくなってしまう。
そしてもう一つの目的。
それは勇者の血の除去。これも同様に理の外へもっていく一つの理由だった。勇者の血の除去は別個に必要だけれど、女神という人外になることで手術が可能になる。理論上は。
行うに際して懸念材料がいくつもあった。
まず必要魔力。
この構想はクリスティアーネの中で、かなり前からあった。そのため、魔力を増幅させる試みを何度もしていた。
例えば魔導師へと格上げさせる。例えば出来るだけ肌を重ねる。おかげで出来にくい子を宿すこともできたが、本筋はこっちだった。
代わりに体液交換をすることによって、クリスティアーネ自身も異常ともとれる魔力値になっていた。
以前魔力スカウターで測った最新の数値は三千五百万程度だった。上位魔女トップのクリスティアーネが一千二百万だから、依然として異常な量だ。
しかしこの魔法を使うに際して、少なく計算しても五千万は消費する。いくらか改良しても、もう魔法陣は詰め込み過ぎてせいぜい千程度減らすにとどまっていた。
だからか性交もふやし、食事に薬品も混ぜ込む。さらには『何もわからなくなる薬』も機会があれば飲ませた。
『何もわからなくなる薬』は一時的にすべての生命力を活性化するが、理性と意識を失う。
つまり本能だけで行動するため、クリスティアーネは彼の性の捌け口となった。そうしなければ人間の本能である破壊衝動が抑えられなくなる。
アシュインがそうなれば、簡単に国が滅びてしまうのだ。それを言い訳に彼女はアシュインとの欲情に溺れた。
甲斐あって、アシュインの魔力値はおよそ五千万をやや上回る程度にまで増えた。ある意味今の異常な力を創り上げたのは彼女によるものだったのだ。
つぎに実行時期。
過去の記録では神物の降臨は必ず周囲に影響が出た。例えば聖杯。あれは造物主が作ったただの造形物であったが、注いだ不老長寿薬の原液を具現化させた時には、海が割れ、火山が噴火し、天変地異が起きたと記されている。
影響範囲はおそらく一国以上、それ以上に広がる可能性が高い。もしかすると全土に及ぼす可能性すらあった。
少なくとも一帯は漏れ出た魔力渦に飲まれる。魔力渦はそれ自体に何の威力もなく、風が起きるような空気の流動がおきるだけだ。
ただその魔力の濃密さに、弱い者は魔力酔いを起こすだろう。さらには一番懸念されるのは、惑星軌道の変化だった。
この世界に天文学の記録はほとんどないが、歴代の召喚勇者が残した記録で天体に関する学問は一部で記録に残されている。
この世界だってその天体の一部であり、強い魔力付加がかかれば自転、公転に影響を及ぼす。これにより気候変動や一時的な昼夜逆転が起きる可能性が示唆されていた。
その影響力の強さを考えれば、どうしたってごまかしきれない。ならばあえて公的な事象とし、世界で一時的な象徴。つまり女神の降臨という事象が起きたことにする。
幸いミザリは今の教会の在り方に疑問を持ち、分裂もしくは細分化を考えていたと言う情報が彼女のもとへ入ってきていた。
総合して女神降臨を演出して、同時にアシュインの憂いを払うための計画、『女神降臨計画』をたった二人で始めたのであった。
「おまえ……考え方が上位魔女らしくなったのだわ」
「うへへ……そ、そぉ?」
――ジオルド帝国、皇城、作戦会議室。
ここで指揮するはシルフィのみ。クリスティアーネはやはり自室へ戻って通信魔道具をつかって逐次連絡にとどめた。
ルシェはジオルド政務官やそのほかの文官との調整。物資の確保などを指揮する。
スカラディア教の各支部長たちとミザリは、各地へと戻っていった。連絡を取れるように通信魔道具だけを土産に。
結局新教設立が遠のいてしまったため、目途がつくまでは保留という形になった。ミザリ個人の意見としては、もう固まっていたが他の人間が動かない。
ジオルドの諜報は優秀だった。拉致から二日目にはアシュインの足取りが次第につかめて来た。ただそれでも移動速度を考えるとやや遅い。
すでにどこかの国へと移動させられていて間違いない。
「すげぇ……うちの連中がここまで優秀だとは……シルフィ様様だなぁ」
「シルフィは一度失敗して学んだんだ。だから強い」
「魔女でも失敗はあるのかぁ」
「少年が教会に助けを求めて、『女神がヴェスタルに盗まれた』と申しております」
「「「!!!!!!」」」
やっとつかんだ手がかりだった。
会議室で働く文官たちはそれに歓喜した。まさに藁をつかむ思いで徹夜し、情報を集めていたからだ。
「ゴルドバ! 兵二名を貸すのだわ!あちが少年回収に行ってくる! その間の指揮権をゴルドバへ返還する!」
「了解! たのむぜぇオチビちゃん!」
「その生意気な髭をぶち抜いてやるのだわ!」
機動力を考えてシルフィ直々にいくことにした。少年の話を一刻も早く聞きたいが、通常の移動手段では手遅れになる。
シルフィは空間転移でまずクリスティアーネのいる自室へ飛び、クリスティアーネに教会への直通空間転移を出してもらう。そして帰還はシルフィ自ら行える。
これなら何千里と離れた場所でも五分とせず移動・回収できる。
そしてすぐさま作戦会議室へ戻って来た。するとこの少年が例の服毒実行犯イザベラの子だったようだ。
「ニール! ニール‼」
「イザベラを止めよ! 話が先だ!」
親子には酷だったが、再会場面を見ているほど暇ではなく未だ本人が見つかっていないのだ。
その事態を少年は分かっていたようだ。
「母さん。ボクは平気! それにおねぇちゃんを助けるって約束したんだ!」
「おぉ! 勇ましいじゃねぇか! お前将来有望だぜ!」
ニール少年はその様子を全て話す。同じ鉄檻に入れられ荷物共に航海へ。そしてヴェスタル共和国のローデンブルグ港の積み荷が降ろされた時に逃がしてくれたこと。ムーアという下働きの監視の男が助けてくれたこと。
「もう一人! 少年の言っていたムーアという男の所在が分かりました!」
「「よっし! 回収だ!」」
「ケケケ! いくのだわ!」
少年の勇気のおかげで、行き止まりだった壁に穴が空いて行く。
再びシルフィが回収しにいった。今度はムーアという男が口封じを恐れていた為、発見に手間取った。それでも一時間もせずにシルフィたちは回収して戻ってくることができた。
「それで? ムーア! 情報はあるか?」
「あいつぁ女神様だぁ……! 『アシュインが言ってた』って言えって! こんなおでぇにも対等に扱ってくれだんだぁ……」
訛りとだみ声で聞き取りづらく涙でうまく話ができないようだ。あまり新しい情報がないと、文官たちのすこしがっかりした声があがった。
しかしアシュインが逃がしてくれたにもかかわらず、予想に反して彼は女神が運ばれる馬車の後をつけた。
そしてそれがヴェスタル中央に運ばれたことを告げる。
「おでぇ! あいつをぜってぇ助けてぇ!!」
「おめぇ!男だな!! 騎士団にはいらねぇか⁉」
「あいづの為なら! 命張れる!」
「いい覚悟だ!」
ゴルドバとムーアの暑苦しくて筋肉だるま同士の抱きしめ合いが、またその場を暑苦しくさせた。
それからそれを聞いたシルフィは、乗馬の得意な者を一人連れていくという。それに名乗りを上げたのがミランダだ。
ゴルドバと良い仲なっていたが、彼女もジオルド騎士団の中では手練れだ。
「あちは長期移動が苦手なのだわ。教会からヴェスタル中央までたのむのだわ」
「了解! おまかせください!」
「ミランダ! たのむぜぇ!」
「おう!」
息巻いて空間転移で飛び出すも、ヴェスタル中央は空振りだった。移動に時間がかかり過ぎたのか、中央の建物は一部崩壊し、多くの兵士が倒されていた。
その中にはヴェスタル中央政務官のらしき男の遺体もある。
「忍び込んで大丈夫でしょうか……?」
「どうとでもなるのだわ。いいから痕跡をさがす!」
「え⁉ なにこれ!!」
ミランダが驚いた先には壁がまん丸に奇麗にくり貫かれていた。その切断面は恐ろしく滑らかで、この文明の道具では不可能なけずりだしだった。
「これはアミ……手練れの魔女のものなのだわ」
「あれ……その先の部屋の椅子」
「これは……アシュティの衣装の切れ端なのだわ!! ここにいたのだわ……アーシュ……」
「シルフィ殿……」
そういって、椅子の背もたれを抱きしめるシルフィ。その瞳にはわずかな水滴が零れる。
それを諫め、生存者の尋問に切り替える。
周囲には人影がほとんどなく、遺体が放置されている。それは日を跨ぐほどの時間は経っていないのだと思われた。
遺体に触れても、わずかに暖かい。経っていてもせいぜい半日から一日だ。
「おい、そこのじじぃ! 話を聞かせるのだわ!」
「な⁉ どなたか様か!!」
「我はスカラディア教団本部付の魔女シャロロンテなのだわ」
息をするように嘘がつけるシルフィにミランダがやや引き攣った。場慣れするとそんなこともできるのかと、感心していた。
「こ、これは失礼しました。昨日に襲撃がありまして……政務官とその一派がどこかからか捕らえられてきた、それはそれは美しいお嬢様を連れ去って行ったのでございます」
「攫ったやつを見たのか⁉」
「えぇと……私めが見たのは、四人のつわものでした」
初老の貴族、恐らく執事であろう男に詳細を聞くことができた。襲撃した四人の特徴も明確に覚えていた。
ついにその黒幕への道筋がみえる。
「ふん……! 紅蓮め……アルフィールド共に喰ってやる!!」
そういって西の方角の空を見つめるシルフィ。
シルフィはにぃっと口角の片方をあげる。それを見たミランダは魔女の本性に身震いするほかなかった。
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