勇者が世界を滅ぼす日
閑話 操り人形 その2
目の前に立っていた美しい女性には、角と尻尾があった。まさに異世界。
あたしが操られている状態であることを、誰も気がついてくれなかったのに、この人は初対面で見破った。
もうなりふり構っていられなかった。
「あ、あの!! ……雇ってください」
「ん? ……んー。 いいわ。 今人手は人手が欲しい」
この人は全てを理解しているわけではなかった。すべてを話すべきか迷った。
いつ制御できなくなって、暴れてしまう可能性があるとしったらすぐに見限られてしまうからだ。
それにこの女性といると、すこぶる調子がいい。操られていたときの頭痛や吐き気、眩暈なども感じることが無かった。
きっと彼女の側にいれば大丈夫だ。
でも素性は聞かれるので、召喚勇者であること、王国や帝国の思惑から逃げた事、改造手術を受けたことを話した。
「どおりで親近感が湧いたと思った。 その因子の元はわたしのものだもの」
「……え?」
この麗しき悪魔はアイリスという。
彼女はなんと前魔王の娘だった。そのうちに宿っていた魔王の因子を摘出したらしいのだが、それが盗まれヴェントルで人体実験が行われていたそうだ。
「その被験者があなたね」
「はい……この力……貴方の為に使い……たい」
彼女の側にいるのだから、何もしないわけにはいかない。だから書類仕事は少しだけしかわからないけれど護衛はできる。
それにあの王位継承の儀から、魔王領には人の手が入るようになったのだ。
その橋渡し役は必ず必要。それがあたしであるなら嬉しい。
――悪魔領主城、執務室。
「おかえり! あれ? その子は?」
「コトコっていうの。人手が足りないから雇ったわ」
「ふ~ん」
彼女の執務室へ行くと、またとても奇麗で可愛い子が二人も現れた。ずっと執務を手伝いながらお菓子を食べている。
一人は中性的な顔立ちの女性。男性の衣装を着ているから美男子に見えるけれど、女からみればすぐに女性だとわかった。
もう一人は黒髪に角が生えた子。きっと着物が似合いそうなほど繊細は白い肌。
噂で少し聞いたことがあったけれど、悪魔族はみんな綺麗だ。この子なんてまだ十歳ぐらいなのに、完全に女の魅力で負けていた。胸も負けた。
「コ、コト、コトコ……よろしく……」
口下手か、緊張の所為か、片言になってしまった。普通だったら怪しんで、毛嫌いされそうだったがそうでもなかった。
「コトコトコね! よろしく~!」
「……コトコ……」
「アミたちと同じ召喚勇者みたい。でも王国や帝国の被害者だったからね。信用してみようかなって」
「いいよ。それも……アーシュのおかげかな? ……ア、アーシュ……」
執務を人一倍こなしているルシファーという中性的な女性は様子がおかしい。悪魔領の執務、政治は彼女一人でこなしているもののようで、精神的な負担が大きいのだとか。
アーシュという人物が心の拠り所だったのだけれど、失踪してしまって、すべてがおかしくなってしまったという。
「アーシュ……アシュインっていうの。 彼がみんなの支えだったんだけれど……ね」
……アシュイン?
失踪して、王位継承の儀でロゼルタ姫と婚約して、殺して、逃亡? そして魔王アシュリーゼになって今や時の人。
何なのその行動力?
波乱万丈なんて生ぬるいレベル……。何をしたいのか全く分からなかったけれど、アイリスは理解していた。
戦乱の世となる一歩寸前だった世界は、彼が恨み、欲望を惹きつけることによってまとまってしまったのだとか。
あたしが混濁している間に、一つの物語が終わっていたことに驚愕した。
本当に物語の主人公の様だ。
それに引き換えあたしはただの背景どころか参加者でもなかったことに落胆した。
異世界に来てまであたしは外野なのだ。
「あーもう! 暗い話はなし!」
ミルちゃんという黒髪の女の子は、繊細な見た目に反してムードメーカーだった。明け透けで、楽しい話題にすり替える。
彼女は一時期学園の寮暮らしだったそうだ。一緒にいた人間や魔女と険悪な雰囲気になったことで、逃げたのだと。
でも居なくなったので、支えるために再び戻ってきて、城で暮らしている。
「コトコちゃん。 召喚勇者だったらちょっと手合わせしない?」
「……え? ……うん」
ミルちゃんは最近、とても強くなったので、それが楽しくて戦闘狂いになっているのだとか。強い人をみれば戦いを挑む。
結果はあたしの惨敗だった。
魔力は改造手術であたしの方が高いはずなのに、手も足も出なかった。 彼女の強さは召喚勇者全員でやってもきっと勝てないかもしれない。
しかもこの彼女の強さを引き出したのもアシュインだという。
ほんとうに何なの? アシュイン。
でももし自分の制御できなくなったら、ミルちゃんが抑えてくれるかもしれないと思ったら、気が楽になった。
「ミルちゃん……あたし……たまに自分じゃなくなる……そしたら……」
「うん。 あたしがねじ伏せてやろうじゃないの!」
悪魔領は思っていたより、過ごしやすかった。アシュインが失踪した後は悲惨だったというのだけれど、それを感じさせないぐらい。
でもその陰にはルシファーの努力とストレスがあった。王国と交渉し入って来る文官や騎士たちを抑え込み、内政もしっかりとこなしている。
でも最近は、おかしくなる頻度が増えていた。
「アシュインが……アシュリーゼで……だからボクは……」
「ルシェ! しっかりして!」
「あ⁉ な、なに?」
さすがにその日はもう休ませた。
よほど彼女の中でのアシュインが大きいのだろう。これからこの悪魔領はどうなってしまうのだろう。
ある日お城の当番で警備をしていると、軍の伝令が焦って執務室へ走っていくのが見えた。ものすごい勢いだったので不思議に思っていると、アイリスがいそいそと空間転移を使ってどこかへいったのがわかった。
あたしも魔王領内であれば教えてもらったので空間転移は使える。
一人にするのは危険だと訴えたけれど、持ち場を離れることは許されなかった。
しばらくすると戻って来た。ふぅっと一安心だとおもったら、なんと、噂のアシュインがついてきていたのだ。
使用人の人だかりができて、騒めいている。王国付の騎士団が執務室に集まりだした。
……会いたい……あたしも、話をしてみたい!
――ドクンッ!!!!
その想いが強すぎたのか、アイリスと離れたからか。体の内側から破裂しそうなほど跳ね上がった。
そしてまただ……また混濁した。
いやだ……会いたいのに……
だれか……
助けて……いや……いやー!!!!
記憶がバンバンとフラッシュして、あのアシュインと戦っているのがわかった。あたしのことを「ヘルヘイム」と呼んでいる。
ちがう。あたしはコトコっていうの! 戦いたくない!!
誰か……誰か……あたしを……止めて!!!!
あたしは何かを彼から奪った。そして亜空間のような場所に放り込んでいる。
ちがう……あたしにはそんな能力はない。改造で魔力が多いのと、偽装だけだ。
アイリス……きがついて……!! ……ミルちゃん……!!
(ごめんね? これも世界の為なの)
戦っている間も脳内に声が響いた。こんなことは初めてだ。それも女性の声。
ヘルヘイムなんって禍々しい名前には似つかわしくない優しい声だった。
……貴方は?
(ふふ……我はフレイヤ・ウル・バルト。 造物主が一人。今は協力してね?)
(いや! アシュインを攻撃したくない! やめて!!)
混濁していたけれど周囲が見える。それもスローモーションのようにゆったりと見えた。時も操るというのだろうか。
それに『造物主』という新しい単語が出てきた。
(変異体がなぜ聖剣もっているのか……これだけは奪う必要があった。 彼は人類を浄化する因子を持っているの。 それにあの変異体……歴史上でもありえないほど複合的な要素をはらんでいる)
(は、話が読めない)
ただアシュインも周囲も、ヘルヘイムが現れたと勘違いしているのは好都合だと言う。別の造物主の名前らしいが、いまフレイヤの存在を知られるわけにはいかないのだそうだ。
でもあたしは従ってやるなんてまっぴらごめん。今までずっと苦しめられ……恋していた相手と戦うなんて絶対に嫌。
(おい……抵抗するな! 身体が壊れるぞ)
(嫌……せめて身体を止める!!)
――ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ身体が止まった。
やった!!
その一瞬の隙に合せるように、アシュインがあたしを殴りつけてくれた。ただその勢いは普通ではなかった。
室内で手加減されているのがわかったにもかかわらず、城の強固な石壁を突き破って外まで放り出される。
そのまま地面まで叩きつけられた。
……うぐ!!
痛い、苦しい、まるで巨大なトレーラーに轢き殺されたように身体が内側から引き千切られるような感覚だ。
魔力が強くなっても、特殊な能力が備わっても、まったく無意味なほど彼は強かった。
……ひゅーひゅーとかろうじて肺から空気が漏れる。それが口からなのか、肋骨の隙間からなのか判断できない。
頭がガンガン問われるように痛い。内臓もきっとドロドロになっている。
あたしの腕が、足があり得ない方向に曲がっている。
それに左側が真っ暗になっている。きっと目が潰れたか眼球が飛び出してしまっているのだろう。
……ああ、やっと死ねる。
操られた日々は最悪だった。
常に頭が痛くて、死ぬより酷いことなんてないと思っていたのにそれ以上があった。
そう、あたしはこの身体が自分のものではなくなる感覚に恐怖し続けて、死にたがっていたのだとわかった。
だというのに、アシュインがあたしを抱き上げてくれた。彼のぬくもりがわずかに感じることができた。
彼から感じる魔力が温かい。治癒を施してくれているのだ。その温かさを感じたら、急に命が惜しくなった。
……やっぱり死ぬのは嫌だよ……。
治療がひと段落すると、彼らは去ってしまった。でもあたしはなんかえもしれぬ達成感に包まれていた。
モブのあたしが彼の物語上に乗れたのだ!!
金魚の糞でしかなかったあたしは今やっと、物語に参加できた。それはきっと命を賭けるに値するものだ。
もう操り人形なんかでいてやらない。
たとえ奴がまた現れたとしても、必ずねじ伏せて見せる。だからまだこの物語にいてもいいよね。
彼の治癒のおかげか、即死してもおかしくない状態だったのに、今はもう起き上がられる。
歩くこともすぐできるだろう。
ルシファーは彼に預けたそうだ。そうしないともう精神が限界だった。彼女には本当の意味で休養が必要だったのだ。
そしてあたしの手元に彼から奪ってしまった聖剣がある。
返してしまおうと思ったけれど、それは世界の敵となる覚悟と死ぬだけでは足りない覚悟をしろと脅された。
それと同時に彼の力『勇者の血』への対抗手段となるこの剣は、彼の為になると。
きっとこれで彼を討ってしまう可能性もあったけれど、あるいは彼を助ける手段になりうるとフレイヤは考えているようだ。
また乗っ取られるのは癪だけれど、アシュインの強さを考えれば信じざるを得なかった。
だから一時、共同戦線をはることにした。
それからこの聖剣は未完成だった。アシュインが歴史に則って完成までもっていこうとしていたが、彼は災厄に巻き込まれる体質なのか、変異体の性か、とにかく余裕が無いので中途半端になっているのだと言う。
すでにこの聖剣には二つの力を宿している。残り四つを集める必要があった。
「……あたし、やる」
「旅にでるの? まだ身体が治っていないんじゃ」
「魔力はそんなに減ってない。 それに……逐一空間転移で戻ってくる」
アイリスは思ったより親近感を感じていてくれたようで、コミュ障のあたしとの別れを惜しんでくれた。
それでももう受け身なあたしはあの時、死んだのだ。
意気揚々と悪魔領を出て、各地の聖剣の力を集めるべく祠をまわった。その合間に聞こえてくる情勢が目まぐるしく変化していることにも耳に入った。
でも悪魔領はただ情勢に流されるというより、王国の属国の位置づけに落ち着いていた。
アイリスは新しく押し付けられる奴隷制度に関しては懸念していた。以前会った悪魔の奴隷化計画は無くなったと思っていたのに、今度は悪魔も人間も一部は必ず奴隷化する法律を各国が押し付けられるのだと。
もちろん悪魔領としては反対だ。
そしてアシュインがいるとされるジオルドが、魔王アシュリーゼを抑止力として、それを抑え込んでいる。
本当にあの人はすごい。まるで『核の傘』だ。
そう思っていたら今度は女神が降臨したという噂が入って来た。これにフレイヤが激怒していた。
今では奴を制御できるようになった。身体を奪われなくなったし頭痛も眩暈も混濁もなくなった。
「誰の仕掛けだ…………いやこれは……あのアシュインの隣にいた魔女だ……」
「え? あの黒っぽい人?」
「あの魔女……上位魔女か……やっかいだ」
アシュインが城に来た時一緒にいた女性。彼女は高位の魔女だと言う。
フレイヤ曰く、上位魔女は造物主に近しい存在。違いは生身の身体を持っているか、持っていないかの違いでしかないそうだ。
造物主になる近道でもあるという。
今の段階の彼女をたとえ殺したところで、造物主に転生してしまうので滅ぼすこともできなくなる厄介な存在だという。
それが彼とずっと一緒にいるということか。
……ずるい。
「あの女神は、大量の魔力を糧にして降臨させている本物だ」
「神っているの?」
「これだから無知は……神はいない。人間がいると信じているのはそう仕向けることで、統制をするためだけだ」
造物主が認識する神とは、因果律、理という、あるが儘なる摂理の事を指しているのだと言う。
造物主は天啓を受けてそれに従って行動している。その天啓とは、授かる者ではなく造物主の能力として因果を読む力で読んでいるもの。決して受け身ではなく能動的に得るものなのだとか。
とても学問的な講釈について行けない。
まさに天上の話だ。
でも概念的なものだとすれば、あの魔女が降臨させたと言う女神は何なのだろうか。
「概念を擬人化したものだ。 あれ自体は世界には影響しない」
「じゃあ……なんで怒る……?」
「本人に影響を及ぼすのだ……!!」
アシュインという「変異体」に影響を及ぼすという。あの魔女は彼の変異体という運命に抗っているのだという。
あたしが集めている聖剣の力も同じだ。フレイヤという造物主の手段に抵抗してさらにそれを越える手段を考え出しているのだとか。
あの女神降臨はその副産物。
なんなのあの魔女……?
アシュインという、なんともすごいことをやってのける人のそばには、それほどすごい人ではないとついて行けないのかと思うと、怖気づいた。
女神降臨で、世界中が動いた。
それは魔王アシュリーゼの比ではなかった。魔王の存在にかんしてはエルランティーヌ女王が取り仕切っているため、注目はされど、方々の権力者は何もできずにいた。
でも女神は違う。そんな強さも担保されていない野放しの状態。後ろ盾は当然教会であるが、教会の今には全世界を抑え込める力はない。むしろ女神によってそれを得ようとしているぐらいだから。
旅も終盤、空間転移を使っての旅は、歩いていたころに比べるとはるかに楽だった。聖剣はフレイヤの指示に従って、残すは後一つになっていた。
「コトコ、そんなに急いで行ったり来たりして大丈夫?」
「うん……平気……ありがと」
アイリスの顔をみるのがたのしみで急いで帰ってくる。それを繰り返していた。きっとあたしは彼女が好きなのだ。
もちろん性的な意味ではない。
気持ち的な意味でだ。
再び悪魔領へと戻って来た。
いまは執務室で旅の話や、情勢、それにお菓子の話も交えて話をしている。
すると彼女から女神に関する情報があった。近々、グランディオル王国で教会の新設が宣言されるらしい。
その時に今は王国にいる女神を新教の本部になるはずのジオルドに変換される。交換条件は魔王アシュリーゼ。
まるで人質交換みたいな真似を国民の目の前でやるのかとおもったけれど、写真や動画を撮ることのできないこの世界では宗教設立には生き証人が必要なのだ。
ありえない話でもないのかもしれない。
「あれ……なんか変」
「でしょ? それでジオルドからこちらに打診があったわ」
「アイリスに魔王になれってさ! おもしろそ~!」
……え!? どういうこと?
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