勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

ミケランジェロの描いた絵





 アーノルドは屋敷に入り、警備をしている騎士たちは元の配置へ戻っていった。先ほどの戦闘で穴があいてめちゃくちゃになっていた石畳を数人の庭師がいそいそと直し始めていた。
 壊した張本人は官憲がやってきて連行されていく。すこし可哀そうな気もするが、自業自得だ。




「さぁアシュティ様、アーノルド様のもとへ」
「はい」




 一応、アシュティの為に戦ってくれたのだから礼ぐらいは言っておかないと気分が悪い。ただあまり情が湧いてしまうと、将来敵対したときにやりづらくなってしまう。
 執務室の部屋を訪ねると既に戻って、剣の手入れをしている。




「ありがとうございます。守ってくださって」
「ふふ……その笑顔が見られただけで満足だ」




 きっと本心なのだ。
 真面目だからゆえに不器用。なかなかこの男も生きにくい人生を送っているのだと思うと、ますます共感する。
 いつまでも騙しては入られないと思う。
 そんなことを思いながら、いつものように椅子に座って奴の様子を見ていた。








「さて、しっかり休養はできたか? アシュティ」
「……? はい、おかげ様で」




 急に声の高さが低くなり、重要な話をする空気を醸し出す。これからのこと、交渉の事、問題は以前山積みだ。
 そんな様子にこちらも、緊張した面持ちで返答を待った。


 彼は手を振る仕草で、使用人や執事たちも人払いをする。彼らが部屋を出ていき扉が閉じられると、アーノルドは何か口惜しそうに、はぁと深いため息をついた。
 その様子に少し、びくりとする。




「私は……キミを愛している……」
「……っ!!」




 突然の愛の告白を受けても困る。中身が男だし女神の立場も一時的なものだ。好意を寄せているのは初めからわかっていたが、一歩踏み出すとは思っていなかった。
 なるべく顔にださずにやり過ごさなければならない。




「……ふふ、そんな顔も素敵だ。 だが私はキミを困らせる気はない。もう言う機会がなさそうだったから言っておきたかった」




 別の理由で敵わぬ恋なのは、わかっていたようだ。
 これから交渉へ向けて方策を決めるとなれば非情にならざるを得ない。だから今言っておきたかったのだと。




「出てきたまえ」




 彼が指をパチンと鳴らすと、すぐ隣にアミとナナが立っていた。まさか再び会えるとは思っていなかったので、びっくりした。




「もういいの? アーノルド様」
「あぁ……言いたいことは言えたよ」
「あぁ……愛の告白って素敵!」




 ……アミはこういう他人の恋愛話が好きそうだ。なんか彼の一世一代の告白を茶化しているみたいで、これはちょっと共感できない。


 しかし、アーノルドと彼女たちが繋がっているとは……。


 話ではアルフィールドではなくアーノルド本人と二人だけのつながりだ。アーノルドの騎士団長の立場で得られる情報と、自由に動けるアミとナナの情報交換をする仲のようだ。
 まだ誰にも知られていないおかげで、様々な筋からの情報をえられた。そのことで気がつけない事にも気がつけたのだそうだ。
 そして今回の逃避行動にも参戦することにした。




 彼女たちはあのわずかなふれ合いの中でアシュティに情が湧いたという。
 でも紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの手前、何かするわけにもいかなかったから仕方なく引き渡したそうだ。


 アーノルドは彼女たちを使ってボクを逃がすことも考えたけれど、それは世界中から狙われている今は得策ではないと判断したようだ。




「いま外を出歩いていたら、殺されちゃうよ!」
「……あの、これを取ってもらえれば……」




 そういって拘束具を突き出すが、彼らは首を横に振る。
 外せば周囲にも見つかりやすくなるし、製作者にはすぐにばれる。そうなればこの三人の立場が危うくなるから了承できないそうだ。
 たしかに恩のある彼らを無碍にはできないけれど、いい加減帰りたいしアシュインに戻りたい。




「ごめんね。女王はあなたの暗殺を狙っているの。たぶん一緒にいるところを見られたらあたしたちも」
「騎士団なら元々アーノルドさんがいたところだし、そもそもあまり強くない。でも召喚勇者が出てこられると……」
「さっきの人よりアーノルド様のほうが強かった……です」




 さきほどの事実を意見すると、なぜか頭を撫でられる。いい加減気がついてほしい。ただアーノルドの手前、言うわけにはいかないのがもどかしい。


 召喚勇者のヒビキは最強クラスだと思っていたが見掛け倒しだった。直情的な上に厄介なスキルを持っていない。
 注意するのなら悪魔領についているコトコ、ヴェントル帝国付のモミジ、グランディオル王国付のナギこの三名だ。実力もあり野心的に活動しているので利益がかち合えば戦闘になりかねない。




「……貴方たちの立場は理解しているつもりです。そこで提案があります」
「な⁉ ……アシュティ?」




 ボクは立ち上がり皆が座っている前に立って、改めて視線を向けた。いつもと違う様子にアーノルドは驚いているようだ。
 でももうここで得られる情報はで払っている。これ以上受け身でいるのは終わりだ。




「予定通り、魔王との交換は受け入れます」
「あ、危ないよ!」




 いま言うわけにはいかないけれど、数日後の交渉の時には外して余裕あるほどに回復しているはずだ。
 問題はアシュインに戻ると見た目的に問題があるので、せめてアシュリーゼにうまく変身したい。




「その時、この枷は無理やりこじ開けます。もし貴方たちの立場に問題があるならジオルドへ行きますか?」
「な⁉ あ……確かにそれもアリ?」
「うん……王国で聞こえるジオルドの噂。嘘だったし……」




 騙されていると思っていた二人は、どうやら自力で正解にたどり着いたようだ。彼女たちは本当に色々な意味で成長した。
 問題はアーノルドだ。彼には領主の息子という立場がある。そしてボクを守るために、騎士団長という立場を次男に譲っている。
 そして女王の面会を避けるために、どのみち立場を追われるのだ。




「私は……」
「わかりました……でもアーノルド様には、とても助けられました。御恩は必ずお返しします」
「アシュティ……ここに居てはくれないか?」
「……ごめんなさい。それは……できません」




 アーノルドの想いはわかるが、いつまでも引きこもってはいられない。そして正体を明かしてしまえば、失恋と同時に精神的な苦痛を与えてしまう。
 せめて恩は仇で返したくなかった。




「なんだか……この娘……知っている人に似ている気が……」
「そうそう! あたしもそれ思った」




 ぎくり。




 二人だけで察してくれるのなら望むところなのだけれど、アーノルドには内密にしてほしい。
 真剣な目はやめ、いつも通りの女神の様子に戻る。すると緊張感が解け、はぁとため息をついた。






 アミたちはそのほかにも情報を仕入れてきていたので、具体的な当日の作戦を考えることにした。


 まずこの交換は内密に行われる予定であったが、女王が狙いだしたことでこの逃避行の直後にアルバトロスが作戦を変えたと言う。
 ジオルドと交渉し一般公開の場を設けて、アシュティ教会設立の宣告の場とするようだ。




「おそらくミケランジェロの描いた絵だな」




 アーノルドに及ばずとも、頭のキレる男。女癖さえなければ有能なのだとか。あまりお近づきになりたくない人種だ。
 一般公開での取引、そして教会設立ならば、暗殺したいと言う女王の思惑の成就は難しくなる。うまい手を考える。
……ただ……。




「ミケランジェロ様の策であるなら、彼の利はなんでしょう?」
「やつは王宮魔導師のレイラ殿に懸想している……いや、懸想など高尚なものではないか」




 ただ自分の女にしたいだけらしい。父親似で賢い女が好きなのだとか。それを屈服させることを美徳としている曲がった性癖だ。
 つまり女王を導いている魔導師殿を堕としたいということか。


 確かにこの件でアーノルドが魔王アシュリーゼを手に入れることができるのならば、グランディオル王国内ではアルフィールド家に逆らうものはいなくなる。




「権力の争奪戦にうんざりだね」
「あたしも苦手です……」




 でもそれは叶わない。当たり前だけれど、アシュティもアシュリーゼもボクなのだから。
 ミケランジェロの策に乗るのは嫌だった。けれど、すでに教会側はそれで動いているようだし、うまく利用させてもらうしかなさそうだ。









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