勇者が世界を滅ぼす日
守られる立場
戦えないと言うのはとても心もとない。
この体は思った以上に非力で、まるで自分じゃないみたいだ。いま襲われたら即死する自信がある。
それにボクは精神的に脆いという、シルフィやクリスティアーネたちに比べてどうも意志が弱い気がする。
はっきり言って、今のボクは見た目以外何もなくて心もとない。
ジオルドの文官や貴族、皇族、軍人に関しても、とにかく気のいい奴らばかりだ。それに先ほどゴルドバ将軍が頼りになるやつだと言うことも知った。
だから彼らに警戒することはしなくても平気だろう。
それに彼らに敵う人間もすでにあまりいないので、警戒すべきはやはり魔女以上の強さを持った者になる。
特にボクが不在の時に攻めて来た召喚勇者は、警戒するべき相手だ。
それからこちらの防衛準備として、連絡網と移動手段についての話が出ると、メフィストが呼ばれた。
「ケケケ……いぃ~いブツをも~ってきてやったぁ~ぜ?」
彼がずっとアイマ領で研究していたのは、タケオとジンの連絡手段だ。なんと一定の魔力量などの制約はあるけれど、魔道具を使って通信が可能になったという。
テーブルの上には、小さくて手のひら位の大きさの魔道具が置かれている。魔道具にはいつも小鳥を呼んでいたのと同じ魔石が組み込まれていた。
タケオとジンの連携技を使った通信本部をアイマ領に作った。さらにタケオの能力で音波を発する小さな魔物種がいることがわかった。
それらの材料と、彼らの元の世界にあった通信網の知識を掛け合わせてメフィストが作ったと言うのだ。
「魔道具か~ら、プルってぇ~どこにもでもい~る飛行系の小魔物を呼び寄せるんだぜぇ」
「魔物が人間のいる建物や皇城を闊歩するのは抵抗があるぞ?」
確かにその通りだ。見た目は蝙蝠とそう変わらないが魔物だ。知らない人間にみつかったら駆除してしまう。
でも近くに寄る必要はなくて、皇城の上空に来れば十分なので魔道具も入ってこないように調整してある。見た目に寄らず繊細で配慮されたモノづくりは健在だ。
魔道具から音波をプルに送り、さらに餌付けして確保したプルがいるアイマ領主城が中継地点になることで、魔道具同士の通信が可能になる。
「すごいね……」
「そぉ~だろぉ? あいつらぁのスキルと知識があってのものだけ~どな。どれ……試しにアイマ領主のカタストロフに連絡してみろぃ」
ボクは魔力が無いので、ルシェに使ってもらうことにした。今までは小鳥が来るまでに時間がかかっていたし、周囲にいないときには三十分ぐらい要する時もあった。
しかし今回の魔道具はわずか十秒程度で反応があった。
「来た、来た! 始めまして! ジオルド城の方々。 タケオとジンです。この装置をメフィスト博士と協力して開発し、これからは管理者として維持に努めるので、安心して使ってください」
「「「おおおぉおおお!」」」
装置のおかげで必要魔力が少なくなったので、彼らの声も奇麗に聞こえる。
あちら側もある程度、魔道具で自動化したようだ。能力の補助以上の事はできないので、通信時間は彼らがその装置の近くにいる時だけになる。
それでも朝九時から夜の十二時までは、管理するという。
ただしあちら側で会話を読み取ることが可能なので、重要機密に関しては使わないようにと釘を刺された。
「こっちの端末魔道具は、どれくらいの魔力が必要?」
「超低消費に抑えたか~らよぉ、魔力値千もありゃつかえ~るよ。 だがギリギリだと疲れちまう。できりゃ千五百以上がい~いな」
人間でも手の届きそうな魔力値だ。おそらくゴルドバ将軍なら使えるのではないだろうか。それに見どころありそうな奴らも何人かいたはずだ。
「むぉっほん! いいかね? グランディオル王国アイマ領主のカタストロフ・アイマだ」
「「「おおおぉおおお!」」」
「この通信網の彼らに助けを得て、情報が嫌になるほど安全に、かつ手軽に集まるようになった。大いに使ってくれ」
「久々ですね。 カタストロフさん」
「この可愛らしい声は誰だ?」
「ボクだよ! ボクボク!!」
「なんだ、アシュインか……随分可愛くなったようだな! すでにその情報も入っているから私が直接話をしたのだ」
なぜバレる。たしかに彼とは酒を飲み交わしたが、ちょっとくやしい。ただ女神と教会分裂の情報からたどり着いたのだろう。
それにしてもやはりタケルとジンの能力は高性能だ。まださほど経っていないにもかかわらず、情報をすでに得ていた。
「我らはグランディオル王国の一領地に過ぎないが、アシュティ教の設立に一口噛ませてもらおう!」
「「「おおおぉおおお!」」」
グランディオル内部の取り纏めや、アシュティ教所属になる教会の保護などは任せてほしいという。これはかなり力強い援軍だ。
カタストロフは一領地などと言ったけれど、謙遜しすぎだ。領土もジオルドに比べても何十倍もあるし、経済的にも政治的にもはるかに強い。農村部が多い田舎とは言え、王国内部でも四大大領地のうちの一つだ。そのうえ食料生産拠点としても大きな役割を果たしているから発言力も小さくない。
「し、信じられない……こんな小さな島国なのに……世界一巨大な王国の大領地が手を結んでくれる?」
「……わ、私は身震いが止まりませぬぞ……!!」
「や、やりましたわ……これも、アシュティ様があってのこと……!!」
ボクは彼との付き合いもあってそれほど重要に考えてなかったけれど、彼らにとってはよほど大きいことだった様だ。それに女神がいるとはいえ、それは象徴であり抽象的なものだ。
それだけでは足りなかったが、現実的な担保が得られたことが大きい。
「お認めいただけますかな? 女神アシュティよ」
そうか。宣言が必要だ。奴のわざとらしく貴族のような問いで、はっとさせられる。少し俯瞰して見すぎていたようだ。
でもボクはそういう堅苦しい言い回しはちょっと苦手だ。
(台詞……考えたのだわ)
(さすが!! 頼むよ)
「――ではカタストロフ・アイマ卿。我を崇めし教団、アシュティ教の協力を認め、我の慈悲を与え給う!」
「……喜んで!」
「「「おおおぉおおお!」」」
ある意味これも歴史的な一つなのかもしれない。ボクが登場した時とは別の意味で、喜んでいるのがわかった。文官や騎士たちの目の色は変わり、希望にすがる弱者ではなく、敵に打ち勝つ猛者の目をしていた。
「これで勝てる! 我らの意思や職業奴隷の民の命も守られる!! 亡くなったやつが無駄死にじゃなかった!」
「「「おおおぉおおお!」」」
この国の文官たちはかなり騎士のように、荒々しく声をあげている。まるで戦の勝鬨のようだ。熱くるしい国だとは思っていが、なによりどんよりとしていた会議室が今までにない輝きを取り戻している。
まだ興奮冷めやらぬようで、テーブルの魔道具を囲む面々は騒いでいる。しばらくおさまりそうにないので、すこし近くにいるゴルドバに話してみた。
「こいつらは、いつもこんなに血の気が多いのか?」
「あぁ……だがこんなにいい顔するのは久々だな。 ありがとよ。女神様」
「お前こそ、思ったより男だな。かっこいいよ。頼りにしている」
「な⁉ おめぇその姿で言うのは反則だろぉ……」
そうだった。今は女神だから不用意な事を言ったら、おかしなことになってしまう。ただこの姿だからこそ、力が無いので彼の力が防衛の要になる。
騒々しい中通信は終わり、希望のある材料を得た文官たちは策を練っている。やはり先ほどとは目の色が違い、あの泣いていた男もすごい勢いで書類を整理している。
それからこの場にいる者だけでも先に魔力計測を行うことになった。通信魔道具が使えるかどうかで今後の方針が大きく変わるからだ。
ゴルドバ将軍も同じように、軍全員の計測を指示していた。
さすがに文官貴族の多くはただの人間だ。魔力値百程度しかない。ここにいる警護、護衛騎士たちでも千に届かない程度だ。
せっかく良いものがあるのにこのままでは使える者がいない。
「おいお~い……こりゃだめかぁ?」
ゴルドバ将軍は二千五百ほどあった。やはりこの国でも群を抜く。人間にしても相当高い部類だ。
結局使えそうなのは、ゴルドバ将軍一人。でもこの場でボクはもう一人目をつけていた。ずっとゴルドバを見ている女性だ。くせっけの強い赤髪に黒い瞳が印象的だった。周囲が慌ただしく働いているのに対して、彼女は機嫌が悪くあまり仕事をしていない。
任された仕事ものろのろとやっている気がする。それに一瞬だけれど、こちらを見ていた気がする。
「明日、軍を見に行こう」
ボクはそう提案する。以前アシュリーゼで一緒に戦った中でも、伸びそうな奴は結構いた気がするから、何もしないのはもったいない。
明日なのは、もうボクが限界だったからだ。ちょっと眩暈が酷くなってきたので、今日はもう休ませてもらうことにした。
「……大丈夫? あ……アーシュの帰りをどうしよう。ちょっと今手が離せなくて……」
「俺が抱えていくさ。 そっちのオチビちゃんじゃ無理だろ」
「オチビ!? なんなのだわ!」
ルシェやメフィストは既に忙しそうにしているし、シルフィではさすがに引きずることになる。ゴルドバは堅い男だしボクを男だと知っているのだから、大丈夫だろう。
彼に任せることにした。
奴の大きさはボクが男の時でも、驚くほど筋肉質で大きかった。女の身体では余計大きく見えてまるで壁のようだ。
シルフィは抱きかかえられるのは嫌がったので、隣で歩いている。そのシルフィに歩幅を合せていることをみれば、繊細な気遣いができる男なのだとわかった。
この筋肉ダルマな見た目のせいで、いつも誤解されていそうだが。
「ありがとう。助かったよ」
「ありがとなのだわ! おまえはきらいだけどな」
「ふん……それより、おめぇミランダに気をつけろよ?」
ミランダという名前に心当たりがなかったが、くせっけの赤毛という特徴を聞いてすぐにピンときた。あのゴルドバを気にしていた魔導師の女性だ。
あの程度の練度の魔導師に負けることはないとは思うけれど、とりあえず返事をして部屋に戻った。
今日はもう眩暈が酷くて気持ち悪いから寝ようとしたところでの、あの会議だ。頭ががんがんして何もしたくない。
「ぐひぃ……こ、これ飲んでから……寝る」
「あぁ……ありがと」
もう何の薬か聞く時間ももったいないし、彼女を信用しているからそのまま飲んだ。その瞬間すっぱりとボクの意識は無くなった。
次の日は、少し寝ぼけてぼーっとするけれど、起き上がることができた。昨日より魔力が回復しているのがわかる。一緒に寝たと思われる二人はすでに起きていた。
昨日は湯あみすることなく意識が落ちてしまったが、身体が奇麗のままだ。きっと二人がやってくれたのか使用人を呼んでくれたのだろう。
寝ぼけたままだけれどお茶を飲んでいる。
ジオルド軍部に行く予定だったのだけれど、予定は調整されて午後かららしい。そのあたりもすべてルシェが管理してくれていたようだ。
「シルフィは?」
「あちはヒュプトゥナへ行くのだわ。魔王領に戻さないといけないのだわ」
「ボクもそっちに……」
「ダメなのだわ。アーシュはやることやるのだわ」
たしかに今日はもう予定が組まれてしまっていた。それにこの容姿で出歩いてもろくなことにならない。また一から説明するのも……。
マニに本当の事を言おうと思っていたが、ちゃんとアシュインの時が良いだろう。
「……うん。容姿が戻ったら会いに行くよ。そう伝えてくれる?」
「そんな顔するななのだわ。女神が台無しなのだわ」
そう言って、ボクの顎をくいっと上げる。まるで男女逆転したみたいだ。そのシルフィの仕草に、二人とも噴き出した。クリスティアーネもくすくすと笑っている。
彼女のそんな様子を見て守られている立場も悪くないと思った。それと同時にこの容姿でなくとも守られているのだなと痛感した。
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