勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

贖わない





 ……マニ‼


「……っ⁉」




 右のベッドにはマニが寝ていたが、彼女の全身には包帯が巻かれていた。そして右足の腿から下が……無い。
 こちらの気配に気がついているにもかかわらず、反応を示さずに泣いている。




「……マニ。アシュインだよ」
「っ⁉ ……アーシュ? 来てくれた……の?」
「ああ……」




 なぜこんなにひどいことになっているんだ。彼女を抱き起すと、こちらを見ているがどこか視点があっていない。
 まるで見えていないかのようだった。




「マニ……まさか目が……?」
「あ、あちの……あちの所為なのだわ……」
「……シルフィ師匠もいるんれすか?」
「ああ……」




 マニはシルフィの存在も見えていないが、声で気がついたようだ。シルフィも答えるが、辛そうにしている。
 その気持ちはボクも同じだ。彼女には大きな負い目がある。本人にはまだ言えてないが、彼女の両親を殺したのはたぶんボクだからだ。




「あたし……もっと醜くなっちゃった……」
「何言っているんだ……マニは……奇麗になった」




 彼女は学園であった頃より、かなり大人びていた。成長期なのか、会わないうちに一気に大人の女性のような身体つきになっている。
 それに顔立ちもすごく奇麗だった。




「アーシュ……それに師匠‼」




 マニのベッドで話をする声で気がついた隣で寝ていたシャルロッテが近寄って来た。彼女も全身に包帯を巻いていて、杖をついている。




「シャルロッテ……それにマニ……」
「わたくしたちに言うことはありませんの?」




 罵られるのは分かっている。ここで謝るなんて陳腐なことをするのなら初めからやっていない。
 謝ってそれで終わりならしこりが残って、彼女たちもシルフィもお互いが前に進めないのだ。
 自分の事はさておき、恨みでもなんでもいいから、彼女たちに区切りをつけさせて先に進ませてやることが最優先でやるべきこと。




「……ない。罵ってもらって構わない。罰も受けよう。……それでもあちは、キミたちを魔王領へ帰す義務があるのだわ。だから治療させてほしい」


「……っ⁉」
「ふざけるなよ……‼ シャルロッテ隊長が、マニちゃんがどんな思いで戦ったと思っているんだ! お前の治療なんて受け入れない!」
「……師匠」




 部屋の入口で覗いていた悪魔たちが入ってきて、シルフィを罵っている。拳を強く握りしめ耐えているのがわかった。
 逆にシャルロッテも判断をしかねている。隊員の怒り、憎しみがあろうとも彼らの負傷、それにマニの負傷が特に深刻だ。






「わかりました……治療を受け入れます。でも……わたくしは貴方を一生ゆるしませんわ!」
「……それでいいのだわ。アーシュ……お願いなのだわ」
「わかった」




 事前に相談されていたことの一つに、負傷していたら彼女たちを治癒することがある。シルフィの薬や治癒魔法だけではおそらくすべてを治療するのは不可能だからだ。




「マニ……目が見えていないんだろ?」
「……うん」




 彼女にはいくつかの薬剤を飲ませた。目の負傷は眼球に達していたから、内部の網膜まで修復が必要だ。そして点眼薬も数種類。
 ここに取りそろえた薬の多くはクリスティアーネ製で、効き目がかなり強い。物理的な損傷個所に関してはシルフィの技術で治していく。


 清潔な布をあてて、包帯で抑えた。目はおそらく数日で視力が戻るはずだ。問題は失った足だ。
 こればかりは治癒魔法でもどうにもならない。彼女が以前と同じように生活できるとすれば、義足一択だ。




「シルフィ……いい?」
「いいのだわ」




 シルフィは先ほどから義足の準備をしていた。
 生体足であり接続を魔力でやる以外は、物理的な技術に頼っている。内部は複雑な魔力回路が組み込まれているので、神経回路とうまく接続すれば感覚の復活も可能だ。
 切断箇所に合せて長さ、間接箇所を調整して取り付ける。一度取り付けてしまえば、一年ほどでゆっくり癒着し同化する。
 生体に近いが人工物であるので、衝撃で折れてしまえば骨の様に自己修復してくれない。それ以外はほぼ自分の足と同等に機能する。
 同化するまでは清潔に保つように、世話が必要だ。




「いくのだわ、マニ。起動ブート‼」
「……ひぅ!!」




 神経が接続されていくので、当然痛い。先ほど飲ませた薬の中には麻酔薬もあったが、それでも神経を直接いじるのだから痛い。
 ぎゅっとボクにしがみついて堪えている。




「アーシュ……」
「うん」




 シルフィはもう魔力切れだ。彼女は魔力回復剤を飲んでいる。続きはボクが注いで修復を最後までした。
 固定具をしっかり巻いて、固定すれば完成だ。




「……つぎはシャルロッテ。 診せるのだわ」
「……マニ……マニ‼ よかった……よかったですわ!……ふぐぅ!!」




 シャルロッテはお嬢様だったはずだが、すっかり軍の実践や逃亡生活に見た目ばかり作ろうことを止めて、顔を崩して泣いている。
 相変わらず二人は親友の様で安心した。




「ほら……シャロッテ。マニは大丈夫だから、キミも診てもらいな」
「……え、ええぇ……」




 シャルロッテは数か所の酷い火傷があった。足と肺もやられているようだけれどそれほど重くはない。


 隊長であるシャルロッテと、皆を庇うためにマニは重傷を負ってしまった。そのシャルロッテもまた酷い火傷。
 そのほかの隊員も、負傷していたが、参加していた悪魔は全員生存していると言う。その答えにシルフィはほっとしていたようだ。


 この村には治癒師がおらず、村に伝わる軟膏、それから薬草に頼らざるを得なかった。それに帝国には治癒魔法が使える人間はあまりいないという。しいて言えば教会の人間だけらしい。
 しかしこの村の民族は教会とは断絶しており、頼れなかったそうだ。




「……あぁ……顔の傷が治っていく……やった!」
「痛くない! 痛くないよ!」




 他の悪魔たちも順番に治療していく。特に重症な二人を除いてはすべてシルフィに任せる。ボクが出しゃばってはだめだ。これは彼女の用事なのだから。
 ボクは彼女に魔力を渡すだけだ。




「……ふ、ふん。助かりましたわ! それで……一緒に魔王領には――」
「戻らないよ。今やボクは世界の敵だからね」
「な⁉ どういうことですの⁉」






 他の悪魔とシャルロッテ、そしてボクだけで顔を突き合わせていた。
 マニは治療に大きく体力を使ったので寝ている。そしてシルフィももう魔力が回復しないほどに消費してしまったので、同じく寝ている。




 今までの経緯を端折って説明する。
 ロゼルタの殺害。悪魔の奴隷化計画。そして世界中の敵になったこと。それを聞いたシャルロッテがだんだん不機嫌な顔に変わっていった。




「なんですのそれ! そんなの世界のほうが間違えている!!」
「いや、世界ってそんなものだよ」
「ですが……いえ……なんでもありません」




 彼女も飲み込むしかないだろう。ここでボクたちの考えを肯定するのは傷ついた仲間たちとの分裂になりかねない。
 それを飲み込んだと言ということは、同時にボクたちにはついてこないということだ。意図した通り飲み込んでくれたようだ。




「マニが動けるようになったら空間転移ゲートで悪魔領へ送るよ」
「……はい」




 俯いているシャルロッテの頭に手を置いて撫でてあげた。普通であれば彼女はまだ実戦にでる年齢ではない。それなのに優秀だからと駆り出されてしまった。箱入りで育った彼女は不安で怖くてたまらなかっただろう。
 今だけは労ってあげたかった。




「シャルロッテ……がんばったね。 それにみんなも」
「……ぅあ……ぁあああああああ!」




 堰を切ったように泣き、抱き着いてくる。他の子たちも彼女と同じ年齢だ。男の子も女の子もみんな怖かっただろう。みんなその場で泣き崩れている。それを今更咎めやしない。




「俺たち……マニちゃんが死んじゃうんじゃって……こわかった……うわぁあああ!!」
「あたしも……怖かったよぉ……」




 しばらく泣き止むまでそのままでいた。悲しいことも楽しいことも苦悩すら彼らの経験になる。きっと明日の彼らは強くなっているだろう。






 その日は一旦ジオルドへ戻ることにした。マニの回復には時間がかかるから、魔法陣を設置して通いながら診察をする。
 泊まるように勧められたが、クリスティアーネが心配なので予定通り日帰りする。






 それからシルフィは毎日通って、献身的に治療を行った。ボクは機動力を生かしたことと魔力提供以外は必要ない。
 彼女は魔力を使い果たしたようで衰弱して帰ってくるので、心配だった。彼女もまだ出産につかった体力が戻ってもいないのに無理をしている気がする。




「寝るのだわ……」
「お疲れ様……がんばったね」


「ねぇ、アーシュ。 シルフィは無茶しすぎじゃない? 魔力が空だよ?」
「ああ。でもやり遂げさせてあげたいし、これ以上ボクが手をかけてしまうのはやり過ぎだ」
「……ありがとね、アーシュ。彼女たちを助けてくれて」




 ルシェもやすやすと彼女たちに出陣させてしまった責任を感じていたようだ。
 彼女は彼女で充実な日々を送っている。ジオルドの執務をする代わりに諜報部をふんだんに使わせてもらうことができた。それによって世界中の情報を持ってきてくれる。
 彼らは本当に優秀なようだ。




「アイリスは……大丈夫なのかな?」
「たぶんね……内緒にしてって言われていたけれど、もう状況が変わったからいいよね……」
「ん?」
「彼女……自ら暗示をかけている」




 ボクが失踪した後に、精神を患ったルシェに暗示をかけた。その時に同時にアイリスも自ら暗示をかけたそうだ。
 通常の暗示なんてさほど効かないのだけれど、あのニンファーから生成された薬を使用した。
 ルシェはあるきっかけで暗示が解けたそうだ。それでも一番つらい時につらいことを忘れられたおかげで、今がある。
 でもアイリスは今でも……。




「ぐひぃ……ル、ルシェちゃん……暗示?」
「そうだよ、クリスちゃん」
「ん? クリスティアーネ。大丈夫?」
「う、うん……ず、ずっと思っていたことが……」




 あの時とはボクが失踪した時の話だ。
 最近はずっと本を読んで過ごしている彼女は、この部屋で出来ることをしていたようだ。リーゼちゃんの相手をしているとき以外はずっと本を読んでいた。




「ア、アイリスちゃん……ま、まだ何か隠している……」
「それはボクも同意見だよ。 でもボクはそれを知らない」




 ずっと一緒にいるルシェもわからない彼女の隠し事とはなんだろうか。クリスティアーネは、彼女の魔王の因子を取り除く手術をしている。なにか技術的に彼女に思うところがあったのだろうか。




「ぐひ……す、推察だけれど……い、いくつかある」
「うん、ゆっくりでいいよ」




 まずボクが次元の魔女ディメンジョン・ウィッチに契約を無理やり千切られたことだ。
 あれは必要もなく、何の利益にもならない事だった。それが彼女の疑問だ。
 無効化するのなら魔力を吸うだけで十分できた。それが契約まで千切る魂の干渉まで行っていた。
 魔力の多いボクに対してそんなことをすれば彼女とて無事ではいられない。




「お、恐らく……か、彼女は……す、すでに死んでいる」
「な……⁉」




 なぜそんな高リスクなことをしたのか。命を賭してまでそれに見合う利益とは何だったのだろうか。
 その疑問はすぐに応えてくれた。




「ぐひひ……ぞ、造物主に転生するため……」
「なんだって……?」




 クリスティアーネもそれについてつい最近調べたことで、その方法を知った。そこで見えてきたのが次元の魔女ディメンジョン・ウィッチの行動原理だったということだ。
 今更ながらそんなことに利用されたのだ。


 つまりその頃にすでにヘルヘイムが手引きしていた可能性がある。




「ア、アーシュちゃんの……た、魂……契約は不純物……と認識された」
「つ、ついて行けない話になって来た……」




 ルシェにとっては直接関係することではないから、実感がわかないようだ。クリスティアーネもそうだけれど、彼女はずっとボクと苦楽を共にしたこともあって自分の事のようにそれを理解してくれている。


 どの造物主かは不明だけれど、ボクが契約をすることを嫌がっているようだ。魂に不純物がつけば『勇者の血ブラッド』の発動ができなくなるか、暴走する可能性は十分あり得ると言う。




「シルフィとはまた契約したけれど?」
「う、うん……子供も……で、出来た……ぞ、造物主の想定外」




 そういって嬉しそうにお腹をさするクリスティアーネ。もう結構お腹が大きくなってきている。
 ボクもそれが嬉しくて、微笑んだ。
 その後に彼女は再び難しい顔をする。




「たぶん……ぞ、造物主……あ、焦っている」
「確かにロゼルタの時も、コトコの時も焦りを感じたな」




 つまりなりふり構わずやってくる可能性が高い。今までも結構無茶をしている気がするけれど、それ以上になるかもしれないと言うことだ。
 そしてアイリスにコトコではない、造物主の接触があったのではないかと読んでいるらしい。




「そうだね……コトコが造物主になったことに驚いていたし」
「そ、それで……『魔王の因子』……な、なんだけれど……ぐひ」




 クリスティアーネが除去した魔王の因子は、キメラによって既に使われているから、もう彼女たちを殺さない限り得ることが無いと思っていた。
 しかし完全に除去したと思われていたそれは――。




「……復活している……かもぉ……」



















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