勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

因果律による細胞死





「んふふ~、アーシュ、またおめでとうなのだわ」
「……まさか」
「クリスティアーネは妊娠しているのだわ!」




 先ほどの慌ただしい様子からすると何となくそんな気はしていたが、改めて言われてやっと自覚する。
 リーゼちゃんのときは立ち会えなかったけれど、今度はそれが叶いそうで嬉しい。




「……やった……すごくうれしいよ……!!」




 何となくそう呟いて、拳を握った。
 リーゼちゃんはボクの子だと最近やっと自覚を持てたけれど、それまでに時間がかかった。でも立ち会えるのなら、きっとすぐ自覚できるだろう。




「アーシュおめでとう! ボクも楽しみ!」
「ありがと! ルシェ、クリスティアーネにもいってあげて? きっと喜ぶよ」
「うん! いま大丈夫なのかな?」
「これから産婆さんに診てもらうから待つのだわ」




 リーゼちゃんとは異母姉妹ということになるのだろうか。クリスティアーネ自身はどう思っているのか気になった。




「ケケケ。あいつババァの癖に出産経験どころか……なのだわ」
「……と、友達すらできないって嘆いていたからね……」
「泣いて喜んでいたのだわ」




 リーゼちゃんを見て、自分の子供も欲しくなったそうだ。リーゼちゃんには最初は怖がられていたけれど、彼女の詩を聴いてからはボク以上に好かれている気がする。自分になついてくれる子供がいれば、確かにほしくなるかもしれない。




「ところでクリスティアーネはババァじゃないだろ?」




 容姿の年齢はボクとそう変わらない、むしろ少しだけ幼く見えるぐらいだ。年齢の話は失礼かと思ってみんな聞いていなかった。




「あちの千歳位年上なのだわ」
「単位がおかしい」
「ボクだって人のこといえないや」




 ルシェも悪魔だから当然数千年という単位を生きている。やっぱりこの話題になるとちょっとボクは気にしてしまう。




「あちが一番年下なのだわ」
「ボクじゃない? ボクは十七歳だよ」
「ぐうぅ……た、たしかに……じゃ、じゃぁお姉さん!と敬うのだわ!」




 シルフィはお姉さんというより奥さんという立場なのだけれど、妹みたいだといったら蹴り飛ばされそうだ。




「ずっと前に話していたとおもうけれど、年齢の話」
「……うん。 今考えていたところ」
「そっか……アーシュは五十歳ぐらいで死んじゃうんだよね」
「たぶんね。 容姿もだんだん老いていくよ」
「あ……まずいのだわ」
「ん?」




 精霊も悪魔も十歳ぐらいの容姿までは人間と同じように成長するけれど、それ以降は成長が著しく遅くなる。
 たぶんボクがお爺さんになっても、リーゼちゃんは十歳の容姿のままだ。下手をするとリーゼちゃんに「おじいちゃん」なんて呼ばれてしまう。




「あほ、それだけなら別に良いのだわ」




 ルシェにもわからない事のようで、シルフィ一人で考え込んでしまった。ボクとルシェは訳が分からず顔を突き合わせている。




「おそらく因果律による細胞死ネクロトーシスが起きるのだわ」
「なにそれ?」




 人間の細胞は常に生まれ変わっている。皮がはがれ新しいものに入れ替わっている。そういった仕組まれた細胞死であれば良いのだけれど、生物の理を覆すことが起きると、細胞が誤認して自らを破壊し、臓器や器官が壊死していくそうだ。
 その生物の理を覆すことというのが、リーゼちゃんとこれから生まれてくる子供たちの成長速度。
 父親であるボクとの成長速度と明らかに違うことが顕著になると、細胞が誤認してしまう。


 そんなことがあり得るのかといえば、明らかに寿命が違う種族の親子では割と頻繁に起こると言う。
 魔女にはそうした相談依頼が偶にある。シルフィも一度相談されたことがあったそうだ。


 寿命の短い方が男であった場合は、男を殺すことで対処する。
 もし女であれば不老長寿薬エリクサーを飲ませる。しかし不老長寿薬エリクサーを資質が無い者が飲めば、器が耐え切れずに死んでしまう。
 どちらにしても荒っぽい解決方法だ。しかしその提案に親は子を守ろうと、抵抗せずにそれを受け入れたと言う。


 なんとも怖ろしい顛末だ。
 それを知っている者は、よほど好き同士でなければ異種族で子を成そうとしないだろう。
 でもきっとボクは知っていたとしても、受け入れると思う。シルフィは知っていたけれど、数百年以上前のことで完全に忘れていたようだ。




「子供ができたんだ。もう先送りにできる話じゃないな」
「……あちも探してみるのだわ」
「ボクも探すよ!」




 それからボクたちは産婆さんが部屋から出てくるのを待った。そわそわして落ち着かないボクを二人が止めてくれる。




「ふぎゅぎゅ!」




 ボクの様子にリーゼちゃんもすこしご立腹だ。


 産婆が出てくると、状態を教えてくれる。
 クリスティアーネは妊娠してから、おおよそ三か月目になるそうだ。正確に知るすべはないけれど、彼女の様子と聞き取りで分かったという。なんだか詳らかにされているので少し恥ずかしい。
 彼女はすこし悪阻つわりが酷いので、運動や旅は控えるように言われてしまった。




「うぇへへ……う、うれしいぃ……」
「よかった……ボクもうれしいよ!」




 特に問題なく育っていた。そして彼女は元々人間なので、このままいけばあと半年ほどで生まれてくると言う。
 それまでに名前も決めなければならないし、おむつもリーゼちゃんと二人分なので換えをたくさん用意したりなど、準備することは沢山ある。






 子供が生まれて来た時の準備は、シルフィと産婆でやってくれているのでボクのすることは特にない。強いて言えばリーゼちゃんのおもりぐらいだ。
 その他にもシルフィは何かしているようだったけれど、その様子から聞かないことにした。手に追えなかったら頼ってほしいとだけ伝える。


 一方ルシェには本人たっての希望で、ジオルド帝国の執務を手伝うことになった。ゴルドバ将軍は相変わらずボクを嫌っているようだったが、ルシェには甘い顔をしている。彼女は中性的ではあるけれどとても奇麗で整った容姿だ。
 普通の男だったら気に入らないはずがない。ボクとして複雑だけれど、彼女の生き生きとした様子に何も言うことはなかった。




「ぱぁぱ……ふぎゅ」
「リーゼちゃん……喋った⁉」
「ぱぁぱ……ぱぁぱ……」
「おぉおお……ぱぁぱだよ」




 ……なんだ、これ。すごくうれしい。
 手を伸ばして抱っこの要求だ。すっかりハイハイ歩きで、部屋を縦横無尽に動き回っている。疲れるとボクのもとに戻ってきて抱っこだ。


 勝手に冒険して勝手に戻って来るのが楽しいようで、ほとんど手間がかからない。それにおしめ交換も、もう慣れたものだった。




「ちゅぱちゅぱ……ぱぁぱおいし……」
「ぱぁぱがおいしいのか……」




 もしかして食料として見られている?
 なんて冗談かと思いきや、リーゼちゃんは魔力を大量にボクから奪っていく。彼女に吸われたあとは結構身体がだるくなってしまう。


 そんなボクたちの様子を、クリスティアーネはベッドから見ている。ずっと寝た切りではないけれど、気分が悪くなったら寝て、調子が良ければ起きてを繰り返していた。
 きっと彼女が産む子も魔力を大量に吸いそうだ。
 もしかして魔力を増やさないと死んじゃうのでは。そんな不安に襲われた。




「ふひひ……ア、アーシュちゃん……へ、へんなこと考えてるぅ……?」
「あ……いや、生まれてくる子も、リーゼちゃんみたいに魔力を吸うのかなって」
「うぇへへ……リ、リーゼちゃんは……せ、精霊のクォータだから……ね」




 精霊の性質がこの魔力吸引を本能的に必要とさせているのだとか。それにしてもごっそり持っていくから、器がものすごく大きいのかもしれない。
 彼女の持っているスキル『霊魂喰らいソウルイーター』も関係しているのだろうか。
 そんな取り留めのない話で過ごす、ゆるやかな日々が何日か続いた。












「な……なんてつぇんだ! こんなの勝てるかよ!」
「連携よ! 時間稼いで!」
「おう!」




 こうして偶に挑戦者のパーティーがやって来る。ジオルド帝国の騎士団に敵わないものは篩にかけられ、残ったものだけだ。その仕組みが騎士団も訓練になると喜ばれた。




「ふふふ……それくらいじゃぁ、わたし・・・は倒せない!」




――そして『勇者の剣技ブレイド』で一蹴。轟音と共に全員気絶した。




 対峙する時はアシュリーゼになっている。やや面倒くさいけれど、大魔王アシュリーゼと周知されているので、それに従っている。ある意味茶番だ。
 こうすることによって噂が噂を呼び、ジオルド帝国の力が抑止力になるのだとか。
 ボクとしては彼女たちが守れるのなら、これくらいの手間はさほど苦ではなかった。








 部屋に戻ると、シルフィとクリスティアーネが何やら話をしていた。真剣な話のようだけれど、クリスティアーネがシルフィの悩みを聞いている様子だ。
 間に入るのもどうかと思ったけれど、すでにリーゼちゃんに気がつかれてしまったので、入るしかない。




「あ、アーシュ……ちょっと……そ、相談があるのだわ」
「うん、もちろんいいよ」




 ここのところ忙しそうにしていたのは、生まれてくる子の準備だけではない。それは産婆や使用人がほとんどやってくれている。
 シルフィは独自に諜報員を貸してもらって、ある調べごとをしていたそうだ。


 ジオルド帝国は小国でほとんどが海という地形。隣接する陸続きの国がない所為か、軍事力より諜報員の方に重点を置いていた。そのおかげで各国に配置しており、一般的な情報であるならほとんどすべて入って来る。
 逆に個々の能力はあまり高くないので、中枢に近い情報はあまり無いのだそうだ。


 シルフィが調べていたのは中枢とは関係なく、あのヴェントル帝国とグランディオル王国の国境付近で起きていた戦乱で、亡くなったとされた悪魔の部隊についてだ。
 その時は全滅と報告を受けて絶望したけれど、その部隊が生きているんじゃないかという情報を手に入れたそうだ。


 それを聞いたルシェも執務の傍ら、情報を集めくれているらしい。彼女にとっても仲間だったのだから当然だ。




「ルシェにはこっぴどく怒られたのだわ……」
「シルフィ……大丈夫?」
「大丈夫なのだわ! あちはしたことを全部受け入れる覚悟をしたのだわ!」




 ボクはその失踪しているかもしれない悪魔の部隊は誰だったか知らなかったけれど、聞くとなんとマニとシャルロッテ率いる学生の部隊だったそうだ。
 魔王領の人手不足で駆り出されていたところを、シルフィがやむにやまれず頼んだら引き受けてくれた。
 しかし全滅と聞いて、ずっと気持ちが晴れずに後悔ばかりしていたそうだ。


 そんな中に得た光明。 生きているかもしれないという情報に彼女は希望を得ていた。やっと動ける状態になった彼女は今その捜索で忙しい。




「言ってくれたらボクも手伝うのに」
「……言ったら、狙われているのに帝国軍に突っ込みそうなのだわ……」
「……おっしゃるとおりで」




 ぐうの音も出ないとはこのことだ。
 今まで無茶なことをしてきたツケなのか、この点においてボクはまったく信用が無かった。それでも彼女が相談に来たということは、ボクの出番なのだろう。




「ヴェントル帝国奥地の村に匿われているようなのだわ」




 そう言って地図を見せて、指をさす。




「そこならばアルデハイドに魔法陣があるから、そこから走ればすぐ着くかな?」
「……短期間に一体どれだけ移動したのだわ……」




 ずっとクリスティアーネと一緒にあちこち回っていたのだから、ボクというより彼女のおかげだ。








 次の日の朝。
 今回は出来るだけ早く帰って来ることが前提なので、リーゼちゃんはお留守番でボクとシルフィだけだ。
 朝早くに出て、夕方までには帰りたい。クリスティアーネの出産時期はまだまだ先だけれど、またシルフィの時のようになりたくはない。
 使用人や産婆にしつこいくらいお願いをしてきた。ルシェには執務がてらに様子を見ておいてもらうように言っておいた。




「アーシュ……ウザイお父さんになっているのだわ」
「ぐ……そ、そうだけど心配なんだよ……」
「ケケケ。 じゃあ行くのだわ」












――ヴェントル帝国、水の都アルデハイド。




 光が収束してたどり着いたのはアルデハイドという町の一角。ここから川沿いを上って、工房より先に村があるようだ。
 シルフィの持っていた地図だよりだから、その村が今もあるかはわからない。
 メルリは元気にしているだろうか。会いたかったけれど、のんびりしていられないので今回は諦めた。




「……んっ!」




 転移先に着くと、久々に手を広げて抱っこの姿勢をとるシルフィ。彼女はこれをずっと遠慮していた。でも走るのなら必要だからと自ら戒めを解いたようだ。
 ボクはそれが何だかうれしくて、少し笑いながら抱き上げた。




「今だけなのだわ。マニやシャルロッテたちを悪魔領に帰すまでは本当は我慢するつもりでいたのだわ」
「そっか。でも今は仕方ないさ。効率優先で」




 そのまま帝都を抜け、北西へと走る。ヴェントル帝国は渓谷が多いので、飛び跳ねると言う表現の方がただしい。
 平原は南側にしかないので、目的地まで岩や底の見えない谷だらけだ。




「ぐ……た、高いのだわわわわわ」
「ふふふ……」




 ぎゅっとしがみつくシルフィも久々でとても可愛く思える。ささやかな楽しみを見つけながら、ボクたちは渓谷を駆け抜けた。

















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