勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

縺れ(もつれ)





 ジオルド帝国の城へ戻ってくると、その場にへたり込んだ。神出鬼没なヘルヘイムへの気疲れもあるけれど、コトコの本体を修復するのに結構魔力を使ってしまった。




「あの子、可哀そうなことをしたな」
「大丈夫⁉ ごめんねアーシュ……」
「ルシェのせいじゃないよ。 それよりちょっと休もうルシェも疲れているだろ」




 ボクたちが使っている部屋へと戻ると、使用人たちが休めるように用意してくれている。シルフィとリーゼちゃんもちゃんと戻っていたようだ。




「アーシュ!! おかえりなのだわ」
「ふぎゅ! ふぎゅ!」
「はいはい……」




 リーゼちゃんが抱っこしろとせがむ。ちょっと疲れているけれど、ぐずりだすと余計疲れるので大人しく抱っこしてあげると、また指と魔力を吸いはじめる。




「ア、アーシュ……そ、その子は……?」
「ボクとシルフィの子供だよ? リーゼちゃん」
「えぇ⁉ うそ……」




 思いのほか衝撃を受けている。
 それは仕方のないことだけれど、悪魔との子は滅多にできない。やはりニンファーで生成した薬に頼るしかない。
 彼女の気持ちを考えれば、こうなることを予想できた。それなのに無神経に連れてきてしまったことを少し後悔した。
 ただいずれわかることなのだから、しっかり説明した方がよいだろう。




「シルフィはボクが失踪する前にすでに子を授かっていたようなんだ」
「それは……アーシュの子なの?」
「……っ」




 ルシェのその疑問に、シルフィは悲しそうな顔をしている。ボク以外と性交をしていないという彼女の言葉を信じているし、リーゼちゃんの顔つきや魔力が異常なほど似ていることを考えれば、明らかにボクの子だ。




「ぐひ……あ、あのぉ……」
「なに⁉」
「ぐひぃい……い、いじめないでぇ!」




 クリスティアーネは、以前魔王城で虐げられていた記憶が残っていた。そのせいでルシェに苦手意識ができてしまっているようだ。
 ルシェは衝撃のせいで、かなり動揺してしまっている。苛立ちを隠せずにクリスティアーネにきつい返事をしてしまっていた。




「クリスティアーネ。大丈夫だよ」
「ほ、ほんとぉ?」
「ルシェも落ち着いてね」




 クリスティアーネが完全に怖がっているので、頭を撫でて落ち着かせる。彼女はシルフィの妊娠について教えてくれた。


 シルフィたち精霊は基本的に妊娠しない。彼女が精霊の人間のハーフだから特別な存在なのだそうだ。
 彼女たちは人間の奇麗な遺体に宿る事で精霊と人間のハーフが生まれる。人間ではなく物や木々に宿る事がほとんどの為、かなり稀有な存在だった。


 そのため症例が無いが、構造上は当然妊娠可能だそうだ。
 人間と精霊のハーフとはいえ、しっかり精霊が肉体に定着している状態なので、精霊の力を使える人間という。それはほぼ人間と変わらない。
 ただ定着率が百パーセントではないため、成長率と新陳代謝がおくれている。その上、精霊の特性である不老効果があるからなお遅い。
 その特性を子供が引き継げば、当然胎児でいる期間が長くなる。




「生まれて来た時、すごく小っちゃくて、痛くもなかったのだわ。でも死んじゃうかとおもったのだわ」




 死産の可能性も十分あったのだけれど、必要以上の魔力を持っていた為に生命維持を自ら行っていたそうだ。
 そう考えて今の成長率と逆算すると、二年弱程度は前の性交が要因だという。




「それって、かなり前じゃない?」
「ケッケッケ……その頃は、皆、沢山……なのだわ」
「……ご、ごめんなさい……ボ、ボク……へんな疑いを……」
「いいのだわ……あちは沢山の人に迷惑をかけたから、何を言われても受け入れるのだわ……アーシュをみて、そう決めたのだわ!」




 なんだかルシェは少し情緒不安定に思えて来た。これがアイリスをこちらに寄こした理由かもしれない。ちょっと彼女にも癒しが必要なのだろう。
 しかし……魔女二人と彼女の相性があまり良くなさそうだ。




「ルシェ……今は帰って来たばかりだから、少し休もう?」
「……うん」




 ボクも今日は疲れた。ルシェはベッドに寝かして添い寝する。寝るまで撫でていると、気持ちよさそうにしているが、その瞑った目からは涙が零れ落ちていた。




「ふたりともごめん。断りもなく連れてきて……」
「うぇへへ……だ、大丈夫……だよぉ……」
「……うそだね……クリスティアーネ。我慢しないで言いたい事を言ってよ」
「ぐひぃ……」




 彼女は今までもそうやって我慢してきたんだから、それもちゃんと受け止めないと。二度と今回のようなみんなバラバラになんてなりたくない。




「げひひ……ま、またい、虐められないかなぁ……?」
「……大丈夫。 ボクがそれはさせないから。でも彼女はちょっと疲れちゃってるから、少しだけでいいから多めに見てくれると嬉しい」
「……う、うん」




 これは早急に何とかしないとダメだな。いつまでもクリスティアーネに我慢させたくなんかない。
 それにしてもルシェはどれだけ無理をしていたんだろうか。ボクがいた頃はまだ仕事を楽しくしていたし、皆との仲も良かった。




「それにしても聖剣を取られちゃったな」
「あれは全部、力が宿らないとただの聖長剣なのだわ」




 確かに属性がある物の特別な剣というほどではない。ただ使い慣れているから使っているだけに過ぎない。
 二つの祠から力が宿っているとはいえ完成しないと、あまり変わっていない。そしてその祠から力を宿らせることができるのはボクだけ。
 そもそも持つことも難しいはずだ。




「……あ……あのコトコというキメラか……‼」
「……う、奪って……く、空間に入れるまで、軽々……も、持っていたよぉ」




 やはりそうだ。コトコにはあの聖剣を持つことができた。おそらくそれは『魔王の因子』の力だ。『魔王の因子』はアイリスから取り出された力。それを埋め込まれて『魔王のキメラ』であれば、勇者の変異体と同じ工程で作られたのだから可能性は高い。


つまり奴は祠回りの残りをやるということだ。そしてその先は……。




「ぐひひ……ア、アーシュちゃんは……あ、あたし……守る……!!」
「ケケケ! あちだって守るのだわ!」
「うん……ボクもみんなを守るよ」




 そう言って笑いあうと、リーゼちゃんも鼻息が荒い。なんとなく雰囲気でわかるのかもしれない。
 リーゼちゃんを撫でると、またボクの親指を舐める。そんな様子をみてまたくすくすと笑う。
 ヘルヘイムはリーゼちゃんも標的にしていた。もう一人の実行した造物主の存在。いよいよ猶予が無くなってきている不安がよぎった。
















 ルシェは療養が必要だった。あれから精神が焼き切れてしまったように、ぼーっとしている日々を過ごしている。
 仕事にのめり込み、仕事一辺倒だった彼女がそれをしなくなったことが原因かもしれない。


 そんな日々で少し余裕が出たので、やっとアミたち熊連合のアジトへ行くことにした。かなり後回しになって心配だった。
 あの時、ボクは異世界へ帰らないでくれと、無茶なお願いをしたにもかかわらず遅くなってしまった。












 今日はグランディオル王国のアイマ領と中央の境辺りにある小さな集落へ直接空間転移ゲートで行く予定だった。
 しかし魔法陣が消されてしまったのか、空間転移ゲートが発動しない。仕方なくアイマ領に転移してそこからクリスティアーネの馬車で移動している。彼女の死霊馬車はとても目立つ。
 だから改良して普通の貴族風の馬車になっている。御者が死霊になるとバレるので、今回はボクがやっている。
 ずっと城に籠っていると病が進行してしまうので、今日は皆で来ている。だから馬車の中はいっぱいだ。




「アミとナナは大丈夫かなぁ……」
「……二人ともしっかりしてるから平気だよ!」
「ぐひひ……そ、そだね」




 久々のお出かけにルシェは思った以上に元気だった。あれからシルフィやクリスティアーネとの関係も少しだけれど改善していた。
 すこし楽しそうな声が馬車の中から聞こえてくると、ボクもなんだか楽しくなってきた。


 道中であれからの魔王領の話も聞けた。
 魔王領には人間が入り込み、執務の人員を貸し出すと言う体での政治が持ち込まれた。そして通貨も。
 それにより好意で魔王城に上納されていた物資という形はなくなり、管理し一律で『税金』制度がこれから始まる。


 そして教会も入って来たそうだ。その教えに共感するものは入信を迫られたが、その教え自体が悪魔たちの常識と矛盾していた為、受け入れられそうにないと言う。


 やはり一番問題となるのは、奴隷制度だ。
 悪魔の奴隷化はあの時になくなったが、税や通貨が存在するということは、必然的に奴隷制度はセットになる。


 このやり口はルシェとアイリスは必死に抵抗していたそうだ。しかしそれは王国の強い押しがあって、実現してしまいそうになっていた。




「……だから……ボクぅ……」
「大丈夫だよ……それともジオルド帝国からでも援護してみる?」
「え? ……できるの?」




 おそらくできる。自我自存しているようで言うのも恥ずかしいけれど、ジオルド帝国にはボクがいる。
 そしてシルフィ、上位魔女のクリスティアーネ。おそらく軍事的均衡であれば、ジオルド帝国は今や他の主要三ヵ国に引けを取らない。
 むしろ四番手以下だったジオルド帝国は今やトップになろうとしていた。それはおそらく戦力的なもの以外にも『勇者の福音』の効果だ。




「だからルシェがもしやりたいなら、やってみない?国に交渉してみるよ」
「いいの⁉ やりたい!」




 やっぱり彼女は仕事しないと、張り合いがないのかすこし調子を落としていたから効果絶大だ。それにジオルド帝国は急速な成長をしているから、貴族や皇帝はその速さについて行けていない。
 彼女が国を回せば、おそらく最高の国になるだろう。
 そうすれば悪魔領にかかる圧力を軽減できるのではないだろうか。













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