勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

鎮魂歌





 城に拠点を移すと、生活は向上した。使用人がすべてやってくれるから、暇を持て余すほどだった。
 リーゼちゃんの世話に集中できるので、ボクたちにとっては願ったりかなったりだ。


 シルフィの弔う旅も、拠点から空間転移ゲートで行っている。決して軽んじているわけではなく、馬車の旅をしてしまうと国境を越えることができないので仕方なく移動を端折っている。


 あれから何度も敵は来ているが、力のない組織は騎士団が門前払いをしてくれているので、さほど多くはない。




 世界の情勢も大きく変わっていった。特に気になっていた魔王領のことだ。アイリスは大丈夫かなんて、ボクが心配する資格なんてないのに気になって仕方がない。


 魔王領は、ボクという魔王が別に存在していて勘違いして挑戦するものが後を絶えなかったため、グランディオル王国のお墨付きを得て改名することとなった。
 現在は魔王領ではなく『アイリス悪魔領』となっている。悪魔が増えたあかつきには、建国すると噂になっている。
 アイリスは悪魔領の象徴として崇められている。


 それと同時に、悪魔領にスカラディア教会がいよいよ入って来た。これはスカラディア教典の改変に伴い、悪魔の地位を確保する目的がある。
 以前の教皇であれば不安であったがミザリであれば、おかしいことにはならないはずだ。




「じゃあお願いなのだわ」
空間転移ゲート!」




 光に包まれる。その先は魔王領――いまは『アイリス悪魔領』の最南端の村にあの亡くなった子供たちの弔いだ。
 あの無残に殺された子たちを思うと、いまだに心が痛い。


 シルフィ率いる王国軍がここを攻め入った時は、アルフィールド主導だった。しかしそれに従ったことで多くの悪魔が死んだことを思い出したのか、彼女も今にも泣きそうな顔をしている。




「ふぎゅ。あ~ぁ?」
「……そうだね。ママを慰めてあげて?」




 リーゼちゃんはボクたちの顔色に敏感に反応する。もう首も座ってそろそろ自分で立てるようになるだろう頃だ。
 日に日に成長しているリーゼちゃんを見るのは三人の楽しみになっていた。




 たどり着いた村はあれから風化して無残に朽ちていると思ったら、整地されていた。燃えた木々や家は切り倒され、片付けられている。
 悪魔の気配もあった。




「悪魔が結構いるようだから避けて、墓場まで行こう」
「……そう……なのだわ」
「ぐひひ……こ、こっち、大丈夫……」




 木々に隠れながら回り込んで村の裏手に回る。あの時ボクが子供たちをうえて十字の木を立てた場所につくと、そこは奇麗な霊園になっていた。
 広く伐採されて整備された場所に、手入れされた花や草木。そして柵や墓石が沢山ある。あの時亡くなった悪魔の全てが眠っているのだろう。




「うへぇへ……き、きれいぃ……」
「うん……これは……」
「いくのだわ……!」
「ふぎゅ!」




 墓石は二十ほどある。あの子共を弔った場所までくるとしっかり名前も掘られている。あんなみすぼらしい墓ではなく立派なものだ。
 一つ一つの墓石に花を置き、十字を切る。




「じゃあアレ・・をやるのだわ……」
「ぐひひ……い、いいよぉ……」




 弔いの旅をしてもう三回目だけれど、毎回死者を弔うために鎮魂歌レクイエムを彼らに捧げている。それは魔女であるなら誰でも知っているうただと言う。
 彼女たちはたやすく命を奪える力を持つため、死者には等しく敬意を払う習わしなのだとか。
 形骸化しているその詩を重んじる魔女は今やいない。しいて言えば
オババだけだと言う。




 一方クリスティアーネは、それは死霊にとって救いとなる事を知っている。だから弔うのならこのうたを薦めてくれた。




 『全ての死にゆくものの霊魂を


 その身に纏う 罪を解くは御身


 我らの聖寵は貴方を 未来へと導きたもう


 すべてに等しく 幸福に至らんことを』




 クリスティアーネが歌い出し、それにシルフィが続く。それに合わせてボクもうたう。もう三回目だからさすがに覚えた。


「ふぎゅ~ふぎゅ~」




 リーゼちゃんはそれを覚えたようだ。言葉はまだ話せないが旋律を覚えるのはこの子の方が早い。
 やはり天才か。






 詩は世界にあまり出回っていない。その中でも鎮魂歌はいくつもある。しかし全てスカラディア教会の発祥であるがゆえに、神という虚構を褒めたたえ、その恩恵を受けるという内容だ。
 はっきり言ってそんなものはボクの性分ではない。
 だから世界の敵になったのかもしれないが。


 一方、この詩は詠った人が自らを留まっている・・・・・・死霊を輪廻転生に帰す為の鎮魂歌レクイエムだった。
 だからかボクはこの詩は好きだった。






 クリスティアーネ曰く、スカラディア教会の教典にも載っている天国というものは虚構だ。実際には無い。
 死者は等しく、留まる・・・か、転生するかの二者択一。その選択は本人で選ぶことはできない。
 不本意に死んでしまった者は等しく留まる・・
 だからこそのこの詩なのだそうだ。




 しょっちゅう死霊化させてしまうクリスティアーネが、毎回この詩を死者に捧げてはいない。そんな余裕は彼女にはなかったからだ。
 せっかく弔いの旅に行くのならと、詩を教えてくれた。


 未だに口下手で話が苦手な彼女だけれど、始めて詠ったときは衝撃的だった。その儚い夢のような世界に誘う詩に、また改めて魅了された。


 三人の中でも、リーゼちゃんと関係性の薄い彼女は、リーゼちゃんにそこまで好かれていなかった。
 あやしてもなかなか泣き止んでくれなくて、彼女はちょっと気にしていた。しかしこの詩を聴いたリーゼちゃんは目の色が変わった。
 リーゼちゃんもクリスティアーネの詩に魅了され、尊敬の対象になったようだ。


 詠い終わると、必ず決まってボクの腕の中より彼女を求めた。彼女もいつになく優しい顔をリーゼちゃんに向けていた。




「ぐひひ……リ、リーゼちゃんは……か、かわいいぃ」
「当然なのだわ! あちの娘なのだから!」




 そう言ってない胸を張っている彼女に笑った。




 ……っ!!




 そろそろ帰ろうと思っていたころ、悪魔の気配がした。少し警戒したが、これは知っている奴だった。しかし今や彼にとってもボクたちは敵だ。
 やさしい彼に直接暴言を浴びせられるのは少し悲しいから、早々に立ち去りたかった。




「……んも……んもっ! んも~~~~!!」




 何か叫んでどすどすとこちらに走り寄って来る。泣きながら。さすがにその様子は警戒に値しない。言葉がわからないから何とも言えないけれど、ボクたちとの会合に懐かしがっているようだ。




「ブブちゃん……こ、この人たち……は? ……」




 その大きな躯体の肩には足が悪くて歩けない悪魔の子がいた。彼女に通訳をして貰えば話すことはできそうだ。
 しかしボクの事は覚えていないのか、少し恐怖の色が見えた。




「久しぶりだね……ベルゼブブ」
「んもっんもっ」




 相変わらず何を言っているかわからない。肩に乗っている彼女は、彼にぎゅっとつかまっていた。いつまでもここにいると彼女が怖がりそうだ。




「彼女が怖がっているし、ボクらはいくよ」
「んもっ!! んもぉ~」
「ま、まって!」




 彼女は勇気を振り絞って、声をあげる。その声も身体も震えている。やはりかなり怖いようだ。子供にそれほど怖がられると居た堪れない。
 ただ魔王領……今は『アイリス悪魔領』ではボクについてどう伝わっているのかは興味があった。




「ん?」
「……あなた……魔王代理だった人間?」
「そうだよ?」
「……ブブちゃんが、お花とお詩をありがとうって」
「どういたしまして」




 そう言って、微笑む。少し照れたようにブブにしがみついている。もう恐れはそれほどないようだ。
 彼女とは少し話すことができそうだったので、ボクがアイリス悪魔領でどういう風に話をされているか聞いてみた。




 やはり手配書が配られ、賞金首が掛けられていた。ただ魔王領で金銭欲を持つものはほぼ皆無だ。賞金何て貰っても通貨自体がほとんど流通していない。
 その紙に書かれている似顔絵から、それが魔王代理をしていた男であることは知られていた。そして魔王代理は裏切者であることは周知されている。


 そして強さも。
 だから悪魔領の住人で、ボクは恐怖の対象だという。
 少なくとも悪魔軍に見つからない限りは襲われることはなさそうだ。




 それから情勢についても聞いた。
 彼女の立場では詳しいことはわからないが、王国との取引は始まる準備をしていた。ライズ村とトムブ村の交易はすでに再会していて、王国の物資は入ってきていた。
 おかげで復興の進み早いと言う。
 主に問題になるのは人手だが、建設、整備に関するものは王国から貸し出されている。
 やはりエルランティーヌの治世で、まっとうな手段をとられているようで安心した。




「んもんもっ」
「……あの二人の子を埋めてあげたのも貴方でしょ? ありがとう」
「ああ……あれくらいしかできなくて――」




 ――とその時。




「よく来たわね! アーシュ!!」




 聞き覚えのある声にボクは心臓を鷲づかみにされるほどに驚いた。彼女とまた会えるなんて思っていなかったから、涙がでそうになって喉がカラカラになった。






「やぁ……アイリス……」





















「勇者が世界を滅ぼす日」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く