勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

ジオルド皇城





 シルフィはボクと同じ、恨みに謝るのではなく恨みを受け入れる選択をしたようだ。王国や帝国、貴族以上の人間や悪魔たち、あの場にいた物は世界の敵を明確に認識したけれど、被害を受けた一般国民はその行き場のない恨みを持ちながら暮らしていかなければならない。
 だから目の届く範囲での恨みを引き受けようというのはつらいだろうけれど、支えたいと思えた。


 このままジョウウに頼っていたら、迷惑をかけてしまう。ジオルド帝国は受け入れると言っていたが、あの様子では、ボクたちを匿っていたら対国家の戦争になってしまう。




「いや、軍事的均衡パワーバランスを考えれば、むしろいてくれた方がいいらしいぜ?」
「いいのかな?」
「ぐひひ……空間転移ゲートを……つ、使いながら……ここに戻ってくれば……リ、リーゼちゃんも安心……かもぉ」




 確かにグランディオル王国、ヴェントル帝国、ヴィスタル共和国の上位三ヶ国以外は、国力があまり無い国ばかりだ。
 それらの国はほぼ言いなりだというのだから、ボクたちがいればそれも覆せる。抑止力として使えれば、戦う必要もないそうだ。






 ボクたちは鎮魂の旅へ行く前に、ジオルド帝国の城へ向かっている。
 面会の依頼を出したらすぐに会いたいと、時間を作ってくれた。貴族や皇族の面会は依頼してから通常三日以上かかる。
 午前中に出して、午後には時間を取ると言うのだから特別なのだろう。よく考えたら、クリスティアーネがいるからかもしれない。
 彼女の上位魔女の地位は絶大だ。


 それも依頼をして昼食をとっていたら、馬車で迎えにきてくれるとは。上位魔女であるクリスティアーネと魔女であるシルフィ、その子供のリーゼちゃんは馬車で、平民のボクは徒歩かと思われた。
 しかしボクも一緒に乗ってほしいと言われてしまう。いつになく好待遇にすこし腰が引けてしまった。




「ア、アーシュちゃん……い、いっしょで……よ、よかったぁ」
「徒歩でも気にしないのに」
「ケケケ。リーゼちゃんがべったりなのだから、ダメなのだわ」
「ふぎゅふぎゅ」




 二人を嫌っているわけではないが、ボクの指が大好物になってしまった彼女は、何かにつけて吸いたがっている。
……食べ物扱いされている気がしなくもない。


 リーゼちゃんに気を使って、ボクを馬車に乗せたというのならわかる気がする。




「ようこそお越しくださいました! ジオルド皇城へ。 さぁご案内します!」




 出迎えてくれたのは執事と使用人たち。ボクは目立たないように彼女たちを立てて一歩下がる。リーゼちゃんもボクの腕で指を舐めている。
 そのボクの行動に執事や使用人達は不思議そうな顔をしていた。


 客室に案内されるかと思っていたら、謁見の間に案内をされた。通常将軍とだけ会うのならここに来ることはない。
 つまり……。




「よくぞ来られた! 歓迎いたしますぞ! アシュイン様方」




 従者の位置で控えていたら、使用人に押されて中央へ向かうように促される。どうやら彼女たちと一緒にボクも歓迎してくれているようだ。
 しかも現れたのはジオルド帝国皇帝だ。横に控えているジョウウさながらの盛り上がった筋肉に逞しい鎧を着こんでいるのが将軍の様だ。




「もっと早く城へご招待しようかと思っていたが、王国の会議に時間を取られたのだ……」
「いえ、むしろ馬車での帰還ならば早いのでは?」




 話によると、上位魔女による空間転移ゲート送迎があったそうだ。通常はそんな下働きを上位魔女は依頼であってもしない。
 しかし今回はボクの指名手配と周知を優先させるために行われたそうだ。各国の城へ魔法陣が配置してあるのは、上位魔女ならではだろう。




「ぜひ拠点を……必要であれば、爵位も……‼」
「お、落ち着いて……」




 嫌に人懐っこくて、押しの強い皇帝だ。人がよさそうに見えるけれど、目のぎらつきをみればこの男も政の中心地にいることがわかる。
 何かを企んでいるのではないだろうか……。




「それで? 何をさせようと?」
「ぬ? ……なにをいっているのだ?」




 どうにも話がかみ合わない。今までの経験からいえば、どんなにいい顔をしていても、特に国の上層部の人間が素直なことを言うはずがない。
 この国にいてほしいと言う思惑は、単純に軍事的均衡パワーバランスの為だけではないはずだ。




「やはりこの男は信用おけません! 魔女様だけにするべきです! ジョウウの紹介ならなおさらです!!」
「やめんか! ゴルドバ将軍!」




 ジョウウは皇帝とそれなりの仲であるようだったが、この将軍とは犬猿の仲の様だ。似た者同士と言わんばかりの風体だからか。
 いま謀られたら二人は大丈夫だけれど、リーゼちゃんはそうはいかない。




(もう帰るのだわ?)
(そうだね……)
「ぐひ……帰ろ?」




 クリスティアーネの言葉に頷き、帰ろうと後ろを向くと、使用人や執事たちが入口の扉に集まって動こうとしない。




「お、お待ちください。 もう何卒! 何卒!!」
「そうです! もう少しだけ! もう少しだけお時間を!!」




 敬服の姿勢を取り、全員でお願いされたらさすがに無理にとは言いづらい。いちいち国々に反発していたら行くところがなくなってしまうから、向き直って皇帝の前まで戻る。




「しょうがないな……」
「おお! なんと寛大な!」




 やはりこのゴルドバ将軍は、ジョウウとは馬が合わないらしい。昔からの犬猿の仲だった。謀る性格ではないが、とにかく暑苦しくて憎めない男だと言う。
 大人しくしている約束で、皇帝の話を聞くことにした。




「あの上位魔女や最強の召喚勇者と言われるヒビキ殿を吹き飛ばす強さ! それにアシュリーゼという美しい女性に変身できるとは……ぜひ我が国で過ごしていただきたい! いるだけで抑止力になるのだ!」




 ジョウウに聞いていた通りの話だ。確かにリーゼちゃんが居るから拠点は欲しい。この城の様子から、さほど警戒しなくても大丈夫そうだ。
 しかしただ居るだけというのも、動きづらくて仕方がない。




「……たまに出かけても?」
「ああ! もちろん! 拠点を構え、我が国の良さを知ってほしい!」




 結局この人たちに押されてこの国に拠点を置くことになった。ただ他国からの入国者を制限できないから、挑戦者が居たら違法でない限りは受けてほしいそうだ。
 それははっきり言って面倒くさい。様子を見てリーゼちゃんの首が座るまでの期間ならと了承した。
 代わりと言っては何だけれど、ここにいたら他国の情報が入らないから情報収集できる諜報員を貸してもらうようにお願いした。


 住む場所もジョウウと同じところだと、クックのような野党がいくつも来てしまうので、城内に部屋を用意してくれると言う。


 謁見の間で了承を得られたことで、客室へと案内して寛いで話すことになった。






「さて、落ち着いたところでもう少し話をしておきたいことがあるのだ」




 現状の世界の情勢だ。
 あの時、ロゼルタが亡くなったことで王国はエルランティーヌの治世に戻った。そして彼女の手腕により魔王領と教会が完全に手を結んだ。
 彼女と直接ではないが、アルフィールドとの関係でヴェントル帝国とも終戦宣言は成された。そこまでは収まるところに収まったように思えるが、それ以外の国には一切配慮されていなかった。


 彼らが強力になった反面、その三ヶ国および魔王領は強力になり搾取される側になるという。
 今まではそこまで強い当たりはなかったが、これを機にジオルド帝国を含め、他の小国は全て法律が書き換えられるという強引なやり方をされるそうだ。




「な、なんという……」
「ぐひひ……お、おそらく悪魔の扱い……そ、その書き換え」




 それだけだったらよかったが周囲の既得権が働き、政治的な利をもたらすための手段として別の法も押し付けられる。




「具体的な要請は?」
「これから我が国の法と照らし合わせて要請がくるのだ……」




 ほとんどの国はスカラディア法典に則っている法で運営されているから、大きく覆ることはない。しかし一番問題になるのは奴隷制度だ。


 グランディオル王国やヴェントル帝国は、奴隷があまりいない。法はあるがほとんど活用されていない。先の聖女が借金奴隷になったのは記憶に新しい大きい事件だったが、それ以来奴隷になるものは少ない。
 ユリアもキョウスケに連れられているが、主人の裁量権が大きくほとんど自由に出歩いている。


 それが厳格化されてしまうと、ジオルド帝国やその他の小国はほとんどが違法状態になってしまう。


 ここでは職業として使用人や下働きをさせる奴隷が存在する。ユリアと同じような借金奴隷ではなく、職業奴隷だ。
 しっかり管理されているし、彼らも職を得るために望んでなる。しかし事情の知らないグランディオル王国が制限をすれば、この国は、小国は失業者で溢れてしまうのだ。


 海洋国家であるジオルド帝国はおそらく海賊だらけになってしまうだろう。ジオルド帝国の領域はほとんどが海だ。その海が海賊で溢れたら、小国との交易も一切できなくなる。




「やり過ぎた正義は、毒ってことだな」
「その通りです……ですからグランディオル王国に物申せる力が欲しかったのです」




 ボクは今までやりたいように生きてきたから、正義なんてこれっぽっちも持っていない。
 大事な人さえ守ることができればそれでいいと思っている。だからこの話に深くかかわる気はない。ただ居るだけで良いのなら協力しなくはない。
それに……。




「エルランティーヌ女王はそれほど話が通じない相手でもないと思うよ?」
「い、いや……我の話は全く聞いてくれないのだ」
「あのあばずれ! 大国だからと調子に乗りおってぇ!」




 ゴルドバ将軍は血の気が多いようだが、この様子だと手酷くあしらわれてしまったようだ。彼女は好きな人間には甘いが、嫌いな人間には容赦がない。
 しかし彼らはさほど嫌な人間ではないように思う。何か行き違いがあったのかもしれない。


 まだそうなると決まったわけではない。その時になったらエルに一言教えてあげるぐらいはできるだろうか。
 それとも立場上、ボクたちと会うことも難しいだろうか。

















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