勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 母 その6





 王城内はクリスティアーネに荒らされて酷い有様だった。何人かは生きる屍リビングデッドになってしまっていた。
 彼らの亡骸は教会に依頼した。鎮魂歌レクイエムを送ることで、彼らの死を早める。そうしないと朽ちて尚、王城内を闊歩されてしまう。


 しばらくは王城内の復興に追われた。クリスティアーネはやってくれたものだとぼやいていたが、さほど気分は悪くなかった。










 それからは徐々に仕事を減らしていった。日に日に子供の存在感が増してきていたからだ。しかし何故か腹がさほど大きくならない。
 そのおかげか、周囲には妊娠していることを全く気がつかれなかった。知っているのは上層部と騎士団の役職以上だけだ。


 王位継承の儀の日取りも正式に発表された。さすがにこちらには事前に知らせてほしかった。さほど重要視していないのかぞんざいな扱いだ。
 宰相で情報が止まっていたと思われる。
 最近の宰相は死に体だ。ここぞとばかりに普段のいびりの半分でも返してやろうと、押しかけた。
 奴の執務室の扉の前までくると、独りで愚痴をこぼしている。




「はぁ……アシュインめ……ロゼルタと婚約だと? ふざけるな……‼」




 ……な⁉




 アーシュがロゼルタと婚約? クリスティアーネはどうしたのだ。彼女とはずっと一緒にいるはずだ。
 ロゼルタ姫とどういった仲であるかは知らないが、昔の顔見知り程度だったはず。
 何がどうなって、ロゼルタ姫と婚約?
 しかもロゼルタ姫は次期王位継承者。王族にでもなろうと言うのであろうか。突拍子もない情報に扉の前で立ち尽くしてしまった。


 情勢が瞬く間に動いているが、このまま無知でいればまた翻弄されてさらに立場を悪くしてしまう。
 アルフィールド家に嫁入りという望まぬ立場であるから、壊れてしまっても構わないが、この子だけは……。




 それにもしアーシュが王族になってしまったら……?もはやあちでは届かぬ存在になってしまうのだろうか。逆に同じ王城内にいれば毎日会うことができるだろうか。
 違う夫婦同士で……。


 逆にそれは耐えられそうにない。
 ハーレムを作る分にはなんとも思わなかったが、人間同士の婚約となれば話は別だ。それはある意味契約でもある。
 そしてあちはあちで別の夫がいる状態。罪悪感と嫉妬が同時に襲ってくるなど恐怖だ。
 だったら……あちはあちでやれることをやろう。






 王位継承の儀が刻々と近づく中、帝国主催で首脳会合パーティが催されると言うことで、護衛を兼ねたアルフィールド家の人間としての出席が求められた。身重で長距離の馬車はとてもつらいが、帰りは空間転移ゲートを使う事で了承した。
 行きはヴィンセントと同じ馬車だった。当然と言えば当然だが、あまりこの男とは話したくはない。




「横に座りませんか? 揺れが少し楽になりますよ」
「いやここで結構。 ……それよりこの首脳会合で何かあるだろう?」




 この会合も定期的に行われているが、ここまで大行列を作っていくことはない。今回が特別であるということの表れであった。
 情報が欲しいというのも本当だったが、何より二人きりで雰囲気を作られるのがとても嫌だったから話を逸らし続けていた。
 拒めば立場を悪くするし、受け入れたくもなかったからだ。




「もう話してしまってもよいでしょう。悪魔の拉致もしていただきましたからね」
「……」




 そうだ。あの作戦でアルフィールド領に連れていかれた悪魔はどうなったのだろうか。用途なども一切聞かされていなかったが、猛毒の魔女ヴィノム・ウィッチがらみだからろくなものではないだろう。




「実は隷属の首輪の試作品が完成しましてね。 そのお披露目があるそうです」
「……そうか……」




 やはりあのあちのところに依頼が来ていた拘束具の研究だ。設計図、魔法陣、完成品を納品したものはやはりアルフィールド領へと行っていた。
 しかし意図するところをみると使われたのは魔法陣のみだろう。
 これは好都合。あの魔法陣にはある仕掛けがしてある。




 ……最悪の場合を想定して、あちだけが解除できる暗号鍵を用意しているのだ。開錠アンロック魔法にその暗号鍵を組み込めば解ける。


 最悪の場合とはあち、もしくはあちにが逃げてほしい人……たとえばアーシュに使われた時のことを想定している。


 あの魔法陣が使われているとすれば、いずれ霊魂に作用する悪魔以外の種族にも使える完全な隷属枷ができる。
 それほどにあの研究が危険だったから、先手を打っていたのだ。




「……あまり驚かれませんね。すでに我が領でそれが量産体制に入っています。まだ機能的に足りないのは後々更新されていくでしょう」
「……っ。どうするつもりなのだ?」
「ふふ……それが今回の目玉――」










「悪魔の奴隷化計画があるのですって」






 それは……つまり……つまり……。
 あちは最初から、これの為に……手のひらで奴の手のひらで踊らされていたと言う事だ。
 すべてはアルフィールド家の現当主アルバトロスアルフィールドによるものだった。




「うちの父が、例のアイリスという悪魔にいたくご執心でしてね。 ああ! 悪魔との伝手や騎士団を自由に動かしたくて近づいたと思わないでくださいね? シルフィ様をお慕いしているのは本気ですから!」
「……っ」




 やられた……。
 もう取り返しのつかないところまで深くかかわって抜け出せない状態になっている。それがわかっていたから種明かしをしたのだ、この男は。


 ……なんたる卑劣な男だ!


 しかしそれでも子を守れるならと甘言に乗ってしまった自分に、一番の怒りを感じている。なぜそんなことも気がつかなかったのだ。
 アーシュが指摘していた通り盲目だった。


 でもただではやられない。今はどうすることもできないが、必ず寝首を掻いてやる……。






















 首脳会議としての情報はヴィンセントによって既に得たので、さほど興味がなかった。
 紅蓮の魔女パドマウィッチもいたが、特に絡んでくる様子もなく鼻で笑うだけだった。やはり上位魔女から見放されているのだろう。
 ただ豪華な食事を飲み食いし、愛想笑いで終わると思っていた。


 しかしここでも騒ぎが起きた。




 隷属の首輪に対する実験体として、魔王領幹部で帝国に寝返っていたメフィストフェレスが登場した。
 それにも驚かされたが、ロゼルタの講釈の内容もあちがヴィンセントから聞いた情報以上だった。


 いわゆる悪魔の魔臓に干渉できるニンファーというドワーフの里でだけで生産されていた花の栽培が、帝国領で成功した。
 そのおかげで王国と帝国の利益が一致し、最終的には悪魔の奴隷化という共通の利益を得ることで、一時停戦まで持ち込んだと言うのだ。


 王位継承の儀と共に正式に終戦宣言が行われる。その政の最前線にいるアーシュは一体どうなってしまうのだろうか。
 とても嫌な予感がした。


 話を聞いているとさらに事件が起きる。実際にメフィストフェレスで隷属の首輪の性能を披露している場面のことだった。
 横やりが入った。




「あたしは悪魔アシュリーゼ! そんなもので服従できるならやってみるがいいわ!」




 ……悪魔アシュリーゼ?


 確かに奇麗な容姿をしている。アイリスにとても近いがまた違った美しさをもっていた。それよりあれは……どこかで見たことが。


 ……アシュリーゼ……アシュリーゼ……アシュ……?


 もう! もうちょっとで喉から出そうなのがでない!


 その悪魔の女は隷属の首輪が無駄な物だと証明しようとしていた。無抵抗で嵌められ、隷属契約をさせられている。




「さぁ!! これで登録完了です! 悪魔アシュリーゼ! 跪きなさい!」
「……っ!! ……ふん! お前が跪け……」




 ずわっと命令するロゼルタに殺気を飛ばす。




 !!!!?




 まるでアシュインと瓜二つの気がこちらにも流れて来た。あれはアシュインなのではないだろうか⁉
 名前も何か似ているし、あの奇麗な容姿はまるでアシュインを少し女性らしく着飾ったような……そしてこの気だ。
 条件がそろっているが……やはり完全なまでの女性だ。
 そこだけがあちの考えを否定している。




 彼女がアーシュならば……また話はできないだろうか。そう思っていたら、紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが余計なことをしたせいで、メフィストフェレス共々逃げられてしまった。




「あ……あ……アシュ……」






 それから会合は騒然となったが、同行していたアルバトロスがここぞとばかりのその威風で、うまくとりなしてその場は収まった。
 結局量産し奴隷化の流れは変わらなかった。この男の政治力とカリスマの一端が垣間見えて、恐怖した。あちを謀ったその老練さをまざまざと見せつけられた。




 会合が終わるとあちは長旅で体調もすぐれないので、数人がいっしょに空間転移ゲートでアルフィールド領主城へと戻って来た。
 戻ってすぐにあちは……破水して倒れた。




 いよいよ出産だという。まさにギリギリだった。帝国領にも産婆はいるだろうけれど、あちの種族の希少性を考えると心もとなかった。
 ぎりぎりで戻ってこられたことで、気の知れた産婆と乳母についてもらって、無事出産することができた。
 初めての出産にしては、子が大きくなかったのでさほど苦労はなかった。しかし子供は小さいのは精霊特有なので、結果は上々だった。




「ふぎゅ~ふぎゅ~」
「ちっさ! こんなに小さくて……だ、大丈夫なのか?」
「文献には精霊はこういうものだと書かれていたそうですよ。それに元気に泣いていますし」
「それよりシルフィ様? もう名前はお決めになったのですか?」




 ……名前は決まっていた。
 あの時、決めたのだ。そう悪魔アシュリーゼを見た時に。




「リーゼ……リーゼちゃんなのだわ」
「なのだわ?」
「あ……」
「いい名前じゃありませんか! リーゼちゃん! かわいい!」
「そ、そうだろう! みんなも呼んであげてくれ」




 離れてみていた使用人達も集まり、みんなでリーゼちゃんリーゼちゃんと呼ばれている。




「ふぎゅっふぎゅっ、あ~」
「リーゼちゃんは女の子。 絶対にアイツより綺麗になる!」




 最悪な情勢の激動に翻弄され続けた中で見つけた、大きな幸せだった。子を持つ母というのは、こんなにも幸せになれるのだとは思わなかった。




「ふふ……」




 今までの最低な自分がこんなに幸せになってよいのだろうかと思う。あちの所為でまったく罪のない多くの死者、犠牲者を出した。だからいずれ罪を償っていきたい。






 しかしあちに残された時間はもうあまり残っていない。そう感じていた。
 日に日に魔力が衰え、『停滞』でぐんと落ちていた。雪崩の時に吹っ切れたおかげで、おそらく『停滞』はその時改善されていたと思う。
 あれから魔力の減りが緩やかになったからだ。


 それでも残されていた魔力は少ない。その上出産。あちの換算では……おそらく二か月から三ヶ月程度。
 やはりアルフィールド家に入ってしまったのは、悲しいが正解としか言えない。ただヴィンセントのつながりがなくなれば、追い出されるしあちが死んだあとのリーゼちゃんがどうなるかわかったものではない。
 最低限の言質は取っておかなければ……。






 出産から時間が経ち、リーゼも人間の赤ん坊程度まで大きくなっていた。やはり精霊の出産とは特殊な物の様だ。
 こんなに急激に身体が大きくなるのだったら、すぐに追い抜かれてしまうかもしれないと焦ったが、人間の赤ん坊ほどになるとそれは緩やかになった。


 ヴィンセントはあまり子供には興味が無いように感じた。最初だけの甘言であったのだろう。
 リーゼちゃんがヴィンセントになつかれてしまうのも何となく嫌だったから好都合だったが、逆にこのままではあちが死んだあとが怖い。
 リーゼちゃんがせめて物心つくまでの命の担保がほしい。




 そこで閃いた。




「して、シルフィ殿が我に何の用だ?」




 アルバトロスに面会を依頼した。この男とのやり取りは少々骨がいる。すでに奴の重圧にすこし怖気づいた。
 でもリーゼちゃんの為なのだから、負けてはいられない。




「私の……状態をすでにご存知でいらっしゃいますか?」
「ふん……そんなに身体が衰弱してはもう長くは持たぬのであろう?」




 やはりこの男は気づいていた。もとよりほとんど顔を合せることが無いのだから、部下か使用人に様子を観察させていたのだろう。
 そう言う男だからこそ交渉の余地もある。




「死んだあと……我が子をどうか追い出さないでいただきたい」
「……ふん。 子は……ヴィンセントの子では無かろう?」




 やはり……そこまで気がついていたか。たしかにヴィンセントは迂闊なところしかない。それどころか女性経験すらないように感じる。
 そんな男が取り繕えばすぐにボロが出ると言うものだ。




「ですが……悪魔の奴隷化計画の要である隷属の首輪。あの魔法陣には特殊な暗号鍵が組み込まれています」
「な、なんだと……」


 ……ぐっ。
 急に圧をかけて来た。やはりあの計画は奴の肝だ。まさに逆鱗に触れるとはこの事だろう。




「我が娘にその対となる公開鍵の魔法陣を組み込みました。これがどういうことかわかりますか?」
「……もったいぶるな!! 何が言いたい」


「我が娘が死ねば、暗号鍵は機能しなくなると言う事でございます」




「……お主……くくく……良いだろう。 それぐらいたやすいことだ」




 ふとアルバトロスは表情を崩す。さすがに冷や汗をかいた。しかし言質は取れた。この妙案。実は嘘だ。
 だが理論的には可能なので、実際にそれを組み込む予定ではある。




「いい女だ。 もし寿命でなければ我がほしいほどに……な」




 こっちは願い下げだ。
 どうせ政治の道具に利用されるだけなのだから、こちらも利用するだけの関係にしかならない。
 これ以上はボロが出そうなので早々にその場を後にした。




 予想以上の収穫に打ち震えた。それにその達成感に、生きる糧を見つけたきがする。たとえ最後の灯だとしても、リーゼちゃんの為ならばやれる。今更ながら大きな自信となった。






 いよいよ王位継承の儀が近づいてきたある日。
 なにやらアルフィールド城内が慌ただしい。あの実験用に連れてこられていた悪魔たちが脱走したとのことだ。
 あちが何かしたわけではないが、それは良かった。どういう状態で捕まっていたかすら知らないが、あまり良い環境にいたとは思えない。




「……大好きなのだわ~リーゼちゃん……」




 今日も寝る前のちゅーをして、我が子との戯れを楽しむ。結局魔女の魔法陣の文献を漁って、割とすぐ公開鍵の魔法陣が完成した。
 まだ生後から間もない子供に魔法を組み込むなんて残酷かもと思ったが、彼女自身の身を守るのに必要だし、魔力は既にあちより多い。
 この成長はおそらく将来彼女が苦しむ要因になりそうだ。死ぬまでにはその対処の魔法陣も完成させたい。




「シルフィ様……あとはお任せください」
「ありがとなの……いえ、ありがとう。お願いするわ」




 子供の世話はほとんど乳母や使用人たちがしてくれている。おかげで楽ができるが、使用人たちにはあちよりリーゼちゃんのほうが人気はあって解せない。
 そんな幸せでつらい現実を忘れられるひと時は過ぎ去り、ベッドに潜るとまた悲しみと重圧に襲われた。
 これが最近の日常だ。ついすすり泣いてしまい使用人達に気を使われてしまっている。しかし……。












「アシュインだ……可愛い子だね」
「!!!!!!」




 姿が見えないが、アーシュの声が聞こえた。いきなり耳元で、恋焦がれていた彼の優しい声が聞こえて来たので、全身がぞくりとして顔が紅潮し、さらには頭が真っ白になった。
 声を我慢できなくなり喘いでしまいそうになるのを必死で我慢した。そしてぎゅっと彼の手、らしきものにぎゅっとしがみつく


 おそらくこれはナナの『隠匿』だ。あちの感知を潜り抜けるほどに成長していたことにおどろいた。それに彼女もアーシュといると思うとズキリと胸が痛んだ。




「シルフィは幸せ? ……それだけ聞きに来たんだ……」




 そうまた囁かれる。リーゼちゃんとの戯れもとても幸せなひと時であるが、このとき感じた久しぶりの幸せにあちは打ち震えた。
 アーシュがそんな気はないのは知っているが、こんなに近くでやさしく声をかけてくれるのは、まさに天にも昇る思いだった。
 彼のかけてくれる言葉を一つ一つ噛み締めて、会話がおかしくならないようにするだけで精一杯だ。


 しかしアーシュの問いは、アルフィールド家にいるあちの幸せを案じているのだ。だからこんな無茶なことまでして駆けつけたのだろう。
 そう思うと取り繕うしかなかった。




「我は……し、しあわせ……だ……」




 そう言った瞬間、彼はベッドから離れて行ってしまう。その空虚感はいままでの哀しみの比ではないほどの寂しさに襲われた。
 もっと話がしたい。
 もっと囁いてほしい。
 もっとぬくもりを感じていたい。


 そんな願いは――




「ぐえへへ……シルフィ……う、うそつきぃ」




 というクリスティアーネらしき声に遮られた。感傷的になっている今のあちにこの冗談にもならない彼女の声は、かなりイラっとした。




「ぐひぃ……もう……大丈夫……ね……あ、アーシュちゃん『白紙化』つくったよ」
「な⁉」




 なんということだ……あちの幸せだけを願って、ありえない薬を本当に創ってしまった。
 正確にはクリスティアーネが調合したのだけれど、彼の生命力を引き千切ったのだ。
 しかしそれはアーシュには黙っているが『白紙化』ではなく、元の契約状態に繋ぎなおすことのできる薬だという。
 なぜそう調合したのか。




「アーシュちゃんの……ちょ、寵愛を受けるなら……か、覚悟して?……あ、あたしは……した……よ?」
「……」




 やはり重いのだ。だからわざとこの薬の効能にしたのだ。彼女はそれを受け止めるだけの経験をし、成長をし、そして背負った。
 あちにそれができるだろうか。その資格があるのだろうか。




 すぐに答えを出せるわけがない。




 すると彼女は一つの魔石を握らせて来る。




「よ、用があれば……そ、それに魔力を……れ、連絡できる」




 こんな技術まで身に付けられていたなんて、さらに差をつけられてしまったようだ。彼女に完全に劣等感を与えられてしまったが、彼女が背負ってきた苦境や研鑽を想像すれば、納得せざるをえない。
 それだけを渡すと、クリスティアーネの声もふと消えて、離れていくのを感じた。そうなればもう用はおわりだ。帰ってしまう。
 おそらく後ろで待っていたアーシュも一緒に。


 行かないでほしい……そう言えずにただ名前を呼んで、わさわさと周囲をまさぐっても空を切った。




「アーシュ……アーシュゥ……」




 するとまたぬくもりを感じて――




「愛しているよ……シルフィ……」




 おでこに口付けをされた。




 それが嬉しすぎて、切なすぎて、そして脳内が焼き切れてそのまま気を失うように眠りについた。
 リーゼちゃんだけでは得られることがない、極上の幸せがそこにあった。
……あちも愛している……。












 しばらくはそれだけを糧に、生きる気力を得た気がした。足りない穴を埋められたようだ。
 体調もかなり改善をしてきた。あちの生命はほぼ尽きかけていたのだ。しかしあの時アーシュは生命力を分けていった。
 おそらくそれは、自分の物を引き千切ったはずだ。やはり彼は重い。そんな自分を傷つけてまでしてもらう資格なんてあちにはないのに。
 でもそれは一次的な延命に過ぎない。やはり根本的に解決するのならあの薬が必要だ。


 しかしあちにあれを飲む資格はないだろう。でも彼の為にはなりたい。あちはこのまま朽ちてしまうかもしれないが、それでもアーシュに何か残したい。




 ……できることといえば……あれだ!




 現行の最新の隷属の首輪を盗んできた。これを研究して、解けるようにしておく。原理はあちの魔法陣とクリスティアーネの魔臓の研究をもとにしているから、たいした解析も必要ない。
 こんな小さなことしかできないけれど、あちにできることはやると決めたのだ。






 そんな生きる目的のために邁進しているある日。
 リーゼちゃんと今日も戯れている最中の事だった。突然彼女のすぐ上にどす黒い空間が発生した。




「な⁉ なんだあれは! リーゼちゃん!!」
「ぎゅぶ?ぎゅぶ~」




 当然リーゼちゃんが意味を理解することができずに、その暗黒に飲まれてしまった。




「いや!! リーゼちゃん!」
「シルフィ様! おちついて! お怪我はないようですよ!」




 一瞬包まれたと思ったらすぐに晴れて、また無邪気に動き出した。その様子をみて乳母が抱き上げて連れてきてくれる。
 外傷は一切ない。しかし体中を見渡すと、下っ腹のあたりに紋のようなものができていた。




「こ、これは……呪い……か?」




 嫌な予感がして躊躇せずにクリスティアーネにもらった魔石に魔力を注ぐ。小鳥がやってきて、その小鳥を媒介に会話ができると言うものだった。
 すぐさま来てもらうように言った。


 きっとアーシュは王位継承の儀の思惑があって彼女を配置させていたはずだ。それをけってまでこちらに来るようにとアーシュちゃんも彼女も承諾して駆けつけてくれる。




「……あ、ありがとなのだわ」
「ぐひぃひ……と、友達……だよね? ……友達……だ、だから」
「あちに……その資格は……」
「と、友達ぃ……」
「あ~もう! 友達なのだわ! だからお願い!! リーゼちゃんを!」
「うぇへへへ~ やっちゃう!」




 少し不安もあるけれど、彼女の技術は本物だ。そして上位魔女という行為の存在は伊達ではなかった。
 しかしかなり厄介な呪いだった。とくには時間がかかるようだ。




「……こ、これ……造物主……の仕業……た、たぶん」
「現存したのだわ⁉」




 アーシュの目的は罪をすべて背負う事と、ロゼルタの殺害だった。あのおぞましい悪魔の奴隷化計画の発案者だというロゼルタはアーシュの逆鱗に触れたのだ。
 一方造物主は何かを成そうとしていて、そのためには自由に動き触媒としての彼女の身体を欲していた。つまりロゼルタに死なれると現世への干渉が難しくなるということらしい。そのための人質がこの呪いでありリーゼちゃんだという。




 二日ほどかかってまだ呪いは解けていない。そしていよいよ王位継承の儀の日がやってきてしまった。
 あちは周囲に呪いの事を隠していたので、体調不良を理由に欠席を伝えた。使用人達や乳母はあちに協力的、むしろリーゼちゃんの味方になってくれたため、あちの嘘にも付き合ってくれた。




「も、もうちょっと……うひひ……で、できたぁ!」
「や、やったのだわ!」
「やりましたね!! よかったリーゼちゃん!」
「ぎゅぶ! ぎゅぶ!」




 あちの部屋にはわぁっという歓声があがった。使用人達もリーゼちゃんの解呪を今か今かと、気をもんでいたようだ。
 リーゼちゃんは、あちとクリスティアーネの指を必死で握り喜んでいるように見えた。
 それを見て、あちの気が変わった。




「クリスティアーネ……あち……」
「ぐひ?」








「――もっと……生きたいのだわ……」









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