勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 母 その2





 アーシュは魔王領にも帰っていなかった。何の連絡もなしに返らなかったから心配はしていてくれた。ついでであちのことも心配してくれていた。


 しかしやはりおかしい。
 冷静によく考えてみれば、契約者のあちが魔力を感知できないというのは地の果ての遠い国にいるか別の次元や高位の結界にいるときだけだ。
 それか……死んでいるか。
 アイリスも感知できていなかった。だとするならやはりアーシュが遠くにいる可能性が高い。




 それも踏まえてアーシュの捜索もしてくれるそうだ。
 ただアーシュの捜索をすると言うことは、王国内も調べると言う事。つまりあちの噂が嫌でも聞かされるだろう。
 アーシュというつながりがあったから仲良くはしてくれていたみんなも、彼がいなくなってあちの失態を聞けば、きっといとも簡単に嫌われてしまうだろう。それが怖くて何も言えなくなった。


 あちはアーシュの捜索だけをお願いして、彼が戻るまでは王国で暮らすことにした。
 きっとアーシュが戻ってきてくれるだろうし、クリスティアーネも王国の医務室にいて療養中だからだ。


 いや、それはただの後付けの理由。本当はただ居辛いだけなのだ。










 王城で暮らし始めてからは、毎日宰相にせっつかれた。アシュインはどうなっている、騎士団は強くなったのかと、責め立てられる。




「ふんっ! あやつが逃げるなんてな……とんだ腰抜けだ!」
「ふざけるな! アーシュには事情があるのだわ!」




 にやにやと厭味ったらしい顔でみおろしてくる。本当に胡散臭いやつだ。この男の狙いはわかっている。
 一か月という短い期間で帝国に戦える程度の戦力にするということだ。基準が無いから、全員をアーグリー前々騎士団長クラスにしなくてはならない。


 先日魔力スカウターを使って、呼び出したアーグリーの計測をしたところ、魔力1000程度だった。この程度ならばちょっと鍛えればアーシュの福音が無くともできるのではないだろうか。


 保険としてやってみるのは悪くないはずだ。
 それにもし……もし彼が戻らなかったら、宰相の約束通り責任を取らされて、下手をすると犯罪人にされてしまう可能性すらある。
 あちはやってやるのだわ!










 しかし、王国騎士団は思った以上に弱かった。
 あのヴィンセントなど一般国民と同じだし、他の班長クラスもすこし武力が長けているだけだ。
 そもそも騎士の癖に剣の持ち方すら、ままならない始末。それもそのはず、多くの中央騎士は貴族だ。
 突きの特化した護身用のレイピアばかりしか振ったことがないのだ。前線の騎士は何でも扱えなければ、すぐに死んでしまうから戦場で勝手に覚えるが、奴らはとんと経験にも乏しかった。




「う~ん……ど、そうすればいいのだわ……」




 これは一筋縄ではいかないし、これを強制するには日々の鍛錬しかない。それを越えるにはやはりアーシュの福音が必要だった。
 そして思い出した。福音の勇者がもう一人いることを。
 エルランティーヌとレイラになんとか面会の時間を取ってもらった。忙しそうに執務をしながらこちらの要望を伝える。




「心配よね……一部なら流用しても構わないから、探してくださいな」
「いったいどこへ行っちゃったのかしら!」




 アーシュの捜索人員の許可は得たが、福音の勇者は使えないそうだ。
 キョウスケという召喚勇者の勇者の福音ゴスペルはアーシュとは比べものにならないぐらい弱いし効果範囲も狭い。
 パーティーを組んで効果を発揮できたとして、五人程度。一時は調子が良くなるがそれが限界だった。


 勇者の福音ゴスペルの目玉は超成長率だ。それがほとんど発揮しないのであれば、ただのパーティーバフでしかない。




 なんにせよ部下を一部流用して捜索ができるようになった。魔王領の方でも諜報部を使って探してくれるそうだから、きっとすぐに見つかるだろう。






 それからは毎日訓練を重点的に行い、合間にクリスティアーネの様子を見に行くなど、忙しい日々をすごした。奴は意識が全然戻らずに死んでしまったかのように寝ていた。
 自ら魔力を温存して生命維持機能を最優先する魔法を使っているようだったから、食事をしなくとも一応は生き続けられる。
 ただ下の世話や造血剤の投与は必要なので、まだまだ手がかかっていた。














 そして期限の一か月が経っても彼は帰ってこなかった。
 気がつけば騎士団の信用は回復し、彼らとの訓練や作戦指揮は楽しくなっていくのがわかる。アーシュがいないと言うのに。
 逆にアーシュがいないと言う空虚を埋めるために騎士団に入れ込んだ。


 相変わらず宰相は毎日いびって来たが、そのいびりに耐えるあちに騎士団は味方になってくれた。
 しかし……。




「とうとう期限ですな……ざぁんねんでしたなシルフィ殿」
「……くそ!」
「もうエルダートも戻ってきませんし、よろしければ正式に騎士団長になりませんか? そうすればアシュインの罪状も多少は軽くすることはできますよ?」
「……ほ、ほんとうなのだわ?」




 騎士団長になってしまえば、いちいちエルランティーヌに許可を取らずともある程度の裁量権が広がる。
 だったらその地位を手に入れて、大規模に探すべきだろう。




「わかった……やってやるのだわ!」
「それは、それは……しかし騎士団をあからさまな私用に使われては困りますな」




 いきなりやろうとしていたことにくぎを刺されてしまった。ただこいつの目を盗んでやってしまえば関係ないだろう。
 騎士団内でもあちの支持者は集まってきているし、何とかなるだろう。


 正式な書状はすぐに届き、あちは正式なグランディオル王国の騎士団長に就任した。




「しかし団長。 その変な口調はそろそろ控えてください。部下に示しがつかない」
「な⁉ なんだと! ……へ、変……なのだわ?」
「ええ多分に……」




 班長クラスが集まった会合の場で言われてしまう。全員に変だと言われてしまえば急に恥ずかしくなってきた。
 以前はそんな体裁を気にするような軟な心臓をしていなかったのに、こんなに不安になるのはやはりアーシュがいないからだろう。








 それからは更に忙しくなった。
 こちらで生活していたのは案外間違いではなかったのかもしれない。忙しすぎて魔王領に帰っている暇などなかったのだから。
 通常の職務に、アーシュの捜索の中規模な捜索が始まったのでとても余裕は無くなっていた。


 各領の捜索にはヴィンセントの口利きで、アルフィールド侯爵が動いてくれた。そのおかげで領騎士団も借りることができた。
 そんなある日の事。




「んしょ、んしょ、あっ」
「シ、シルフィ騎士団長代理! 大丈夫ですか!」




 眩暈がしてよろけたせいで、がしゃんと大きな音をたてて昼食のトレイをテーブルに乱暴においてしまった。
 最近はあまり食欲もなくて倦怠感がずっとある。




「ごめん……なの……いや、すまない」
「医務室へ運びますね!」
「も、もう平気だ……すこしこぼしてしまったなの……しまった」




 きっと習慣的に使っていた言葉を変えたせいで、調子がおかしいのかもしれない。それにずっと忙しいことも原因の一つだろう。
 スープが少しトレイにこぼれてしまったが、またよそいなおしてもらうのも億劫だったので、そのまま食事を始めた。




「だ、団長……レモネード……飲み過ぎじゃないですか?」
「ぢゅー。 そ、そうか?」
「それに蒸し煮にもレモン汁めっちゃかけていたというか、もうレモン食べているのといっしょでしょこれ」




 疲れがたまるから、すっきりする酸っぱいものが妙に欲しくなっただけだ。人の好みをとやかく言われるのもだんだん億劫になってきた。
 ここは人が多くて休まる暇もあまりない。




「今日は休む……後はよろしく頼む。新副団長・・・・
「は!! かしこまりました。 それより……無理しないでくださいね」
「……あ、うん」




 先日アルフィールドに世話になったことで、恩を売られてしまった。その結果が奴の副団長就任だ。はっきり言って前の副団長の方が使えたが、断り切れなかった。
 ふいに気を使って優しさを見せる者だから、毒気を抜かれてしまう。




 自室に戻り、この体調不良の原因を調べるべく自分の身体をくまなく調べてみることにした。
 すると霊魂の一部が傷ついていることに気がつく。






 ……これは……そんな!!












 ……絶句した。






 アーシュとの契約が切れていることに、今更気がついた。これはあちにとっては死刑宣告だ。 今ある魔力が切れれば死ぬ。
 日常で使う魔法や魔力は回復剤で回復できるから問題ないが、契約の制約で生命維持のためにはアーシュから魔力をもらわなければならない。
 それができなければ徐々に衰退し……死ぬ。




 いや……アーシュの寿命を考えれば、このまま節約して生き続ければアーシュの寿命と同じ位は生きることができる。
 せっせと毎晩、魔力をもらっていたからだ。




 でも問題はそのアーシュに捨てられた・・・・・と言うことだ。それ以外の理由で契約を無理やり引き千切るようなことができるわけがない。
 精霊の契約は重い。因果律の理の上に成り立つ上位の契約だ。おいそれと千切ることなどできない。




 ……それほどまでに、憤怒することがあった……




「……うぅ……うぁああああああああ!!」




 やってしまった。
 もうおしまいだ……。




 きっとあの噂の所為だ。 次の日に迎えてきて、広まった噂を聞いてしまったのだ。
 つまり……それはもう我のもとにアーシュが帰って来ることはないということ。


 それにもし顔を合せたら、「祝福するよ」なんて唇をかみ切りながらいうのだ、あの男は。
 そんなことを言われてしまったらと思うと、恐ろしくて考えたくもなかった。
 彼の愛の重さに押しつぶされそうになって、恐怖におびえながらずっと泣いていた。しばらくこの絶望感は癒えそうにない……。








 すこしの間泣きあかすと自分が魔女のせいか、天才と言われ続けた環境のせいか、すぐに涙は乾いた。
 いまは恐怖と絶望感だけが残っている。


 はじめから捜索なんて意味がなかったのだ。彼自身が逃げているのだから。そう思えば、宰相の言っていたことは本当だ。


 我は使用人に頼んで部下を呼んでもらい、ベッドの上でもう捜索を止めるように指示を出した。













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