勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

王位継承の儀 その4





 万事休すだ……と思ったその時!!


 頭上から一羽の小鳥が舞い降りてくる。タケオとジンの小鳥……つまりシルフィの子供の解呪が成功したということだ。間一髪だった。




「……紅蓮の魔女パドマ・ウィッチ。剣を借りるよ……」
「あん? ……なっ⁉ 剣がない!!」




 皆がロゼルタとエルランティーヌに注目が集まる中、一番近い紅蓮の魔女パドマ・ウィッチに忍び寄り、剣を奪って再びロゼルタの目の前に戻る。
 そしてエルランティーヌに微笑みかける。




「エル……止めてくれてありがとう……でもそれじゃぁダメだ」
「……アシュイン……それはどういう……」
















 ――それ以上は何も言わず、ただゆっくりと時が流れ……。


















『ぎゃぁあああああああああああああああああ!!』


「なっ⁉」




 そのままバスターソードは横一線に滑り、刀身に帯びた魔力が光の軌跡を描く。バスターソードというぶっ叩く剣にも関わらず、まるで切れ味の良い細身の剣のように滑らかな切断面になった。
 そして落ちる直前の……




 ロゼルタの髪を掴み、首を持つ。そして国民に見えるように掲げた。






「「うゎあああああああああ!」」
「「ひぃいぃいいいいいいい!」」




『……なんてことを……!!』
『これがボクの目的だ……そして……わたし・・・の目的だ!」




 ――変化の魔法を使い……。










「「魔王アシュリーゼ!!!!」」












 アシュリーゼになった。
 ボクの姿を知っている上位魔女やアルフィールドは目を剥いている。




『ギ……ザ……マ……ユ………………ユルサンゾ!! ゆるさない!!  ゆるさない!!  ゆるさない!!  ゆるさない!! 神の使いである造物主に手をかけたなぁ!!!!』




「うわぁあああロゼルタ姫の生首が喋ってる!!」
「ひぃいいいい、おばけぇ!!」
「な、なんだいありゃぁ!」




 ボクの手にぶら下がり、首がびちびちと跳ねる。しかし血がぼたぼたと垂れて血色はどんどんと悪くなる。
 乗っ取られている状態なので、生命が絶たれてもしばらくは動くだろう。しかし首を斬られた下半身はもう動かない。




「アミ……首から下はやるから帰還転生魔法をつかうといいよ」
「……アーシュ……大丈夫なの?」
「ああぁ……あとは仕上げだけだ」




この後はもういう機会がないので、本気の気持ちを伝えることにした。




「アミ……キミとナナは……行かないでほしい……こんなことを言ったら束縛しているみたいだけれど……」
「……ふふ、やっと言ってくれた……大丈夫……行かないよ! 全部……全部終わったらアジトへ迎えに来て!」




 そう言うとアミと数名の熊連合は、すぐさま首から下を運び『隠匿』で姿を消す。別の場所で帰還転移を試すのだろう。これからやることもわかっていながら、彼女も理解をしてくれた。その気持ちを受け取るとボクのもやもやとした気持ちが少し晴れて、否が応でも鼓舞せざるを得なかった。
 そして中央に立ち、首を掲げる。




『すべての生けとし生ける者たちよ!! 我が名はアシュリーゼ! アシュインとは仮の姿だ。 ゆっくりと支配してやろうと策を練ったが、この茶番に興覚めだわ! この姫の様に、全ての人間を! 悪魔を! 世界を滅ぼしてくれる!』




 壇上を戦場にするわけにはいかないから、素早く下の舞台へと降りる。丁度ルシェたちがいる位置からは反対側で少し距離がある場所だ。




『なんてことを!! 上位魔女二名!! 現最強戦力はアシュリーゼを食い止めなさい! 報酬は弾みますわ!』


「カカカ! そうでなきゃな! アシュリーゼちゃん! いま犯してやる!」
「超めんどいし!! でも久々にやっちゃう⁉」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチはぬるりと新しいバスターソードを空間書庫から引っ張り出して構える。それと同時に猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチも薬品の瓶をいくつも取り出しているようだ。




炎獄・インフェルノ・絶対零度付与アブソリュートゼロ・バインド!!」
猛毒沼ヴェノム・スワンプ




 轟音と共に灼熱と氷結の性質を併せ持つ剣をふり上げる。さらに猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチも負けずとボクを拘束すべく毒沼を展開する。
 だがボクの意識は戦闘の中にはない。それよりエルに視線を向ける。彼女は各方面にしっかり指示をだし、一定距離を取るようにそして人を近づけないように魔道具結界を張るように言っている。


 一方、上位魔女は全く周囲に気を遣うこともせずに派手な技をぶっ放している。そんなことをすればいずれ一般人を巻き込んでしまう。
 しばらくは暴れずに防戦に徹する。
 ひとまず舞台から一般の人間が排除できれば、あとは防壁の魔道具で結界をはられるだろうから問題ないだろう。




「そろそろ、やりましょうか」




 そういってロゼルタの首を捨てる。鈍い音を立てて、残りの血が飛び散るとヘルヘイムの乗っ取りも解除されたようだ。
 聖剣は持ってきていないから、慣れない彼女から拝借したバスターソードを構える。
 次の瞬間――






 ギンッッ!!




 という劈く剣と剣がぶつかる音が響き渡る。




「カカカ!! アシュリーゼちゃんは魔法が使えないようだな!」
「ふん!! そんなもの必要ない!」




 何度も何度も一振り毎に、重低音のような金属のぶつかり合う音に観客も怯えているように見える。




猛毒付与ヴェノム・バインド!! そしてぇ! 黒死霧デス・ミスト!

「カカカッ! いいぞ! 援護よろしく! 猛毒の!」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの連撃と同時に、猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチの毒霧の牽制がはいって来るとかなり厄介だ。
 魔力はボクのほうがはるかに高いが、剣技にはさほど差がない。思ったよりてこずりそうだ。




「どうしたいぃ! アシュリーゼちゃん? 大口叩いて、たぁ~いしたことないねぇ?」
「さっさとやっちゃって? だる~いからさ!」




 壇上の中央で戦いを展開しているが一段下がった舞台では、何やらアイリスとエルランティーヌ、そしてレイラまで『隠匿』からでて言い争いをしている。
 悔しそうな表情でこちらの拡声魔道具の有効範囲に入る。




『アシュリーゼ!! よくも魔王領を陥れてくれたな!! 我々悪魔は! 王国と手を取り、貴様を討ち滅ぼして見せる!!』




「「おぉおおおおおおおお!!」」




 ……それでいい。
 エルランティーヌは諦めてこちらの策に乗ったようだ。そしてアイリスを説得したのだ。防壁の向こうで行く末を見守っている王国民たちも、恐怖より勝機の方が勝ったのか、腹に響くような雄叫びが会場中を包んだ。




「「ころせ! アシュリーゼをころせ!! 討ち滅ぼせ!」」
「「やっちまえ!! 敵をとれ!!」」




 だんだんと会場が一つにまとまりつつある。帝国側と、アルフィールド、宰相のほうがまだ沈黙を保っているが、奴らがこの乱戦に出てくるわけがない。
 となれば……。




「貴様がアシュインの正体か! 殺してやる!」
「絶対にぶっ殺す!」




 ギィイイイイイイン!!




 別方向から飛び出していきなり斬りつけて来たのは、ヒビキとモミジいう勇者。かなり強い上位魔女より上の魔力を持っているが、剣技が素人という不釣り合いな連中だ。




「カカカッ! 勇者の坊ちゃん嬢ちゃんが敵う相手じゃないよ! 引っ込んでいな!」
「ふざけるな! こいつは僕が殺すのだ!」




 何やら別勢力同士馬が合わないのか、言い争いを始めてしまう。確かに両者の言い分は分かるが、それはボクの思惑ではない。
 奴らが蟠りを残しつつも、一致団結してボクを討ち滅ぼす目標を得る。これが最高の最後だ。




『何をしているのだ! ヒビキ! はやく隷属の首輪(改)を嵌めてしまえ!! そしてアイリスやあの美しい悪魔たちを捕らえるのだ!』




 そう叫ぶのは拡声魔道具を用意していた皇帝の一派。護衛にエルダートまでいた。奴は一定の地位を得ていた。
 やつは拡声魔道具をつかって指示を出すつもりのようだ。みれば周囲には大勢の騎士や手練れが、警護を固めだしている。


 しかしこのヴェントル帝国皇帝は、醜い面をさげてなんとも卑しく強欲な男の様だ。アシュリーゼだけではなく、アイリスやミル、ルシェもつれていくと言うのだ。
 常に裏で政だけにいそしみ、狡猾に表に出てこなかったこの男が、欲に負けてやっと出てきたのだ。できればここで殺しておきたい。




「ふふん! 魔女ども! 奴を取り押さえるのだ! そうすればこの隷属の首輪(改)でアシュリーゼを捕まえてしんぜよう!」
「このままじゃ埒が明かない! 仕方ない! 猛毒の! やるぞ!」
「まじパネェ!」




 そう言って勇者二人と、上位魔女二人が一斉にこちらに攻撃を仕掛けてくる。波状的な攻撃をあしらうのは楽だったが、同時に連携されると厳しい。


 ――そして到達した四方向からくる攻撃を受ける。三人の剣技に対して、毒沼は受けるのは不可能だから、そのまま諦めてそのままくらってしまう。




「ぐっ……!!」
「カカッ! いまだ坊ちゃん! やれ!」
「坊ちゃんじゃないが、好機! 死ねぇ!」
「あほか! さっさと嵌めろ!」




 ヒビキは自分の役割をすぐに忘れる単純な男のようだ。受け止めて、毒にひるんだ隙に隷属の首輪(改)が嵌められてしまう。
 と同時に――。




勇者の剣技ブレード!!」
「「うぁわああああ!!」」




 ズンという大地を揺るがすような胸に届く低い音が響きわたり、四人を同時に跳ね飛ばす。
 しかし通常であれば殺せる程度の威力を出したつもりが、隷属の首輪の所為で魔力が制限されたようだ。




「な……なんだこれは⁉」




 ……不味い……新しい隷属の首輪は人間にも作用するのか、魔臓ではなく霊魂に作用しているように魔力的な拘束を受けている。
 抵抗しようとすると、あの命を切り貼りしたようなときの痛みが走る。




「……ぐぅううう!!」
「おぉおおと、暴れるなよ? アシュイン! あまり抵抗すると激痛が走るそうだからね」
「……くそ!!」
「カカッカ!! かわいいいじゃないの! 私が犯してやるわ!」




 こんな女は好きでもないのに、まっぴらごめんだ。無理やり引き千切ろうとするが、激痛が走って、魔力が出せない。




『待ちなさい!! アシュリーゼは国家転覆および全人類への反逆罪、そしてロゼルタ殺害の罪に対して、裁かれなければなりません!』




「そうだ! 厳正にさばいて、殺せ!」
「ロゼルタ姫様の恨み!! 絶対に許さない!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」
「殺せ!!」




 観客から「殺せ」という憎悪に満ちた叫びが、最初はバラバラだったのが、だんだんと一体となって連呼される。
 ルシェとミルはアイリスと共に壇上にいる。既に彼女たちは大丈夫だろう。一方帝国側の敵意もこちらに向いている。
 アイリスを手に入れることができなかった、蟠りも帝国の利を提示しているエルがさらなる便宜をはかるだろう。
 そして何よりの成果は、シルフィの断罪がなくなり、そして子の命も助かった事だ。またクリスティアーネに助けられた。もう十分だろう。




『その者、アシュリーゼを、最下層の牢獄へ幽閉しなさい!』




 エルランティーヌ女王の宣言により乱戦は幕を閉じた。
 手足にも別の魔力の枷をはめられる。上位魔女と勇者二人に引かれるように壇上下の中央に拘束されたままで捨て置かれた。


 そして事後処理は全て彼女が取り仕切り、王位継承の儀は取りやめ。かわりに終戦宣言と、スカラディア教会立ち合いの元、魔王領、グランディオル王国、ヴェントル帝国の三国同盟に仮署名をすることとなった。
 そしてアシュリーゼをどう扱うかは今後の話し合いで決めるそうだ。
 ボクという玩具を手に入れた人間が、それを今度はこぞって奪い合うことになるかもしれない。






 ……それはボクの思惑にはそぐわない結末だ。






 空を見上げ、どこで失敗したのか考える。少し頭を冷やす必要がありそうだ。幸い拘束されたのだから時間はいっぱいあるはず。


 と、その時先ほどみえた小鳥がボクの肩まで降りて来た。乱戦で着地できずにいたのがやっと居所を見つけたかのようだ。




「うぇへへ……ア、アーシュちゃん捕まっちゃった?」
「ぁあ……面目ない」
「……ゲ、ゲートの簡易魔法陣描ける?」




 小鳥は小さな声で囁く。
 彼女は小鳥を通して、完全にではないが断続的な情報をえていたようだ。ある程度自体を把握している。その上でこちらに来ると言っているのだ。
 しかしそんなことをすれば彼女が追われる身になってしまう。




「うぇへへ……ど、どうせ……き、嫌われ者……ア、アーシュちゃんがいればいい」
「……わかった」




 そんな彼女の言葉は、今のボクにはすごく沁みた。
 今はエルランティーヌの演説に集中していて誰もボクの事なんか見ていない。脳内でゲートの魔法陣を組み立て、一気に足元に張る。




「な⁉ 貴様!! この期に及んで――」




 ――魔法陣は小さく光り、周囲を包み込むことなく限定的だ。中途半端に転移してくる姿が見えて、彼女の美しいシルエット相まって、幻想的に見えた。




「ぐひぃいいいひひひひひ!! き、きぃちゃった!」
「ケケケ~~~~~!! 美味しいところは攫って行くのだわ!!」
「なっ⁉ シルフィまで?」




 なんとゲートで飛んできたのはクリスティアーネと抱えられたシルフィだった。それも依然と同じように尊大不遜で覇気のあるあのシルフィだ。
 また見られた!それだけで気持ちが高ぶり、涙が零れる。




「て、てめぇキモ娘! 命令を断って何してやがった!!」




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチはクリスティアーネの姿を見るや否や、いきなり激怒し、斬りかかろうとする。




「おらぁ!!  炎獄・インフェルノ・絶対零度付与アブソリュートゼロ・バインド!!」


「ぐひぃ!! 合成コンポジット! 炎獄インフェルノ・絶対零度アブソリュートゼロ!!」




――相殺。




 いやむしろクリスティアーネの合成魔法で奴のバスターソードの切っ先が折れている。


 ズウゥンと大きな地響きが轟き、再び戦いが始まろうとしていた。これには演説中のエルランティーヌも言葉を止めるほかない。


「……ぐっ! てえめぇ!! 触媒なしで私の十八番オハコをぉお!」
「ぐへへぇ! ……も、もうやられないよぉ? 紅蓮のぉ!」


「シル――」
「話はあとなのだわ!開錠アンロック!! そして……霊的解呪スピリット・ディスペル!!」




 精霊術を扱う彼女ならではの霊魂に干渉する解呪だ。まさに彼女の身が使える固有魔法。クリスティアーネも死霊という別の攻略ができたけれど、それだとボクの霊魂が無理やり引きちぎられる可能性があったため、彼女の出番だったという。




「ありがとう!! よし撤退だ!!」


「ま、待ちやがれ!!」
『アシュリーゼ! 待ちなさい! 立場を悪くするだけですわ!!』




 そしてボク、クリスティアーネ、シルフィはぴたりとくっつく。簡易的なゲートを使い、周囲のものまで乗せないためだ。


「ぐひぃ!! 空間転移魔法ゲート!!」
「ざまぁみろなのだわ!」
「……さよなら……みんな」




『アシュイィイイン!!!!』




 ――光がぼくたちを包み込む。
 最後はアイリスが大きな声でボクを呼んでいた。彼女にしてやれるのことはここまでだろう。でも魔王領の安寧と悪魔の地位確保のとっかかりはできた。
 あとはエルランティーヌ任せになってしまうが、充分だろう。


 いつか……彼女のもとへ帰ることができるだろうか。













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