勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

王位継承の儀 その2





 ルシェは袖の方で拘束されている。上位魔女の監視下という意味であの位置なのだろう。こちらからも見える位置にいてくれるのは助かる。
 あの状態ではルシェも身動きが取れないだろう。




『――そして我がスカラディア教会が此度の王位継承を承諾するにあたっては前提がある。それが先ほど言った終戦である。現在はヴェントル帝国と、グランディオル王国は一時停戦状態にある。それを成したのがこのロゼルタ姫であり、彼女が王位継承すると同時に終戦宣言がされるであろうという前提だ』


「「うっぉおおおおおおお!」」




 事前の話し合いで教会側が参加する条件を付けたようだ。それが先の戦争を止めることであり、ロゼルタの実績が必要だった。一時停戦まで持ち込んだロゼルタの手腕を教会側は認めたと言う彼女の言葉と、終戦宣言への期待に王国民が大きく沸き上がった。




『王国民の諸君。そしてヴェントル帝国の皆様方。我がグランディオル王国は過ちを犯しました。それを認め、改めることで新しい未来が切り開けるでしょう……。――しかしその罪には禊が必要です!』




 再びロゼルタが前に出てそう言うと、さっと会場内に緊張が走る。
 ついにこの時が来た。この流れから奴隷化宣言だろう。緊張が高まり鼓動を必死で抑える。
 ロゼルタの様子は至って冷静、さも当然の流れと言ったように見える。




『まずは戦争の引き金を引いたエルランティーヌ前女王。現在行方を捜索中ですが、他国に亡命した情報がありません。見つけ次第この責任はお取りいただくこととなっております』




 その宣言に騒然となる。エルランティーヌ女王の支持者、治世が気に入っていたものも当然少なからずいたからだ。困惑を隠せないと言った様子。これにエルランティーヌがいると思われるほうにわずかな魔法の変動が見えた。


 動揺したのだろうが、今はまだその時ではない。動かないように視線を向ける。幸い魔女たちには気づかれていない様子だ。


 彼女たちはすでに壇上まで登って『隠匿』で待機しているようだ。さすがにそんな大胆なことをするとは思っていないのかもしれない。魔女たちは観客席の方を注視している。




『また王国軍は実働部隊として、他国に多大なご迷惑をおかけしたことの責任を現騎士団長シルフィ団長の解任・・によって収めたいと思います』




 これはアルバトロスとの取引の成果ともいえる。
 彼女の解任によって、彼女自身の立場的な責任の禊がおわる。あとは彼女自身が納得するか否かだけだ。




『――そして、今回の戦争において重要な責任がある『悪魔』についての処遇です』




 そう言うと袖の方に目を配せると、何人もの騎士たちが大きな箱のようなものをゆっくりと押して舞台中央まで運ぶ。




 ……あれは。




 すると紅蓮の魔女パドマ・ウィッチが動き、先ほど取り押さえて枷をはめたルシェも箱の近くへと連れていく。
 乱暴に箱の近くへ転がされているのが見えると、いちいちイラッとするのを押えられない。
 そして奴が箱にかけられている布をとると、中は鉄の檻だった。
その檻の中には……。




























 ――アイリス……‼




















 ……とミルまで一緒だ。


 なぜだ……。
 ミルはまだ十一歳だ。彼女がこんな危険な前線にでてくるなんて、先ほどルシェが言っていた秘策なのだろうか。


 二人とも枷は着けられているが乱暴はされていない。しかしこのままでは慰み者にされてしまうのは時間の問題。
 貴族はロリコンが多いと聞く。ミルはそういった経験もまだない。初めてがそんな経験になってしまっては、一生精神外傷を追って生きていくか、耐え切れず自殺をしてしまうかもしれない。


 たとえ秘策があろうとも、これ以上は待てない。作戦を開始しようと宰相に視線を移して、行動をするように促す。




『――ヴェントル帝国が一番大きく被害を受けた戦線は悪魔によるものでした。その罪を『悪魔の奴隷化』を合法化することで償っていただく所存です!』


「「おぉおおおおおおおぉお‼」」




 今までにない淀み切ったざわつきが起きる。
 女性は嫌悪し、男性はいやらしい考えを巡らせている。と思いきや女性も悪魔を隷属させて好き勝手したいという願望に思いを馳せている顔をしている。
 男女関係なく欲望に渦巻いた空気が会場を覆っていくのがわかった。




『――奴隷化という言葉に嫌悪する女性もいらっしゃるでしょう。しかし現在も奴隷は存在し、奴隷という扱い方も法で定められています。これはあくまでスカラディア教典に則った法律であり、彼らは戦犯奴隷としての法律が適応されます』


「「おぉおおおおおおおぉお‼」」




 確かにスカラディア教会の教典にはその記述がある。以前エルたちはその戒律をどう解釈を変えるかで頭を悩ませていたが、結局あれはご破算になった。




『一方彼女たちの方も絶対数が少ないため、絶滅の危機に瀕しています。子をなすことで彼らは子孫を残せるという利益を得る。我々も彼らの強い遺伝子と美貌の子を得ることができます。そして手が足りない部分や護衛などにも使役させることができる。決してただ慰み者にするという不埒な目的ではないことを理解していただきたい!』


「「おぉおおおおおおおぉお‼」」




 宰相の奴……。何をしているんだ。
 一向に入り込もうとする様子がない。よく見るとかなり冷や汗をかいて、困った表情をしているのが見えた。
 さらに喉元から金属のようなものが鈍い光を発している。どうやら奴は何者かに脅されているようだ。それで動けない。
 さらに暗い影になっているところを凝視すると、やはり何者かがいることがわかった。
 宰相がこの流れを止めようとしていることを読んでいたか、それとも手あたり次第、怪しい人物には暗殺部隊を付けていたのかもしれない。




『――これから我が王国と、ヴェスタル帝国の共同開発をした『悪魔の隷属の首輪』をご覧ください! あの魔王の娘と謳われたアイリス嬢や幹部である堕天使ルシファーが一切の抵抗もできずに大人しくして――』








 ……くそ‼




 この辺が潮時だ。宰相も動けない上にエルが今出るのは時期尚早。だったら自ら打って出るしかない。
 場当たり的な変更で心もとないけれど、泥臭くてもアイリスたちやシルフィ、その子供の運命がかかっているのだから躊躇していられない。
 しかし……




「ふん……下男は黙って見てな! 愛しのアイリスちゃんは私のものだ」
「……!」




 ……身体が動かず声も発することができない。


 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチはこちら蔑んだ眼で見ている。拘束の魔法をかけているのはコイツだ。


 この女は、女の子が大好きで男を毛嫌いしている。その上シルフィやクリスティアーネがボクの恋人と知るや否や、全力で攻撃してきた。
 機会があれば殺そうと考えているに違いない。


 動くことができずに硬直状態が続く。その間に檻の方が一瞬輝くのが見えた。そして時間差でズンッと重低音が会場に響き渡る。




 ……ミルだ。




「この時を待っていた! 見ろ皆の者! 隷属の首輪なぞ効かぬぞ!」




 ミルは檻を破り外に出ている。
 いわゆるこれがルシェの言っていた秘策なのだろう。ボクが以前ヴェントル帝国でアシュリーゼとして首輪の効力がないことを示すためにやったのを今彼女が同じようにやろうとしている。
 よく見るとルシェの魔力が大幅に減少して、衰弱しているのがわかる。つまり彼女とミルの魔力を掛け合わせてあの隷属の首輪を引きはがしたのだ。
 しかしあれは魔臓に接続しているから、すごく無茶をしているのがわかる。




 ミルは以前とはちがい、口調も勇ましく大声を張り上げている。そして自分の中で練った魔力を全力で解放している。
 猛ると言う意味では有効かもしれないが、魔力の比較的少ないミルがあんなに開放していたら長くは持たない。
 それを把握しているかのように素早く周囲にいた騎士たちを倒していく。




「悪魔を奴隷にするなんて、狂っている! みんな! 演劇の事を思い出して!」




 あの時の主役だったミルがその声をあげる。
 何度も訴えかけている。まるで演劇を見ているようだ。あの感動誘った、乱戦の中で仲裁をする場面。


 それを思い出した国民や貴族の一部は、ほろほろと涙をこぼしている。しかし演劇の時とは違って、いきなり全員を納得させられるほどは甘くなかった。
 そのはず今会場にいるのは、自分の立場がある貴族や他国の皇族ばかりだ。疑り深く常に騙し合いの世界にいる者が簡単に演技にやられるわけがない。




 しかもあの演劇とは違い、その場の全員対、ミルが一人という構図だ。
 高出力で派手に戦っていたミルは、すぐに動きが鈍くなっていった。まだほんの数分しか戦っていないのに魔力切れを起こしている。
 だんだんと増える騎士や魔女たちに押されはじめた。




「……ぐ! くそぉお! みんな! 思い出してよおぉ!」




 思い出してはいるだろうけれど、彼らだけではどうにもならないのだ。何もできない。ただ今確実彼らの心にミルの気持ちが届いているだろう。


 しかしそれに業を煮やした猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチは一気にミルに向かって詰め寄る。




毒沼スワンプ……病毒ウイルス!!」
「うぁ……ぁあああああああああああ!」




 ミルを一瞬で拘束し、感染性のある毒を体内に侵入させる。やはり腐っても上位魔女だけあって、ルシェから託された魔力があろうともミルでは敵わない。
 むしろ魔力を使わないで戦っていたほうが、動きは良いはずだ。


 彼女たちの秘策と思って少し見ていたが、これ以上はボクが我慢できそうにない。彼女が毒に汚染されていく様を黙って見ているなんて、絶対にしたくない。




 ――そして、不意にそれぞれの薄汚い思惑と憎悪に急に気持ちが冷え切った。






























 ……ふざけるなよ……。




















「……ぐっ!」




 普段から抑えている魔力を解放して、拘束バインドを解こうとすると二人の上位魔女と三人の魔女は苦しみだした。どうやら拘束バインドは五人がかりだった様だ。それでも一定程度解放すれば十分解ける。




「や……やめ……」
「な⁉ 何コイツ……? あんとき本気じゃなかったわけ?」




 今更もう遅い。ここにいる五名の魔女はもう殺す気で殺気を飛ばすと、通常の魔女三名が先に白目をむいて、涎をたらし、公然の場で小便と糞をまき散らして倒れた。
 ビクビクと震えている様子が無残で、他の魔女や騎士たちが悲鳴を上げる。




「ひぃいいい!!」
「不味い! 本性を現しやがった!」






『――この悪魔の隷属の首輪という魔道具は、現在量産体制に入っており、ゆくゆくは安価で提供できるように……――なっ⁉』




 隷属の首輪の説明をしているロゼルタが周囲の様子に気がついたようだ。自身の演説に心酔しているようだったから、ミルが暴れていることに全く気がついていなかった。
 しかしここまで観客の目が舞台中央のミルに注目が集まっていれば嫌でも気づく。


 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチはさすがにバスターソードを抜いている。
 しかしボクを拘束していた魔女たちは既に殺気で抑えている。彼女たちの脳内には明確な死が見えているだろう。それでも自分のやるべきことをやれるのは上位魔女たる所以。だがもう奴らは関係ない。
 そのままゆっくりと歩き、壇上中央の拡声魔道具の有効範囲内に入る。




『姫のご高説を中断することになる大変申し訳ありません。ですがここで一つ重要な誤りを訂正したいと存じます』
『……さて? 婚約者のアシュイン殿。話すが良い』




 ミザリはあくまで中立を保つ。しかしボクがこれからやることに期待しているかのように、ニヤリと嫌な微笑みをこちらに投げかける。
 ロゼルタの考えにももとより反対していたから、これが彼女を覆せる好機になると読んだのだろう。




『先の戦争でやれ女王が悪い、悪魔が悪いとおっしゃられますが、それは早計でございます……なぜなら――』



















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