勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

ヘルヘイム





――アイマ領主城




 猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチとの闘いで毒を少し浴びてしまったので、すぐにゲートでアイマまで戻って来た。
 軽傷だったのでお湯で毒を落とし、治癒をかければ問題なく回復するようだ。




「敵に無茶しすぎって言われちゃったよ? ね? 無茶しすぎだよ!」




 ナナがかなり怒っていた。
 たしかにボクは突発的な無茶をするきらいがあるとは自覚している。そばで見ていた彼女にも心配をかけてしまったようだ。




「は、反省しています」
「まぁいい~じゃねぇ~の? それよりこい~つを見てくれいぃ」




 メフィストフェレスはシャオリンと二人で仲良くアイマ領主城で暮らしていると思ったら、部屋に籠ってあの隷属の首輪を研究していたそうだ。
 ボクは正座させられたまま、その研究資料を見せてもらう。すると周囲もそれを覗き込むから、少し暗くて見づらい。




「うぇへへ……ま、魔臓に接続する仕組みだね」
「そうだぜぇ……だ~が驚異的な同期率だ。 ニンファーの花の抽出率も高くなっているから実現したものだぜ?」
「ぐひぃ……こ、これ……ま、不味いんじゃ……」
「さ~すがに気ぃが付いたか師匠」
「どういう事?」




 ボクがあまり帰ってこなくて、指を舐める機会が無かったシャオリンはここぞとばかりに、べろべろ舐めながら話を聞いている。
 集中が指に持っていかれるのと、話自体も難しすぎてあまり理解できない。




「つまりだ……も~うちょっと手を加えれ~ば? 人間の霊魂に接続で来ちまうって話だ!」
「なんだって⁉」




 今の状態でも魔臓との高い同期率を実現しているのに、日々進化を遂げている。そしてどういう原理かは不明だけれどこのまま改良していけば、理論的に人間との同期が可能になる。
 それは人間の奴隷すら可能になると言うことだ。




猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチは何をするつもりなんだ?」
「あの人は悪魔の奴隷化は依頼されたからで、本人は興味なさそうだったね」




 クリスティアーネが以前言っていたけれど、上位魔女の何人かは造物主になりたくてボクを狙ったり、アイリスを狙ったりしていた。
 けれど猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチはあまりにも情報を持っていない。先ほど会ったボクと、自分たちが狙う変異体の勇者が同じ人物であることを認識していなかったように思う。
 だったら彼女自身を警戒する必要はない。




「お~いおい、今猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチは馬鹿だから警戒する必要はないって思ったろぉ?」
「そ、ソンナコトナイヨ」
「んじゃこ~れでどうだ?」




 ばしゅっと音がして太い紐のようなものがボクに絡みつく。メフィストが持っていた魔道具らしいものがそれを吐き出したようだ。




「そ~いつを外して見ろ?」
「……ん? ん~~~~? ぐぉおおおおおおお!」
「な? はずれねぇだろ?」
「すごい……これを敵が持っていたらと思うとぞっとしない」




 要するにこれが隷属の首輪に使われていた技術だ。あれをさらに改良することで魔力の強さに依存しない力への接続を可能とする。
 もしこれが普及してしまえば、攻撃魔法そのものが衰退して操作系魔法以外は残らないのではないだろうか。




「ぐひひ……こ、これに……ま、まだ彼女は気づいていない……」
「そ~うだ……だが時間のも~んだいだ~ろぉ?」




 アルバトロス・アルフィールドはすでに実験用の悪魔を欲してはいなかった。その理由がこれだとしたら、猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチすら謀っていることになる。
 あの男はただの色狂いかとおもったら、見た目通りの政治屋の様だ。そしてもしアシュリーゼの時にこれをやられたら……最悪な結末を想像して吐きそうになる。




「こ、これの解除方法……早めにお願いできる?」
「ど、どうし~たぃ? らしくねぇぞ?」
「い、いや、アシュリーゼの時に拘束されたら……最悪だろ?」


「「「うわぁ……」」」




 みんなも共感してくれたようだ。想像するのもされるのも気持ち悪くなる。あの隷属の首輪を見つけたら即破壊しよう。




 明後日はいよいよ王位継承の儀の日だ。ただエルランティーヌは王族の馬車で行くことになっていたはずだがまだ出立していない。
 結局いろいろと状況をみて危険だと判断したため、クリスティアーネに何か所かゲートの魔法陣を敷いてもらって、基本的に移動はすべてゲートで行うことにした。すでにカスターヌの町にも拠点があるそうだ。
 それが可能になったのはクリスティアーネが上位魔女になったからでもある。


 それからナナもエルランティーヌについて護衛してくれるという。直前まで隠匿していれば、さらに危険は減るだろう。
 それほどに警戒しないと、おそらく彼女は暗殺される。今までずっと彼女が隠れていたことが無駄になってしまう事だけは避けたい。




「じゃあ、カスターヌの町でまた会おう」
「き、気を付けて……ね」
「無茶したらダメだよ!」












 ボクは一足先にゲートで王城に戻る。
 王城での生活は陰鬱な時間だ。ロゼルタの相手をするのは戦っているより神経を消費する。
 今も執務を中断して休憩がてらにボクの部屋へと訪れる。彼女との対面はあくまで当時の自分の演技だ。
 年も重ねれば当然性格も変化するのだけれど、彼女の中のボクはあくまで当時であった時のボクだ。それ以外の態度を取ると、機嫌が悪くなる。




「ロゼ……今日も可愛いよ……」
「ふふ……幸せ~……ついに明後日ね。 お姉様ざまぁだわ! アシュインはわたくしのもの!」
「ああ……キミを想う気持ちが日々強くなるのを感じているよ」




……くそが!




 今まで心の中でもそんな毒を吐いたことがないのに、彼女の前だと素直に汚い言葉が浮かぶ。内心イライラが募っていることを悟られないようにするのも一苦労だ。
 毒を吐きつつも、顔は崩さず丁寧に撫でる。
 撫でている間は、彼女は大人しい。どんなにストレスを溜めていても頭や頬撫でてあげると、それが精神安定剤とばかりに身を任せる。




「んっ……あっ……」




 うなじから首回りを撫でると、特に気持ちよさそうにしている。しかしこの時には一番我慢しなくてはならない。
 このまま首の骨をへし折りたい衝動に駆られるからだ。


 やはりボクは魔王討伐後から、少し精神的におかしくなっているのを自覚している。
 ……いやおかしいのは価値観だ。価値観が変わってしまったのだ。


 どんな生物でも分け隔てなく、自分側の人間か、それ以外か。この二つに分類するようになった。






 しばらくすると、ロゼルタはいつものように意識を失った。寝たという表現より、愉悦か、快楽に倒錯して気を失うといったほうが正しい。
 毎日している所為か、艶めかしい声が聞こえているはずの執事や使用人は何も言わなくなった。
 それどころか使用人の女性はこともあろうかボクたちの様子を、ちらちらと見て密かに自慰を始める始末だ。
 彼女をネタにするのは構わないが、ボクをネタにするのはやめてほしい。そんなくだらないことを考えて、彼女を見てため息をついていると様子がおかしい。




 ……きたか……⁉




「お前が変異体か……」






 奴はいきなり核心から入った。
 少し動揺をしたが、気にも留めていない様子。むしろ死んだオークのような光のない目で、こちらを見つめているだけだ。




「あんたは?」
「我は造物主が一人、ヘルヘイム……」
「時折出ていたのはあんたか」




 その問いには何も答えない。何やら考え事をしている。どうも情緒不安定なのか、発現自体が不安定の様だ。
 身体を乗っ取っているから殺しても意味がない。ロゼルタが死ぬだけだ。




「そなたの逆鱗は……多いな……」




 こちらを見ている鋭い眼光は、まるで心の内を見透かされているようだ。ロゼルタの身体でロゼルタの瞳のはずなのに、まったく異質な存在に見える。




「ふむ……あの赤子がよさそうだ……」
「⁉ ……おまえ……」




 赤子、つい最近ボクの周辺でいる赤ちゃんといえばリーゼちゃんだけだ。ただボクとはかかわりが薄い。
 にもかかわらずボクの逆鱗の第一候補にあげている。何か勘違いをしているのだろう。正すと余計な情報を与えることになるから、それ以上は聞かない。




「お前の言う赤子は……ボクとは関係がないだろう?」
「……ん? 気づいていおらぬのか……カッカッカ!馬鹿め!」
「何がだ⁉」




 こいつは自分だけ情報を得てこちらには一切寄こす気がない。心理戦ではこちらは不利だ。せめて、なにかコイツの情報を引き出したい。




「お前はなんだ? 造物主とはなんだ?」
「賢者だ。天啓を受け、執行するもの」




 本に載っていた情報以上のものが出てこない。にもかかわらずこちらの情報どんどんと引きずり出される。
 すると奴は手をあげ何かをするようだ。




「――死の裁きジャッジメント・オブ・デス




 そして手を振り下ろす。




「な⁉……なにをした!」




 まさかここにいないシルフィの子に対して魔法を使ったとでもいうのだろうか。それも不吉で聞いたこともない魔法だ。
 魔法陣がどこかに飛んで行った。つまりこれはタケオが使っていた遠距離魔法操作でも併用したのだろう。




「赤子に呪いをかけた……王位継承の儀が終わり次第、ロゼルタに案内させる場所に来い。 逃げたら赤子は死ぬ」
「……こいつ……ふざけるな!!」




 ……シルフィは……いったいどれだけボクのせいで苦しまなければならないのか!ただここで沸々と滾る憤怒に身を任せてはダメだ。ただいいように扱われてしまう。


……冷静に……。




「……あらかじめ決めていたな?」




 そうだ。ここにいないものにいきなり呪いなど掛けられるわけがない。造物主とはいえ生身のある物なのだ。神でもない限りその理の外に外れることはできない。
 だとするなら、魔法操作で印と魔道具を紐づけておけば遠方でも魔法をかけることが可能だ。




「ふむ……賢いのぉ? 褒美になにか一つ答えてやろうではないか」




 一つはっきりさせておきたいことがあった。
 悪魔の奴隷化計画はロゼルタの発案ではなく、こいつだったとしたら彼女を殺すと言う計画ははじめから過ちであったことになる。




「悪魔の奴隷化はお前が?」
「……そんな陳腐なこと、しったことか」




 どうやらロゼルタを乗っ取ってから、しっかりと発現できたのは今回が初めてだと言う。
 今までたまに顔をのぞかせていた彼女の威圧は、乗っ取った影響と彼女自身の人格の問題のようだ。


 しかしロゼルタを殺せば案内役がいなくなる。そうなればそのまま呪いが発動して――




 ……彼女の子は死ぬ。




 それだけはなんとしてでも食い止めたい。悔しいが計画の変更をせざるを得なくなった。

















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