勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

リーゼちゃん





 事情を説明してエルがいた空間が断絶された部屋に匿ってもらうことにした。一緒についてきているアルメニアには見せられないしエルに合わせるわけにもいかないので客間で待ってもらっている。
 当日はクリスティアーネが近くについて同行するそうなので、まず彼女が暗殺される心配はほとんどなくなっただろう。
 いまのクリスティアーネならば紅蓮の魔女パドマ・ウィッチにさえ遅れは取らない。




「うぇへへ……ナナちゃん……」
「あ! クリスちゃん無事だったんだね……ごめんね……あのとき大したことできなくて……」
「……う、ううん……ク、クッキーうれしかった」




 クリスティアーネが魔王城を出るときには、あまり食事を与えてもらえなかったようで、彼女がクッキーを持たせてくれたという。
 彼女たちはやはりボクの所為で、仲を引き裂かれてしまっていた。再び会えてこうして話すことができたことだけがせめてもの救いだ。








 彼女たちが話をしている間にタケオたちが集めてくれたアルフィールド領についての情報をもらう。
 グランディオル王国にある四つの大領地で一番権力を持ち、優遇されているのはアルフィールドが代々王家・・そのものに仕えていたからだ。どの派閥に関係なく王家に忠誠を誓い、王位が逆転すればそちらに着き、常に領地の権力を守って来たからに他ならない。
 王国で使われている武器や道具、魔道具に至るまでアルフィールドで研究されて普及している。その為彼らが没すれば王国も共倒れするとも言われるほどだ。領主になるのも王家の血筋の傍系にあたる人物が時代を継ぐ。
 つまり現、アルバトロス・アルフィールド候も王家の血を継いでいるということになる。他の大領地の侯爵とは一線を画した権力を持っているのも頷けた。
 もとは前国王派であるとされていたが、実質は派閥の旗頭は彼にあったと言う。陰の権力者ともいわれている。
 つまりロゼルタ派と宰相派に分裂しようが関係なく、体裁上ロゼルタ派を謳っているだけで実質アルバトロス派と言っていい。
 これは騎士団でも聞けなかった実際の権力構図だ。




「あそこがなくなれば王国自体がなくなるだろう……この意味わかるよな?」




 たとえ禁忌に手を出していても、潰すと言う選択肢は控えてほしいそうだ。
 でもそんなことはしったことではない。害があれば即殺害する予定であるけれど、それは口にしないでおく。














 悪魔たちからも少し話を聞くことにした。
 彼らは結局あの村の住人で間違いなかった。ボクは二週間ほど滞在して、魔王討伐という暴挙の償いをしていたことを覚えていてくれたようだ。
 村の住人にはその事情を話したにもかかわらず、温かく迎え入れてくれた。中には若い男が恨みをはらすといって殴られたけれど、最後には仲良くなった。あそこで亡くなった子も良く懐いていたことを思い出す。


 村が襲われた時には、帝国軍の鎧と旗を掲げていたそうだ。逆らった住人はその場で殺され、魔法で焼却された。
 二人の子が無残な姿だったのも、片方の女の子を守るために庇ったのだという。それを聞いてあの光景が勝手に浮かび、そして涙が零れる。
 唾を嚥下できなくて、胃液が逆流するほどに胸が苦しくなった。


 そして帝国に拉致されると思っていたのに、アルフィールド領につれてこられて実験道具として扱われていたのだった。


 隔日で猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチがやってきて実験結果を聞いて、様子をみては支持をしていたそうだ。つまりあの実験はやはり猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチが主導していたのだ。
 それはクリスティアーネが報告してしまった魔臓に関する論文が発端となった技術なので、彼女はかなり責任を感じている。


 でもボクはそうは思わない。
 技術を良い方向へ遣うのも悪しき方向へ遣うのも、使い手次第だからだ。つまり使った方が悪い。
 生み出した技術者に当たるのはただの八つ当たりだ。
 それでも彼女は心を痛め続けるだろう。だからいつかあの技術の回収をするつもりでいることが良く分かった。
 すでに論文にも手を打ってあった。最重要禁書の扱いで、クリスティアーネと同等の魔力がないと閲覧できなくなっている。
 上位魔女の共有管理書庫に保管されているから、実質クリスティアーネ本人しか閲覧ができない。


 それでも流出してしまった部分に関しては、個別に摘んでいくしかなさそうだ。今回の件が終わったら、それに付き添うつもりでいる。




「ぐひ……ア、アーシュちゃん……あ、あたしも行く……」




 彼女が強い意思をもってそう言うのは、やはりシルフィについてだろう。おそらくアルフィールド領主城にいる彼女に会って整理したいのだ。彼女にとってもシルフィは解決しなければならない問題の一つである。
 そんな彼女の決意を感じて一緒に行くことにする。




「あぁ、一緒に行こう」
「じゃぁ久々に、魔王城チームだね!」
「うぇへへ……」




 これからひどい現実が待っているかもしれない潜入だというのに、ナナの陽気さに気持ちが少し上向く。
 二人がいればきっとくじけずにいられそうだ。








 再びあの研究棟の裏の小屋へとゲートで戻って来た。時刻はすでに夕飯時を過ぎている。先ほどの成功例を皮切りに研究棟はほとんどもぬけの殻。パーティーでも開いているのかもしれない。
 再びアルメニアに案内してもらう。




「あそこは一体……」
「あー内緒……でも安全な場所だよ」
「騎士団に嫌気がさしたら紹介するよ?」
「ぜひ!! 今すぐにでも!!」




 よほど今の騎士団に耐えかねているようだ。すぐにアイマ領主を紹介してほしいと言う。ただ同じ国内の騎士団なので、移動したことは筒抜けになると思うけれど。




 彼女の先導でシルフィの部屋を目指す彼女は東棟の三階にある一番大きな客室で寝泊まりしているようだ。
 班長クラスでも警備の時間以外は扉の前ですら立ち入ることを許されていない。最初から『隠匿』を使ってもらい、目の前までやってくる。
 少し距離を置いて様子を窺う。




「警備が厳重だね……」
「隣の客室から外に回っていこう」




 最東端にあるその部屋の隣は空室の様で、空気を籠らせないように開かれたままとなっている。シルフィの部屋の扉からは距離があるので特に警戒されていない。
 その隣の部屋へ入るとさっそく窓を開けて、建物の縁へと足を落とす。壁伝いに隣の部屋まで行けそうだ。




「こわい……」
「気を付けてね?」




 難なくシルフィがいると思われる部屋へと侵入できた。やはり三階以上の窓の外はというのは警護が甘いようだ。
 中はかなり広く、貴族としてもかなり高位のものが泊まるような部屋だった。むしろ王族に近い扱いだと言える。
 今のシルフィが一人にされるはずもなく、何人もの使用人がいる。奥のベッドには彼女が横になっていて、その隣にはシーツにくるまった赤子がいた。一緒に寝るわけにはいかないから、寝る前のふれ合いの時間なのかもしれない。




 ……っ。すごく幸せそうな顔だ……。




 ボクは音を立てずにボロボロと泣いていた。泣いていることにも気づかずに彼女をじっと見つめていたのだ。


 苦しくて、


 切なくて、


 愛おしくて、


 抱きしめたくて、


 ……好きで好きでたまらないのに何もできない。


 そんなボクに気づいて、クリスティアーネとナナがぎゅっと手を強く握ってくれる。声を発してしまいそうになるのをじっとこらえる。


 赤子はとても可愛くてシルフィの小さな手の指を、さらに小さな手で握っている。本当に生後間もない子のようだ。




「……大好きなのだわ~リーゼちゃん……」




 しばらくあやしていると、赤子は眠ってしまったようだ。すやすやと指をくわえて寝ている。それを確認したら乳母に赤子を預けている。彼女も就寝するようだ。




「シルフィ様……あとはお任せください」
「ありがとなの……いえ、ありがとう。お願いするわ」




 天幕は閉められる。人がはけるのをしばらく待つ。不寝番も天幕付きのベッドから離れたところで見守っている。今が好機だろう。
 死角の位置から天幕を少しめくり中へはいる。そして耳元に優しく囁くように話しかけた。




「アシュインだ……可愛い子だね」
「!!!!!!」
「しっ……静かにね……」




 すると見えていないのに手探りでボクを探す。感触を見つけるとぎゅっと握って、顔を近づけ頬ずりしている。
 彼女のぬくもりを感じて、今や懐かしく感じていた。そしてすすり泣いている。声が聞こえてしまいそうだけれど、毎晩の事らしいので使用人達はそっとしておいてくれるようだ。




「アシュイン……なぜ?」
「シルフィは幸せ? ……それだけ聞きに来たんだ……」
「……それだけを……こんなところまで?」
「……ボクにとっては命をかける価値のある物だからね……」




 だから重い人間だなんて言われてしまうのだ。それは分かっているのだけれど、それが本心なのだから仕方がない。




「我は……し、しあわせ……だ……」




 そう言う彼女はとてもつらそうに見える。本心ではない事は、誰が見てもすぐにわかる苦々しい表情だ。ただ今は彼女の口からは本心を勝ち取れなさそうだ。
 ……ボクはそれだけ聞くと彼女の手を、


――離した。




「ま、まって……」
「ぐえへへ……シルフィ……う、うそつきぃ」
「なっ⁉」




 クリスティアーネも彼女に話したい事があるようで、反対側からシーツに潜り込んで囁く。両脇を固められるとさすがに可哀そうなのでボクはベッドからでて周囲を警戒するほうに専念した。
 ナナの隠匿が成長したおかげで一度『隠匿』を使ってしまえば触れていなくても近くにいる分にはずっと有効だ。
 シルフィとの用が済んだボクは使用人たちの話に聞き耳を立てる。シルフィが就寝した後も忙しそうに働いているようだ。




「シルフィ様……また泣いていらっしゃるわ……お痛ましや……」
「リーゼちゃんは天使だし、領主家に玉の輿なのになぜかしら……?」




 確かに彼女の子はとても可愛らしい。彼女の子だと思えばなおさらだ。ただあの子の父親はきっとヴィンセントと言うことになる。
 つまり王家の血を引いていると言うことだ。ただ血の薄い彼女が王位継承争いに関わることは、直系が全員殺害されない限りは起こりえない。
 シルフィが悲しむ理由にはならないだろう。彼女は毎晩泣いていると言っていたが、何を憂いているのだろうか。




 ……いや、それをとりのぞいてやるのは、もうボクの役目ではない……。




 彼女の事を想えば想うほど暗い気持ちに沈んでいってしまう。時間が経てばこの気持ちもいつか洗い流されていくのだろうか。
 ボクが彼女の幸せのためにできることと言ったら、アルフィールド領の安定ぐらいのものだろう。


 しかし悪魔を解放したから、アルフィールドは窮地に陥る可能性が高い。そのために今からアルバトロス・アルフィールド候に会っておく必要があるのだ。
















 シルフィも彼女と話し終わったようだ。二人の間で何を話し合ったのかはわからない。それでも二人は友達だったはず。悪いようにはならないだろう。




「アーシュ……アーシュゥ……」






 クリスティアーネの声が聞こえなくなると、いよいよお別れの時間が来たことを悟ってボクの名を囁く。久しぶりに聞いたかつては仲間だった声に寂しくなってしまったのかもしれない。
 そんな彼女に一言残すことにした。




「愛しているよ……シルフィ……」






 ――とおでこに口付けをした。




 彼女とはもう決定的に分かれてしまった。
 きっと彼女の心はボクには向いていない。それでも愛してやまないボクは、未練がましくわずかな信頼が欲しくて、そうすることしかできなかった。









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