勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

陽炎





 一度ジョウウの家へ戻り、落ち着いて話すことにした。
 クリスティアーネは何か調合をしているけれど、二人は眠ったままだった。シャオリンはよほど指が恋しいのか、自分の親指を咥えて寝ている。


 悩んだ末にジョウウに神剣についてのみ話した。そこで彼女の力が必要だと説明する。もちろん魔石となって眠りにつくということも含めて。


 ジョウウは難しい顔をしているが、それが彼女の使命であることも理解していた。頭では理解しているが心が拒否している。そんなところだろう。




「……父親代わりの息子も、すでにおっちんじまったしなぁ……」
「ぐぇへへ……た、たぶんこの子の……ほ、ほうが長生き。 ……じじい死んだら……ひ、ひとりぼっち……」
「だれがじじいじゃい!」




 ……じじいは一人しかいない。
 ボクとしては本人が忘れている使命をしっかり伝えたうえで、納得してもらってからではないとやる気はない。
 父親代わりだった人はもう死んでしまって、家族もジョウウだけだ。




「ふひひ……ひ、一つだけ手がある……よ?」
「え⁉ それは……まさか」
「そ、そう……精霊の契約」




 シルフィと交わしたものと同じ契約をすれば、彼女はこのままいられる。ただし彼女は魔石だ。魔石を持ち歩き、常に魔力を注がなければならない。
 それにボクは一度シルフィと契約し、不履行になっている。白紙化の薬を飲まないと契約ができないという。
 しかしあの薬はシルフィの為にしか作ってないし、ボクの霊魂が素材として使われているから手軽に作れるものでもない。




「……シャオリンさえよければ、オ~レが契約したい……」
「聞いていたのか」




 途中からだったから、話に乗るならと初めから説明した。
 メフィストは彼女のどこか寂しそうな、孤独を感じ取っていたという。じじいと暮らせればそれもできるだろうが、契約維持できるほどの魔力はない。


 たしかに彼はアルデハイドからここに来る道中で、頭を撫でて積極的に話したり、露店のものを買ってやったりと甲斐甲斐しかったし、彼女も割と懐いていた。
 それが奴にとっても嬉しかったのか、父親代わりになってその孤独感を埋めてやりたいと買って出た。


 いつもの茶化す感じの口調を止めて、真剣に彼女とジョウウに向き合っている。それはまるで娘をくださいとばかりに、女性の親にご挨拶にきたようだ。




「あんたなら任せてもいい」
「……ほんとうか?」
「会ったばかりだが、人を見る目はあるつもりだ。がはっはっは!」




 そのジョウウのでかい声に反応するように、もそもそとシャオリンも起きた。少し前から寝ぼけながら聞いていたようだ。




「おイ、じじい。 うルさい。 おじさんの子になルって話?」
「そうだ。 どうする?」
「いいゾ。 じじぃといてもツまラん。 それにメフィストすキだし、それに……」




 彼女のスキはどういう意味か分からないけれど、仲良くなったようでよかった。メフィストは研究に明け暮れて私生活を疎かにしていたのだから、これから紡いでいけばいいのだ。




「アーシュの指舐めたい」
「な⁉ てんめぇ~やっぱり誑かしてやがったな?」
「いや、なんで⁉」




 ボクのことは特別な感情はなく、指が舐めたいだけらしい。意味が分からないけれど、嫌われていないようで良かった。




 それからクリスティアーネに教えてもらいながら正式な契約の手順を踏む。シルフィとの時はキスしたのだけれど、ちゃんとするなら指を切って血を擦り合わせて交換するらしい。
 その時魔力的なつながりを確かめるために魔法陣を使う。その準備はクリスティアーネが取り仕切っていやっている。




「うぇへへ……テ、テーブルの上……よけて、魔法陣ひく」




 そして短刀を置いてお互いの親指に少し切れ目を入れる。そしてぎゅぎゅっとすこししぼって血が出てくるのを待つ。
 メフィストとシャオリンはその指どうしをくっつけて、すり合わせると、その血が混ざり下の魔法陣に垂れる。




 ――一滴。二滴。




 三滴目で魔法陣が徐々にだす。それに合わせて二人が魔力を注いでいく。光は魔法陣を満たすと、一瞬眩しい程に輝いて徐々に収束していった。




「うぇへ……お、おわり」
「よ~ろしくな シャオリン」
「うん! よろしク、パパ」
「「パパ~⁉」」




 なんだか甘ったるい変な響きだ。どこでそんな単語を覚えてくるのか分からないけれど、彼女も年頃の女の子なのだ。
 その呼ばれ方にまんざらでもなさそうなメフィスト。くねくねと照れている姿にシャオリンが可愛いと褒めているが、なんだか気持ち悪い。




「これで祠の力をもらっても平気なの?」
「……お、おわったあと……じょ、徐々に減るはず……な、なくならないように注ぐ」




 シルフィの時を考えれば、メフィストの魔力ではかなりきついきがするが大丈夫だろうか。
 そう心配をしていたが、奴もボクと行動するようになってから徐々に増えていると言う。それに魔導師の格にもなったことでさらに増えた。




「よ~ゆうだぁぜ?」




 いつもの口調に戻っていたことに気がついた。メフィストはこれぐらい軽口
でなければ調子が狂う。
 それからボクたちはジョウウの案内で空間の歪が起きている場所へ向かうことにした。












――イラハギ村北部。


 島の最北部までやってくると、目の前には大きな岩山が立ちふさがっている。海は穏やかなので、海を泳いで先に進むこともできる。陸側は森と岩山なので、進める場所は海しかない。




「泳いでいくのか?」
「いやここで終わりだ。そこの岩肌をよく見るとあるぞ」




 近づいていくと、明らかに空間が歪んでいる場所があった。人一人通れる程度の大きさだけれど、空間の先がどうなっているかわからないからいきなり突っ込むのは危険だ。


 以前島の結界はシャムが介抱してくれたから入れたけれど、ここはどうやったらいいか分からなかった。
 するとシャオリンが前にでて、岩肌に手を当てる。




「たぶン、できるヨ」




 守り人としての記憶が戻ってきているのかもしれない。あるいは本能に従っているのだろうか。彼女がそこへ手を当てると、歪の揺らぎが大きくなった。
 そして彼女がそこに顔だけを突っ込んで中の様子を確かめる。
 知らない歪にそんなことをすれば、下手すれば顔から先が空間に持っていかれて引き千切れる。でもここは彼女の領域と言わんばかりに手慣れた様子を見せている。




「うん……大丈夫ダ。はいっテ?」
「ありがと! いこう!」




 ゆっくり歩いて進むと、何の抵抗もなく空間に入ることができた。隔たりや岩肌の厚みがないので、明らかに違う場所へ飛んだような感覚だ。
 位置的には岩山の中にある鍾乳洞にはいったという。




「ほ~ぅ。こ~りゃすげぇ……」




 中は本当に鍾乳洞のような洞窟の中だった。天井と地水の底は何かの鉱石が緑と青の中間のような色で輝いている。そのおかげで閉鎖された空間なのに少し眩しい程に明るい。


 ただ周囲は少しごつごつした岩が並んでいるので歩きにくい。ボクはクリスティアーネが転ばないように抱きかかえて進むことにした。
 するとシャオリンは真似するようにメフィストに抱っこしろとせがんでいる。随分と仲良くなっているようで何よりだ。




「お、あの先に見えて来たのがそうじゃないか?」
「ああ……確かにあの祠だ」




 少し進むと、すぐに依然と同じように木で作られた祠が現れた。やはり同じように精巧な技術で作られたそれは明らかにこの時代、この世界のどの文化とも異なっていて異質なものだった。
 これが一人の造物主フレイヤ・ウル・バルトが記した神への対抗手段アンチテーゼ。これが完成したときにどうなるかわからない。シャムは詳しくは他の守り人に聞けと言っていたけれど、シャオリンは記憶がない。
 徐々に思い出すことを期待するしかない。




 ボクはその祠にある剣を置く場所に聖剣をおいた。すると以前の時とは違い今度は赤く光り出した。まるで紅蓮の魔女パドマウィッチの剣の様だ。




「その剣を祠の前に祀れ」




 このセリフも以前と同じ。それにやはりこの祠に込められている魂は守り人違い意思はなく記録された虚像と声だ。
 すでに置いてあるのに同じ反応される。




「……六が内の一つ、『陽炎』が宿った。すべて成せば神剣が本来の意味を持つ」
「……長き者にその意味を聞くがよい」




 この言葉も全く同じだ。そのせいで何も新しい情報が無かった。聖剣を再び持ち上げて鞘に戻す。
 少し軽くなったような感じはする。
 ボクとしては重い方が振りやすくて好きなのだが、剣速が早くなるのは悪くない。
 ただ最近は魔物も狩る事はほとんどなくなったので、この剣は今や宝の持ち腐れになっている。


 これ以上強い敵もいないのに、聖剣を手に入れて何になるんだと言う思いは少しある。あるいはボクを殺す以外には役に立たない剣なのかもしれない。
 そう思うとすこし嫌な気分になった。




「さて、そろそろ帰ろう」
「いや、少し獲って帰ろうぜ? 今夜はご馳走する」
「うぇへへ……あ、あたしも……お、お酒だす」
「そりゃ~たのしみだ~ぜ!」




 みんな乗り気になっている。そういって楽しそうにしているところで、メフィストとシャオリンが手を繋いでいることに気がついた。これから徐々に魔力が減るから、今から多めに魔力を与えているようだ。


 浜辺には食べると美味しい貝や、岩肌の海藻、それに浅瀬にも高値で取引されるような魚が沢山いた。
 それに嬉々としたボクたちは海水に濡れることも構わずに、はしゃいで獲りまくる。
 体力を考えずに思った以上にはしゃいでいたクリスティアーネはぐったりしていたので、おんぶして帰ることになった。
 いつかこんなところで暮らすのも悪くない。









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