勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

悪魔アシュリーゼ





 各国の首脳陣を招いてパーティーを主催するヴェントル帝国。覇権がこの国に向いている証拠だ。
 当たり前だけれど、魔王領からの出席はない。


 そのほかにも小国からの来賓がある。今夜の主役はやはり主要三ヶ国。
 参加している貴族の話が聞こえてくる。




「今回の首脳会合パーティーは実現せぬと思っていた」
「あぁ……ヴェントル帝国とグランディオル王国が戦争中だからな」
「それなのですが……」




 どうやらこの会合は人間の国で定期的に行われているものらしい。
 彼らの話ではこの会合の前に二国間で協議されたという。
 そして停戦状態を宣言に署名したそうだ。
 現在は王国の王位がエルランティーヌ女王になっているが行方をくらませているため、正式な終戦宣言ができない。
 しがって王族と宰相が帝国側と交渉して一時停戦宣言まで持ち込んだ。




「元第二王女のロゼルタ姫はやり手であるな!」
「いやぁジェロニア宰相が曲者って話ですよ」




 この流れはあまり良くない。
 このままだとエルランティーヌ女王と参謀であるレイラ王宮魔導師が戦争責任を負い、戦犯として処刑されてしまうだろう。
 もしそうなったら、ボクが責任を被るだけでは彼女たちの恨みを拭い去る事はむずかしい。




「これでまた平穏が戻って来るであろう」
「いや、どうだろう……女王と悪魔が結託していたのだ」
「確かに……公演で悪魔と締結したとおっしゃっていましたね」




 グランディオル王国は魔王領と正式な交易の提携を結んでいるのだ。しかし相手は人間ではないことをいいことに、約束事態をなかったことにしようとしている。
 彼らの話題は、すでに魔王領が共通の敵になることが前提の話になっていた。




「しかし相手が悪魔じゃぁ、我々がいくら大勢でかかっても勝てぬであろう?」
「いや、近年現れた勇者どのが各地におるだろう。さらに上位魔女やそのほかの魔女も参戦するという噂がある」
「なんですと! それではもはや勝利は決まったようなものです!」




 なんということだ……




 確かに魔王のキメラは魔力がかなり高い。ただ戦闘経験がまるでなかった。あれから一年半程度で高度な技が身に着くわけがない。
 ただ上位魔女が加わればどうだろうか。そしてシルフィの指南があったらどうだろう。さすがにそこまでいけば短期間でもかなり強くなる。
 おそらく幹部でも太刀打ちできないし、アイリスは魔力がほとんど残っていない。このままでは悪魔は滅ぼされてしまう可能性が高い。
 さらに計画に変更が必要かもしれない。
 と、そこに鈴の音が鳴らされる。主催の注目の合図だ。






 皆が注目すると舞台の上にはヴェントル帝国皇帝とグランディオル王国の主賓ロゼルタ姫が並んで立っている。
 帝国執事の男が魔道具を使い拡声して、注目するように促す。




「我々ヴェントル帝国は、グランディオル王国との戦争に一時停戦を宣言する」
「同じく我々グランディオル王国も……」




 そう言って二人は握手を交わしている。その瞬間に会場は拍手喝采で賞賛した。その様子はまさに歴史に残る一幕のようだ。
 その様子を絵師が端の方で描いている。
 お互い署名をした書類を交換し、再び握手とともに盛大な歓声が上がった。しばらくその音が続き、執事が手で合図をすると拍手も収まっていく。
 静粛になると皇帝が続ける。




「さて、お集りのみなさま。この度の戦争の原因はご存知ですよね?」




 その投げかけに会場にざわつきが起きる。あの初公演には内外問わず、ほとんどの国の人々が参加していた。となればおのずと悪魔に行き着く。周囲からも悪魔という単語が出始めているのが聞こえた。


 周囲の同意がえられたと感じた皇帝はロゼルタ姫に先を促す。彼女は一歩前に出て、いつもより鋭い眼光で皆に視線を向けている。




「我々グランディオル王国は過ちを犯しました。先の女王と悪魔の結託により国は混迷を極めました。周辺諸国に多大なるご迷惑をおかけしたことを、次期王位であるわたくし、ロゼルタが謝罪いたします。
――そして過ちを正すべく、先の女王粛清および悪魔の奴隷化を推進いたします!」




 ……なんだって⁉ 奴隷化?




 なんという突拍子もない話だ。
 いくら強い戦力があっても悪魔を殲滅しきるのは難しく、そうなれば報復で逆に滅ぼされてしまう。そうならないために奴隷化できる魔道具を独自に開発したそうだ。
 強い悪魔であればあるほど強固に機能する。
 以前シルフィがボクに使っていた、本人の魔力を吸収して拘束力として発揮する枷の改良版のようだ。




「これを使用すれば使役させることができます。一定の規定の元、自由に使っていただけます!」




 なんとも身勝手な話だ。完全に略奪行為である。こんなことをシルフィも認めているのか気になったが、ここからでは彼女の様子をうかがい知ることができない。


 再びシルフィのいる方へ視線をやると、近くにいた帝国側の中にエルダートがいることに気がついた。
 今回の功績で重要な立場へ返り咲いたのだろうか。
 逆にメフィストフェレスの姿がない。こんな重要な首脳会合に舵取りの一端を担う将軍がいない事に酷く違和感を覚える。




「これを実験すべく、すでに悪魔を用意しております! さぁ入りなさい!」
「……」




 ……メフィストフェレスだ。




 メフィストフェレスの首に枷が付けられている。抵抗できないままにロゼルタの命令に従っている。
 あの飄々とした態度の奴も、すっかりしょぼくれたジジイの風体に成り下がっている。すでに先ほどロゼルタ姫が説明していた枷が首に付けられている。
 人間の命令には逆らえないようだ。




「跪き、人間の皆様に謝罪を尽くしなさい! この悪魔め!」
「……」




 奴は悔しそうな表情で跪いている。
 多くの貴族や騎士が取り囲んで、奴を嬲り殺そうとせんばかりに視線を向けている。その目は恐ろしい程に冷酷だった。


 この場で奴を助けるか迷った。あの首輪の枷の仕掛けがわからない限り下手なことをすれば彼の命が危ういからだ。
 彼は首を垂れて謝罪の姿勢を見せる。




「ふふふふ……みなさんご覧ください! 登録すれば、すべての命令を聞きますし、標準で人間には逆らえないようになります」
「す、すばらしい!」
「悪魔恐れるに足らず! 人間の勝利ですな!」




 この一連の流れはあらかじめ用意周到に計画されていたものだろう。ものの見事に王国の過ちを完全に悪魔へとすり替え、彼や悪魔を奴隷にする事でそれを真実へと昇華させるのだ。


 この結果をみれば……勇者を通してロゼルタ派、宰相派と帝国の皇帝派が繋がっていたということがわかる。
 カタストロフのところで見た召喚勇者の行動記録についてもう少し掘り下げて調べていれば、あるいは事前にこの事態に気がつけたはずだ。




 ……くそ。またやられたということか!




「グランディオル王国とヴェントル帝国はすでに量産体制に入っております。ご期待ください!」




 あれのほど高度な魔道具を作るのは老練な魔女だけだろう。シルフィの技術を凌駕するほどのものだから、上位魔女の存在がちらつく。




 つまり上位魔女、魔女、すべての人間が悪魔の敵となるのだ。




 ……考えろ!もはや政がどうとか言っている段階ではなくなっている。
 この場で全員皆殺しにすることもできるだろう。しかしそんなことをすればシルフィすら殺してしまいかねない。
 上位魔女の制止も入るだろう。
 であるなら今この場で、奴隷化を肯定しているあの魔道具の信頼性がなくなったらどうだろうか。あんなものでは悪魔は制御できないと皆に思わせれば、こんな茶番は終わる。
 ボクは演劇を思い出して、一つ芝居をうってやろうと閃いた。




 それらしいのが何かないか考える。
 ここに入って来る時にあった山羊ヤギの首のはく製だ。廊下のホール近くに飾られている山羊ヤギの首のはく製の角を調べ、うまく外れるようになっていることを確認する。
 後で返すので、丁寧に引き抜き固定具でボクに頭に固定する。そして落ちないようにその部分に魔力を注ぐ。これで走っても落ちないだろう。
 鏡がないかと近くの部屋の扉が開いていたので覗くと、姿見を見つけた。




 ……アイリスだ……これ。




 角の形は違うし身長も高いが、アイリスに見える。ブロンドと角、そして白く化粧した肌に赤いルージュ。




 ……アイリス。




 自分の姿がアイリスのようになっていて、思い出して泣きそうになった。
 ふがいない自分のしりぬぐいだ。恥ずかしいなんて言っていられない。


 気を引き締めて自分の容姿を隅々まで確認する。そして再び会場へと戻った。








 会場に戻ると、メフィストフェレスを貴族や騎士が囲んでいた。大勢に囲まれて輪の中心で、膝をついている奴はただうなだれているだけだ。




「さぁ……皆さま? この悪魔に隙に命令してくださいな?」
「殴らせてもらっても?」




 ……ふざけるな!




 騎士数名が出てきて、まさに今メフィストフェレスを痛めつけようとしているところだった。彼のところに取り囲んでいる騎士だけではなく会場中がメフィストフェレスに注目している。今しかない。




「へっへっへ……おれぁ悪魔をぶっ叩きたかったんだ……そぉおら――」


 騎士が殴ろうとし瞬間――




 ドォオオン‼








 ――貴族たちが取り囲んでいる上部から跳躍して割って入る。着地する時にわざと大きな音を立ててブレイブウォールを使ってみせた。
 その様子に騎士たちは剣を抜き構え、貴族たちは腰を抜かしている。




「そんなものあたしには効かないわ!」




 自分で言っていて、すこし寒気が出る台詞だ。自分の事「あたし」なんて言っている時点で、もう変態でしかない。
 ただいまは恥ずかしがっているよりこの場であの魔道具の信用を失わせるのが先だ。




「な、ななな⁉ 角があるぞ!! 悪魔か⁉」
「う、美しい……‼ ……あれが悪魔か……」
「ア、アイリス⁉」






 ボクの姿を見て、各々騒めく。
 アイリスと勘違いしたのはシルフィだ。知っている人から見ればアイリスに見えなくもない。間近で見れば尻尾もないし身長も大きく違うからすぐに気がつくだろう。


 彼女がすぐに気がついてくれないのは、すごく苦しい。本当にアイリスが来たように騙されているのが見て取れた。


 皇帝や宰相も驚いてこちらを見ている。ほとんどの人はボクの角をみて悪魔と勘違いしてくれたようだ。




「あたしは悪魔アシュリーゼ! そんなもので服従できるならやってみるがいいわ!」
「お……おめぇ……だ、誰だ?」




 うなだれていたメフィストフェレスもこちらを見て驚いている。
 それを横目にロゼルタ姫が持っている首輪を奪い、自ら装着する。そして魔法陣が閉まり首にしっかりとはまり込む。




「さぁ登録でも何でもしてみなさいな!」
「ふん! 我々が開発した魔道具の良い実演になる! いいでしょう!」




 そしてロゼルタ姫が登録の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出し、血を垂らす。そしてボクの方へ向ける。




「血は主の者だけで出来ます。そしてこの魔法陣を奴隷・・の手に当てれば完了です」
「や、やめろ!」




 そういってボクの手に羊皮紙を押し当てる。それをみていたメフィストフェレスは焦ったように、止めようとしている。
 この契約がかなり高度な物で、彼もボクの事を悪魔だと勘違いしている証拠だ。






 ずわり、と魔力が吸われた。しかしまだまだ余裕がある。その魔法陣の蝕指はボクの心臓へと向かっているのがわかる。
 おそらくこれは悪魔の『魔臓』へ直接接続して支配する魔道具だ。だが人間であるボクに『魔臓』があるわけがない。いつまでも支配がはじまる事はなかった。
 やがて光が消え、何も反応しなくなる。




「さぁ!! これで登録完了です! 悪魔アシュリーゼ! 跪きなさい!」




 何も魔力的な負荷がかからない。やはり魔臓に作用するものだった様だ。ボクは苦しそうな顔をして、負荷がかかっているふりをする。
 何もなければ人間であることがばれてしまうからだ。




「……っ!! ……ふん! お前が跪け……」




 そう言って軽く殺気をロゼルタに飛ばす。彼女は耐性がないので、そんなことをすれば意識を失うほどの圧を受けることになる。




「いやっぁああああああ‼」




 悲鳴を上げて倒れる。それだけで十分効果があったようだ。周囲の輪はさっと広がりボクから距離を取ろうとする。ボクの近くには騎士団という壁があるから会場からでて逃げ惑うことはないようだ。
 通常であれば大混乱になり逃げ惑うところだが、さすがに肝が据わっている連中なのだろう。




「や、やはり悪魔を従えるなんて無謀だ……」
「また王族のご乱心か……いいかげんにしてくれ……」




 効果は上々のようだ。この首輪の信用がなくなれば、もうこの場にいる必要はない。貴族たちは心底がっかりしたように見ている。
 メフィストの首輪も魔力を大量に注ぐことで、簡単に外すことができた。奴とボクの首輪が外れる度に、彼らのため息が漏れて聞こえて来た。
 すると今度は輪の中から一人の女性が現れる。




 ……紅蓮の魔女パドマ・ウィッチ!!




 不味い……奴は女好きだ。女性に関するあらゆることを熟知している。だとするならばボクの変装何てすぐに見破られてしまうだろう。長居してはばれてしまう。
 それどころか人間であることがばれてしまえば、この陳腐な芝居も台無しになってしまう。




「カカカ…… かぁわいい! アシュリーゼ? あたしの物になりなさいな?」
「いやだよ? 興味ないし」
「その強気な性格もあたし好み! じゃあ力づくで……ね?」




 そう言って彼女は殺気を高める。
 しかし戦うつもりはない。ここで暴れても何も得る物がないからだ。彼女の変態な趣味に付き合ってやる義理はない。
 彼女が剣を抜く次の瞬間――




 メフィストフェレスを抱えて窓を破って逃走した。首輪も魔力を大量に注ぐことで解除できた。
 抱えられた奴はいい歳をして赤らめている。
 頼むから変な気を起こさないでほしい。




「隠れられる部屋は?」
「三階奥のぉ~客間は誰も使って~ねぇはずだ」




 メフィストフェレスが指定する客間へと向かう。おろして自分の足で走ってもらうかと思ったが、奴はかたくなに拒んでいる。
 足が遅いからこのまま抱えてほしいそうだ。




 ……本当にそうだろうか?











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