勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

メフィストフェレス将軍





 帝国の馬車で貴族区に乗り入れる。帝都内の石畳の道よりさらに滑らかな道になったことに気がついた。もともと揺れない馬車だと思っていたけれど、さらに振動がない。
 クリスティアーネの死霊馬車と同じような滑らかさだ。彼女の馬車は車輪や馬に実体がないので、浮いているのと変わらないから振動がない。
 それに匹敵するものを技術の力で実現させているのは驚かされる。


 貴族区のさらに奥に皇城がそびえたつ。行先はそこの中にある騎士団本部だ。馬車の窓から覗く風景は、少なくとも王国より洗練されている。近くに見える噴水ひとつとっても奇麗な芸術作品に見えた。








 ――ヴェントル帝国、皇城。


 皇城にやってくると、表の入口から入るように馬車が停められた。平民であっても上位魔女となれば国賓扱い。人間の常識を持っても上位魔女というのは本当に格が高いのだ。
 入口の前には執事と大勢の使用人が出迎えに並んでいる。




「お待ちしておりました死霊の魔女ネクロ・ウィッチ様。ようこそヴェントル帝国皇城へ」
「……うひ……よ、よろしく」




 ボクは彼女の従者であることを自己紹介して挨拶するが素通りされてしまう。
 執事の男は整った顔立ちの若い男性だ。いかにも貴族育ちの甘い顔立ちをしている。彼がクリスティアーネのエスコートをすると手を伸ばしてきたので、それをボクは払いのけた。




「魔女様に気安く触れないでいただきたい」
「……くっ」




 男は悔しそうにしてこちらを睨む。要らぬ騒動は起こしたくないが、ここは敵陣真っただ中。油断するわけにはいかない。








 帝国軍作戦本部内を通り、奥の将軍執務室へと案内される。騎士たちはジロジロとこちらに奇異の目を向けている。
 執事がノックするとヤツの声が聞こえてきた。




「よ~ぉこそ! 帝国軍の本……って、ア~シュインじゃ~ねぇ~か!」
「よぉ! メフィストフェレス」
「そ、そ~れにそっちの魔女!! ……クリスティアーネって魔女じゃねぇか⁉」
「……うぇへ……な、なんで名前……」




 クリスティアーネが心底気味悪がっている。彼女に気味悪がられるなんてよほどの事だろう。面識はないし、一般的には死霊の魔女ネクロ・ウィッチという通り名で呼ばれる。本名を知っているのは知り合いとその周辺だけだ。




「まぁ~あ、そこに座ってくれぃ……うめぇ茶を淹れるぜぇ」




 そう言って使用人にお茶の指示をしている。すっかりここのあるじだ。
 ヤツはボクたちの登場で驚いてはいたが、冷静さは崩さない。もともとあまり感情的になるタイプでもない。
 政はあまり得意ではなく、ストイックに自分の研究に没頭する性質だとおもっていた。しかし今はその政を行う地位に就いている。


 ヤツはまったく悪びれている様子はない。たしかに帝国の妨害をいくつも受けたが、ヤツの与り知るところではないのだろうか。




「あんときゃ失礼し~たぜぇ……魔が差したぁ」




 クリスティアーネの研究を盗んだことを言っているのだろう。あれについて彼女は怒ってはいないようだ。もう封印して終わらせるつもりだったものだからだ。
 それに彼女にとって研究したい内容でもなかった。アイリスの魔臓を調べるうえで必要だっただけだ。過ってもらえれば、彼女しても十分だと謝罪を受け入れた。




 ヤツがなぜ上位魔女を召喚したかというと、帝都に来た目的を把握しておけという皇帝からの命令があったからだそうだ。
 クリスティアーネは帝国を知りたくてやって来たとだけ伝えた。メフィストフェレスは納得してないが、それ以上は聞かないようだ。




「ぐへぇへ……ど、どこかの依頼なら……ど、どうどうと来ない……」
「そ~うか。 オ~レの方の仕事の用事はそれだけだぁ」
「何故悪魔領を離れてこっちに?」




 何故こちらに寝返っているのか聞くと、素直に技術者に手厚い事と非人道的な研究に関しても、帝国は技術の為なら許されるという法があるからだそうだ。
 それに皇帝はヤツの技術とその内容に痛くご執心だったという。その上将軍の役職が空いていた。
 かなり破格の好条件だったのだろう。それにまだ事情がありそうだ。




「魔王の因子の研究を続~けたかったからなぁ」
「うへ……あ、あぶない……よ?」




 それは承知の上だった。魔王の生成なんてものが簡単にできるようになれば、それこそ世界が滅んでしまう。しかしヤツの言い分は違った。




「魔王があ~ぶねぇなんて誰が決めた? 前魔王様がい~つ世界に危機をもたらしたぁ?」




 確かにそれは誰も証明できない。そんな事実はないからだ。
 魔王は確かに強い。それでも世界を滅ぼそうと思っていたかは別の話だ。むしろ魔王は効率的ではないが、統治はしていた。
 強さという抑止力に頼っていたし、人間側にもそれを働きかけていた。だからこそ悪魔たちは温厚でいられたのだ。




「そういうこった。 オ~レはただ弱ぇだけで死ぬのが嫌だっただけだ」
「そうか……ただ一番聞きたかったことがある。 アイリスをまだ求めるか?」
「いんや?」




 初公演の時までは、成果向上のためにアイリスを求めていた。しかし彼女自身は何も知らないし、魔力も異常に減っていて研究価値がなかったそうだ。


 ヤツの話だと、初公演の日に襲ってきた力の強い召喚勇者が魔王のキメラだった。魔王クラスの強さにはならなかったし、そもそも研究したところで彼の求める結果は得られなかった。
 いまはもう完全に手詰まり状態。




「……そ、そう……」
「っ⁉ まさか……あ、あの先があるってぇのか?」
「ぐひぃ……こ、この人……こ、こわいぃ……」
「あ……あぁ、すまねぇ……あ~んたの研究や魔導師としての腕、見惚れたんだぁ。だからつい興奮し~ちまったよぉ」




 彼女の知識、技術はとても高度で新人上位魔女だとしても他の魔女に引けを取らない。メフィストフェレスが羨望の眼差しで見るのもわかる。
 ずいずいっと彼女に迫るが、彼女は怖がって引いている。




「メフィストフェレス。 それ以上は彼女が困ってしまうだろ?」
「つ~れねぇこというなよぉ。 続きをきか~せてくれぇ。おめぇの欲しがっている情報をくれてやるぜぇ?」
「いいのか? 帝国軍の内部情報だろ?」




 ヤツは今の地位にあまり執着がない。
 立場を悪くするような情報は言えないが、それ以外ならなんでも教えてくれるという。それほどまでにヤツは研究優先なのだ。
 ボクは彼女と目で合図する。そして頷いて了承した。




「……あ、あの魔王の因子……と、よ、呼ばれているもの――」






「――造物主の残滓」






 『神の怒り』という本を読んだことで、ボクたちはある結論に達していた。




『浄化の因子を付与された母親の子は成否問わず、全て異常な魔力・・・・・・・を持つ。成功したもののみ『勇者の血』という名で印紋と共に発現する』




 すなわち異常な魔力、ボク並みの魔力の持ち主であった魔王はその一つということだ。魔王の因子がどこから来るものなのかがわかれば、彼には十分であろう。
 ただの一点・・において隠せば、ヤツはそれ以上追えないと諦めるはずだ。




「ぞ、ぞうぶつ~しゅだぁ? 随分うさんくせぇ~もんが出て来たな」
「……魔王の因子、……じ、自体、失敗作・・・
「!!!! な、なんだと⁉」




 余りに驚いたメフィストフェレスは、うさん臭い喋り方を忘れてしまっている。自分が最高の素材として扱っていたものが、失敗作だといわれてしまったのだ。
 ヤツは目を丸くして、茫然としている。




「……そ、そしてそれ・・はすでに試行され、ク、クールタイムは一億年……も、もう無理」
「……は⁉」




 そしてその成功作とはボク自身。ただそれだけは隠す情報だ。それさえわからなければ、もう追う価値のない研究でしかない。
 たとえあのキメラの連中から因子を取り出したとしても、また千切って弱いキメラが出来上がるだけだ。
 いくら知的探求心だとしても、これ以上アイリスやボクにも研究材料として目を向けられるのをクリスティアーネは特に嫌がっていた。
 だからギリギリのところまで開示して、結論づけたのだ。




「……そ~うか……オレァ随分とむ~だな時間つかちまったぜぇ」
「うへぇへ……む、むだじゃない」




 さっきと打って変わって、すっかり意気消沈してしまったメフィストフェレス。このままでは彼の生きる気力まで奪ってしまいかねない。
 少し彼の目指す先を掘り下げて聞いてみることにした。




「なぜそこまで研究に?」
「オ~レの原点は、妹~だぁ。……魔力も力もなくて死んじまったぁ……」




 ボクが魔王領に来て、彼自身の不満があったわけでもないむしろ自分の研究が実用化される喜びすら感じていた。しかしそれも魔力あるもの、力ある者がどんどん先を行き、何にもない妹のような存在は気がつかれさえしなかった。


 それが気に喰わなかったそうだ。メフィストフェレス自身は力も魔力も、そして技術もあったからボクの施策を享受できた。しかし果ての村に住んでいる弱いものは変わることは無かった。




 彼自身は政治屋でもなんでもない。出来ることと言えば研究だけだ。
 だから魔王領から離れ、人間でも誰でも使える便利な物。力に優れている者に追いつけるものを、と考えていたそうだ。


 その一つが「魔王のキメラ」。ボクに及ばずとも生きる価値があると認められるだけの魔力付与ができることが目標だった。
 結果としては三体の強者ができるだけで、汎用性もなくあまりにも思惑と外れた結果になった。




「それこそ学園が最適の場所だったんじゃないか?」
「そっか……お~めぇ知らねぇのか。魔王代理だったぁ~くせに」




 あそこの授業料は無料。彼ら職員は魔王城の予算から支給されていた。だから誰でも入れるし、数少ない悪魔の育成の場となっていたはずだ。


 しかしメフィストフェレスはあそこに講師としていたから、実態を知っている。あそこに通えるのは一定の魔力がないとダメなのだそうだ。
 講師も少なく、グレード分けされていないので授業についていけなくなるというのが理由だ。
 ほぼくまなく拾い上げているつもりでいた。しかし現実は違ったのだ。すべてルシェに任せていたボクの怠慢だと言える。




「ルシェはそんなこと一言も……」
「い~いか、アシュイン? エリートと落ちこぼれの考え方なんざぁ真逆だ。ルシファーだって気がつかねぇ~し、お嬢な~んて、ただの箱入り娘だ」




 あまり聞きたくなかったけれど、確かにその通りだ。ボクは無条件に彼女たちを信じすぎて、期待しすぎていたのだ。それにボクは魔王領に関して一歩引いた立場で見ていた。
 あくまで復興をするのは彼女たちであって、ボクは外部の人間。その驕りが失敗した理由でもあるのだろう。




「やりてぇ事があるならオレェに言えぇ! ……オレァ~オメェを気に入ってい~るから、い~くらでも手伝ってやらぁ」
「……あぁ……ありがとう」




 すべてを手放しに喜べそうにないが、上げ足を取られない程度に協力してもらうのは悪くない。皇城内や軍事機関を出入りできる彼は重宝するだろう。
 するとクリスティアーネが一冊の本を取り出す。




「うひひ……あ、アーシュちゃんを……す、好きでいてくれるなら……これあげるぅ……」
「こ、こ~れは?」
「……ほ、本物の魔導師に……な、なれる本」
「……な、なんと⁉」




 レイラにも渡した本だそうだ。ただ彼女は王国の政治へと道を変えてしまったので、達成はできなかったという。それは王国が認定する王宮魔導師になるためではなく、存在の格を上げる、いわば魔女に近い格になるための本だった。


 その本を習得することができれば、不老長寿薬エリクサーには及ばないが寿命を延ばして研究時間を稼ぐことができるし、それを体得できれば格があがるそうだ。


 彼は悪魔なのでもともと寿命は気にする必要はないが、存在としての格は上がって損はないだろう。
 格が上がれば魔女からも一目置かれるし、研究情報も手に入りやすくなる。その上魔力も格段に上がるから出来ることが増える。




「し、師匠ぉお……あ~りがてぇぜ!」




 クリスティアーネを師と仰ぐ。
 ヤツの研究理念や腕を、彼女は認めているからあの本を渡したのだ。もう少しヤツのことを信用していいのかもしれない。











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