勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

裏切者





 宰相とは計画の詳細を話し、その日は終えた。
 ちなみにエルランティーヌ女王の詳細な情報も聞くことができた。彼女はアイマ領で姿を見られたのが最後。それから消息を絶っている。
 おそらくヴェスタル共和国へ亡命したのではないかと宰相は見ている。王国がこんな惨状ではそれが良いだろう。




 宰相の計画が始まると、城の中は慌ただしくなる。
 ロゼルタ姫が正式に王位継承を行うのだ。
 国璽こくじの授与によって、それは成就される。前回同様国王が崩御したという形になるので、宰相からロゼルタ姫に渡される形をとる。


 ボクは領主に挨拶へ行かなければならない。
 先ぶれは出してあるとはいえ、養子入りするのに顔もしらないのでは話にならない。その隙をみて魔王領へ行く予定だ。


 シルフィの命の危険があったので優先して王国にきたが、王国側から魔王領の情報がほとんどないのだ。
 シルフィとも諍いを起こしているから、どんな状態か把握したい。それにゲートも張りなおさなければならない。






 王国側で馬車を用意してくれたので、門までいったら賃金をわたして帰ってもらう。馬車で移動していたらアイマ領に行くだけでかなり時間がかかってしまう。
 魔王領へ先に寄ってからアイマ領に行くので、走ることにした。








 魔王領に入るには一度南に下る。そして北西に上っていくルートと南側から入って北上するルートがある。今はどの町や村にもよる予定がないから南から侵入して魔王城を直接目指す。
 以前より移動もはやくなったので、全力で走れば一日程度でつくだろう。


 道中にある村を通り過ぎる。
 遠目でみただけでわかるほど荒れていた。おそらくここが戦場になったのだろう。魔王領と帝国軍のだ。


 村の様子を確認してみる。
 焦げて据えた臭いが充満している。火を放ったのだろうか。住居はいたるところが焼け焦げていて、人の気配は一切ない。逃げおくれたやつはいないようだ。
 村の奥へと歩いて行く。




 ……あれは……




 ……焼け焦げた小さい山が二つあった。




 嫌な予感がする……
 駆け寄ると、際立って臭いがきつくなる。すでに時間が経過しているのだろう。手を触れると、少しだけ弾力があり、芯のある腐った果物のような感触だ。


 ……ごろり。




 ……あの子たちだ。




『おにいちゃん。絶対また来てね!』
『アシュインすき~いっちゃやだ~」
『ごめんね……絶対帰って来るから、いい子で待ってるんだよ』
『ふぁ……うん。絶対だよ!』




 ……ぐっ……くそ!! ……くそ‼




 これも……ボクのせいだ。
 あの時いなくならなければ、魔王領に直接侵攻されるなんて事態にはならなかったはずだ。それどころか、ボクが魔王領へ来なければこんなことは起きなかった。
 悲しみでボクは涙と共に嚥下した。




「……ごめんね……おそすぎた……ようだ」




 そう言って丁寧に抱きかかえ、裏の墓地に穴をほって埋めた。そして木の枝を使って十字を差し込む。




「……うぁあああ……ごめん……ごめんな……」




 ボクは堰を切ったように泣いた。
 わかってはいたけれど、知っていた子の無残な死を黙って見ているほど大人ではない。だからといって帝国領に恨みが湧くかと言えばそうではない。


 やはりこれはボクのせいなのだ。みんなに合わせる顔がない。




 ……でも行って会わなきゃだめだ。




 そのまま北上していく。あの村以外では被害はまだ出ていないようで、道中の村は無事だった。侵攻はあの村までで食い止められている。




 そして魔王城へやって来た。
 相変わらずここは美しい庭園に囲まれた、奇麗な場所だ。使用人達が丁寧に育て維持に努めてくれている。






「……アーシュ?」




 その声の主の方を向くと、ナナだった。




「ナナ……ただいま、ごめん遅くなって」
「帰ってきちゃった……あっ、ごめん。ひ、久しぶりだね……」




 なんだかあまり歓迎されていないようだ。すごく気まずい雰囲気だ。ボクが帰ってこられると都合が悪いように感じる。




「こんなところじゃなんだから、中にはいろ?」
「……う、うん」




 廊下ですれ違う使用人の悪魔たちは、ボクをみてびっくりしている。それどころか敵対心を向けてくるやつもいた。やはりそうだ……。


 ボクの執務室か居間に行くと思いきや、ナナの自室へ連れてこられた。拾ってきた動物を隠す子供の様だ。
 ナナの自室は初めて入ったが、手作りのふわふわした人形や可愛らしいレースをあしらったシーツやカーテンが目に入って来た。とても可愛らしい部屋に驚く。
 彼女は長椅子にぽすんと座ると、困った顔をしている。




「アーシュ……なんで帰ってきてくれなかったの? 探したんだよ?」
「……色々あってね」
「あのね……あれから魔王領は最悪なの」




 ナナはまるで愚痴を言うように、今までの事を話してくれる。
 アイリスたちは魔王領に戻って、さっそく交易の準備を始めていた。その時はみんなやる気になっていて、活気に満ち溢れていたそうだ。
 ナナも第二公演の予定を練っていた。


 そんな中、ボクが王国から逃亡したとの一報が入った。
 ボクとアイリスの悪魔の契約も切られていた。
 それからというもの、アイリスはイライラと何をやってもうまくいかなかったそうだ。


 そして憶測が憶測を呼び、情報が錯綜した。結局宰相との約束であった一月を過ぎても現れることはなく、ボクは重犯罪者として指名手配された。
 魔王領はずっと王国へ抗議していたが、エルランティーヌ女王が没落し、宰相の治世へと変わったために全く受け入れられなかった。


 エルランティーヌ女王が動けない状況になり、交易も滞った。約束は果たされず魔王領は苛立っていく。そしてあのシルフィ率いる王国軍の話だ。




「シルフィちゃんがお願いに来たけど、なんか様子がおかしくて……」




 そのころには既に口調が変わっていた。そして王国軍騎士団長としての立場を享受していたのだ。命令口調で魔王軍を貸せ、の一点張り。
 それの訝しんだアイリスとベリアルは却下した。
 それどころか、ここぞとばかりにシルフィを罵ったそうだ。




 それからというもの、魔王領内も不協和が起きた。
 クリスティアーネは復帰まで三か月ほどかかっていた。そしてシルフィの件でギスギスした魔王城内で、空気を読めずに言った一言で虐められてしまい、魔王領から出て行ってしまった。
 ミルもこの空気に耐えられず、学園の寮に移った。
 アミに至っては、虐められ、見て見ぬふりをされた経験から黙っていられず、アイリスたちと口論になってアミも出て行ってしまった。


 アイリスは常にイライラし、ルシェと喧嘩ばかりしていると言う。
 アイリスのイライラの原因はボクだった。
 契約は切られたままボクが帰らず、はじめは捜索隊も出された。ただすぐに打ち切られた。自分の意思で帰ってこないのだろうと判断されたのだ。




 そんな中でのシルフィの魔王軍無断使用。
 アイリスとルシェ、それから幹部たちも大激怒した。特に部下を使われたベリアルの怒りは尋常じゃないと言う。
 王国へ抗議を申し入れたが、簡単にあしらわれたと言う。


 そして魔王領内ではこの情報が駆け巡り、王国とは断絶すべきという声が上がった。もちろん反対するものもいなくなったため、すべてのゲートは術式を書き換えられた。


 そして噂が流れる。
 帰ってこないボクは王国に懐柔されてシルフィと共に横暴なことをしていると。
 あの公演の時の、ロゼルタとのやり取りも疑っていた。それからボクはいくつかロゼルタ陣営に有利な発言をしてしまっている。
 それが仇となり、魔王領内でも完全に裏切者となった。




 さらにはシルフィが返さない魔王軍の部隊の全滅。
 これには魔王領内が騒然となった。
 戦死した家族たちは絶望し、敵を取ってくれとベリアルに申し出る。しかしベリアルは渋っていた。侵攻すれば確実に死者が増える。
 なんとか悪魔たちを抑えたところに、帝国軍の侵攻があったのだ。あの村が襲われ、準備していなかった警備部隊や村人の多くは死に絶えた。




 それから魔王領は常に厳戒態勢状態。
 ボクとシルフィは魔王領では犯罪者扱いだ。




「だからいるところを見られたら、大変なことになっちゃうよ?」
「ナナはどうして残ったの?」
「……何にもする気が無くて。ここなら何でも使用人が用意してくれるし、一緒にお菓子作りして怠惰な日々を過ごせるから?」




 ナナは相変わらずだった。でも魔王領やみんなは変わってしまった。もう修復不可能なほどに信頼関係も崩れている。


 王国領でこれからやろうとしている事。それは王国内で済ませるつもりだったが、魔王領でも似たようなことが必要だった。魔王領からも同じような反発が起きれば裏付けにもなる。
 ……腹をくくるしかなさそうだ。




「ありがとうナナ。……楽しく暮らしてね」
「……え……アーシュはどうするの?」
「……」




 ボクは応えない。
 これからまた最悪なことをするからだ。
 無言のままナナの部屋をあとにした。










 ボクが以前使っていた執務室にやってくると、アイリスとルシェが口論していた。そして突然開いた扉のボクがいるほうへ視線を向ける。




「あ……あ……アーシュ?」
「……アーシュ?」




「やぁ……二人とも、仲が悪くなったの?」
「……な……なんで今頃……」
「……ぁ……しゅ?」




 辛そうにしている。アイリスはボクに抱き着きたい衝動もあるが、それができずにいた。身体を振るわせ、愛しさと悲しさと怒りが入り混じった表情で涙を堪えている。




「……アイリス、ルシェ……また会えた……」
「……気安く呼ばないでくれる?」
「……なんの……よう?」




 ……抱きしめたい。愛しくてたまらない。




 このまま本当のことを言って、彼女たちに甘えたい。今までのボクだったら、きっとそうしていただろう。
 ただそれでは彼女たちが、ボクの責任を負うことになるだけだ。それにシルフィも救われなくなる。
 なんとかこの気持ちを表情に出さないように、取り繕う。




「なんであんなこと?」




 いつもはボクの行動を先読みしてなんでも先行してこなしてくれるルシェも、さすがにこれからすることは読めないようだ。




 言いたくないけど、言う……。




「悪いな、二人とも。これから女王になるロゼルタ姫と婚約するんだ」


「……なんですって!!」
「はじめからそれが目的だったって言うこと⁉」
「さぁ……真意を聞きたいなら王位継承の儀に来るといいよ」




 アイリスはともかくルシェを騙すのは至難の業だ。おそらくいつか感付かれるだろう。でも婚約発表まで騙しきれればそれで十分だ。




「まぁ幹部たちにも来るように伝えておいてよ」
「……アーシュ……いえ、アシュイン!! ゆるさない!! 絶対にゆるさない!!」
「……そんなもの、ぶち壊していやる!!」




 ……あぁ……アイリスに……二人に徹底的に嫌われてしまった。


 こんなことはしたくなかった。彼女たちの言葉が臓物に突き刺さる。『勇者の血』を抑えるときの衝撃よりはるかに痛い。


 二人の罵声を浴びながらも、ボクはにやにやと薄気味悪い冷酷な笑みを浮かべた。こんな表情をしたことが無いから、うまくできているか心配だ。
 だが彼女たちの怒りを見れば、それはうまくいったのだろう。
 これでいい。心が痛いけれど。




 これ以上はボロが出てしまいそうだから、にやけながら立ち去った。もう魔王領に居場所はない。


 ボクの心が最後までもってくれることを願おう。











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