勇者が世界を滅ぼす日
禍根
「よし、いそごう! アミたちが心配だ」
閉じたとたんにすぐに楽屋へと向かう。
まだ観客や様々な人間がいるので、警護の観点から全員で楽屋へ向かうことにした。
楽屋へは通路をさらに奥へ歩いていくとたどり着く。
扉をやや乱暴に開けて入ってくと、セットや衣装が散乱していて何かあったことを物語っていた。
「アミ!! 大丈夫か?」
「アーシュ!!  こっち! クリスティアーネが怪我しているから来て!!」
ミルが駆け寄ってきて抱きつく。クリスティアーネは来ていたようだ。それにしても怪我ということはやはり紅蓮の魔女か。
「クリスティアーネ!!」
ボクが焦って彼女のもとへ駆けつけると――
……右腕がない。
「……うへぇへ……い、いたいよぉ……」
「思ったより酷い!」
傷口から血がぽたぽたと滴っている。氷魔法で無理やり止血しているがかなり痛々しい。
「……うひ……アア、アーシュちゃん……ま、間に合わなくてごめんね」
「気にするなよ……それより切断した右腕はどこ?」
クリスティアーネの亜空間書庫へ保存していたようだ。そこなら時間経過がほとんどないから、保存状態もいい。
――取り出すと、すぐさま血が噴き出す。
それをすぐに彼女の手に付けて、治癒をはじめた。ボクはすでに魔力を多く消費していて、かなりきつい。
「アーシュ、あちもやるのだわ」
さすがにもう魔力の限界だったから、半分はシルフィに任せる。二人がかりなら血管も神経の修復も十分できるだろう。いざとなれば別の手段もある。
「このまま治癒をかけていれば、大丈夫だろう。造血剤と滋養剤ある?」
「……ありがと……のんだよぉ」
演劇の出演者や関係者たちは心配でのぞき込んでいるが、アミの姿がない。どういうことだろう。
「ねえ。アミがいないんだけど……どこ?」
「それが……紅蓮の魔女に連れて行かれちゃった……」
「なんだって⁉ はやく連れ戻さないと!!」
「いやアーシュまって! そうじゃないの……」
「ケケケ。魔女の里か?」
「……うん。劇をつぶしたくないからって」
なんということだ……。
アミが自ら紅蓮の魔女についていったというのか。
「ふむ……。見染められたのだわ」
「どういうこと?」
上位魔女は魔女の素質がある者を常に探している。
任務、依頼があってもそちらを優先するという。種の存続がかかっているからだ。アミが習得した反魔核は、魔女の中でも現在は使える者がいない、まさに固有魔法。
遥か昔に同等のものを研究し使っていた魔女の文献をもとにシルフィが教えたものだ。それが使えるということは、研究がさらに進むことを意味し、魔女の中でも貴重。
彼女のたゆまない努力が、ある意味裏目に出たのかもしれない。ただそれを否定したくはない。
「最近努力とアシュインのおかげで、魔力も急激に伸びていたのだわ」
「ボク?」
「わすれたか、『勇者の福音』なのだわ」
「あーっ‼」
完全に失念していた。
『勇者の福音』で彼女の伸びは異常なほどだったという。たしかにわずかな期間で魔力が十倍程度まで伸びていた。
たしかに今日見た魔法を見る限りでもかなりあったように感じた。シルフィが言うにはもう幹部に迫るほどの魔力を有していると言う。
「アミ……かなりすごいんじゃないの?」
「……か、かんぜんにおいて行かれてたよ……あたし」
ナナは俯いて、落ち込んでいるようだ。
「……ナナ。ナナだって頑張っているし、ナナにはナナの特殊な才能があるじゃないか」
「……ううん。そうじゃなくて……う~ん。なんでもない!!」
何か気に障る事を言ってしまった。やはりボクはこういう繊細な気持ちを、読み取るのはへたなようだ。
ナナは端っこでそっぽを向いて片付けを始めていた。
「そっとしておいてやるのだわ」
「……ご、ごめん」
「それでね? 気に入られちゃって、薬を飲まなきゃ皆殺しにするって……」
薬とは不老長寿薬の事だろう。
それと魔女の教典を渡されることが魔女になる証だと言っていた。
「……うへぇへ……ご、ごめんね……と、止められなかったよぉ」
「ケケケ……あいつとおまえは相性が悪すぎるのだわ」
「クリスティアーネは色々やってくれているだろう?手紙、助かったよ。ありがと」
「んっ……うぇへへ……」
幸せそうに撫でられているが、血が減ったままなので顔色が悪いままだ。
相当大きいダメージだったのだ。腕のほうはもう少しで繋がるけれど、完治までは時間がかかりそうだ。
クリスティアーネは丁度、紅蓮の魔女が袖に入った頃に到着した。
それから他の出演者をかばって、右腕を切断されてしまった。アミはそれを見て決断したと言う。
問題は不老長寿薬だ。
その名の通り、ほぼ不死の身体を手に入れることができる。
ただ不死といえば聞こえがいいが、それは悠久を生き抜かなければならないと言う魂の牢獄。
輪廻の外に外れてしまうのだ。
当然外的要因で死ぬし、そうなれば輪廻転生の輪から外れているので、魂が行き場を失って消滅してしまう。
それぞれがそれを逃れる手を研究するのが魔女の本懐ということらしい。
シルフィはすでにボクという契約でそれを手に入れているという。クリスティアーネも当然死霊を専門とするのでその方法は確保している。
アミは長い年月をそれに充てることになるだろう。
それはある意味、死より恐ろしい事なのではないだろうか。
「それでも演劇を、みんなの安全を取ったんだ……アミは」
「ふむ……アミに関しては紅蓮の魔女に任せても平気なのだわ。癪だけど」
「そっか」
「ケケケ……まぁ落ち着いたら魔女の里へいくのだわ?どうせ二年もしたら戻ってくるのだわ」
「二年もかかるの?」
「悠久の時を生きるものにとって二年なんて一瞬なのだわ……」
「そっか……」
ボクはシルフィやクリスティアーネ、それにアイリスとも明確に違う感覚に少し眩暈を覚えた。
そうだ、彼女たちと決定的に違うのが寿命だ。
いままで考えないようにしていたが、一万年の恋という劇を見た時にアイリスに言われていたはずだ……。
ボクは彼女たちとの違いに、急激に孤独感を感じた……。
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