勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 第二王女の謀り事 その1





 わたくしはロゼルタ。グランディオル王国第二王女です。
 いまグランディオル王国では何が起きているのでしょうか。いきなり国王と王妃、つまりお父様とお母様が崩御なされてしまったのです。
 わたくしはこの事態に、舌打ちし指をくわえました。




 ……これではわたくしが即位できないではありませんか⁉






 あの日の思い出を、あの想いを成就させるためには女王になる必要があった。それがこのままではお姉さまにその立場を奪われてしまいます。










 まだ私が幼いころの思い出。
 この頃からすでに王族としての教育が始まっていたから、遊ぶ時間もなく嫌気がさしていたころです。使用人の目を盗んで、お城の中を探検していました。




「姫様⁉ ロゼルタ姫様? どこに行かれたのですか⁉」
(……わわっ! みつかっちゃう!)


「……ここに隠れる?」




 そう言った男の子の声がわたくしの頭上から聞こえてきました。
 太陽の光が逆光に当たってあまりよく見えませんでしたが、優しい微笑みの雰囲気が伝わってきたので安心して指示に従いました。
 彼は大きなマントを貸してくれて、くるまっていれば隣の荷物の一部にみえるからと匿ってくれました。


彼が貸してくれたマントは薄汚れているのに、良い匂いがしてすごく落ち着いた。その匂いに酔いしれてとろんとしてしまう自分に驚いた。
 まるでお父様とお母様がワインを嗜んでいるような雰囲気です。
大人は毎晩こんな心地よいことをしていたのだ。




 ……ふふふ。……すごく素敵!




 物心ついてすぐに帝王学なる勉強ばかりさせられていた私にとって、これは人生初の娯楽です。
 この気持ちよさにずっと酔いしれたいと思ってしまいました。




隠れたあとにすぐわたくしの専属使用人のミネアがやってきました。
 ミネアは胸が大きくて奇麗なので男性騎士から人気があって王女のわたくしより目立っている。それはわたくしにとって好都合でした。この時までは……。




「……あなたは洗礼の儀で勇者に認定された子ですね?鍛錬ですか?」
「ええ……認定されたのにボクは鈍くて弱いから人一倍頑張らないと!」
「……か、かわいい……はっ⁉ ところでロゼルタ姫様を見かけませんでしたか?」




 な“っ⁉ あのミネアが赤い顔している⁉




 騎士団や貴族から言い寄られても、顔色一つ変えずに見向きもしないで職務を全うしていた彼女。
この男の子が汗をぬぐってにこりと笑っただけで……。




「ああ……あちらの講堂の方へちょこちょこと歩いていくのが見えましたよ」
「ま、まぁ……ありがとうございます!! と、ところで貴方。この後時間はありますか?」
「す、すみません。ボクはまだ弱いから鍛錬をしないと」




 なななっ⁉ 今、ミネアの方からお誘いをした⁉




 その行動をみて、わたくしはズキリと胸が痛みました。
 なんでしょう。出会ったばかりのまだ名も知らない男の子にミネアが言い寄ろうとすればするほど、胸のムカムカが強くなります。




「……もう行ったよ?……あれ?」




 わたくしはついマントが気持ちよくて、出るのを躊躇してしまう。




「あっ……あっ……あ、ありがと」
「ううん。困ってそうだったから。ボクは鍛錬を続けるね」
「あっ……あのっ……わたくし、ロゼルタ。あなたは?」
「ん? ボクはアシュインっていうんだ。あれ? 姫って呼ばれて……」
「あー‼ あー‼ そ、それはいいのです! ロゼルタって呼んでくださいまし」




 第二王女であることを知られて敬語で話されたくなかったので、慌てて否定しました。




「う、うん。よろしくね、ロゼルタ」
「ふぁ……」




 なんて幸せなのでしょう。この方に名前を呼ばれただけで、先ほどの渦巻く胸の痛みが吹き飛ぶほどです。
 それどころか、顔が赤くなってマントにくるまっていたような、脳が蕩けてしまいそうな感覚に陥りました。




「じゃ、じゃあここで鍛錬を見ていていい?」
「あ、ああぁいいよ。つまんないと思うけど」




 そう彼は言ったけれど、見ているだけで心が弾みました。彼といる時間は何もかもが初体験で新鮮。
男性と言えば執事のお爺さんか、お父様、それから叔父様ぐらいしか会ったことがないから、特にそう感じるのかもしれません。


 彼の揺れ動く筋肉、ほとばしる汗、揺れる髪の先まで、それは逞しくて優しく、安心できるそんな剣舞でした。
 これで弱いだなんて、ありえないと思ったほどです。


 休憩に少しお話することができました。
 彼は村から出てきた孤児だそうです。王都で洗礼の儀を受けましたが、勇者としての素質を持っていると言われ、騎士団の見習い訓練兵として配属されたそうです。
 ただ彼は思い切って剣を振るうことができず、弱いと罵られていてこのままだと除隊させられてしまうそうです。
 だからずっと鍛錬を続けている。




「除隊させられていなかったらまた会えるかもね、ロゼ」
「あっ……アシュイン……」




 そういってにっこり笑って撫でてくれた。
 ロゼなんて愛称で呼んでくれるのもまた初めて。撫でられるなんていうのも初めてだった。
こんなにたくさんの初めてをくれる彼に完全に打ちのめされていました。








 そして彼は鞄をもって行ってしまいました。
 そういえば、マントを忘れています。ずっとわたくしが離さずにもっていたせいでしょうか。




 ふふ……また会う口実ができました。




「姫様? ここで何をしているのです? それにその汚いマントは……?」




 いつの間にか後ろに立っていたミネアが、マントを取り上げようとします。




「いやっ‼ これは大事な物です‼ このまま持って帰ります」
「そ、そうでございますか……ちっ」




 いま“ちっ”って言った?もしかしてミネアは感づいているのでしょうか。






 それからまた勉強に追われる日々が再開しました。
 なかなかアシュインに会うことができず、焦りが募って勉強に身が入りません。それに見かねたミネアがお散歩を提案してくれました。
 外に出るのは抜け出した日以来でしたから、とても心が弾みます。
 もしかしたら彼と会えずとも、見ることぐらいはできるかもしれません。




 ミネアにお城の庭園へと案内されました。
 ここはわたくしも大好きです。春と秋にそれぞれバラが満開に咲き乱れます。様々な品種が植えられていて、目を楽しませてくれるばかりかそれぞれ匂いも違い、さらに楽しめます。
 庭園の中心にあるガゼボでお茶を淹れてもらって休憩をしていると、少し離れた野原で遊んでいる子たちが見えました。
あれは……。




 一人はすぐわかります。お姉さまです。
 エルランティーヌお姉さまは、とにかくお転婆でお勉強もさぼってばかりだと聞いています。
 わたくしは病弱で外に出る機会が少ないため、あまり会うことがありませんでしたが、ああして遊んでいたのですね。


 そしてその友達であろう女の子。
 彼女は赤色の髪で魔法使いのような格好をしていますが、王族に引けを取らない美しさです。お姉さまと同じ年齢に見えますが、お転婆なお姉さまより彼女の方がより女らしくて魅力的です。


 そしてその二人の女の子に引っ張られていたのは、アシュインだった。すこし困ったような仕草がここからでも見て取れました。




……わぁ……アシュインに会えた‼




 なぜかそのうれしさに私はこみ上げてきました。今にも駆け出していって声をかけたい衝動になって立ち上がると、すぐにミネアに止められてしまいます。




「残念ながら……彼に会わせてはならないと命令を受けております……」
「な、なんで‼」




 わたくしはミネアの言葉にいら立ちを感じ、いきなり声を荒げてしまいました。お姉さまはあれほど楽しそうに彼と遊んでいるのに、わたくしは何故ダメなのでしょう?


 その時、わたくしの心にどす黒い何か・・・・・・が芽生えました。幼いわたくしにはそれが何なのかわかりません。




 楽しそうに遊んでいるお姉さま……それにあの魔法使いの女の子……二人ともアシュインを見る眼差しは、ミネアが一瞬アシュインに心を奪われたときと同じ目です。




 まさか……二人ともアシュインを?


 アシュインを……なに?




 その先が思いつきません。
 今のわたくしには、それが何なのかわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになり、そしてどす黒い感情に飲まれていくのを最後に――






 意識を失った。










 気がつくとベッドの上でした。
 そしてことは終わった後でした。


 彼の顛末について聞いた。
勇者の認定を受けたけれど見習い訓練生の身分。そんな彼が第二王女であるわたくし、それだけにとどまらず第一王女のお姉さまにも接触したことが問題となり、一時的な追放になってしまいました。
 しかし勇者という将来性を逃すわけもなく、監視付きの追放です。
 冒険者となり自身で鍛え、既定の年数になれば再度城の入場を許可するということでした。
 つまり、騎士団では面倒を見ない。でも強くなったら利用させろという、なんともひどい処遇だった。


 わたくしはこの処遇を下したお父様とお母様を軽蔑しました。この時から、彼らと口をきくことを一切やめました。
 用事があればミネアを通します。


 あの時感じたドス黒い感情はさらに大きくなるのを感じました。






 そして年月が経ち、彼がもどってくるという話を聞きました。
 勇者として魔王討伐の任務を与えるそうです。本当に必要なことなのかどうかは分かりませんが、なんにせよまた戻ってきてくれるのです。




 ……この時をどれほど待ちわびたことか‼




 この時の為にわたくしは勉強をしっかり頑張り、わたくしを応援して下さる方を増やしました。
 今や遊んで勉強をしないどんくさいお姉さまではなく、すこし身体が弱いがすごく優秀であるわたくしが王位継承に相応しいとまで言われ始めています。
 男の兄弟はおりませんから、必然的に王位継承権第一位はお姉さまです。現国王か王妃が何ものこさなければ、自動的にお姉さまが女王となり王国の実権を握ることになります。
 ですが今のところはお父様もお母様もわたくしを推してくださっています。それに派閥もわたくしのほうが多いので、まずわたくしが女王になることは間違いないでしょう。


 そうなった暁には、アシュインをわたくし専属の騎士にするのです。今のままではまた遠ざけられてしまうことでしょう。だからこその女王という地位なのです。
そうすれば身分差も関係なく彼と一緒にいられる。
わたくしはこの為だけに頑張って来たのです。




 しかし今回は謁見の間で彼らのパーティーを見送る事しかできず、一言も言葉を交わせませんでした。
 お父様とお母様は急かすように、彼らを出立させてしまいました。


 さらに一年後、彼らは戻ってきました。
今度こそお会いしたいと思ったのですが、お会いできませんでした。それどころか、周囲に聞いても勇者様はケインという名だと。
 パレードにはあの方・・・はいらっしゃいませんでした。
 どういうことでしょう?


 おかしなことに、それが差も当然のように周囲の人間は振舞っています。あの恋焦がれていたお姉さまですら、勇者ケインを讃えているではありませんか。




 ……あの方・・・はいずこへ……あれ?




 あの方・・・とは……なんていう名前だったかしら。




 わたくしは恐怖しました。
あれほど恋焦がれた殿方を忘れてしまうなんて……。手から零れ落ちる砂と同じように、簡単にすり抜けて零れ落ちていく……。


 怖い……何が起きているの?




 そうだ。あのマントです。あのマントの匂いを嗅げばもしかしたら……。




 すーっ、はーっ。


 すーっ、はーっ。


 すーっ、はーっ。




 やはり心地いい。あれからあの方がいない寂しい夜はずっとこのマントにすがって来たのです。きっともう残りが何て残っていないかもしれないけれど、このマントだけがわたくしの救いでした。




 すーっ、はーっ。


 すーっ、はーっ。


 すーっ、はーっ。




「んっ……」


『除隊させられていなかったらまた会えるかもね、ロゼ』




!!!!!!




 ……たしかにいました。勇者ケインではない本当の勇者様。




 残念ながら名前は零れ落ちてしまったようです。
 しかしわたくしは思い出せました。皆が忘れている存在を。いや忘れているように見せかけている存在です。
 やはり不自然すぎたのです。


 わたくしには人を見る目が特に長けていました。一目見て分かります。あの勇者ケインは偽物だと。
 根拠はありませんが、わたくしの勘がそう言っています。




 不可解なのは勇者ケインのパートナー、それからお姉さまです。
 二人はあの方・・・をたしかに慕っていたはずです。
しかし今は勇者ケインがそれだったように振舞っているのです。何か怪しい術にかどわかされているのではと本気で心配になりました。
 わたくしにはそういった術にあらがう術はありません。
 あの男には近づかないようにしなくては。










 凱旋パレードが終わってしばらく経つと、王国に異変が起き始めました。
 飢饉や兵力衰退、それに伴う周辺国の侵攻。このままだと乗っ取られるか、戦争へ一直線です。
 そのさなか――




「姫様!! 大変でございます!!」
「なんですか? 騒がしいですよ」
「国王と王妃が崩御成されたと!!」
「なっ⁉ なぜ⁉ 死因は?」
「……ふ、不明でございます。 エルランティーヌ王女がとりしきっておりますゆえ、こちらに情報が来ません」
「……くっ⁉ お姉さまが、ここへきてなぜ出しゃばって来たのですか!!」
「エルランティーヌ王女は昨今の飢饉を憂いて、独自に教会へ頼ったことまでは分かっております……」








 たしかにわたくしはあの方・・・の行方を追う算段ばかり考えて、国についてはまったく考えておりませんでした。それはお父様とお母様が指示されることだからと。


 しかしお姉さまはすでに動き出していたということでしょうか。
 それともあの勇者と自分の行動の不可解さに気がついたということでしょうか。
 いずれにしても、遺言を残されていない今、お姉さまがそのまま即位されてしまいます。
 なにか阻止する手立ては……。




 わたくしはお姉さまに面会を求めました。
 王族同士であろうと、正式な面会には日を要します。通常通り三日後に時間をいただけました。
 しかし時はすでに遅し。


 崩御されたその二日後には即位の準備がされ、国民の目の前で宣誓をされてしまいました。
そしてなんと後ろ盾には異世界召喚勇者を用意していたのです。


 ずらりと並んだ勇者様に、今の国難の救いを見出した国民は賛同してしまいました。




 ……やられた!! なんですか、この流れるような場の整い方は!!




この動きには、何も準備をしていないわたくしでは何もできません。明後日の面会日には何を言われるかわかったものではありません。






「ロゼルタ王女。王族の称号を剥奪。アイマ領を治めるよう、申しつけます」
「……はい……エルランティーヌ女王」
「ごめんなさい……」
「……」




 いまわたくしは、恐ろしい程に冷たい顔をしているのでしょう。
 お姉さまいや、この女王に感じるのは殺意のみ。






 わたくしはこの殺意とあの方・・・のマントだけ抱いて、北東のアイマ領へと向かいました。











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