勇者が世界を滅ぼす日
閑話 科学者たるもの
ケッケッケ~、オ~レはメフィストフェレス。魔王領幹部の一人……だった男ぉ。
魔王領にあんの男が来てからぁ。おんもしろくなってきたんだぜぇ~。
「この男はメフィストフェレスよ。錬金術が得意なの。魔法の研究もしているわ」
「ケッケッケ。お~もしろそ~うじゃね~の」
「アシュインだ。よろしくね」
お嬢に紹介されたのは優男のアシュイン。
だがオレにはすぐわかった。この男……魔王様に匹敵する魔力を持っている。
つまりコイツが本物の勇者だってことだ。
お嬢やルシファーは気がついていないようだった。ばらしてやってもいいが、今のところ前魔王様と違うタイプで面白そうだから、わざわざする必要もない。
こいつが来てからは、魔王領がいきなり変わりやがった。
オロバスが教育に力を入れ出して学園をたててしまった。そこでオレとベルフェゴールは研究開発棟を与えられた。
教育・研究・開発があつまり急に連携が取れだしたのだ。
今までてんでバラバラに自分の事と手の届く周囲の事だけやって、たまにくる魔王様に無理やり変な物作らされるだけだった。
しかし連携が取れだすと、オレの研究で実現できそうなものをベルフェゴールが持って行って具体化していった。
そのおかげで農業や軍事、生活に至るまで、一気に変わっていった。
それが楽しかった。
……まさに魔王代理さまさまだ~ぜぇ。
ただ知的探求心を満たせればそれで満足だった今までとは違う。
魔力スカウターなんかはいまだに人気で、日々改良が加えられている。
はじめは魔力効率が悪くて、一回使えば幹部でも魔力がすっからかんになってしまっていた。だが今や、そこらのガキでも使えるレベルになっている。
それから力点やエネルギーの研究は、道具へと転化されていった。それは主に農業や漁業、生活用品に至るまで活用されたのだ。
魔法陣と組み合わせれば、なんでも道具として具現化できるところまでになった。
それでも魔道具にしたって道具にしたって、人力ではなく自動にするためにはどうしたって魔力やエネルギーが必要だった。
つまりほとんど魔力がない人間や、悪魔の出来損ないにはそれらが使えないのだ。
そ~いつぁ、お~もしろくねぇ!!
魔王幹部やあの魔王代理、お嬢にいたるまで、悪魔のエリートだ。
持てるものは全く気がつかないものだ。
取り残されるものの気持ちは。
オレの妹がそうだった。
悪魔に生まれながら、人間にも劣っていた。
結局何にもなれずに死んじまった。
だから様々な研究をする傍ら、最大の謎である悪魔についても研究していた。
魔力ってなんだ?
悪魔ってなんだ?
なぜ妹は死ななければならなかったのだ?
これはオレ個人の研究だ。
おそらく禁忌に触れるであろうこの研究を報告するわけにもいかない。だから学園内では実験も行えなかった。ただ文献を漁るだけの日々だ。
学園内の図書室はかなり多い蔵書数。
これは元々魔王城にあったものだが、魔王様が死んだので保存状態を良くするためにこちらに移されたものだからだ。
そして関係のある文献をみつけた。
オレたち悪魔について書かれた書物だ。
オレたちの身体の中には『魔臓』という器官がある。人間には存在しないものだ。これが死体になると魔石に変化してしまうのだ。
そこにはそれ以上の情報はなかった。
魔石の研究はすでにしつくされている。魔物を倒せば、魔石を簡単に手に入れることができるからだ。今更何も研究することはない。
しかし魔臓については、ほとんど文献がないのだ。
生きたままの悪魔をいじらないといけない。そんな危ない橋をわたるやつは歴史上誰もいなかったのだろう。
しかし、よく考えてみれば魔物をたおして魔石が手に入るなら、生きたままの魔物を解剖してみたらどうか。
さっそくオレは弱い魔物を死なないように麻酔薬をつかって眠らせ痛覚を鈍らせて丁寧に解剖していった。
魔物にも当然痛覚があり、あまりの痛みだと死んでしまう可能性があったからだ。
……あったぜぇ。
心臓の近くに複雑な魔力回路を有している器官があるのだ。心臓の鼓動とともに躍動し、魔力の流れを助けている。
しかしどうあってもその器官にアクセスできない。メスを入れれば魔石になってしまう。魔力を送り込んでも、総容量を越えれば破裂した。
何度もそれを繰り返していたら、いずれバレる。
……研究はそこで留まってしまった。
ある時学園で、悪魔と人間のハーフの少女がいる話を聞いた。
肌が浅黒く、ハーフであるから浮いていたのだ。一人の事が多いので、なるべく怖がられないように、オレなりにやさしく話しかける。
「ど~うしたのだぁ? ひとりぼっちかねぇ?」
「……」
あからさまに不審がられた。もうすこし妹と話すときのように……。
「オレぁ。メフィストフェレスだよ。研究棟の責任者」
「……ぁ……ごめんらさい……」
警戒を解いてくれたので、少し話をすることができた。
なぜオレがこんな気まぐれを起こしたのかというと、ハーフという存在の稀有さだ。まず人間と悪魔の間には子は生まれるはずがないのだ。
警戒が解けたのか、出身の村を聞き出した。なぜこの子が生まれたのかを調べることができたら、何か進展があるかと思った。
「メフィスト先生……お話……ありあと」
「さ~みしかったらぁ、いつでもおいでぇ?」
「……うん」
妹のことを思い出してつい長話をしてしまった。オレは意外と子供には弱いのかもしれない。
聞き出した村へと足を運ぶと、その村だけに伝わる香料があった。人間の闇行商が過去の恩の代わりに一つだけ持ってくると言う。
それは村長に許可された人間と悪魔が性交を行う時に香料として使用すると、子ができやすくなると言うものだった。
とくに秘匿しているわけではないが、そもそも人間と悪魔が結ばれたいという男女がほとんどいない為、話がひろがっていなかった。
村長に頼み込み、微量だけ分けてもらうことができた。
本来であれば村長が認めた物だけ使用許可をえるのだが、幹部である特権をつかったのだ。
この香料を魔臓に垂らしてみると、反応があった。
……ケッケッケ。これだぁ!
ただ、この香料の出元が分からなかった。村長も闇の行商人がいつどこからやってくるのかは不明だという。
人手が必要だが、魔王領で頼むのは無理だ。
そこでオレは昔の伝手を当たった。
はるか昔、グランディオル戦争真っただ中の時だ。戦乱に乗じて実験体や人間の臓器を研究対象にしていたから、好都合だった。
そして出会ったのが先々代のヴェントル帝国皇帝だ。あそこの皇帝は代々薄汚い性格の奴らばかりだった。今代の皇帝も、この鬼畜な研究に真っ先に賛同してくれた。
……オレはあっさり帝国へと寝返った。
知的探求心もあったが、どうしてもこの研究から納得のいく答えがほしかったのだ。そのためには魔王領にいたのでは出来ない。
帝国の暗部を借り、闇行商人をたどる事ができた。
どうやら行商人は、その香料を王国のある村を経由して高山のドワーフの里で作られていることが分かった。
高山の入口のじじいに賄賂を渡すと、案内してくれるということだ。
ドワーフの里は結界が張られているから入るには必須だった。
じじいと少し話すと気が合って、魔力スカウターをくれてやったら喜んでいた。
里へ行くと花が一面に咲いていた。圧巻だ。
オレは里のある子共と仲良くなって、そこの家族にしばらく居候させてもらうことができた。やはり子供には弱いようだ。
その花について話を聞くと、効果の高い滋養強壮剤や強心剤、皮膚再生や香料など幅広く使える薬を作っていた。
ただ量産されている香料はあの魔臓に反応する香料とは別だった。あれを製造するには別の調合が必要のようだ。
花は保存ができない。だから摘んでからすぐ加工しないと、使えなくなってしまう。なにかに使うならここで調合するしかない。
里の花の収穫など手伝いしながら、話をしているとあの香料については秘蔵でもなんでもなく、簡単に作り方を教えてくれた。
どうせ今はここでしか作ることができないのだからと。
すこし多めに作って、持って帰ることも了承してくれた。もちろん使用用途は秘密だ。
しばらく里になじんでいると、里に魔女がやって来た。えらく不気味な魔女で、花について研究をしているという。
もしや……とおもった。
不気味な魔女だが、すこし抜けているようだ。簡単にやつの研究を盗み見ることができた。
『悪魔の進化と魔臓解剖理論』くりすてぃあ~ね
なんと……オ~レの先を行っているやつがいるとはぁ、ぶったまげたぜぇ!!
それにあの不気味な魔女はクリスティアーネという。覚えておくことにした。やはり観点はまるっきりオレと同じだ。
香料によって魔臓にアクセスする点において。
そして魔物を被検体にして『悪魔への進化』を証明するとは……おそれいった。この魔女は研究者としてもオレの数段上だ。認めざるを得ない。
そして魔女を張っていると、お嬢がやってきた。
お嬢はどうやら自分の魔王になってしまう力を恐れていたようだ。それをどうにかできないか、魔臓の研究をしている彼女を頼ってきたと言うことだ。
「……ということ。出来ないかしら?」
「……うぇへ……い、いいよぉ」
なんとも軽い調子で引き受けている。この魔女はあれだけ優秀なのに、すこしガキっぽいようだ。
そしてすぐにそれは始まった。
魔女が床に魔法陣を敷き、お嬢がそこへ横たわる。その場で魔法術式による手術を行うというのだ。
そしてその腕にオレは見惚れた。
魔女は魔法の術式に関して世界の頂点にいると言っていい。それほど高い知識と腕を持っていた。
このオレ様でも間近でみないと何をやっているのかさえ、見当もつかなかった。
その研究の書類と、お嬢から取り出した何かを封印の箱に詰めて大事にしまっていた。
……あ~れがみてぇぜぇ!! お嬢から取~り出したのはなんだぁ⁉
手術が終わると、その箱は倉庫にしまい込んでいた。少し抜けているのか、不用心すぎる。俺はすぐさまそれを盗み出した。
もうここには用はない。
さ~っさとずらかるぜぇ!
お嬢がここに来たということは、すぐにアシュインの野郎がくるはず。早く離れたほうが良いだろう。
帝国に作っておいた魔法陣に、ゲートで帰還した。
さっそくあの魔女の研究を読み漁った。箱の開錠は以外にも簡単だった。魔女はどこか抜けているのだろう。
『悪魔の進化と魔臓解剖理論』の原本は王国の禁書書庫へと収めたそうだ。これはその写し。
そしてこの本の研究から派生したもう一段階の進化、つまり「魔王の生成」についてだ。
お嬢という被検体がくるまでは、これが机上の空論かとおもわれた。だが製本されていない資料を見る限り、ほぼ証明されているようなものだった。
『魔王の因子』とされる魔力回路が理論上、存在しえた。それを解析と計算によって導き出していたのだ。
そして、その因子の人工的な生成、適用可能な被検体、培養……。ありとあらゆる可能性が示されている。
そしてもっとも実現可能なものが、『魔王のキメラ』だ。
そこで危険と判断したから研究は封印するとしめられている。どこまで優秀なのだろうか、あの魔女は。
……やってやる。この研究はオ~レが引き継ぐぜぇ!
しかし研究ばかりにかまけていられなかった。
全将軍の逃亡や、召喚勇者の流入。謀り事はあまり好きではないが、嫌でも覆い被さって来た。
将軍の立場をあてられたのだ。
しかしこの立場は意外と心地よい。周囲は言うことを聞いてくれるし暗部も自由に使えた。そしてなにより実験体に事欠かなかった。
そして狂気の実験が始まった。
何体もオレのもとへは実験体がやって来た。屈強な男やあの勇者パーティー、いや勇者アシュインと同じパーティーだった戦士も流れついてきた。
「う~まくいったら、キミ、アシュインより強くなれるよ?」
「……ほ、ほんとう……か?」
「もちろん!しか~し?これに……耐えら~れればの話?」
どうやらこの男もダメそうだ。24回目の実験で首が千切れて死んだ。
それなりの強い天性の何かが必要なのだろうか。
そして王国からこちらに流れ着いた召喚勇者の一人が、この実験に名乗りをあげたのだ。どうやら魔王領への恨みがあるという。
「たのむ!! オレにチャンスをくれ!!」
「い~いぜぇ? だがま~だ成功例がない。失敗したらしぬぜぇ?」
「命を懸けても復讐してやるんだ!!」
この復讐心はいい。なかなか楽しめそうだ。
「ほ~う?」
「彩が殺され、亜美と奈々を誑かされた!」
「好きな女でもいたのかぁ?」
「う、うるさい!」
「オレぁ、魔王領にくわしいぜぇ? なんてったって以前そこにいたからなぁ」
「な⁉ お前悪魔か!」
「ど~だっていいだろぉ? そんなこたぁ」
「ならば教えてくれ! 亜美と奈々は? 今はどうしているんだ⁉」
たしか魔王代理がアミとよばれる召喚勇者を連れていたはずだ。奈々は知らないが同じ穴の狢だろう。
「あ~? 魔王代理の女じゃね?」
「なっ⁉……や、やはり手籠めにされていたのか……」
「そいつをぶっ殺したい!! だから!! その力! 俺に!!」
「事情は分かったぜぇ? じゃあ死ぬなよ」
ついでにその男の連れの女も同じように実験に参加してもらった。
若くて強靭な肉体。そして召喚勇者という生物的な格の高さ。これだけ条件がそろっていれば、可能性はあるだろう。
「うぐぉおおおおお!!」
「いやぁあああ!」
「……ぎゃぁああ!」
先ほどオレに啖呵を切っていたのは倉橋 響。二名の女は飯島 紅葉、佐倉 琴子。
女たちもそれぞれ魔王領に、おそらくアシュインに愛するものを殺されたものだと言う。三人とも復讐心が強かった。
この復讐心は生命力と直結する。
だからだろうか、実験に耐え切ったようだ。
三人とも涎を垂らし、失神をしている。白目をむき、尿を垂れ流してだらしなくうなだれているが、五体満足だ。
「起きろぉい」
「……ぅう」
「お~めでとう!! キ~ミたちは人知を超えた存在となったぜぇ!!」
「……げほぉ」
「……あぶ……」
まだうなだれているが、進化したばかりなのだから仕方ない。あとは時間経過による生存率の問題だが……。とにかく今は強さの数値の確認だ。
――――――
魔王キメラ 倉橋 響
魔力値:203,300
――――――
――――――
魔王キメラ 飯島 紅葉
魔力値:203,300
――――――
――――――
魔王キメラ 佐倉 琴子
魔力値:203,300
――――――
製造過程を考えれば魔力値が同じになるのは仕様としかいえない。むしろ変異体が現れて制御不能になるよりかは良いだろう。
それにしても前魔王様には遠く及ばない。未成長の魔王の因子を使ったことが要因だろう。キメラとして成長が望めるかも検証が必要だ。
それからお嬢の魔臓を直接調べることができたら、この研究もより完成度が高い物になるだろう。
今は三体も魔王のキメラを作れたことを祝おう。
数日間はこのキメラたちの様子を見た。
問題なく動けているし、自我も失っていない。完璧な仕上がりであった。
「ケッケッケ~! ちょうしい~いみてぇだなぁ?」
「「「はっ メフィスト将軍!」」」
「暗部の情報じゃぁ、エルダート元将軍とレイラ参謀が王国の大きな演劇の公演に出席するみてぇだ。そ~いつら拉致って来いって~皇帝の命令だ」
「はっ!」
「それだけ~じゃつまんねぇだろ? なんとその演劇にゃ、魔王領のやつらがでるらしいぃぜぇ」
「なっ⁉ 本当ですか!」
「やったわ!! 殺してやる!!」
「……ぜったい殺す」
女たちの方が殺伐としているな。それより殺気が強すぎて任務がこなせるかの方が不安だ。自我はしっかりしているが、経験が無さすぎる。
「じゃぁよ。オレからの命令だ。アイリスという魔王領代表をしている女を攫ってこい。殺すなよ?」
「でしたらアシュインを殺しても良いですか⁉」
「……ころす!!」
「絶対殺してやる!!」
こいつら……この調子ではおそらくアシュインに瞬殺されてしまうだろう。
「いんや。今の強さじゃぁおそらく瞬殺されるぜぇ?」
「なっ⁉ アシュインとはそれほど強いのですか⁉」
「前魔王クラス、お前らの五十倍ぐらいの強さだぜぇ?」
「……そ、そんな……」
「だが?戦闘経験を積んで、三人が連携すればあるいは?ってところだなぁ」
「じゃあ俺たちみたいに実験に成功するやつが増えれば」
「おめぇ~たちみたいに復讐心の強いやつがいればなぁ」
「……当たってみます!!」
これは好都合。アシュインに誑かされたか、殺されたやつに好意を寄せていれば、それだけで復讐の理由にはなるだろう。
「まぁ。敵わねぇから死にたくな~きゃ、今回は指示に従えぇ?」
「「「はっ!! 了解しました!!」」」
これは中々おもしれ~ぇ、ことになって来たぜぇ~!!
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