勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 スカラディア教会 その1





 あああ、あたしクリスティアーネ。まま、魔女だよぉ……。
 あたし……とと、友達……できたよ……うへへ。




 あたしは今、友達と恋人の為にヴィスタル共和国に来ている。グランディオル帝国から北東へあたしの馬車・・・・・で半日程度。
 ヴィスタル共和国はスカラディア教本部がある場所だ。世界にただ一つだけの宗教なので、教会といえばスカラディア教の事を指す。




 目的はアーシュのことを調べるため。正確には一億二千万年前にも現れたと言う、勇者の変異体について。
 そんな古代の記録が残っているのはヴィスタル共和国の教会本部だけだ。


教会の歴史は長い。
悪魔崇拝という文化があるくらいだから、新興の宗教はなんども樹立しているが、ことごとく廃れていった。
結局、『スカラディア神話』を元につくられた教典により立教した『スカラディア教』だけが残り、世界を掌握している。
 その権力の強さはどこから来るのだろうか。




 ……純粋な力?お金?宗教らしく先導?




 あたしがなぜここに詳しいかというと、教会の教皇から依頼をうけたことがあるからだ。


 内政の不一致で、軍部と貴族が衝突しそうになっていた。それを抑えるのがあたしの役目だった。
その時は軍部に雇われていた新人魔女がいた。
お友達になれるかと思ったら、ちょっとした事故・・・・・・・・で死霊にしてしまった。おかげで依頼は達成できたけど、お友達はできなかった。


 ということがあって教会の教皇とは知り合い。かなり前の事だったから生きているかはわからないけれど。








 教会本部の目の前。
 門には騎士がいて、行く手を阻んでいる。さすがにずっと来ていないから、覚えている人もいない。




「……ぐひ……教皇いるぅ?」
「な……なんだ? このきもちわるい女は……」
「……うぇへぇ……ひ、ひどいぃ」
「おい、お前。ここはスカラディア教本部であるぞ」
「……しし、知ってるよぉ……うへへ」
「はっ……か、かわ……なんだ! この気持ち悪くなったり可愛くなったりする女は!!」




 なかなか話が通じない。
 あたしはお話が苦手だから、察してほしい。




深淵の死霊魔女アビス・オブ・ネクロウィッチだよぉ……とと、とおして?」
「え……?」
「お、おい……枢機卿へ知らせろ!!」




 やっと話をしてくれそうだ。騎士は少し待つようにいって、一人が連絡を取りに行った。鎧がガシャガシャとうるさい。






 しばらくすると枢機卿らしき人物が、神官たちを引き連れてやって来た。すこしやせ型の胡散臭い初老の男性だ。
 位階いかいの高いことがうかがえる。




「ようこそ!! おいでくださいました。深淵の死霊魔女アビス・オブ・ネクロウィッチ様」
「……きょ、教皇は?」
「今は忙しくしておりますゆえ、枢機卿である私、トールマンがお相手いたしましょう」
「……そそ、そう?」




 あたしはスカラディア教の閉架図書室の閲覧ができれば、誰でもよかった。胡散臭くとも、ちゃんと案内してくれるならば。




「ちょーっとまったれぃ!! 魔女殿の対応はわたくし目の担当でございます!! いくら枢機卿とは言え、これは目に余る越権行為でございます!!」
「黙れ、アインシュビッツ大司教!! 言葉が過ぎるぞ!! ただの魔女ではない、深淵の死霊魔女アビス・オブ・ネクロウィッチ殿であらせられるぞ!! 三下が迎えいれていい相手ではない!!」




 うへぇヘぇ……どっちでもいい。




「……うぃひひ……か、陛下図書室。……いい、いきたいのだけれど」
「「なっ⁉」」


「くくく……これはわたくしの領分でございますね。文句はございますまい大司教?」
「ぐぬぬぬ……」
「……ご、ごめんね?」
「……う、うつくい……はっ⁉い、いえ滅相もございません!!」




 あたしが丁寧に大司教に謝ると、何故かしどろもどろだ。
 アーシュと一緒にいるようになってから、うれしいことが沢山あったおかげで、人と話すときに顔がこわばらなくなった。そのおかげで周囲の対応も柔らかくなった気がする。
 以前は、目を合わせただけで逃げられたり、声をかけただけで蹴りつけられたり唾を吐きかけられたりしたのに。


 これもアーシュのおかげなのかもしれない。




 結局、枢機卿が案内してくれることになった。
 閉架図書は普段使わない書物を収めておく場所。重要な書物は教皇の部屋にあるけれど、あたしが欲しい情報はそれではない。
 一億年以上前の伝承や教会の様子。それから当時集められた情報。雑多な情報の中からそれを見つけ出すのは大変だ。




 教会の本部は巨大な城の要塞のようになっていて、すでにどこを歩いているのかまったくわからない。枢機卿か神官が一緒でなければすぐに迷子になってしまうだろう。
 奥へと進むと、階段を上り二階に位置する場所に図書室がある。これは一般的な資料を収める場所だから目的の資料はない。
 図書室の奥へ行くと、鉄の扉がありそこが閉架図書室への入口となっているようだ。




「ここへの閲覧権限は司書、わたくし、教皇様、それからわたくしか教皇様が許可したものに限られます」
「……う、うん」




 鍵をすぐ開けてくれるかと思ったら、トールマンはくるりとこちらへ向きなおす。




「……許可をするにはそれなりの事をしていただかなければいけません」
「……うぇへ……」
「なぁに簡単な事です。以前あなたが作ったとされる『呪いの草人形』をいただけないかと思いまして……」




 変なことをされるかと思ったら、簡単な要求だった。




「……い、いいよぉ」
「実は、教皇派が最近って……そんなに簡単によろしいのですか?」
「……う、うん。……く、草があればすぐできるし……お、お金かからない」




 この国はまだくだらない、派閥争いをしている様子だ。これはあたしが知っているだけでも何百年と続いている。
 派閥争いには巻き込まれたくないけど、いまはなんでも情報はほしい。




「……たた、大変……だね?」
「そ、そうなのですよぉ!! きいてくださいまし! 実は最近教皇派の人間がヴィスタル共和国や軍部と手を組み、何やら悪巧みをしているのです……」




 この枢機卿は見た目とは裏腹に苦労人の様だった。愚痴りだしたらもう止まらない様子だ。


 ミルちゃんが言っていた交流の上手な方法は、うなずいて話を聞いてあげることだっていっていた。そして一通り話して満足したら褒めると仲良くなれるらしい。
 あたしはへたくそなりに実践してみることにした。




「……う、うん」
「……それがですねぇ……




 衰退したグランディオル王国を狙っていたのは、なにもヴェントル帝国だけではなかった。このヴィスタル共和国もその覇権を奪取したいらしい。


 もともと教会は、ほぼすべての国に根を伸ばしているから、それで十分だろうという考えだったそうだ。


 しかしヴィスタル共和国もまた資源に悩む国であった。
主に土地が少ないのだ。
おかげで食料は他国に頼らざるを得ない状況で、いくら教会が牛耳ろうが政治的に強く出られない状況がずっと続いているという。
 であるなら大きな土地もあり、働く人間も多くいるグランディオル王国が衰退している今、乗っ取ってしまおうと言う計画がたったのだ。




 しかしすでにグランディオル王国は、エルランティーヌ女王、そして王宮魔導師による復興が急激な勢いで進んでいた。


 通常であれば国内に駆らず多勢力があり、そこまで早く復興が進むのはおかしいのだ。これを不自然に感じたヴィスタル共和国側は、先の王位継承権争いに目を付けた。


 当時は確かに王位継承権の第一位はエルランティーヌ女王だった。しかし他の王族や貴族の間でもロゼルタ第二王女を推していたはずだ。
最終的に前国王の権限が強いいので、このままロゼルタが継承するかに思われていた。
 しかし前国王、女王は没した。


 この不自然な死をさらに掘り下げて調べると、前国王と女王を異世界召喚術の贄に使ったのではないかという疑いが浮上。




すなわち実の両親の殺害。




 前国王も女王も継承には第二王女を考えていたという。これを第一王女が阻止せんがために殺害。自動的に第一王女が継承したというあらましだった。




 これを知った教皇は激怒し、第二王女と会った。
 彼女は辺境へ遠ざけられて死に体しにたいだったのだ。恨みを持っていた第二王女はヴィスタル共和国、そして教会の教皇派を後ろ盾に立ち上がったのだ。




その時丁度、大人気の悪魔の芸人がやってきて公演することになったという噂がたった。これにグランディオル王国中が湧いているという。
 正式に王国からも発表があった。
王国の支出で巨大な旧闘技場跡を演劇場へと改装し、初公演には女王も参加すると言う。
まさに共和国側にとって好機がやってきた。


 その公衆の面前の前で女王の罪を暴き、第二王女が正当な王位継承権があったことを主張する。その場で女王退陣を迫るのだ。








つまりロゼルタ第二王女による王位奪取計画クーデター










 教会の枢機卿派は、正統派としてまつりごとをせずに神を崇める宗教活動に徹する派閥だ。
 この行いに猛烈に反対をしているが、後ろ盾も各国の正統派および、賛同してもらえている小国のみ。力が及んでいない。
 どうしても一発逆転できる物がほしかったそうだ。
 そこへやってきたのがあたし。




 さっき争っていた大司教は教皇派だ。あたしが閉架書庫を求めていなかったら、教皇派のもとへ連れていかれるところだった。


 今の話をきいたら、アーシュ派であるあたしはこっちにきて正解だった。




「……た、大変だ……ね。……教皇とお話・・をしようか?」
「……ご協力いただけるのですか⁉」


「ああ、あたしも……ぜ、前国王派の第二王女より……い、今のエルちゃ……エ、エルランティーヌ女王のほうが……す、好き」


「……ぜひ!! お願いいたします!!」






 枢機卿をすべて信じたわけでもないけど、エルちゃんが退陣したら色々と不味い。せめて教皇の中身を別の死霊に挿げ替えておくぐらいはしておこう。








 すっかり図書室で話し込んでしまったが、満足した枢機卿は架空図書室へのカギをすんなりあけてくれた。
 そして枢機卿派の人員を数名貸してくれるそうだ。
 膨大な領の書物があったけれど、目的の一億二千年前の書物にしぼると少ない。結局みつかったのは二冊のみだった。
 それだけ古い時代のものなのに、二冊も見つかるとはさすが教会だけある。


 保存状態はわるくないのに、書物はがさがさのボロボロで、強い力をいれたら崩れてしまいそうだ。慎重に扱わなくては読めなくなってしまう。




「うへへ……あ、ありがと……ちょ、ちょっと読むね」
「いえ! ……噂とはちがい、お美しい魔女様のお手伝いができて光栄です!!」
「……うぇ……」




 美しいだなんて、まじまじと言われたのはアーシュだけだったから照れ臭い。やはり顔がこわばっているのが解けたおかげだ。アーシュ効果ってすごい。






 そして書物に集中する。
 テーブルに置いてもらった書物を丁寧にめくる。
 当時の吟遊詩人マイスタージンガーによる伝承だ。






 勇ましき男


 勇ましき男は、我らと変わりなきもの
 勇ましき男は、その生命たるや神の実


 その実は まごうことなき 神の怒り
 その実は まごうことなき 造物主の愛


 祈り給う 彼のものの安寧を
 決して起こすことなかれ






 あたしは紙に書き写す。
 詩に関して詳しくないので、シルフィにも意見を聞きたい。




 勇ましき男は一億二千年前の勇者の変異体を表しているのかもしれない。
そして神の実というものが何なのかわからないけれど、アーシュを調べた限りではあの烙印以外はただの人間だった。
これだけ見ても勇者の変異体にはたどり着かない。




 しかし教典に乗っている詩と比べてみるとどうか。








 神の詩


 主は言いました。
生命とは尊きもの 知能とは浅ましきもの
文明とは 破滅への道


 謳歌しなさい 人の理を
 謳歌しなさい 人の愛を


 さすれば授けたるや実の烙印
 さすれば すべて 救われる






 これはシルフィが予想していた通りだった。
 勇者の変異体が発生した時期に教典へ追記されたものだと思われる。ある意味これは人間と神との交信だ。
 教会が教典に記すべきことなのだろう。






 もう一冊の書物も慎重にめくる。
 今度は詩ではなく、誰かの日記の抜粋の様だ。




 町の女の子アノンの記録
 xxxx年x月x日


 突然光った。
 みんな光に包まれた。あたしもいっしょに。光がおさまると、隣に立って手を繋いでいたお父さんが消えていた。


 あたしは泣いた。悲しい。お父さんはどこ?


 村人のボーアンの記録
 xxxx年x月x日


 今日はとなりのばあさんのお手伝いをしにいった。
 新鮮な野菜が久々に手に入ったから、食事を作っていると、突然光った。
 その光は家の中にまで入り込み、僕やばあさんも浴びた。
 そして気がつけば、ばあさんがいなくなっていた。


 せっかく美味しくできたご飯をどうしよう




 木こりノイルの日記
 xxxx年x月x日
 国が衰退しだしている昨今、生活が困窮していた。


 あるに突然世界は光に包まれた。
 やさしい光だった。
 しかし現実は厳しいものだった。
 その光で、生きているものと死んでしまったものがいたのだ。
 同じ光を浴びたにもかかわらずだ。


 そして幸か不幸か、人間が減ったおかげで食料不足が解消された。そして私も生き延びることができた。


 俺は気がついた。これが何だったのかを。






 日記の最後にはそう綴られていた。
 この木こりの言葉。
 木こりという職業がわかる光の正体。




 これにあたしもピンときた。生きる屍リビングデッドが多すぎて邪魔な時にやったことがあるからだ。




 知りたくはなかったけれど、予想していた通りだった。
 アーシュという勇者の変異体の正体は、神の怒り。目的は――














 ……造物主による生物の浄化、いや間引き・・・だ。
















 あたしはこれを残してくれた方に敬意を抱いて、本を閉じた。









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