勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

最強の策略家





 公演の前日。
 演劇の関係者は今グランディオル王国へとやってきている。警護対象のアイリスも一緒だ。
魔女や帝国の動き、それから教会と情勢が大きく変化したため、魔王領を無防備にするわけにはいかない。
そこで今回はルシェが残って防衛に回ると言ってくれた。




 前日の打ち合わせ会議。
 警備計画の打ち合わせの中でレイラから提案がった。
 レイラはまだ動ける状態じゃないが、椅子に座っているくらいなら大丈夫という。周囲の反対を押し切って参加していた。


「しばらく不在だったから、提案がギリギリで申し訳ないのだけれど……」
「いや、この際できることは全部やろう」


「ありがと。当日の最後で魔王領の代表の一人であるアイリスさんとエルランティーヌ女王の正式会合を行ってもらえないかという提案よ」


「え?」


「この演劇の目的は人間の悪魔への偏見を減らし、交易を増やしていくための礎」
「うん。そうだね」
「だとするならば、トップが正式に手を取り合っていくことを発表してしまった方が、円滑に進むわ」
「……それはそうだが……」
「ルシェはこれを読んでいたわ。提案してくるだろうからと」
「……え?ほんと?」




 ということはすでに魔王領の幹部に周知が済んでいると言うことだ。優秀すぎる。
ただ心配もある。




「それは同時に標的にもなりやすくなるだろ?」
「いいの。やらせてアーシュ」




(やらせたほうが良いのだわ……)
(どうして?)
(アイリスは今や魔力もないし、実務はルシファー、代表としてはアーシュが行っていて、やることが無いのだわ)
(もしかして……かなり気にしていたのか……)
(帰ってきてから少し悩んでいたとルミがいっておったのだわ)




 ルシェが読んで、アイリスと構想を練っていたのだろう。




 それに今回に限らず、帝国はアイリスがご所望だ。
 魔王領では周知されている魔王の娘とはいえ一介の悪魔を攫うのと、魔王領代表としてグランディオル王国の代表であるエルランティーヌ女王と手に手を取った悪魔を攫うのでは意味が全く違う。
 これが実現できれば、アイリス単体で狙われても、魔王領、王国に大々的に宣戦布告をしたことになる。そうなれば政治的に強力な王国にほとんどの国がつく。
 帝国以外のすべての国となれば、教会も当然無視を決め込むことなどできない。




 つまりアイリスに超巨大な人間の『世界』という後ろ盾ができるのだ。




 たしかに運営次第では標的にはなりやすくなる。しかし最大の敵である帝国を封じ込めるには良い手であると言えるのではないだろうか。


 今回の演劇がうまくいくことも条件の一つだ。
 マインドブレイクが失敗すると、全世界の人間が魔王として認識してしまう諸刃の剣といえる。


 一方王国側も魔王領という武力的な大きな後ろ盾を得たことを大々的に発表できる。これはすべての国や教会への抑止力となりえる。
 ボクの追放で『勇者の福音』の喪失したことから、教会はグランディオル王国を見限っていたそうだ。そうなれば教会の政治的な支援は途絶え、内政に支障がでてくる。
 このことで教会が支援続行と判断する要素にもなりうる。




 これは勝負・・だ。
このはかりごとをそれぞれ描いていたのは、ルシェとレイラ。そのすごさに、ゾクリとした。




まさに二人は最強の策略家だ。






「……わかった。ボクが全力で守るから精一杯やってよ」
「アーシュ!!」




 そういって嬉しそうに抱き着くアイリス。でも元はと言えばアイリスの役目をボクが奪っていただけだ。すこし出しゃばりすぎていた。ちゃんと裏方に徹して、アイリスをたてるような運営をしたい。
だとすれば軌道修正するにはいい機会だ。


 そしてアイリスを促す。うなずいてエルとレイラに向き合う。


「よろしく頼むわ。エルランティーヌ女王、それにレイラ」
「ええ! こちらこそ!」




 わーっと部屋にあがる歓喜の声と拍手。会議にあつまったもの皆が、賞賛してくれた。きっとこれは歴史的な一幕になるのだろう。
 ボクもシルフィも握手している。
 でも拍手の中、よく見るとアイリスとエルとレイラで内緒話をしている。そして同士と言わんばかりに三人で肩を組んでいる。
そういえば以前、伝手をたよってエルのところへ来ていたが、その時アイリスは切羽詰まっていて交流どころではなかったはず。




……仲が良くなりすぎじゃない?




その様子を見ていたシルフィが察して、ケラケラと大爆笑をしていた。なにで意気投合したのか分かっていたようだった。




「あれはなんなの?」
「アーシュは知らなくても大丈夫なのだわ~ケケケ」




 気になったけれど、仲が良いならいいかとこれ以上追及するのを止めた。














 それから、それぞれ担当別に打ち合わせを始めた。


 出演者たちは本番や直前練習の打ち合わせ。それからアミを中心として舞台の係員と演出の打ち合わせをしている。
 アミはもうこの舞台の指揮を執っているような立場だ。出演しないけれど、台本を書き裏方として精力的参加していた。いつしか皆に認められる存在になっていたのだ。
 本当に努力家だと思う。


 アイリスとレイラとエルは何やら意気投合して、今日は一緒に過ごすようだ。いろいろ話すこともあるのだろう。


 そしてボクはと言えば、王国軍警備隊と、魔王軍警備隊の合同警護計画に参加中だ。警備の中心は王国軍隊長であるエルダートだ。
 演習もなしに王国軍と魔王軍の連携は難しいので、全体の警備は王国軍に任せることになった。そして要所には魔王軍の警備が就くことになる。
 要人エリアと、最後に舞台へと上がるための通路。それから魔王領から見に来る学園の子供たち。そこは引率のベルフェゴールがいるので大丈夫だろう。
 ボクとシルフィは要人エリア内での警護となる。
 要人の警護は別個いるので、臨機応変に遊撃してもらって構わないそうだ。
 いってみれば警備計画であまり重要視されていない。
 たしかに飛び入り参加みたいなものだから、仕方がない。
 でもアイリス、エルは必ず死守する。




「ふん……我々に任せておけ、と言いたいところだが、帝国軍と比べても王国軍は弱い。すまぬが戦力勝負になった時には手を借りたい」
「ああ……過大評価しないのはいいことだよ。できる限り協力するよ」


 そういって握手した。
 かつては帝国のヴェントル帝国将軍だったエルダート。所属したばかりの王国軍を正確に把握できているのは彼が老練である証拠だ。


 それからは会場の図面と場所、構造、それから演劇の進行など技術的な打ち合わせを綿密に行った。




「では皆の者。明日はよろしく頼む。本日の会議以上だ!!」
「はい!!」
















 そして本番当日。
優待席以外は、自由に入れることもあってものすごい観客の数となった。周囲も屋台が建ち並び、繁盛している。
警備する側としては難しくなるのだけれど、これも関係者がみな頑張った証。素直に喜ぼう。


 女王とレイラ、アイリスは開演ぎりぎりまでは控え室で待機してそこで厳重な警戒を行っている。




「大盛況ですわ!!」
「やったね! エル!!」




 仲の良い学生のように、手を合わせて喜んでいるエルとレイラ。




「……ここまでとは……どれだけ宣伝したのかしら」
「実はこの日の為に、無料の馬車を王国側から提供しています」
「えぇ?そこまで?」
「ええ、町村すべてから少なからず人が集まっておりますよ」
「貴族の場所も分けてあるから、混乱もなさそうだ」
「入りきらない人員の為に櫓が組まれたそうですわ」
「そ、それは大丈夫なのだろうか?」
「お父……エルダート団長に安全性も確認するよう言ってあるわ」


「まぁそっちは任せよう。ボクはここにいる三人を死守することに専念しよう」


「まぁ……理想の殿方に命がけで守られるなんて、それだけで情緒的ですわ」
「ちょちょ、ちょっとうれしいわ」
「ふふふ……」




 アイリスのドヤ顔が気になった。確かに常日頃、魔王領にいるときはアイリスを守るように気にかけていたけど。




「お飲み物を用意しました」
「あら……ありがとう」




 エルの影武者であるベアトリーチェが淹れてくれる。今日は騎士の格好ではなく使用人の格好でエルについている。しかし今日はいつもの元気がない。
 いつも控えているときはしゃべらない。一切喋らないほど喋らない。しかしひとたび口をひらくと、耳をふさぎたくなるくらい大きな声だったはず。もしエルが入れ替わったとしてもそれは模される。




(おいアーシュ)
(うん。わかっているよ)




 シルフィも当然気がついている。
その使用人に声をかけた。




「飲み物はいらないと言ったはずだよ。エル・・?」
「は?……わたくしはベアトリーチェでございます」
「みんな、飲み物は飲むな!!」
「!!」
「……ぐっ⁉」




 大きな声と共に首をつかんで、拘束する。




 ボクがそう大きな声を出すと、控室に緊張が走る。
 そうこの使用人はベアトリーチェでも入れ替わったエルでもなかった。おそらく毒を盛ろうとした、何かだ。




「この毒は、なんだ?誰の手のものだ?」
「……ぺっ!! 言うかよ!!」




 そういうと顔が変化して、眼光の鋭く堀の深い顔の女になった。変化する魔法とは手の込んだことを。しかしその程度はシルフィやボクがいれば見破れないはずはない。問題は誰の命令だったかだ。




「ヴェントル帝国か?」
「……」
「……教会か?」
「……」
「……ヴェリタス共和国」
ピクッ
「……」
「……魔女か?」
「……」


首の神経に反応があった。人間であれば反応せざるを得ない所縁の強い単語。それがコイツはヴェリタス共和国だった。
 教会の本部がある国とは言え一枚岩であるはずがない。
 つまりこの女はヴェリタス共和国の暗殺部隊である可能性がすごく高いということだ。




(ヴェリタス共和国なのだわ?)
(あぁ……だとするならクリスティアーネが心配だ……)
(あそこは狭い国の中で勢力が鬩ぎ合っているのだわ。教会、軍部、貴族……とりあえずこれ飲ませるのだわ)




 シルフィから受け取った薬品を女の口の中に突っ込み、強引に飲ませた。痺れて数日は動けなくなる薬だ。




「や、やれろぉ……」
「……牢屋にぶち込んでおいて。二、三日は痺れていると思うから」
「はっ!」




 王国軍の騎士に暗殺者をお願いする。毒だから猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチを最初に疑ったけれど、やり方が稚拙すぎた。用意周到に行い魔女だと聞いているから、こんな方法はとらないだろう。




「アーシュ⁉ 本物のベアトリーチェはどこに……」
「劇場までは一緒に来ていたはずだから、たぶんこの劇場のどこかだろう」




 それを聞くとすぐに捜索部隊が数名編成された。エルダートもなかなか行動が早い。自体がひっ迫したこともあり、増員の手配もしている。
 それから関係者への毒の警戒レベルを上げてもらうように手配した。自分たちで用意したもの以外は口にしないように。




 まだ始まってもいないのに、いきなりの暗殺未遂。
 勢力も一つではないはず。


……長い一日なりそうだ。















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品