勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 ゆきずり親子





「よくやってくれた、エルダート将軍……」
「これは皇帝陛下、『福音の勇者』との同時奪取とはならず、申し訳ございませぬ」
「よい。グランディオル王国の王宮魔導師を奪えたのは僥倖だ」




 ここはヴェントル帝国の城。
 エルダート将軍の執務室。皇帝陛下自ら執務室に足を運ぶという異例の対応に、護衛や軍部の部下たちもやや驚いている。




「レイラという王宮魔導師殿は、すこぶる美しいと聞いておる……いまはどうしておる?」
「今はまだ精神的に不安定でありますので、自室で休ませております」
「そうか……回復次第、連れてくるがよい」




 そういうと皇帝陛下は出て行った。


 本当にレイラを見たさだけで自ら足を運んだようだ。
 この好色ロリコン皇帝がっ!エルダートはそう心の中でつぶやくのである。皇帝はすでに40を超えている。エルダート将軍ももう30半ばだ。娘のような年齢の小娘に欲情するなど、ロリコン以外の何物でもない。




 たしかにエルダートもレイラには惹かれていた……。しかしそれは既に亡くした娘に似ていたというだけだ。
 彼は妻と娘を既に亡くしている。育っていたらきっとレイラのように美しくなっていただろう。
 人質と魔導師としての手腕を利用する立場とはいえ、彼の中では娘のように大事に扱ってやりたいという、気持ちが芽生えだしていた。




 実は彼女にはすでに資料を与え、参謀としての手腕を振るってもらっている。ただし外には一切出していない。先ほど皇帝に言ったことも当然嘘。
 レイラが他の人間に利用されるのが、彼はたまらなく嫌だったからだ。




 しばらくレイラを匿い、皇帝をのらりくらりと避けている日々が過ぎ、会話もスムーズになってきた頃。




「ねぇ、エルダート将軍……なんで他の人は一切こないの?それに衣食住も与えてくれるし、外に出られない以外はむしろ快適といっていい」
「ふん……帝国のことをある程度理解しているだろう?そなたのような美しい女性が軍部や城を歩いていれば、攫われて慰み者にされる」
「……それを承知で……いえ……本当はすごく怖かった……」




 レイラはついに本音を漏らしてしまう。言葉は堅いが親身になってくれるエルダートにだけは話したい衝動が抑えきれなかった。




「……匿ってくれているんでしょ?将軍……ありがと……」
「……気にするな……私はな……娘がいたんだ」
「……そう……かわいい?」
「ああ……最高に。でもすでに妻と共に……。そんな中でそなたに会って、娘と重ねてしまったのだ。すまぬほんの気まぐれだ」




 レイラも痛い程気持ちが分かった。彼女もまた小さいころに父と母を失っているからだ。そう思うとレイラも彼に親近感が湧く。




「……いいえ。誰も知らない場所でいつ襲われるかわからない状況なのに、快適に過ごせたのは貴方のおかげ」
「……そう言ってもらえると助かる」




 エルダート将軍はレイラとただ二人だけで部屋にいる。護衛すら入室を許さなかったからだろうか、人には見せない穏やかで、すこし涙を目にためた顔をしている。




「ふふ……ありがと!お父様?」
「……おおおぉ……おおおお……アリアァ……」




 そんなレイラの気まぐれに、彼は情けなく号泣してしまう。
 なりふり構わず、娘の名前を口にしている。アリアという名前らしい。そんな様子を見ていたレイラも共感を受けて、すこし涙をこぼしている。








 しばらくするとエルダートは気を取り戻した。泣きっ面をいそいそとなおし、真剣な面持ちで彼女へ向き直る。
 いつもの重々しい将軍としての雰囲気ではなく、親しい親子のような雰囲気だ。




「王国にもどりたいか?」
「え……でもそうしたら『福音の勇者』が……」
「実は内密だが、女王から打診が来ている。キョウスケ・・・・・という『福音の勇者』の了承を得られたから、レイラを戻してほしいと」
「……そう」
「……私は、女王を信用しておらぬ。謀っているのではと疑っている。それにユリアという奴隷持ちだから、一緒に生活させてほしいという条件つきだ」
「それは信用していいと思う。ただ帝国で大丈夫かしら」
「どういう意味だ?」




 レイラは嘘偽りなく、『勇者の福音』について将軍に話すことにした。それはすでにお互い信用に足る人物だと確認できているから。




「ふむ……とくにその奴隷のユリアの扱いに気を付ける必要があるな」
「ええ……それがまもれるなら、帝国はおそらく、勇者が生きている限り安寧や富、豊穣や力を得られるわ」
「わかった……出来る限り対策しよう」
「……ありがとう。将軍……」


 そういうとエルダート将軍は立ち上がり、部屋を後にしようとドアの方まで歩いていき……向き直る。




「……さ、最後にもう一度だけ、お父様と呼んでもらえぬか?」
「ふふ……うん。お父様!」
「おおぉ……」




 そう呼ばれることが、うれしくてたまらないのだ。
 つい感嘆の声をあげる。
 ドアの向こうには護衛兵が立っているにもかかわらずに……。




















 そして――








「エルダート将軍……いや元将軍……そなたは用済みだ……」
「なっ!?」




 皇帝陛下に召集を受け、皇帝執務室へやってきたエルダート将軍に待っていたのは追放処分だった。




「あの王宮魔導師とデキておったな?このロリコンが!」




 ロリコンは皇帝陛下のほうだ。だが娘と重ねるあまりレイラに近づきすぎてしまったのが仇となった。
 このままではレイラを守り切れない……




「それに……かわりはいるのだ!」
「ケッケッケ……あ~とはおまかせ~くださいまし」




 皇帝陛下の隣には薄気味悪い銀髪のボサボサヘアの男が立っている。髭面でとても将軍の後を継ぐような風体ではない。




「なんだ……おまえは!」
「無礼だぞ、エルダート。こやつはそなたの代わりに将軍をつとめる男だ」
「そなたの身柄は一時拘束させてもらう」
「ぐっ!……」




 エルダートはそのまま騎士に連れられていき、牢屋にぶち込まれた。数名いたエルダートを連れてやってきた騎士たちは去り、今は牢屋番の兵士と二人だけだ。


 エルダートは壁にもたれかかり、考える。
 地位や名誉などもはや必要ない。帝国がどうなろうと知った事ではない。いまエルダートにとって大事なものはもう分かりきっていた。








 彼は決意する。
 大事なの為に、同じ過ちを繰り返さぬために。








「……ちょっと煙草をくれぬか?」
「けっ元将軍が偉そうに……って言いてぇところだけれど、あんたにゃ世話になったからな……」




 そういうと牢屋番の男は、煙草を渡すふりをして鍵をエルダートにわたす。




「あっいっけねぇ間違えちまったぜぇ!」
「恩に着る……」




 彼は大根だ。でもそんなことを突っ込んでいる暇はない。今はここを脱出し、レイラと共に脱走するのだ。








 ダン!!


 彼女のいる部屋へ駆け込む……すると既に2人の城の兵士が彼女を襲う寸前だった。魔術師だから後れを取るはずはないと思ったが、薬を盛られて、魔力封じの枷を填められていたようだ。




「い、いやらぁ……」
「貴様らぁ!!」




ドガッ!バキッ!!




 丸腰のエルダートだが、伊達に将軍はしていない。ただの一介の兵士ごときは素手で制して見せた。
 また娘をうしなってしまったらもう彼は立ち直る事がないだろう。だからすべての行動が決死だ。




「すまぬ!立場を追われた。逃亡するぞ!」
「……ありがと……お父様ぁ」




 すっかり親子の信頼関係が出来上がった二人。
 枷をはずし娘を抱えて飛び出した。もう帝国にはいられないだろう。


 逃げる先をグランディオル王国に定める。
 他に帝国以上に力がある国が無い。


 美しい王宮魔導師の奪取、それから『福音の勇者』を逃してしまうことになる。さらには帝国の機密情報を知りえるエルダートが王国につくのだ。おそらくこれは戦争の引き金になりえるだろう……。
 それでも力のない国へいって、強引に連れ戻されるようりはマシといえる。






 かくしてゆきずり親子は、深森の奥へと姿を消すのであった。









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