勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

王都へ行こう!





 ギルドの宿舎ではゆっくり休めないので、昼食後には宿屋へ移動した。
 ナナは男性のボクと一緒は嫌がるかと思ったけれど、今は一緒にいてほしいという。
 誘惑にかかっているときの記憶は虚ろだけれど、所々記憶に残っている。操られていたとはいえ、あんな自分は見たくなかっただろう。
 冷静になったいまだからこそ、正気でいるにはものすごい精神力が必要だ。
 それでも話していたいというのは彼女なりの処世術だと思う。


 もうナナは十分話して新たな情報がなくなると、世間話や身の上話になった。ナナはとても話好きのようだ。
 それをシルフィも楽しそうに聞いている。




「あたしの友達でアミっていう子がいたんだけど、すごく良い子だったのに、グループでいじめちゃって止められなかったの」
「ほうほう?」




 アミのことを知っているのに、知らんぷりして聞いているシルフィ。すごく人が悪い。ニヨニヨしている顔がゲスい……。






「ずっと謝りたくて。でも異世界にきてこんなことになっちゃって。アミのパーティーも討たれて死んだって聞いた。あたしも死ぬと思ってたから……助けてくれてありがとう……」
「ケケケ。生き残ってももうどうせアミとは会えなあばばばばばば」




 いつになく意地悪なシルフィにいつも通りほっぺクローをくらわせた。




「意地悪したらだめだろ?じゃあアミと会ってみる?」
「え?……いきて……るの?」




「ブハッ!こやつを驚かせたかっただけなのだわ!」
「はいはい。これから女王様に会いに王都へいくから、その後になっちゃうけれど」
「は、はい!……おねがいします!」




 アミの生存がわかると、明らかに彼女の目に生気が戻った。いまは彼女には生きる目的が必要だ。それがアミとの再会と謝罪なら理由として十分だろう。






 ……こんこん




 ボクたちが雑談を楽しんでいると、部屋に誰かが訪ねてきた。宿屋ではなく兵士の気配だ。
 ボクは警戒するように二人に合図を送る。




「どなた?」
「エルランティーヌ王女の使いのものです。お手紙を預かっております」
「ドアの下から通して」




すっ……




 ボクはドアの隙間から入って来た手紙を見る。二人もボクによってきて肩越しに覗いている。






英雄殿


 この度はケイン討伐を成していただきまして、誠に感謝しております。
 褒章を授与をいたしますゆえ、王城へお越しくださいますよう。


女王エルランティーヌ




「ケケケ、英雄殿なのだわ」


 シルフィは嬉しそうに笑っている。


「馬車を用意しております。ご承諾いただけますか?」
「ああ行くよ。3人だけど平気?」
「問題ございません」




 ドアを開けると王国軍の騎士が一人立っていた。騎士は数々の武勲をあげたであろう老練さがうかがえる。ボクはこの男に見覚えがある。
 たしか騎士団長だった男だ。
 外に用意されていたのは、貴族がのる高級な馬車だった。とても目立っている。






「さぁどうぞ。」






 騎士はナナをエスコートして乗せる。シルフィはボクがずっと抱っこしているから、次にボクが乗り込んだ。そして最後にその騎士も乗り込んでくる。身体が大きいから馬車が一気に狭苦しくなった。




「あ、あの?」
「失礼、道中すこしお話したくて乗り込みました」
「うん。かまわないよ」




 騎士団長はボクの顔を訝しげに見ている。見覚えがあるけれど、思い当たらないというところだろう。




「見覚えがあります。あなた様の名前は?」
「アシュインと言います。アーグリー騎士団長様?」
「なぜ私の名前を?」
「わからなければ良いです。きっと重要なことではないのでしょう」




 やはり忘れられていた。王国の村や町を回った時にも同様に忘れられていたり、無碍にされた。これがシルフィの言ってた福音の揺り返しが自分にも降りかかった状態ということか。
 改めて目の前で起きているのを確認すると、すこし恐怖を感じる。




「それと遅くなりました。召喚勇者のナナ様。お久しぶりでございます」
「あ……はい。おひさしぶりです。騎士団長様」
「ご無事で何よりです」




 召喚されてから訓練を受けていたから、ナナは知り合いなのだろう。それにしても召喚勇者はあまりに弱い気がする。
 ボクは純粋な疑問をぶつけてみることにした。




「ボクの方も聞きたい。ナナは召喚勇者と言っていましたが、訓練した割に召喚勇者は弱い」
「……ぐっ」
「あ、気分を害されたらすまない。だがいくら何でも……」
「いえお恥ずかしながら、魔王討伐を成功させた後、急に兵力が衰退してしまいました。技術的なものは教えることが出来ますが、純粋な力になりますと最初から召喚者のほうが強い有様なのです」




(そうか、揺り返し……それはボクのせいか……)




「そ、それはちがうのだわ!!!!あっ」




 シルフィはボクの考えを強く否定した。ボクが自虐的な思考をしたから止めてくれたようだ。




「ありがとうシルフィ。ボクは大丈夫」
「……アーシュ……」




 シルフィは抱き着いて、優しく撫でてくれた。小さな手でぎゅっとボクの手を握ってくれると、もやもやとした黒い感情は霧散していくようだ。




「……ンン”ン”!!」
「……コホン!お二人は恋人?兄妹の域をこえてるよね?」
「「あ、あははは……」」












 その後、ボクらはのんびりと王都へ向かった。馬車だとやはり時間がかかるようで、途中で野営や村に立ち寄る。




「ナナはお金持ってる?ないならいくらでもおごるから、みんなで食べよう」
「いいの?……ありがとう!!」
「ケケケ……アーシュはあのまお――あばばあば」


(なぜすぐばらそうとするの)
(つい……ごめんなのだわ)


「シルフィちゃんかわいい!アイスクリームたべよ?」
「おお、たべるのだわ!」




 二人は本当の友達の様に仲良くなって、アイスクリームを食べながら歩いている。うしろからボクと騎士団長。娘2人と兄と父?そんな構図だ。




ドンッ!




「キャッ!」
「おいおいお~い!何してくれてんだお嬢ちゃん!」
「やべ!アイスが服にべったりじゃねぇか!」
「……」
「これはもう身体で払ってもらうしかねぇな!」
「うっひょ~いい女!それと……ガキ?」
「おらぁガキもいけるど!」
「い、いやっ!!」




 典型的な悪いやつら3人組だ。ただここは事を荒立てたくない。この騎士団長は温和で腰を引くそうに見せているが、ボクたち……いやボクの立ち振る舞いを見ている。
 こんな小さなことで交易の話がなくなるのは困る。ここは騎士団長の思惑通りに大人しくいこう。




「やめてくれませんか?」
「おうおう!おめぇの女か?この不始末どう――」
「はい、二人ともボクの女・・・・・・・・です。やめてくれませんか?」




 ほんの少しだけ、威圧する。




「お、おい……こいつやべぇって、いくぞ……」
「ああ……」




 男たちはそそくさと逃げるように去っていた。事なきを得たようでよかった。




「……あ、ありがとうア……ア、アーシュさん」


 ナナも親しみが出たのか、アーシュと呼んでくれる。誰でもよいと言うわけでもないが、出会って日が浅いナナがボクを信用してくれるのは悪い気はしない。




「ケケケ、よく抑えたのだわ」
「シルフィこそ」


「あ、あははは……」




「ふむ……大丈夫そうですね」




 どうやら騎士団長のめがねにかなったようだ。王城内部はいろいろとやっかみも多いだろうから、味方は多い方がいい。






 それからボクたちは、再び王都へ向けて馬車で揺られていった。のんびり雑談もわるくない。
 ボクは外の景色を眺めながら、ぼんやりとアイリスのことを考えていた。


 ふたりとも望んで、恋焦がれて、お互いに魅了されて悪魔の契約を結んだはずなのに、ボクのせいでアイリスを苦しめてしまっている。


 一度、話をしたい。
 シルフィの契約重複という保険があるから、万が一があっても即死だけは避けられる。ただ防げるのも短時間。話をできる時間はないそうだ。




 ボクはいい考えが浮かばず、ボーっと景色を眺めたままだ。そんな様子をみて心配そうに手を握ってくれるシルフィがいる。




 アイリスは恐れているけれど、何もしないような子じゃない。きっとあてがあって行動していると思う。ボクはボクで出来ることをやらないと。











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