勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

反魔核





 ある日の執務室。
 執務机にはルシェが座って執務をしている。ボクとアイリスの為の執務室だったけれど、今や彼女が全ての執務を行っているからだ。
 ボクは休憩用のテーブルを使って、執務の手伝いをしている。


 女性悪魔がノックをして部屋に入って来ると、ボクには目もくれずにルシェに報告をしていた。ボクが代表といっても、やはり人間であることへの壁はあるから仕方のない事だと思っている。
 彼女が報告していたのはケインの所在についてだ。




「ア、アイリスは⁉」




 その報告が耳に入ると、割って入るように聞いてしまった。
 ルシェは首を振る。
 王国の南東にあるラディア町で、ケインは相変わらず女性を誑かしていた。諜報員はその行動を一定期間追っていたが、アイリスと居る様子は一切なかったそうだ。


 ただケインが発見される少し前に、ラディア町の外門近くで、角のあるイエローブロンドの美人女性がいたことが冒険者ギルドで噂になっていた。


 間違いなくアイリスだ。
 もうラディア町にアイリスの痕跡はないが、ケインと直接決着をつけたほうが良いだろう。大事なアイリスに手を出したのだから。




「……ボクが決着けりをつけてくるよ」
「いいの?」
「うん。やらせてほしい」




 他の人が行けばあやつられる可能性がある。シルフィならその心配はないし、解除も可能だ。ボクたちが適任だろう。




「最近二人とも仲が良すぎ!」
「あ……あたしも行きたいな~なんて」


「ケッケッケ。あちとアーシュは一心同体なのだわ」
「「なっ!?」」




 魔力量が少ないと、特に状態異常にかかりやすい。今回二人はお留守番だ。魔力スカウターで一万以上魔力があれば、かかりにくくなるとシルフィは言う。
 それを聞いて、ミルはみんなの数値を測りだす。


 魔力スカウターはあれからみんなの玩具おもちゃと化していた。機能も精度もあがって量産されたのだ。メフィストフェレスは本当に優秀なのだろう。




「アーシュの魔力値はまだぶっ飛んだままだけど」
「ケケケ。それはそうなの――あぶぶぶぶうぶ」
(しー! それないしょ!)
(そうなのだわ。忘れていたのだわ)




 ボクはいつものように、シルフィにほっぺクローをおみまいした。その様子がおもしろいのか、二人は爆笑している。




「あはは、おもしろ。シルフィかわいすぎ!」
「も、もうはにゃせ‼ そろそろいくのだわ‼」
「はいはい。行ってくるね!」
「「いってらっしゃ~い」」




 ラディア町まではやや距離があるので、魔王領内の境界近くのライズ村へゲートで飛ぶ。そこからは馬車の予定だったけれど、時間がかかるのでシルフィに止められた。




「おまえなら、あちを抱えて走った方がはやいのだわ」
「め、目立つだろう?」
「あほ! 夜に移動すればよいのだわ」




 シルフィは辛辣しんらつだけど、どこか愛嬌があって可愛らしい。そんな彼女の尊大不遜な態度も割と気に入っている。


 出発する夜までこの村で宿をとって休む事にした。栄えているだけあって、宿泊場所にあるログハウスはとても奇麗で過ごしやすい。
 食事やお風呂を済ませて、今は二人でベッドに横になって天井を見つめている。




「……アミに教えようとしていた魔法について教えてよ」




 別にいま聞かなきゃいけない話でもないけれど、ただの雑談の中の戯言。何となく気になって話題にしてみる。とっておきがあると言っていたが、その答えをまだ聞いていなかった。




「四属性全部使えるのは稀。……アミは素質があるのだわ。だからとっておきも使えるならアミだけの魔法になるのだわ」




 その魔法自体はシルフィも使うことができない。遥か昔、それが使える魔女がいて研究資料が残っているそうだ。それを会得できればケインの誘惑程度や、上位の存在が敵になっても負けることがなくなる。
 ただし教えたところで、少なく見ても数百年以上かかるだろうとシルフィは言う。




「それじゃアミの寿命が尽きちゃうでしょ?」
「ちっちっち……お前『勇者の福音』をもっているのだわ?」




 急に声が低くなり、少し威圧を感じて驚いて起き上がると同時に――


 とすん、と軽くいなされてベッドに押し倒される。シルフィはボクの上に跨って、不敵な笑みとともに魔女らしい鋭い眼光で見下ろす。




「『勇者の福音』は信用するものに祝福を与えるスキルなのだわ」




 『勇者の福音』は勇者が誰でも持っているスキルではない。極めて希少であるとともにその祝福の効果は大きい。ただしそれは因果律を歪めるほどに強い力だ。
 勇者の受け取り方次第ではあるが、『裏切られた』と感じた場合に福音を享受した分だけ・・・・・・・・・・揺り返しが発動する。
 そして揺り返し発動時に、勇者本人は特殊な因果に飲まれる。


 まさにグランディオル王国を去り際に体験した事だった。発端は王国と勇者パーティの裏切り。それからはどんどん転落していった。
 もしかすると王国も同じような出来事が起きているのではないだろうか。








「だからアミは、すぐに覚えるのだわ」




 それは楽しみであり、恐ろしくもある。
 何百年とかかる魔法を簡単に覚えることができるほどの『勇者の福音』は、気軽に頼ってはならない禁忌なのではないだろうか。
 ただこれを抑制、停止させる方法はない。


 ボクがその結論にたどり着くと、彼女は大きな瞳を細めて微笑む。幼い容姿と大人の女性の妖艶さが入り混じる。




「ケケケ……もっとよく見せるのだわ」




 そう言ってボクの胸に顔をうずめるシルフィ。
 ――ずわりっと何かを引き出される。




 ……静寂。心音が重なっていく。とその時。




 がばっと慌てて状態を起こすシルフィ。何故か驚愕の焦燥をにじませ、次に今にも泣きそうな顔に変化していった。




「……ど、どうしたの?」
「ゆ……『勇者の血ブレイブ・ブラッド』を……持っているのだわ……」




 シルフィはボクを抱きしめる。それはどこか優しくて、切なくて悲しい。彼女の涙がボクの首筋に落ちてきて濡らしていることに気がついた。


 『勇者の血ブレイブ・ブラッド』についてははっきりとした効果を知らなかった。
 勇者パーティで旅をしていた頃。レイラにマグマによる死が迫って、絶望感が高まった時に発動した。気づけばマグマだまりごと、消滅していた。
 その強烈な効果は、いつ仲間や無関係な人を消滅させてしまうか分からない。それ以来、そのスキルは恐怖の原因となった。




「……それは身体に反魔核リバース・コアを抱えているようなものなのだわ」
反魔核リバース・コア?」




 偶然にも先ほど話をしていたアミに教えようとしていた、『とっておきの魔法』がそれだった。四属性魔法が使えるアミが融合させて生成できる『魔力核』。
 この世界の物質に触れると消滅するのだ。


 それ自体は殺傷能力も高いし、なんでも簡単に消滅させられる。ただしその魔法では長期維持はできないし、有効範囲も手の届く範囲程度だ。


 ただ『勇者の血ブレイブ・ブラッド』の有効範囲はこの世界そのものと言っていい。太古に同等の事が起きているが、その詳細は不明。
 魔女が必ず持つ魔女の教典バイブルに、警告として記されていそうだ。
 それは――










「……世界が消えるかもしれないのだわ……」

















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