勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 アイリスの軌跡





 はっ!?


 ……ここはどこ?


 ……わたしはアイリス……覚えている。




 一時期から記憶があいまいだけれど、あの薄汚い人間にいいように扱われていたことは覚えている。






 あれはライズ村でアーシュと分かれた後の話だ。
 わたしたちは村の住人たちに行商人の話、暮らしの様子の話など交流を深めていた。ここはとても活気が溢れている。


 ……そんな中で不穏な人間がいることに気がついた。奴は近づいてくるわけでも接触してくるわけでもなく、村の宿場に泊まったようだ。
 これから人間と交流しようと言う時期だったから、人間だと思われる奴を殺すわけにもいかなかった。
 そう思っていると、村人が一通の手紙を持ってきた。




「アイリス様、ケインと名乗る人間からお手紙が預かっています。」




 ケイン⁉ まさか……勇者ケイン⁉




「あ、ああ……ありがとう」




 その手紙を受け取ると、村人が去るのを待つ――


 そして手紙を開けると……。




「!!!!!!!!」








 魔王を殺したのはケインではない。
 アシュインという『真の勇者』だ。
 詳しく聞きたければ、深夜に一人で宿舎にこられよ












 そ、そんな……。アーシュが真の勇者⁉
 いや……嘘だ……。




 こんな怪しいやつを信じる要素など、何一つない。
 信じるべきはアーシュのみ。


 ヤツはお父様を殺した。今こそ奴を殺して復讐を成就させるべきだろう。
 それと実際に会って勇者ケインの魔力を見れば、ヤツが嘘つきであることはすぐにわかる。念のため魔力スカウターも借りていく。




 そして深夜。
 皆が寝静まった時間にこっそり宿を抜け出す。ミルやルシェには知られたくないから内緒で出てきた。
 アーシュの留守を預かっているのだから、わたしだけで解決したい。




 指定された宿舎へと入って行く。部屋の中はランプが灯っていて、人の気配がする。
 ノックをすると、すぐに扉が開いた。




「やぁ、よく来てくれたね。美しいお嬢さん。どうぞ」
「……」




 部屋の中に案内される。
 中は何の変哲もない宿舎の部屋。特に怪しいものは仕掛けられていない。確認だけして早く殺してしまおう。
 そう思ってヤツを見る――




 ……魔力がほとんど……ない?




「? ……ボクがケインです。アイリスさん」




 勇者ケインがこんなに微弱な魔力であるはずがない。これではお父様がくしゃみをした鼻息だけでも死んでしまいそうだ。
 信じられなくて、魔力スカウターでも確認する




――――
ケイン
魔力値:1
――――




 魔力値1……。
 なんという微量な魔力。これは人間の中でもさらに最弱に位置するのではないだろうか。それほど弱い存在がお父様を倒した勇者であるはずがない……。




「そう!! 勇者パーティーの荷物持ちはボク! 勇者はアシュインだったということだよ!」




 わざとらしく勇者はアシュインであったとアクセントをつけて言い放つ。
 アシュインについて思い返す。
 彼の魔力は幹部よりは少し上。そしてわたしよりは低かった。だから魔王であるお父様にかなうはずもないと思ったのだ。お父様はその百倍はあるのだから。




 ……つまりこう。




 お父様>わたし>アーシュ>幹部




 それで彼を荷物持ちだと信じた。
 そして必然的に見たこともない勇者ケインは魔王並みの魔力と力があると、勝手に信じていた。
 魔力が沢山あるくせに、弱い人間だなんて面白くて興味を持った。
 ……そしてわたしは魅力的な魔力とその微笑みに一瞬で心を奪われたのだ。






 でも……目の前にいるケインの魔力をみれば、信じざるを得なかった。










「勇者パーティーで他に強い人間は?」
「上級の魔物を倒せるクラスの人間が2人。癒しが1人。アシュインだけが異常だった。悪魔族も魔王も、ヤツ一人で倒したようなものさ」




 ……いちいち厭味ったらしい物言いに、イラつく。




 この男が言う通り、アシュインがお父様を殺したのは本当なのだろう。ここまで証拠が出そろっていて否定する要素が見当たらない。




「……」




 わたしはその事実に、頭が真っ白になっていた。


 まっしろになって


 マッシロ……




……


……


……




 ワタシハ……ケインサマノ……


 ケイン様のしもべ


 わたしはケイン様のしもべのアイリスです。
 なにか求められるけれど、イラッとしてつい殴ってしまいます。蹴り飛ばしてしまいます。袋叩きにしてしまいます。
 気が付けばよく、ケイン様はボコボコになっていることがありました。




「じゃあ。ボクの足でも舐めてもらお――」


バキッ!


「ブヘ!!」


 な、なんだ?


「アイリス!! じゃあボクにキ――」


ゴッ!


「ぎゃ!!」


 くそ!!


「てめぇ!! アイリス!! チ――」


ズドゥウウン!


「ぐわぁあああああ!!」


 やめろぉ!!


「コノヤロウ!! アイ――」


ドスッ!!


「ぐぅうう!」




 いい感じに泣き叫ぶので、ついやりすぎてしまいます。わたしがあまりに殴るので、近くにいるのを嫌がりました。


 そしてトムブ村にアシュインという敵方一行が滞在している事を知ったケイン様。そのうちの一人を奪うと言い出しました。


 アミという人間です。召喚勇者ということですが、強さは感じられません。あれを攫ってなんの意味がわるかわかりません。






 深夜、それが実行されました。
 アミという者とそれを取り返しにきたアシュインという少年が、わたしたちの前に対峙している。




 アシュインという者を見ると心が痛む……。




 攻撃しろと命令されるが、本能が拒否した。絶対にしたくない。
 それにイラついたのか、今度はアミという人間を殺せと命令されます。この者には拒否反応がないので、斬りかかった。




シュ! ザクッ!!




「……ぐ」
「……!」


 あ、頭が痛い……。
 アミを庇ったアシュインという者を斬ってしまった。この男の子を傷つけるとすごく心が痛い。
 頭を鋭利な刃物で刺されたような痛みが突き抜ける。




 さらに――




シュ! ザクッ!! ザシュ!!




「……っ!!!!」


「……ぐぅううう」




 ……や、やめろ!! この娘をかばうな!!




 勢いよく突っ込まれてしまって、また切ってしまうと、わたしは嘔吐しそうなほど気持ち悪くなった。
 さらに罪悪感と、焦燥感にかられた。そして最近ずっと悩まされて来た、頭の中にある靄は逆にうっすらと晴れてきている。


 相反する2つの脳内の動きに、思考がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。心臓の鼓動が早くなり苦しい。




 わたしが苦しんでいると、急激に室内が輝かしい光に包まれた。
 少年が抱えていた小さな女の子が光を放っている。すると次の瞬間、アミにかかっていたケイン・・・がかけていたスキルを強制解除してのけた。






「ケケケケ!! あちのアーシュがやられる理由わけがないのだわ!!」




 これを見て焦ったケイン・・・は退却命令をだした。なんでわたしはこの男の命令をきかなければならないのだ。




 わたしは触るのも嫌なケイン・・・を、仕方なく抱えて外に飛び出す。逃走している間も、ずっとわたしはあの少年のことを考えている。




あの少年……アシュインのことを思うと心が痛い。






わたしは斬りたくないのに、アシュインを斬ってしまった。






アシュイン……




アシュイン……




アーシュ……






 このゴミ・・・・はよく街の女を連れ込んで抱いている。わたしは特に気にならないので、わきでジーっと待機している。
 こうしている間にも、心中はあの少年のことだけだ。










 気が付けば、わたしは町の外にいた。
 ボー然としていて前後の記憶がない。




「え……⁉」






 そして思い出した。
 そう。わたしはアーシュを斬りつけてしまった。なぜそんなことをしてしまったのか。ぼんやりとして記憶が曖昧だ。


 しかし斬りつけてしまった生々しい感覚だけはしっかりと覚えている。
 一番大事な、大切で、愛していて、大好きな……




「アーシュ……うわぁああああああ!!」




 わたしは街の外の草原で、膝をついて大粒の涙をこぼしていた。














 ……ひとしきり泣いた後、悪魔の契約について思いだす。


 彼が嘘をついたことは事実だ。でも彼の全てが虚構であるなんて思えない。
 初めて会った時、アーシュはこういった。




『……懺悔にきた』




 これが真実だ。
 本当はアーシュがお父様を殺してしまったことを後悔して懺悔しに来た。これこそがアーシュの本当の言葉。


 襲い掛かった時に、アーシュは十分わたしを縊り殺せた。でもそうしなかったのは……。






 彼の嘘なんてもう些細な事だ。
 初めて会った時の感情、触れあった唇の感触。そして幸せ。それが日に日に膨れ上がって、愛おしくてたまらないのだ。
 だから悪魔の契約を解除したくはない。彼との繋がり・・・なのだ。




 最大の問題はアーシュが『真の勇者』であることだ。
 そしてわたしの中に感じているお父様の、魔王の遺伝子・・・・・・は、勇者との対決を望んでしまうだろう。
 お父様が亡くなられてから、身体の中の最奥から徐々に膨れ上がっている。




 怖い……アーシュを殺してしまうかもしれない……。




 もしそんなことになったら――




















 ……きっとわたしは、世界を滅ぼしてしまうだろう。























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