勇者が世界を滅ぼす日
閑話 堕落のケイン
ボクはケイン十五歳。
女性を誘惑するスキルを使うことが出来る。もちろん条件はある。それに有効範囲も限定的だ。
このスキルの活用法がわかるまで、すごく時間がかかった。だからポーターをしなければ、生きていけなかった。
ポーターはまさにパーティーの下働きだ。案内したり、マッピングしたり、武器の手入れをしたり、食事をつくる。いわゆる雑用係。
いつまでもそんな低い地位にいたくなかったし、ボクもチートハーレムで楽しくやっている勇者になりたかった。
この国にも勇者候補はたくさんいる。
実績を上げて勇者認定されると、さまざまな優遇を受けられる。
勇者パーティーに入るのが近道だとおもったけれど、ほとんどが似非勇者だった。
認定にも時間がかかるため年功者になってしまう。その世代になれば一度認定されると胡坐をかいて、冒険しなくなるのだ。
これでは寄生して実績を上げようがない。むしろやつらが国に寄生している。
そんな中で、ある勇者パーティーの噂を聞いた。
なんとそのパーティーはまさに英雄と言わんばかりに、勇者らしい行動をとっているというのだ。
しかもハーレムをしていない、困った人を助けて回る偽善者。
……これだ! 寄生してやる!
機会はすぐやって来た。
すごく深いため息をついて、シュワプを飲んでいる女魔導師のレイラ。
「どうしたの? お姉さん。悩みなら聞こうか?」
「なによ、あんた……」
出会いは最悪。冷たい視線を向けてくる。
しかし彼女は誘惑スキルがかかりやすい条件が整っていた。女性であることはもちろん、『心に深い傷を負っている』ことだ。
シュワプのおかわりを奢って話を聞いていると、ぽつりぽつりと愚痴をこぼし始めた。
勇者に告白したけれど、勇者は魔王討伐後に気持ちが変わっていなかったらと、断られてしまったのだと。
ここで誘惑スキルを使った。
レイラは元々意思が強いようで、かかりが悪い。一緒の宿屋に行くことはできたので、あと一歩のようだ。
しかしこの先になかなか進めなかった。
相手への想いや、意思が強すぎるのだ。
それを彼女からひしひしと感じ、いら立ちが頂点に達した。
「……もう面倒だ!! いい加減やらせろ!!」
「い、いやぁ!!」
……くくくっ。完全にスキルにかかった!!
最高の気分だった。勇者から女を寝取ってやったのだから。
そしてレイラの手引きで、すぐに勇者パーティーに入ることができた。
件のお人好し勇者はバカみたいに鍛錬ばかりしている。高速で強くなっていくから、メンバーがついて行けなくなっていることに気がついていない。
この女を引っ掛けてから、すべてにおいて調子がいい。簡単に誘惑スキルで引っかかるようになったのだ。
そして魔王討伐後は王国の計らいで、あの勇者の手柄すらもらい受けることになった。ボクが魔王討伐をした英雄勇者として崇められたのだ。
これこそまさに成り上がり。
戦闘力なんて、0に等しい。
むしろ子供にすら負けるレベル。見ただけで馬鹿にされ、足蹴にされ、せっかく稼いだ金はむしり取られる始末。
だと言うのに、誰もが勝つことのできない最強の英雄様だ
ざまぁみろ!!
しかしどういうわけか、パレードの直後から周囲の様子がおかしい。
王国の衰退で王族や貴族たちが、慌てふためいている。飢饉が発生して、王国軍の弱体化、それに伴う帝国の侵攻が始まっている。
今やボクたちはほったらかしだ。
その波は勇者パーティー内部にも押し寄せていた。
ユリアは流産して絶望していたから、気を効かせて慰めてやった。なぜか誘惑が効かないし、それがレイラにばれてしまった。おかげで離婚させられた。
おまけに偽物勇者についてとがめられて、王国に拘束された。かってに勇者に祭り上げたくせに、都合が悪くなるとポイ捨てだ。
アシュインのヤツが王都を去ったとたんに、こんなことになった。教会の連中が言うには『勇者の福音』というやつのバフスキルの反動だという。
くそっ!! ふざけるな!!
――ボクは牢屋でただ処刑を待つ生活になった。
元国賓待遇だったボクが入った牢屋は、それほど居心地の悪いものでもないし世話係に侍女が来ていた。
……こんなところでのたれ死ぬのはごめんだ。
侍女に誘惑スキルを使うと、あっさりとかかった。何か抱えている悩みがあるのかもしれないが、知った事ではない。
当然のように、抱いてから捨てるように逃げた。
おそらくすぐに追っ手は来ないだろう。
ボクのスキルの厄介さには去った後に気がつく。だから被害が増えないなら、放っておいた方が安全だという結論に至る。
ほとぼりが冷めるまで、しばらく大人しくしていれば大丈夫だろう。
こんなことになったのは、やはりアシュインのヤツの所為だ……。
ボクには力はないがこのスキルがある。このまま終わるなんて冗談ではない。もう一度ヤツの力を騙して利用してやる。
まずは情報を持っている女性にアタリをつけて誘惑スキルを使いまくった。成功率はやはり下がっていたがとにかく数を打った。
そして盗賊の女ボスを引っ掛けることに成功した。
盗賊団は各地に拠点をもっていた大御所だ。誘惑スキルの効果範囲外の情報も得ることができるだろう。
しばらくすると女ボスからアシュインの消息についての報告があった。
ヤツは魔王討伐された後釜に魔王代理として就いたらしい。魔王の娘と共に魔王領を治めている。
勇者ケインが魔王討伐してしまって、荒れた魔王領の復興をしているというのだ。
ふざけるな⁉ 倒したのはお前だろ⁉ クソが!!
ヤツのバフの恩恵を狙うのはヤメだ。
それにこんなクズにまた媚びへつらう生活なんてまっぴらごめんだ。
ボクは奴を苦しめるだけの復讐に切り替えた。ボクも人の事をいえないぐらいクズである事は自覚している。
だからこそ、相手が一番嫌がることは分かる。
――狙うなら魔王の娘。
情報にはその娘についてもあった。名はアイリス。
ヤツに寄り添い恋人のように振舞っている女悪魔だ。魔王の娘というだけあって、とても魔力量が多い。
こうした上位悪魔は存在の格が高く、誘惑スキルがとくにかかりにくい。深い精神的な傷を負っていないと不可能だ。
……よし、作戦は決まった。
王国と交易のある魔王領のライズ村に、奴ら一団が視察に来るらしい。どうにかアイリスだけをおびき出したい。
ライズ村には王国から、多くの行商人が往来している。その荷に隠れて村へ忍び込むことにした。
村についたら物陰に隠れてじっと待つ。
そして情報通り一団が現れ視察をしているようだ。
運よくアシュインと数名は分かれて王国へ向かう。アイリスはこの村に残るようだから今が好機だろう。
このタイミングで勇者ケインの名で手紙を送る。
案の定、すぐに釣れた。
ボクと会うことで彼女はすぐに理解した。ボクでは到底魔王を倒せないということを。
すなわち本物の勇者はアシュイン。
この事実に深い精神的ダメージを受けている。チャンスだ。
――すかさず誘惑スキルをつかった。
「じゃあ。ボクの足でも舐めてもらお――」
バキッ!
「ブヘ!!」
な、なんだ?
「アイリス!! じゃあボクにキ――」
ゴッ!
「ぎゃ!!」
くそ!!
「てめぇ!! アイリス!! チ――」
ズドゥウウン!
「ぐわぁあああああ!!」
やめろぉ!!
「コノヤロウ!! アイ――」
ドスッ!!
「ぐぅうう!」
全く言うことを聞きやしない!!
誘惑スキルは効いているはずなのに!!
「アイリスさん……お茶をいれてください」
コポコポポ……コトン。
「おおぉ……ちゃんと聞いてくれた」
ボクはある意味感動していた。上位悪魔がボクの言うことを聞いてくれる。感無量に浸って、お茶を飲んだ。
ずず……
「ブウウウウウウウウウ!!!!!! まっず!!!!」
だめだ、コイツ……つかえねぇ……。
しかし多少でも聞いてくれるなら、アシュインのヤツに苦痛を味わわせることができるから問題ないだろう。ボクの今の最大の目的はそれだ。
アシュインの行先は王国辺境にあるトムブ村。
村では奴らが歩いているところを見かけた。
アミという人間と、小さいガキを連れている。アイリスがいながらアミという女とガキを作っていたのだ。
……クソ真面目な奴だと思っていたが、追放されて性欲のタガが外れたのか。
しかしアミという女は意思が弱そうで、アイリスより便利そうだ。この女も確保しておきたい。アイリスは使えなさすぎる。
クククッ……恋人と愛人を同時に寝取られる気分を味合わせてやる!!
しかしアミを奪う前に、アシュインに感付かれると都合が悪い。
だからちょっとした仕込みをする。
村の中では多くの行商人が取引をしていて人混みが出来ている。その隙間を縫って、こっそりアミに誘惑スキルを使う。
傷心している様子はないが、つねにビクビクオドオドしている様子が見て取れた。こういう人間は特にかかりやすい。
過去に精神的外傷を受けて、潜在的に心が弱っている人間だからだ。
思った通り、アミは誘惑スキルにかかった。
これで仕込みは完了だ。
そしてその日の深夜。
皆が寝静まった頃、思惑通りアミはボクたちが宿泊しているログハウスへとやって来た。やはり誘惑スキルの不調で少し掛かりが浅いようだ。ふらふらと目が虚ろだ。
「よく来たね。アミさん」
「……ぁ……」
「キミにはボクに付いてきて貰おう」
パチン!
「……はい……ケイン様」
重ね掛けをして、やっと深く掛かった。まだ完全ではないが充分だろう。
――とその時。
ドガッ!
「おいケイン!! 何をしている!!」
乱暴にドアが開けられる。丁度良くアシュインがきた。
もうアミには十分誘惑スキルがかかっているから、あとはこいつの苦い顔をみたら攫って逃げるだけだ。
「これはアシュインじゃないか。キミの恋人と愛人……もらうよ」
「そんなことさせるか!!」
ザッッ!!
「ア、アイリス!!」
ボクを攻撃しようとしたアシュインの前にアイリスが剣を向けて阻む。
くははっ!!……あのアシュインの顔! 最高だ!!
しかしアイリスは命令しても、自らアシュインを斬りつけようとしない。
なかなか言うことを聞かない。
そんな中、さらにアシュインを苦痛にさせる案がひらめいた。
「アリイス!! この女を殺せ!!」
これなら拒否反応もなく、アイリスは剣を振り上げた。
「さぁ、やれ !! まずはお前の愛人だ!!」
ヒュ! ザシュッ!!
「……ぐっ!!」
身体を張ってかばい、斬りつけられるアシュイン。
最愛の人に斬りつけられるのは、さぞ苦しいだろう。
……くははっ!! いいぞ、もっとやれぇ!!
二人の様子を満足気にみていたら、突然アシュインに抱き着いている小さなガキが発光しはじめる。
「おい!! なんだ!! そのガキは!!」
「白銀の精霊魔女といえば、わかるのだわ?」
「な!? で、でで伝説の魔女!?」
「女は返してもらうのだわ!!」
くそっ!! やばい!!
あのガキは一瞬で、アミにかけていた誘惑スキルを解呪した。
さすがに高名な魔女だけあって、簡単に解呪されてしまう。このままではアイリスも解呪させられてしまう。そうなれば逃げる手段すら奪われる。
すぐさま命令し、その場を逃れた。
しかしあのアシュインの悔しそうな顔も見られただけでも、かなり満足できた。それにアイリスを奪取出来たおかげで、今も苦しんでいると思うと笑いが止まらない。
ただそのアイリスは……
……ちーん
「ちょっとケイン? 萎えちゃっているじゃないの!」
「こ、怖すぎてそんな気分になれねぇんだよ!!」
ボクはいま町の女を引っ掛けて、抱いている最中だった。
しかしその横で『エルランティーヌ人形』のように、死んだ魚のような目でじっと見つめられていたら、ムードなんて吹っ飛んでしまう。
「あんな女、捨ててきたらいいじゃないの!」
逃亡からしばらく経って、アイリスはさらに命令をきかなくなっていた。
美しいのに抱かせてくれないどころか、指一本触れさせてくれない。そんな命令すればボコボコにされてしまう。
それだけならまだしも、町の女を抱いている最中でも傍らに突っ立って、ぶつぶつとつぶやいている。
これは明らかに壊れかけて、誘惑スキルが切れる前兆だ。このまま側で効果がきれた場合にはボクが殺されてしまう。
もう少し引っ張りたかったが、限界のようだ。それにボクの我慢も限界だった。
「……そろそろ潮時か」
アイリスに解呪の命令をした。
効果範囲外へ行って直近の情報を一時的に忘却させるのだ。これにより反撃を防止する。いずれ完全に抜けるころには、ボクの事なんてどうでもよくなっているだろう。
しかしずっとこの町にいれば、復讐される可能性も否定できない。少し遊んだら、この町ともおさらばだ。
……それにしても、レイラより酷いぞ、あいつ。
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