勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

真夜中のティータイム



 王城へ戻り、召喚者の子はルシェとアイリスに任せる。
 ボクの顔色がかなり悪いからと、あれよあれよとお世話をされてベッドへと押し込まれてしまった。




……


……


……




 ……寝られないどころか、きもちわるい。
 こんなに繊細な心なんて持ち合わせていただろうか。




 目が覚めると、隣にアイリスがいる。もうみんな寝静まっている時間だ。心配させてしまったようだ。




「アーシュ……」
「あ……アイリス。どうしたの?」
「……アーシュ。すごく顔色が悪いわ」
「平気だよ」




 苦しんでいたのか、寝汗をかいてしまった。
 布で拭って着替えていると、アイリスはお茶を淹れてくれたようだ。




「お茶にしない?」
「あ……ありがとう」




 真夜中のティータイムのお誘いだ。


 窓から差し込む月の光が青白く彼女を照らしていて、とても美しい。ずっと一緒にいるのに、変わらず魅了されてしまう。
 おそらく五十年たっても、変わらないだろう。


 そう思うのは彼女が悪魔だからか、それとも彼女が絶世の魔力の持ち主だからだろうか。




「あの一億年の恋だったかしら? 気になった?」
「一万年だよ……」
「ふふふ……間違えたわ。それ、わたし達もいずれやって来る」
「そうだね。ボクは人間だ。あと40年もしたら死ぬさ。その時、キミはどう思う?」




 彼女は答えずに、ふいっと横を向いて泣きそうな顔をしている。意地の悪い質問だった。




「アーシュ……わたしは……ずっと一緒に居たい」
「それは光栄だね」
「だから……アーシュを眷属にしたい」
「……え?」




 悪魔の眷属。
 血で盟約を結び、近い存在になる。


 ただし定期的に悪魔にある魔臓という器官から定期的にエネルギーを分け与えてもらわないと、生きられないそうだ。
 つまりアイリスが朽ちれば、ボクも朽ちる。
 名実ともに運命共同体になるのだ。




 このお誘いに惹かれた。
 ボクは人生において、家族と呼べるものを持ったことがない「天涯孤独」の身であったからだ。




 しかし、この盟約には一つ問題があった。




「眷属の魔力が多い場合はどうなるの?」
「……魔臓が暴走して死んでしまうわ。でもわたしたちは大丈夫よ?」




 そう、ボクの魔力だ。
 常に抑えているから気づいていないが、前魔王と同等程度ある。
 そんなことをすれば、アイリスを死なせてしまう。




「すぐに返事しなくても、アーシュが生きているうちに……」
「……ああ、ありがとう」




 ボクが悩んでいると、少し残念そうにそう言った。


 正直に言うべきタイミングだったのではないだろうか。
 いや。正直に話して彼女が受け止められなかったら、契約の不履行になるかもしれない。
 そう自問自答して、頭の中がぐちゃぐちゃになっていった。




 そうしていると彼女はベッドへ向かい、ちょこんと座る。




「さ、もう寝ましょう? ほら」




 ベッドで手を広げて、誘う。
 ボクは導かれるまま、彼女の胸で眠ることにした。


















 窓から心地よい日差しが舞い込んでいる。
 隣で嬉しそうに寝ているアイリス。
 彼女のおかげですっかり気持ちは晴れ、むしろ気持ちがいい。




 朝食後は昨日連れ帰って来た女の子に話を聞く。
 丁重に扱うように言ってあったので、ちゃんとした部屋をあてがってくれたようだ。


 見張りのゴーレムは立ててあるけれど、鍵も拘束もしていない。あの中でも特にひ弱であったから、警戒する必要もなかった。




「失礼。お加減はいかが?」
「…………あ……大丈夫です」




 落ち着いた返答が返って来た。
 殺された友人への気持ちの整理はついたのだろうか。




「ボクはアシュイン、彼女はアイリス」
「あの……熊沢 亜美くまざわ あみです。アミと呼んでください」




 昨日は心底怯え切っていたはず。でもなぜか今はボクが来たことに、すこし安堵している。




「じゃあアミ。キミは勇者か?」
「あの……た、たぶん……王国でそう言われました」


「アミはボクたちを恨んでいるか?」
「いいえ……あたしたちが悪いんです」




 あまりはっきりものを言えない性格の様だったが、このことについては真剣な目でボクを見て言う。
 侵攻に関して思うところがあったのだろう。




「キミは武器を抜いてなかったな」
「はい……命を簡単に奪うなんて、あたしはしたくありません……でも」
「……でも?」




 彼女はゴクリと息をのんで、太ももを抓っている。癖かもしれない。




「……あたし、止められなかった……止めることができなかったぁ!!」




 無い勇気を振り絞っているのが分かった。何とか出した言葉と共にボロボロと涙もこぼしてしまっている。




「……あたしは……彼らと同罪です。だから――


「アミ……それ以上はいいよ」


「……え?」




 そう言ってボクはアミの頭を撫でた。
 もともとその責任は彼女が追うべきものではない。




「アミはどうしたい? 王国へ帰りたいなら送るよ」




 そう言うと、ほとんど悩まず首を振っている。


 たしかに王国の人間や勇者パーティーの考え方とは相反していた。
 もどっても衝突して追放されるか、下手すると今回の件で見殺しにしたと罪を擦り付けられて、極刑になる可能性すらある。
 あえて聞いたのは、彼女の意思が知りたいからだ。




「あ、あの……あたし……ここにいたい……おいてほしいです」




 部屋は余っているし、彼女の考え方ならきっとみんなと仲良くできるだろう。




「あーライバル増えちゃったよ」
「ミル⁉ いつの間に……」
「いまきた」




 ミルがニヨニヨと、ちょっといやらしい顔をしている。
 何か感じるものがあるのだろう。彼女はボクより人間関係に鋭い。






「アイリス、いい?」
「もちろん! わたしも彼女を気に入ったわ!」
「よ、よろしくお願いします! アイリスさん」


「あたしもいいよ! あたしミル。よろしくね!」
「わっ! よろしくね! ……ミルちゃん!」




 さすがミル。
 本当に物怖じしないどころか、引っ込み思案のアミを率先して引っ張って行ってくれる。






 アミが魔王城で暮らす事になって、部屋の準備や生活用品、衣類の準備などの手配を進めてもらう。


 その間に王国の話を聞くことができた。


 現在グランディオル王国は前王、王妃が没したため、エルランティーヌ第一王女が、女王として治めている。


 なぜか少し前から王国は衰退を始めているから、女王がテコ入れをしているそうだ。




 その施策の一環が召喚勇者。




 復興のための広告塔、それと将来の魔王復活のために召喚された。


 しかし魔王領にきてみれば、人間のボクがいてみんな和気あいあいとしている。魔王の影すらない。アミはそれに驚いていた。




 召喚勇者は全部で三十一名。
 うち一名は基準外だと理由で追放。そして昨日四名を殺害したから、二十六名。アミがここにいるから実質二十五名。


 強さはS、A、B、C、D、E、Fでランク分けされる。アミはBランク勇者で魔法が使えるという結果だったそうだ。


 昨日のリーダーの女はSランク勇者。にもかかわらずボクの攻撃に反応すらしていなかったから、たいしたことはないはず。
 警戒すべきは特殊な状態異常や、人質を取られたときだろう。






 アミが魔王領側に来てくれたことは、交渉や交易にも役に立つかもしれない。人間の意見というのも貴重だ。
 ボクでは交流も下手だし、鍛錬しかしてこなかったから情勢に疎い。






 執務室にルシェを呼び、改めてアミを紹介する。
 人間側の意見や、雑務の手伝いをさせることになった。




「それからルシェ。この前のアルマークの町。すごかったね」
「うん! たのしかったね!」
「ああ。それで交易について、話を聞きたいんだ」
「わかった! ついに王国へと勢力をのばすんだね!」




 施策が形になって食料や技術は整ってきたから、次は交易と物流について力をいれる。
 アルマークの町が発展すれば、自然と広がる。けれど人間とのわだかまりを残したままでは、危険だ。
 しっかり把握しておく必要がある。













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