勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 王女エルランティーヌ





 わたくしはグランディオル王国、第一王女エルランティーヌ。いま我が王国は大変な危機を迎えております。




 勇者の凱旋パレードの日を境に至る所で飢饉が発生し、王国全体の防衛力が低下しております。これにより軍事的均衡パワーバランスが崩れ、他国からの侵攻を許しています。




 そんな中でも英雄待遇を満喫している勇者パーティー。彼らにも徐々に不協和が生じ始めていたのです。




「ちょっとケイン! あんたまた遊郭ゆうかくへ遊びに行ったわね!」
「だってレイラは妊娠中だから、溜まってたんだよぉ」
「こんのクズ!!」




ズドォオオオオオン!!




 女魔導師のレイラは妊娠してお腹が大きくなり始めています。どうやって魔王戦を乗り切ったのでしょうか?


 それに勇者ケインは勇者とは疑わしき人物でした。魔王討伐へ出立する時は、勇敢な人物だったはず。それが今やただの色狂です。


 さらに聖女ユリア様はガラン様とのお子が流れてしまったそうです。それがきっかけで夫婦仲はギスギスしております。




「ごめんなさい……あなた」
「また作ればいいだろ?」
「……うぅうぅうう」




 ガラン様はデリカシーがありません。ユリア様が悲しむのも当然でございます。




 このように勇者パーティーはひどいありさま。戦力としても広告塔としても使い物になりません。


 帰還したばかりで英雄に物事を頼むのはしのびありませんが、疲弊した王国を盛り立てる役目くらいはしてほしいものです。


 ですが毎日見せられている、この不毛なやり取りの様子では……。




「勇者様方! いい加減にしてくだされ! 王国の危機ですぞ!」
「うっさいこのハゲ! 今はそれどころじゃないのよ!」
「ハゲ⁉ ……グヌヌヌヌ言ってはならぬことを……」




 お父様もお母様も勇者パーティーは放っておくようにと、取り付く島がありません。しかしこのままでは国は飢え、侵略を許し、滅んでしまいます。


 わたくしは原因を探るために教会の協力を仰ぎました。
 一見自業自得のように思える災厄も、こう連鎖的に発生するのでは見えざる力が働いていると疑わざるを得ないからです。








 教会がまず派遣してきたのは占い師です。






 ――占い師は曰く。




「勇者様、偽物ですね?」




「な!?」
「なななにをいってるのよ?この占い師は!」
「そそそ、そうですよ! ケインが偽物のはずがありません」
「そうだ! 俺たちのリーダーだからな!」




「それが災厄の原因でございます……思い当たりませんか?」




 たしかに言われてみればそうです。わたくしが勇者ケインに感じていた違和感。




「ちょうど凱旋パレードから……でしょうかな? 災厄が始まったのは」


「……ぐっ」
「……な、なんのことかしら?」




 強烈で刺すような視線を向ける占い師。
 勇者パーティーたちは気まずそうに眼を逸らしています。つまり本物の勇者が、凱旋パレード直前までいたということではありませんか。




「それはさらに悪化するでしょう。食料飢饉……軍事力低下……勇者パーティーの不仲……そして聖女様の水子」




 占い師は更にまくしたてるように、事実を並べ立て恐怖を煽っています。教会としても彼らが自ら認めるかどうかを、確認しているのでしょう。




「な、なぜそれを!!」
「うっそ! ユリアの子、流産しちゃったの?」
「……」




 レイラは存じ上げなかったようですが、ケインはこのことを知っていたようです。薄ら笑いを浮かべていたことを、わたくしは見逃しませんでした。




「もういい。貴様はクビだ……帰れ」
「なっ⁉」




 わたくしが教会の協力を得て来ていただいたにもかかわらず、ガランが勝手にクビにしてしまいました。
 彼にそんな権限はございませんが、周囲が同意してしまっていてどうにもなりません。
 しかし今はそのことより、勇者が偽物であることをお父様とお母様に問い詰めるのが先です。




「偽物とはどういうことですか!?」
「エルランティーヌよ……黙っていなさい」
「そうよ、エルランティーヌ!! これは国家の問題でございます!!」




 ……この反応は肯定としか受け取れません。




 わたくしはかつて勇者様に憧れていた……。
 レイラがいるから恋仲になるのを諦めていたというのに……。




 その勇者様が偽物だったなんて!!




 その勇者ケイン様を今一度、目を凝らして確認します。
 はて……わたくしが恋焦がれた勇者様ってこんなにチビだったかしら?






 ……出立時とは別人?








 なぜ気が付かなかったの!! わたくしぃいいいいい!!




 となると本物の勇者様はいずこへ?
 占い師が言うには、凱旋パレードの直前までは本物の勇者がいたということです。


 すぐに捜索隊を出兵させたいところですが、まだ証拠がたりません。
 これが事実として他の貴族にも認知証明させないと、権力で握りつぶされてしまいます。


 確証を得るため、再度教会への協力をお願いしてみます。
 教会側も事態を重く見ており、王族からの要請はすんなりと受け入れられました。




 慌てるようにすぐに、今度は祈祷師がやってきました。






 ――祈祷師は曰く。




「勇者様。あなた偽物でございますね?」




 やはり占い師と同じ回答だった。
 国王と勇者パーティーは、慌てて祈祷師は問い詰める。




 滑稽ですわね……。




「な、ななななぜそう思うのかしら!?」
「そうだ、なにをもってそう断言するのだ?」




「『勇者の福音』というスキルでございます」




「……『勇者の福音』? なにそれ?」




「『勇者の福音』とは本物の勇者様が生まれ持つスキルでございます」




「それがなんだっていうんだ!!」
「そのケインという馬の骨は『勇者の福音』を所持しておりませぬ。私のような見える者・・・・が見れば、すぐにわかります」
「そうだったんですのね。それで占い師も同じことを……」




 お父様は苦虫を噛み潰したような、酷い顔をしていらっしゃいます。そして何か吹っ切れたように、顔を上げる。




「に、偽物勇者パーティーを拘束せよ!!」






 すぐさま手の平を返すお父様。……無様でございます。
 そう心の中で吐き捨てると、わたくしはある計画が浮かびます。すぐさま秘密裏に指示を出しました。




 そうしていると衛兵たちがやってきて、彼らを拘束します。悪あがきをしているようですが、こうなっては助ける者もいません。
 勇者パーティーにはわたくしの旧友もいますから、見るに堪えられずに目をそらしました。




「な!? やめてよ! お腹に赤ちゃんがいるの!! 乱暴にしないで!!」
「ぼ、僕が勇者だ!! こんなことは許されないぞ!!」
「ぐぬぅ……いつバレるかと思っていたが、ついに来たか!」
「わ、わたくしは聖女ですのよ! 拘束は教会が許しません!!」




 なりふり構わず聖女の強権を振りかざすユリア。
 これに衛兵たちも動きを止めざるを得ません。


 教会は世界中において強い権限を持っています。各国にある教会から国へ浸透し、政治的に掌握していると言っても過言ではありません。ですから聖女の発言力はとても強いのです。




「くっ……聖女様の拘束は解け。そのほかの者は拘束だ」
「なっ!? 聖女の権限において全員釈放しなさい!」
「ダメだ。これ以上は譲歩できない……さぁ連れていけ!」




 国王が判断し許可したことによって、躊躇した衛兵が動きだし、レイラ、ガラン、ケインの三名を連行していきます。




「いや!?助けてユリア!ユリアぁ!!」
「ユリア……流産して落ち込んでいた時に慰めてやっただろう?」
「「「なっ!!??」」」




 これにはわたくしも驚きました。なんとケインは聖女ユリアにも手を出していたのです。
 精神的に落ち込んでいたとはいえ、聖女とは名ばかりの醜態。そのあさましい姿に周囲の者は顔を顰めざるを得ませんでした。
















 彼らが連れ去られて喧騒が去ると、王族と祈祷師だけになりました。祈祷師には『勇者の福音』についてもう少し詳しく伺います。




「して祈祷師よ。勇者の福音はどういった効果なのだ?」
「本人と信頼する集団へ、『豊穣』、『富』、『安寧』、『力』の祝福を授けます。魔王討伐前は豊かだったのではございませぬか?」
「そ、その通りです!」




 わたくしはまさにぴったりあてはまる状況に、やや興奮してしまいました。乗り出すように祈祷師に詰め寄ります。




「先ほどの偽物勇者が成りすましたことで、本物の勇者様がいらっしゃらないとお見受けします。排除されませんでしたか?」
「本物は追放した」
「な!? なんてことを!!」
「それならば『勇者の福音』の効果の『揺り返し』が発生しているはずでございます。現状の飢饉や防衛力衰退はそのせいでしょうな」




 魔王討伐前と、討伐後で大きく変わったのは勇者の入れ替わりだけ。やはり『勇者の福音』が原因と言わざるを得ません。




「お父様、お母様。なぜ本物の勇者様を追放なさったんですか!?」
「魔王討伐した後は必要ない。彼はとくに正義感が強くて融通が利かない。はじめから追放する予定だったのだ」
「……ひどい」
「ちょうど勇者パーティーからも追い出したいと提案されてな!! 凱旋直前で追放したのだ」




 すでに実行されて取り返しのつかない事実に、わたくしは抗議する。しかしいくら抗議したところで、もう王国の運命は変わらない……。




「……残念ですが王国はいずれ衰退して滅ぶでしょうな。教会はこの国を撤退します」
「なっ!? では聖女様は?」
「ユリア様は拘束させていただきます」
「え……? わたくしは聖女ですのよ?」




 ユリアはまったく事態を理解できていない様子です。しかしわたくしは予想しておりました。ユリアは不貞や、真の勇者の追放加担など悪事が過ぎています。




「すでに聖女の条件を満たしておりませぬ」
「どういうことですの!?」
「聖女の祝福を得る条件は処女、もしくは婚姻契約をした男性のみの契りであることでございます」




 彼女はガランという者がありながら、ケインとも閨を共にしています。ケインの誘いとはいえ、それを受け入れているのです。教会も聖女の力が失われていることは確認済み。言い逃れはできません。




「意図した不貞行為ですので、教会との契約も違反でございます。違約金として白金貨5枚。それから聖女として使用していた魔道具の返却をお願いいたします」




「そ、そんな……」




 白金貨5枚。上級魔導師が一生かかって稼ぐ額が約白金貨1枚です。とても聖女ではなくなったユリアには払える額ではありません。




 つまり彼女は奴隷堕ち。




 聖女ユリアは母親にもなれず、ただの奴隷に成り果てました。
 でもわたくしの知ったことではなりません。
 いまはそんなことより彼らが仕出かしたことによる、王国民への被害を食い止めることが先決でしょう。






「ではまいりましょうか」




 ぱんぱん




 わたくしが手を叩くと、すでに準備していた衛兵たちがお二人を捕らえます。そして私たちは『異世界召喚儀式の間』へと足を運びました。




「さてお父様、お母様?……安心して人生からご退場・・・・・・・ください。あとはわたくしがこの国を治めますゆえ」






「な!? まさか……」
「そうです。もう真の勇者をすぐに呼び戻すには、我々は信頼を失いすぎました」
「……ぐっ」




 悔しそうに跪く国王陛下。王妃殿下も青ざめて恐怖で震えているようです。でも今さらですわ。




「で~は、手っ取り早く勇者を呼び、福音を得るには?」
「勇者を召喚する気か!!」
「ひぃぃ!! 正気じゃないわ!! エルランティーヌ! おやめなさい!!」




 わたくしが彼らの戯言を聞く段階はもう終わりました。今は彼らがその身をもって贖罪を行う時間でございます。






「さぁ……はじめましょう? 『王族の血の儀式ロイヤルブラッド・セレモニー』を!!」




































うふふふふ











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