勇者が世界を滅ぼす日
勇者の追放
「勇者なぞ、蹴散らしてくれるわ!!」
魔王領の中心部にそびえ立つ魔王城、魔王の間。
ボクたち勇者パーティーは、今まさに魔王との激しい戦いを繰り広げている。
奴はやや大柄の人間と変わらぬ姿だ。
強者を象徴するバフォメットの角。そして極太の尻尾がある以外は。
その煮え滾る膂力、圧倒する魔力は想像以上だった。
こちらを嘲り笑う言葉とは裏腹に、その必死な抵抗、冷静な状況判断、戦いにかける意思は敬服せざるを得ない。
討伐などとはおこがましい程に、奴との戦いは崇高。生きるための生存競争。
こちらも一歩も譲る気はない。
……まさに我と我の意地の張り合いだ。
対峙するのは五人の勇者パーティー。
戦士ガランは荒々しく豪快、屈強で頼もしい盾役だ。敵意を集めて攻撃を引き付けてくれる。
女魔導師レイラはたおやかで凛々しく、まるで薔薇の花のように赤い髪が相応しい火の魔法使い。パーティーの攻撃力を担う。
聖女ユリアは優雅で艶やか、そして淑やかな雰囲気と流水のような長いブロンドの髪が聖女たらしめている。傷を癒す回復役だ。
ポーターケインは背が低いけれど、整った甘いマスクをしている。荷物持ちや回収などサポート役だ。世話焼きレイラの強い推薦で入れた。
そしてボク。勇者アシュインは聖剣で魔王にダメージを与える役目。その他ダメージソースを増やす役割を担っている。
「うぉぉおおおお!!」
「いまだ!! アシュイン!!」
横一線を描く聖剣の光。
――そして刹那の静寂。
「ぐぬぁぁぁあああ!!!!」
直後、魔王の間は断末魔に包まれる。そして轟音と共にゆっくりと崩れ落ちた。
その刹那に見えた奴の口角は僅かに上がっていた。
最後になにか言いたげだった。それはもう知ることができないけれど、満足していたように感じる。
だがボクらはどうだろう。奴に恥ずかしくない戦いが出来たのだろうか?
そんな気持ちが湧いて、その場にへたり込む。
……もう夜だ。
窓から差し込む月明かりが、幻想的だった。
いつの間にか灯っていた照明の魔道具のおかげで、暗さは感じない。
幸い死者は出なかった。
ケインは遺品回収と討伐部位の採取をしている。
ユリアはみんな傷を癒していた。やることが終わるとボクたちは王国への帰路へつく。
魔王の間の去り際、部屋の方へ振り返る。
誰もいない王座に当たる明かりが、何かを訴えているように見えた。
……本当にこれでよかったのだろうか。
ボクの心には虚無感だけが残った。
「よくぞ戻られた! 勇者様方!」
グランディオル王国へ帰還すると、王城の謁見の間へと通される。
金銭を授与され、これから凱旋パレードへ参加予定だ。勲章の授与式はその時、国民の前でおこなわれる。
貴族たちは拍手をしているものの、あまり笑っていないことが気になった。
 
凱旋パレードが開催されるまで、来賓室で寛いでいる。それぞれ個室を与えられているのか、ボク一人で待っている。
しばらくするとガランとユリアの二人がボクの前へとやって来た。
「アシュイン、話があるんだ」
「なに? ガラン」
いつもと様子の違うガラン。ニヤニヤといやらしい顔でこちらを見下ろしている。雄々しい様子はなく、まるで盗賊のようだ。
隣には嬉しそうに浮かれているユリアが一緒だ。彼女もなぜか侮蔑するような視線を向けている。
「……オレたち結婚することにした」
「ごめんなさい? ずっとガランと付き合っていました」
不思議に感じた。隠したことを言っているのなら、そんなことでは怒らない。何か思うところでもあるのだろうか。
いずれにせよ仲間の結婚は祝福したい。
「そっか……おめでとう、二人とも」
彼らは部屋に戻るのかと思っていたら、ニヤニヤしたままここに居座っている。何か言いたげにして煮え切らない様子に不安がよぎる。
するとケインとレイラも部屋にやってきた。先ほどと同じように彼らも見下す厭らしい目をしている。
それより……二人が仲よさそうに手を繋いでいるのが気になった。
「くく……アシュイン、実は僕らも――」
「ごぉめんねぇ? アシュイン! ケインと結婚するの!」
「……え……?」
……心を殴り飛ばされた気分だ。
レイラは好意を寄せてくれているとばかり思っていた。
魔王討伐の事ばかり考えていた所為で、彼女の気持ちが離れて行ってしまったのだろうか。
レイラの幸せそうな顔を見ていると、悔しさをのみ飲み込むしかなかった。ケインを罵ったところで、もう彼女の気持ちは戻ってこないのだから。
「……そ、それは……よかったね、レイラ」
ただ……それでも仲間の……彼女の幸せだから、祝福はしてやりたい。
「それでだな。勇者はケインだったことにしてほしいんだ」
「……え?」
さらに追い打ちをかけられる。まるでこれは仕組まれたようだ。四人は示し合わせたように、それを肯定している。
「ポーターじゃ栄えないし、パレードにも参加しにくいだろ」
「そうよ。それにみんな仲が良いパーティーなのに、勇者だけ独り身じゃぁ体裁が悪いのよ」
――そして止めを刺される。
「そもそも貴方は……国王の命により追放だそうですよ? 慈悲により自ら王都から退去をなさってください」
「なんで!?」
「さぁ……?」
「……ボクは……パーティーにも王国にとっても、いらない人間ということか⁉」
その問いに誰も答えず、蔑む目を向けている。
……祝福することさえ許されないのか。どうしてこんなことになった……。
王国や、この人たちは勇者という肩書と力を利用したかっただけ。仲間と思っていたのに、これじゃあただの道化師だ。
ボクの胸はぽっかりと穴が開いたように隙間風が吹き抜ける。
「……そうか……じゃあボクは王国を去るよ……」
「そうしてくれると助かるわ!」
「ごめんなさいね、アシュイン」
「それと、その聖剣は置いて行け。そんなものを持ち歩かれたら危ないからな」
女性たちは結婚に浮かれて、もうこちらを見ていない。
彼女たちの腹の内が言葉の端々から聞こえてくると、口の中が鉄臭くなるのを感じる。これ以上仲間だった人たちの悪態を聞きたくない。
必死に涙をこらえて、早々に立ち去ることにした。
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