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勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~

草薙 刃

第104話 雨音に包まれながら


「クリスのバカ!! わたしを置いて行っちゃうなんてどういうつもりよ!!」

 狙撃を成功させ、誰にも見つかることなく帝都別邸へ戻ることができたところで、俺たちの帰還をエントランスで待ち構えていたベアトリクスからいきなりの怒鳴り声を浴びせかけられた。

 後ろにいたサダマサとショウジは、瞬時にどういう空気か判断したのか、君子危うきに近寄らずと言わんばかりに、早々に俺の視界の隅を通り音もなく食堂の方へと逃げて行く。
 イゾルデに至っては、直感的にヤバい空気を察知していたのかいつものタックルが来ないどころか姿も見せやしない。

 その気遣いを、普段からもう少しでいいから俺にも回してほしいものだ。
 もっとも、そんなことを考えている場合ではなかったが。

「ベ、ベアトリクス……?」

 いきなりの展開にたじろぐ俺などお構いなしに、ベアトリクスは更に詰め寄ってくる。
 こんなにも怒りを露にした彼女の姿を見たのは初めてのことだった。

「それに関わらせたくないなんて言っちゃって! わたしは何なの? あなたの婚約者でしょう!?」

 その言葉を受けた俺は頭から冷水をぶっかけられたような気分になり、顔から血の気が引いていくのが分かった。

 もしやあの時のインカムのノイズは――――。

「まさか、あの会話を聞いていたのか? ……いや、すまないベアトリクス。だがな、お前の立場でわざわざ危険を冒す必要は――――」

「言い訳なんか聞きたくない! わたしのことはわたしが選ぶ!」

 こちらに一切の発言を許さないほどの強さで、ベアトリクスから放たれる感情という名の激流。

「わたしはね、クリス。あなたとの婚約を政略結婚なんて思ったことはないわ。わたしは自分の意志であなたと一緒に生きていきたいと思っているの! だから、自分の公爵家長女だって立場を考えろって言われても、銃の使い方や戦い方も覚えようとしてる! 戦えるようになろうとしてる! もう竜峰の時みたいに何もできない小娘でいるのはイヤなの!」

 一旦言葉を切ったベアトリクスの瞳に、少なからぬ涙が浮かんでいることに気付く。
 互いが見つめ合うそこには、複雑に絡み合う感情が、それぞれの瞳を通して映し出されているのだろう。
 そして、俺たちはいつの間にか吐息が聞こえそうな距離にまで近付いていた。

「クリスに背負わなきゃいけないものがあるなら、わたしにだって少しくらい背負わせてよ。それで一緒に地獄に落ちるっていうなら、わたしは構わない。それくらい…………それくらい、させてよ、クリス……」

 ベアトリクスからの言葉と同時に、俺の胸部に暖かい感触が生まれる。
 少女の頭が俺の胸部にあてられ、次いで握りしめた拳が叩き付けられた。

 ベアトリクスの力では俺を倒すことには至らない。
 だが、なによりも胸に深く響いて痛みをもたらした。

 伏せられたままの顏。
 その向こう側にある表情は、金色の髪に隠され今は窺い知ることはできない。

「悔しいの……。わたしが、まだクリスの横に立つ資格があると思ってもらえていないのが……。それがすごく悔しい……!」

 本来であれば、どれだけ本人が望もうともベアトリクスを鉄火場に立たせることは避けるべきだ。
 冒険者の仕事で地下迷宮に挑むくらいなら彼女にもこなせるだろう。
 しかし、『勇者』や『魔族』と戦うような場で共に居続けるわけにはいかない。

 今までの時分ならそう結論付けていただろう。

「……わかった。全部話すよ、ベアトリクス。俺のこと――――今まで話せなかったことを」

 ベアトリクスを抱き止めるようにした後、俺は彼女の背中へと回した手で落ち着かせるように、小さくそして優しく叩く。

 まずは落ち着くのを待って、ベアトリクスを伴ってその場から移動することにした。






                 ◆◆◆






 私室として使っている部屋に入った俺たちはソファへと腰を下ろして横へ並ぶ。

 互いが何を言い出すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。

 その中で、俺はどのように話を切り出すか逡巡していた。
 あまり考えていられる時間はない。

 一方のベアトリクスは、幾分か気持ちが落ち着いたか、静かに俺の横へと座っていた。
 先ほどは気にも留めなかったが、時折彼女から漂う香料の柔らかな香りが俺の鼻腔をくすぐっていく。

 そうして沈黙を保ち続ける部屋の中に、ふと外界からの音が紛れ込んでくる。
 いつの間にか、ガラスの向こうでは雨が降っていた。

 午後を過ぎて陽は翳り、照明器具のつけられていない部屋では窓から差し込む曇天の色だけが、わずかな明かりとなって俺たちの陰影を強調していく。

「結局は、俺の勝手な先走りなんだが――――」

 雨音のリズムが俺に幾分かの落ち着きを与えてくれた。
 そこで意を決するように一度深く息を吐き出すと、それから俺はすべてを話し始める。

 魔物相手の迷宮は別としても、シンヤの時といい今回といい、俺がベアトリクスを土壇場で連れていなかったのは、おそらくだが躊躇なく誰かを殺そうとする部分を見られたくなかったのだということを。

 戦いに関する俺の考え方はこの世界ではおそらく異質だ。
 目的のためには、この世界の貴族がとらないような手段を使い、覚悟を決めたつもりとはいえ自らの手で人の命を奪っている。
 そこに正義があるかどうかは関係ないし、正義なんて言葉は使いたくはなかった。
 ただ単に、俺が正しいと思うことをしているだけだからだ。

 だが、そう開き直ったつもりでも――――自分の姿に恐怖を抱かれることを、心のどこかで恐れていた。

 前世で、ある非正規の特殊作戦から帰還した時、他の兵科の中には俺たちに対して何故かあからさまに嫌悪の目を向ける者もいた。

 任務の内容が秘密でも、有事でもない時に俺たちが出張るのは限られたシーンである。
 彼らは、何となく俺たちが“何をしてきたか”理解していたのだろう。
 ほんの少数派だったはずなのに、その「人殺し」となじるような目は今も俺の記憶の中に深く残っている。

 そして、俺は…………彼らと同じ目を、ベアトリクスから向けられることを恐れていたのだ。

「クリスらしくない……って言ったら気分を悪くする? でも、それが今の話を聞いて感じたことかな」

 ひと通り話し終えた俺に、ベアトリクスはそう呟いた。

「俺の葛藤を返してくれ、くらいには思うかもな」

 正直、この反応は拍子抜けであった。
 逆に言えば、それだけ俺がベアトリクスの内心を正しく理解をしていなかったことにもなる。

「クリスが勝手にひとりで突っ走って、勝手に悩んでいたことでしょ。わたしは悪くないわ。でも、クリスにはクリスの考えがあって、そうしていたことも事実だからこれ以上責めるつもりはないわ……」

 言葉に反して少しだけ責めるような――――それでいて本気で怒ってはいないベアトリクスの視線を受けるも、上手く返す言葉が浮かばなかった。

「そうだな……。あらためて考えてみると、俺は心のどこかでベアトリクスを信じきれていなかったのかもしれない」

 たまたま竜峰へ向かうところで出会い、公爵家の令嬢ということで行動を共にし、その後の展開で流されるまま婚約することになった。
 お世辞にも文明的とは言えない環境で出逢い、その後の展開が大きく動き過ぎたため、俺はベアトリクスが公爵家という大身貴族の身内であるという意識からこちらに従っていると思ったのかもしれない。
 それがベアトリクスにとってはイヤイヤではないとしても、義務感であれば余計な手間はかけさせないでいた方が良いだろうと、最初はあまり彼女に構わなかった。

「クリスの境遇を考えたらそこは理解できるわ」

 だが、ベアトリクスはそれを良しとはしなかった。

 自分も戦えるようになりたいと、俺とサダマサに戦うための基礎を教えてくれと言い出したのだ。
 貴族のお嬢様の気まぐれかと思ったが、そこそこ根性があればクリア可能な内容の鍛錬を施すことにした。
 結果から言えば、ベアトリクスはそれをクリアしてのけた。

 もちろん、それは容易いことではなかったはずだ。
 それでも何度も苦渋の表情を浮かべながら鍛錬をこなしていく姿は俺たちを驚嘆させるに至る。

 しかし、そんな姿を見ても、俺は彼女を完全には認めていなかったのだ。
 貴族の令嬢が戦う場を“別のところ”に求めすぎだと。

 なにより、いずれ来る『勇者』が世界を巻き込む戦いを呼び寄せるとして、そんな場にベアトリクスを巻き込みたくないと思ったのもある。
 だが、それは単純に俺が彼女から向けられる感情を正視せず、勝手に勘違いをして臆病になっていただけだ。

 そして、ベアトリクスの決意は、俺のそんな考えなど遥かに越えた場所にいたのだ。

「心配している素振りを見せていても、ベアトリクスを一番軽く見てたのは、俺なのかもしれないな……」

「ううん、いいの。想いはもう伝えたから。わたしはクリスと生きていくって」

 言葉を遮るようにベアトリクスは小さく首を振る。

「でも、本当に危険な時にはちゃんと言って欲しい。自分のわがままでクリスの足を引っ張るようなことはしたくないから。わたしは強い女じゃないから取り乱すことだってあるかもしれない。それでも、いつかどういう形であってもあなたの隣に立っていられるようになりたい」

 俺の手に、ベアトリクスの繊手が重ねられる。
 いつしか、外の雨は止んでいた。

「わかった。できるところからになっちまうけど、いっしょに歩いていこう」

 その言葉にベアトリクスは俺へと目を戻し、小さくうなずいた。

 重なった手から伝わる彼女の体温が温かい。やがて双方の指がどちらからともなく絡み、軽く握り合わされる。

 そうして俺たちはしばらくの間手を握り合っていた。
 すこしでも多く、互いの温もりを感じ取ろうとするかのように。

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