勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第95話 油断してると後ろからバッサリだ!~前編~
「わ、私を殺しに来たのか!? ここで私を殺せば、いかに『神剣』を保有していようが聖堂教会そのものを敵に回すことになるのだぞ!?」
「ブフォッ……!!」
……すいません、あまりの悪党テンプレっぽいセリフを不意打ちでカマされたので、とうとう我慢できず噴き出してしまいました。
デデーン♪ クリス、アウトー! と謎の音声が脳内で流れる。
ちなみに、切っ先を現在進行形で突き付けられている当事者はそれどころではないようだ。
自身へと向けられる『神剣』の切っ先から本格的に生命の危機を感じたか、ビットブルガー大司教は、それまでの勇ましい勢いはどこへいったというレベルで狼狽え始めていた。
先ほどから滲んでいた汗がとうとう重力に捕まり、頬を静かに伝っていくのが見えた。
「まさか、その程度の覚悟もなく、わざわざここまで会いに来たとでも思っているのですか?」
ともすれば、即座に剣閃が走りかねない静かな怒りを孕んだ声が、ショウジの口から発せられる。
幸いなことに、俺の噴き出した音は聞こえなかったのか、ショウジは完全にシリアスモードを維持していた。
「なに傍観者気取っているのよ、クリス」
棘のある声が耳朶を打つ。
それまで大人しく事の推移を見守っていたベアトリクスは、今やスーパーのタイムセールで売れ残っているくたびれた惣菜でも見るような目でこちらを見ていた。
……あぁ、これが罰ゲームなんですね、わかります。
っていうか、これじゃなんか俺だけ空気読めてないみたいで釈然としないんだが。
「そ、そうだ! この世界で生きていくのに困らないだけの金をやろう! 望むだけの金をくれてやる! 新たな――――いや、真の『勇者』として教会に推薦してもいい!」
「私の所属する派閥の専属護衛として聖堂教会本部で雇ってやる! そうすれば、まだシンヤを『勇者』として公式に認定していない今なら、すぐにヒト族の英雄にだってなれるぞ!」
それさー、前半部分とかもっと早くに言えなかったのかねぇ。たとえば、ショウジとシンヤを召喚した時とかにさ。
口にこそ出さないがそう思ってしまう。
はっきり言って間抜けすぎやしないだろうか。せっかく予定よりも早く『勇者』をふたりも仲間に引き込むチャンスを得られたのに、欲をかいて片方を敵に回し、挙句の果てにもう片方まで失ってしまうなんてのは。
おおかた『神剣』の特性を利用して『勇者』を強化して、本命が来るまで何らかの仕事に従事させるつもりだったのだろう。
しかし、今回これでショウジが俺と会う前にどこかで野垂れ死にしていたら、何の結果も出せずに『勇者』を喪失したことになる。
いや、今となってはもうショウジが生きてても、その心は教会から離れてしまっているからまるで意味がないのだけれど。
「典型的な悪役だな、アンタ……。俺も悪党って呼ばれるくらいのことはしてきたつもりだが、さすがにちょっと感心するぞ……。まぁ、いい。んじゃ次に移るか」
ビットブルガーのあまりの萎みっぷりに呆れ果てながらも、次なる仕掛けの為に俺から合図を出す。
それを受けて、ショウジは突きつけていた『神剣』の切っ先をゆっくりと下ろし、続いて鞘へと納める。
ほどなくして、部屋の扉が再び開かれる。そういえば、この数分でいったい何回開かれたのだろうか。
「やれやれ……。聖職者ともあろう者が金で物事を解決させようとするとは、嘆かわしい。先ほどまでクリス殿に振るっていた弁舌はどこへいってしまったのですか」
「なっ!?」
さすがに、俺を抜いても二段構えなど予想すらしていなかったのか、現れた人物の顔を見るや否やビットブルガーは腰を椅子から浮かせ、驚愕に顔を歪ませながら声を漏らす。
そりゃそうだ。
なにしろ、死んだかもしれない『勇者』どころか、帝都から聖堂教会本部へ帰任したはずのケストリッツァー大司教が、好々爺然とした笑みを浮かべていたのだ。まさしくただ事ではない。
「なぜ、お前がここにいる……。ケストリッツァー大司教……!」
「はて。あなたほどの人なら、私がここにいる時点で気付きそうなものですがね。……前置きはさておき、ビットブルガー大司教」
ケストリッツァーの表情がにわかに引き締まる。
「あなたは教会の重要な切り札である『勇者』シンヤ・カザマをいたずらに使い、こちらにおられるガリアクス帝国のアウエンミュラー侯爵家御次男クリストハルト様とエンツェンスベルガー公爵家の御令嬢ベアトリクス様を暗殺しようとした嫌疑がかけられています」
ケストリッツァーの言葉を受けて、ビットブルガーは弾かれたように、そして信じられないものでも見るような目でこちら――――特に俺を見る。
おい、気持ちはわかるが「え? お前も貴族だったの?」って目で見るのやめーや。
「まさか気付いていないとは思わなかったけどな」
「クリストハルト様の変装が完璧だったのでしょう」
「……そういうことにしておこうか」
いささか釈然としないが、ケストリッツァーのじいさんがここにいる実際の理由はこうだ。
俺とベアトリクスの護衛によって聖堂教会本部に戻った際、じいさんはたまたま同じ派閥の人間からビットブルガーが『勇者』を使って帝国への浸透工作を図っているとの情報を得ていた。
それにより、復路でビットブルガーは必ず何かしらのアクションを起こすと考え、派閥の長であるラヴァッツィ枢機卿に俺たちのことを話していたのだ。
その後、正式に許可を得て、自分が帝都まで追いかけるのに先立って、手飼いの細作を送り込みひそかに情報を探らせていたというわけだ。
俺が『勇者』に殺されれば、それをネタにビットブルガーを弾劾し、『勇者』やビットブルガーが俺に殺されれば、それをネタに帝国への影響力を強めるといった具合で。
ひとつ誤算だったのは、その細作たちを俺がたまたま発見してしまい、「目撃者を消せ」と命令を受けていたがために襲い掛かってきたのを、俺が単身ほぼ皆殺しにしてしまった点だろう。
ひとり生き残った細作の口を割らせるのは非常に骨が折れたが、そのおかげで追いかけて来ていたケストリッツァーじいさんと会うことができ、帝都まで聖堂教会の馬車で戻って来られたのだ。
ぶっちゃけ、車輌を出した方がよっぽど早かったと思う。
しかし、後から聞いてみれば、どうも俺だけ指名手配されていたみたいだし、帝都に入ろうとしたところで衛兵に捕縛されることもなかったわけだから結果オーライだろうか。
「さらに、襲撃の結果として『勇者』シンヤを喪失した責任につきましても、聖堂上席審議会における喚問の対象となっております」
「なんだとっ……! そんなバカな話があるか!」
そうさらっと告げるケストリッツァー大司教の言葉を受けた途端、ビットブルガー大司教の顔色がとうとう真っ白を通り越して土気色になる。
もはや死人寸前の顔だ。
このままショックを与え続けたら、最終的にはアンデッドにもなれるんじゃないだろうか。
貴重なアンデッドへの変態シーンをビデオカメラを用意して撮影するのもいいかもしれない。
ちなみに、枢機卿以上で構成される聖堂上席審議会に証人喚問されるということは、ほぼ議題が決まっている上にその根回しまでも済んでいるということになる。
そこはどこぞの国会とほぼ同じで、既に事務方レベルで流れが決まっており、その決定を公式のものとするための儀式みたいなものだからだ。
つまるところ、ビットブルガー大司教の上位に位置する枢機卿全員が、かけられている嫌疑に言い分があると認めたわけだ。
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