勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第68話 身内に色恋沙汰について報告しなければいけない貴族風罰ゲーム
「久しぶりだな、クリス」
「暮れの帰省以来ですね。父上におかれましてもご壮健そうで」
今年も例年の如く帝国議会が開催される時期となり、生活の中心を帝都に移したヘルムントと侯爵家別邸にある当主の部屋で面談する。
といっても、元々侯爵家が帝都に持っている別邸を家族である俺、イゾルデ、それと俺に付いて来たサダマサとティアで使っていたため、そこに改めてヘルムントを迎えた形と言った方が正確だろう。
より詳しく言えば、元々ヘルムントは、帝国貴族侯爵位の身分にありながらも帝国議会の議員になるための参政権を行使していなかったため、この別邸は帝都に用のある時にしか使われていなかった。
別にヘルムントに権力への興味がなかったというわけではない。
単純に、一度盛大に傾いてしまったアウエンミュラー侯爵家の立て直しに必死でそれどころではなかっただけなのだ。
もっとも、その東奔西走しなければいけない台所事情も、俺の能力を使った知識伝達による内政ブーストで領内の財政状況が著しく改善できたことと、あの竜峰の一件によってエンツェンスベルガー公爵家経由で帝室へ繋がりができたこともあって、別の意味で忙しくなってしまった。
そう、彼は昨年から帝室派に属する上席議員として政界に進出を遂げている。
もっとも、帝都に滞在しながら政務活動を行うのは今年からとなるわけで、その関係でこちらへと移って来たわけだ。
「久し振りねぇ、クリス。ちゃんと生活できていたのかしら」
「お陰様で恙無く。母上もお元気なようで何よりです」
そして、ひと通りヘルムントとの挨拶が終わるのを待って声をかけてきたのは、夫の横で悠然と微笑む母ハイデマリー。
今回は彼女も夫と一緒に帝都へと移って来ていた。
なんだかんだと帝都は物も人も充実している。領地にこもっているよりは、と気分転換も兼ねているのだろう。
それに、彼女は彼女で侯爵夫人として社交界に出なくてはならなかったりもするわけで、夫のサポート役も兼ねているのだ。
それでは、領地はいったいどうしているのかとなるが、今は俺よりも先に成人した当主見習いのレオ――――レオンハルトが領地へ戻り、家宰と共に経営を任されているような状況だ。
レオはレオで、長男である自分よりも先に婚約者を決めた俺に何やら童貞臭い怒りを覚えていたようだが、それも思春期の麻疹のようなものだろう。
まぁ、そんなレオでも決して生来のアホではないので、領主代理を任されたとしても調子に乗るようなこともないだろう。
変に調子に乗るようなことがあったら、その時は俺がストライカーMGSの105mm榴弾砲で喝を入れに行ってやるだけだ。
「もう、そんなに他人行儀な言葉遣いしなくてもいいのに」
ハイデマリーがいたこと……はあまり関係ないが、ヘルムントを出迎えるために婚約者でもあるベアトリクスが来ていたこともあって、俺とヘルムントは互いに貴族寄りの言葉遣いにしている。
ベアトリクスとは帝都での付き合いもそれなりに経ているが、俺とヘルムントの間で成り立っている特殊な家族の形については、まだ結婚もしていない中ではしっかりと話していなかったのだ。
「ベアトリクス殿もお元気そうで。久しぶりにお顔を拝見できてうれしい限りですわ」
改めるようにベアトリクスの方へと向き直り、柔和に微笑みながら言葉をかけるハイデマリー。
この母性を強く感じる笑みは、俺の中に流れる血がそう感じさせるのか知らないが、ひどく心が落ち着く心地よいものだった。
「アウエンミュラー侯爵御夫妻におかれましても、お元気そうで何よりでございます」
対して、軽く頭を垂れて挨拶をするベアトリクスの姿は、ふわりとでも形容すれば良いのだろうか。
パーティに出るわけでもないため、装飾品なども比較的控えめにした衣装に身を包んでいるが、柔らかな笑みを浮かべたベアトリクスは、まさに帝室に連なる高貴な血を引く者を名乗るに相応しい気品と美しさを放っていた。
普段垣間見せることもあるお転婆姿からすれば、なかなかに新鮮味が強く俺の心拍数を少しだけ上昇させるのだった。
◆◆◆
「さて。マリー、少しばかりクリスと話がある。悪いが、ベアトリクス殿のお相手を頼みたい」
そうして少しの間、俺たちの近況などを交えた世間話などを交わしたところで、ヘルムントが本題に入るべく話の流れを変えた。
特に前もって時間をとるよう言われていることでもないため、インフラ整備・人材育成・産業育成などといった領地の運営状況ではなく突発的な何かだろうか。
「かしこまりました。それではベアトリクス様、あちらでお茶に致しませんか? イゾルデも行きましょう」
世間話をしていた時の表情を変えることもなく、ハイデマリーは自然な流れでヘルムントの言葉に答える。
一見おっとりとしているようで、ハイデマリーは聡い女性だ。
流れるような所作でこちらへ優雅に一礼をすると、ベアトリクスとイゾルデを伴って部屋を出て行く。
面と向かって確かめてはいないが、あの様子だと、おそらく俺のことも大体はわかっているはずだ。
持ち前の鋭い感性で察していながらも、その部分が必要とされない限りは決して口を挟むような真似はしない。
こういう以心伝心にも似た内助の功が、当代のアウエンミュラー侯爵家を助けているのだろう。
「……相変わらず、母上はよく出来たお方だ」
女性陣が部屋を退出して行くのを見送った後、急に静かになった部屋で俺は誰に向けるでもなくつぶやく。
「だろ? 俺の惚れた女だからな。側室を作る気にならないのもわかるだろう?」
「惚気はいいよ親父殿。それに、側室はできなかったんだろ。ちょっと前まで家が傾き過ぎてて」
わざわざ俺の呟きを拾ってドヤ顔で言い放つヘルムントに、ぴしゃりと言って封じる。
「けっ、石みたいな対応しやがって可愛げがない。それで、お前はベアトリクス嬢とはどうなんだ? 風の噂じゃ一緒に帝都のダンジョン踏破したと聞いたが」
なんともまぁ良い情報収集能力を持っていやがることだ。
いくらアウエンミュラー侯爵領が帝都から近いとはいえ、それなりに帝国執政府自体が情報の取り扱いに気を遣っているホヤホヤの秘密情報を入手しているとは思いもしなかった。
「まー、ボチボチかな。それでも、ただの政略結婚じゃないとは内外に知らしめてやれそうだよ。特に、そういった情報を仕入れるのに必死になってるような連中にはね」
内心で湧いた驚きを仕舞い込み、ポーカーフェイスで俺は返す。
ちなみに、俺の本能由来でたまに悩まされている思春期特有のアレコレについては黙っておく。
ただでさえティアやベアトリクスのような存在が近くにいるのだから、それなりに気を引き締めておかないとマズいことこの上ない。
年頃の身体でいるのも結構辛いのだ。
「そうか。まぁ、逆に各勢力からはより一層警戒されることにはなるだろうな。教会異端派はあの時から依然として動きはないようだが、貴族派は各所で暗躍しているフシがある。早晩狙われないとも限らんよ。婚姻を潰したいヤツは国内外に少なからずいるだろうからな」
「必要とあれば、それ相応の目には遭ってもらうさ。馬に蹴られたいアホどもに遠慮はしないよ」
その報復プランには、当然絶対的なアドバンテージを誇る現代兵器による暗殺も含まれている。
この世界の文明レベルでの権力闘争における政敵の排除方法は、不正などの糾弾以外は毒殺やその手の専門家による武力を用いた殺害となる。
跡継ぎに手を出したりすれば戦争にもなりかねないが、替えの次男や娘ではどこからかの警告として使えるわけだ。
あまり好ましくないやり口ではあるが、相手がそのような姑息な手段を用いるのであれば、こちらも手段は選ばず盛大にやってやる。
迫撃砲をはじめとした砲撃や爆殺、果ては狙撃など、確実に殺せる上にアシの付きにくいあの手この手で懇切丁寧にあの世へ送り込んでやる。
「おいおい、あんな連中でも国力の一翼は担っているんだ。あまり派手にはやらないでくれよ?」
「やれやれ、政は面倒でかなわないよ。でも、イゾルデが狙われたら?」
「愚問だ。戦争も辞さない」
「かー、大した親バカっぷりだよ。まぁ、俺だってそうするだろうけどね」
互いに冗談を言い合ってはいるものの、すべてわかった上でのものだ。
俺だって諸々の面倒ごとと対峙しなくてはならないのも、それなりの地位にある貴族の務めだということくらいわかっている。
とはいえ、そう簡単に気持ちの整理がつくわけではないので、せめて普段から根気強く厄介事の種を潰していくしかないのだ。
そんな中、話がひと段落したというタイミングでヘルムントが声を潜めるようにして口を開く。
「……ところで、クリス。面倒ついでにひとつ頼まれて欲しいことがある」
早速、厄介事の匂いが漂い始めたのがわかった。
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