勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第63話 スペインの闘牛は衰退しました~前編~
「え? ちょっと待って、クリス!」
ベアトリクスにHK416を渡し、投げかけられる制止の声を無視して俺は駆け出す。
一瞬だが、怯まずに動き出した俺の姿を見て、牛頭がにやりと笑ったようにも見えた。
かかって来いということか。
どうも普通の迷宮魔物とはひと味違うようだが……望み通りローストビーフか牛丼かにしてやろうじゃねぇか――――!
俺の間合いを詰める疾走を平然と眺めがら、ミノタウロスは巨体に見合わぬ機敏な動作で両手斧を右手で掴み、軽く宙に放り投げる。
それを胸の位置にまで来たところで掴み、軽く掲げるようにすると手首をぐるりと180度近く返して戦闘態勢に移行。
なるほど、迎撃狙いか。
ならば、と既に掴んでいる小太刀の柄を軽く握り、そのまま待ち構えているミノタウロスの間合いへ侵入する。
バカめ。
牛の荒い鼻息が、俺にはそう言っているようにも聞こえた。
いや、もしかすると俺の考えなしにも見える行動を見て、本当にそう思っていたのかもしれない。
「ブォウッ!」
それは、渾身の一撃を繰り出すための気合いだったのか。
チリチリとひりつくような首筋の感覚に、本能が全力で警鐘を鳴らす。
半身をねじって繰り出された、木剣でも振るうかのような速度の横薙ぎの一撃は、その速度だけでは想像しきれない破壊力を秘めていると直感でわかる。
当たり前だ。
あの巨大な両手斧の質量を振り回せるだけの膂力は、単純な破壊力だけで見ても冒険者の板金鎧くらいは易々と破壊してのける。
だが、《《コイツはそれを狙ってはいない》》。
よしんば鎧を切り裂けなかったとしても、その運動エネルギーが持つ破壊力は、ほぼ相殺されることもなくダイレクトに肉体へ伝わることになる。
仮に、それなりに頑強な盾を持っていて踏ん張ることができても、ここまで強力な一撃を真正面から受け止めれば、衝撃だけで盾を持つ腕ごと機能を破壊されかねない。
いや、ほぼ確実に魔力による肉体強化を身に付けていなければ、一撃で腕の骨くらいは粉砕骨折に追い込んでくれることだろう。
もちろん、それで終わるほど優しくもあるまい。
これだけの速度の一撃を即興で放てるのだ。最初の一発で攻撃が終わってくれると考えるのは楽観に過ぎる。
先手を封じられたところで、続く同様の一撃が今度こそ挑んだ人間に致命傷を与えてくれることだろう。
そう、コイツには『戦士の技』がある。
まさに、オーガのような鈍重なタンクとは一線を画す『戦士殺し』と言える。
しかし、だからといってどうにもならないレベルの脅威ではない。
その幾多の冒険者たちが餌食となってきたであろう死亡パターンも、コイツの攻撃をまともに受け止め、その間合いで戦おうなどと考えたからだ。
姿勢を低くして直撃コースから一段下を潜り抜けることを狙いつつ、俺はタイミングを見計らって抜刀。
左側から襲い掛かる斧の刃先を、小太刀の弧を描く鎬部分で掬うように持ち上げながら滑らせて無理なく斬撃の軌道を逸らす。
残念だが、ホームランボールにはなってやれない。
「…………!?」
ミノタウロスの牛の顔に、それまで存在しなかった驚愕の色が混じったのを俺は見逃さなかった。
そもそも、相手の速度を殺すだけなら、それこそ斧の一撃は面積の大きな平面部を使って逃げ場をなくした上での殴打で済む。
そいつで速度を殺してやり、相手が勢いを失ったところで、上段からの一撃で真っ二つ。
万全を期すなら、空いた左腕を使ってもう一発ぶん殴るなどの工程を入れてもいい。
それで凌ぎきるだけの技量のない相手ならほぼ確実に殺すことができる。
だが、実戦は1回に与えたダメージの数値で計れるようなものではない。
言い換えれば、一定以上の数値を1回で出さねばならぬものではなく、ある水準までの小さな数値の蓄積を相手よりも早く重ねればいいのだ。
だから、ミノタウロスの必殺の一撃を受け流すように躱した上で、相手の腕の下へ入り込み、鞘へ戻す途中の刀で軸足となった右足の大腿部を撫でるように斬ってやる。
そう、脚は生物における第2の心臓とも言われ、ちょっと深めに斬ってやると動くだけでポンプの要領で血が噴き出す。
「濃い魔素で構成されたヤツは血まで出るのか、面白い発見だな」
物足りないぞとばかりに軽口を叩くと、ミノタウロスの怒りにでも触れたのか、俺の予想をはるかに越えてそれまでのザコとは違う行動に出た。
ダンジョンの通路の幅はそう広くない。
初撃を振りぬいた勢いが完全に消えきらないうちに、あろうことかミノタウロスは大胆にも両手斧を右手から放した。
当然、慣性が働いているため、投げられたも同然の両手斧は壁に突き刺さるが、それでミノタウロスの右手は完全に自由となり、両手斧の重量と遠心力を支えねばならない作業から一時的に解放される。
そして、この短い時間の間にも、ヤツは俺が間合いのどこにいるのかを把握していたらしい。
その証拠に、瞬時にミノタウロスは体勢を立て直す。
血が噴き出る右足など関係ないとばかりに踏み出して、膝をやや落としてそこへ体重をかけつつ、半身をひねりながら裏拳打ちを繰り出した。
拳による突きの使えない至近距離でも、肘のバネと手首の返しで相手に素早く一撃を与えられる即応性の高い技で、熟練格闘家の連携もかくやといわんばかりのコンビネーションは回避を許さない繰り出し方。
あぁ、こりゃ技を持っていないヤツが相手したら死ぬわ。
だが、《《それでは遅い》》。
そう、俺の入れた大腿部への一撃。
それが本来発揮されるであろう速度を少しばかり、それでも戦いの中においては顕著な差を生み出す程度には奪っており、それが俺へと比較的容易に回避を成功させていた。
しかし、ここから即追撃に移るのはリスキーだ。
小太刀の一撃では致命傷を与えることは難しい。
彼我の戦闘力に圧倒的な差はないが、体格差などでこちらが不利な以上、欲をかいては死に繋がる。
それに、こちらはまだ手傷を負ってはいないのだ。焦る必要はない。
背中、あるいは尻尾に魔素の供給ケーブルでもついていれば別なのだろうが、一旦スタンドアローンとして動き始めたダンジョンの魔物は、機能を停止するレベルのダメージを負うか、一度『ダンジョンの意志』によって魔素に分解されるまでは受けたダメージが蓄積されるらしい。
まるでカードゲームのデッキのようだが、それが俺にとっての勝機となる。
殺せるだけのダメージを与えれば、勝手に死ぬのだ。
こんなにわかりやすい話はなかった。
「さぁ、続けようか」
言葉と共に小太刀を構えなおし、俺は続けて挑むような笑みを飛ばす。
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