勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~

草薙 刃

第58話 あれからイロイロありまして


 ティアマット――――ティアが俺への居候を始めた、激動の竜峰への旅から2年半が過ぎた。
 この世界に生まれてようやく12年を終えようとしており、帝国の慣習ではもうちょいで大人といった感じだ。

 そして、今の俺は中等学園の最高学年に在籍している。

 この三年の学園生活を振り返ってみれば、あまり面白い話もないので割愛したいところだが、強いて言うならトラブルには事欠かなかった。

 それもそのハズ。貴族社会は足の引っ張り合いなので、それはガキの頃でも変わることはない。
 野心の強い者にとっては、将来のライバルをぶっ潰しておく場でもあるのだ。
 タダでさえ面倒くさい宿命の下生まれているので、候爵家の身分の範囲でなるべく目立たないようにと過ごしたかったが、なかなかどうして上手くはいかなかった。

 どこにでも想像の下を余裕でくぐり抜けてくるバカはいるもので、現在の侯爵家の財政状況など知らずに『没落貴族』と難癖をつけてきたどこぞの候爵家のボンボンがいた。
 荒事を起こすのは気が進まなかったのだが、本当に同じ人間かと思うくらい話が通じない。
 ここまでくると、血統しか主張するものがないアホには世間の厳しさを教えてやるべきだろう。
 ソイツには軽く煽ってワザと浅慮を起こさせ、しばらく病院のベッドの上で身動きの取れない生活を送ってもらうことにした。まぁ、若気の至りである。

 こうなるとむしろ話は早い。
 そのバカの親は怒り心頭で学園に乗り込んできた。
 なんでも没落貴族が相手と思っていたらしく最初は居丈高だったが、話が進むにつれて怒りの顔色は真っ青なものへと急変していったのだ。
 そりゃコチラの財力は既にしっかりと回復しており、そればかりかやんごとない後ろ盾すらある有力貴族とわかれば後は手の平返しで平謝りであった。
 貴族というものはわかりやすいほどに現金なもので、そうしてちょっとばかり代表に痛い目を見せてやったら俺にちょっかいを出してくるバカもいなくなった。
 だが、さすがに後始末よりも最初の立ち回りが武闘派過ぎたのか、なんだか中等学園で番長扱いされているフシもある。
 それでも一転して平和に過ごすことができるようになり、中等学園における在学時間も残すところあと数ヶ月を優に切っていた。

 ちなみに、異端派に狙われているイゾルデも、俺と行動を共にしているサダマサにティアマットと一緒の方が安全面では絶対に良いだろう判断。
 俺の学園行きに合わせて帝都へと出て来ており、侯爵家の別邸でともに過ごし1年遅れで入学している。

「クリスー!」

 相も変わらずつまらない授業をどうにか睡魔に僅差で勝利して切り抜け、学園内の廊下をひとりで歩いていると、不意に背中から声をかけられた。
 振り返れば、金髪碧眼の美少女が小さく笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。ベアトリクスだ。

「……あぁ、ベアトリクスか」

「ご挨拶な上に、またまた眠そうな顔しちゃって……。あんまり顔に出すと教師に睨まれちゃうわよ?」

「もう睨まれてるよ。さっさと卒業して欲しいって連中顔に書いてあるぜ」

「容易に想像できる皮困るわね……。それで、今日の放課後はどうする予定なのかしら?」

 俺よりも2歳上のベアトリクスは、この2年半の間に生まれ持った美しさに更なる磨きをかけていた。
 身長は既に160㎝くらいまでに達し、本格的な成長期に入り始めたばかりの俺よりもまだ少し小さい程度である。
 その上、身体も俺の日々の鍛錬に可能な範囲で付き合っていることもあってか、上級貴族の子弟とは思えないほどに引き締まっている。
 にもかかわらず、肌は白磁の如き色合いを保ち、ストレートの金髪はその艶をいささかも衰えさせてはいない。

 まぁ、別に魔法や奇跡の産物ではなく、俺が取り寄せた地球産の肌や髪のケアグッズを使っているからに他ならないのだが、それでも元々の地が良いのだろう並外れた美貌を持っている。

 しかし、そんなことよりも成長著しいのが身体つきだ。
 14歳という成長に加速がつく段階に入ったためか、身体のラインは女性らしさを増す一方で、第2次性徴期の真っただ中にある俺にはいささか目の毒である。

 前世の時ってこんなに悶々としたもんだったか?と不思議に思うも、相手が相手では仕方がない。
 あと2年ちょいもしないうちにアレがコレかと考えると、昼間でも夢の世界に旅立てそうである。これが若さか……。

「うーん、そうだな。できればダンジョンにでも潜りたいんだが」

 なるべく目線がそういうトコロへ向かないようにしながら、俺は平静を装って言葉を返す。

 ちなみにベアトリクスだが、今は中等学園を卒業し、貴族としては珍しく高等学園に進んで勉強を続けている。
 どちらも帝立なので建物も隣り合っており、時折……というよりもしょっちゅう俺を探しにこうして中まで入り込んでくるのだ。
 OGだから校則的にも問題はないし、そもそも公爵家のご令嬢に正面から文句を言えるアホ……もとい、勇気のあるヤツはいない。

 とはいえ、陰ではあーだこーだと言われてはいるようだし、実際にその絡みで嫌がらせじみた行為を俺が受けたこともあるが、貴族社会なんてこんなもんだろうと適当に流していた。

「ホント、クリスは貴族らしくない行動が好きなのねぇ」

「大きい声じゃ言えないが、元が元だからな。生まれ持っての性分とも言えるけど」

 ベアトリクスは、竜峰の時から薄々気付いていたこともあって、俺が『使徒』と呼ばれる転生者であることは早い段階から伝えてある。
 もちろん、全部話すにはあまりに俺の事情に巻き込み過ぎるので、前世の記憶とちょっと愉快な能力がある程度にしか言ってはいない。

 だが、そういった事情を知っていることもあって、俺の貴族としては何個かネジが抜けているような言動にも比較的寛容で、むしろそこを積極的に補おうとしてくれるほとだ。
 すこし過保護にも感じる時はあるが、きっと将来いいお嫁さんになれると思う。あるいは尻に敷かれる、か。

「サラリと受け流さないで。わたしとしては、もう少しでいいからそれらしく振る舞っては欲しいのだけれど……。それで、探索にはサダマサ様やティア姉様は来られるの?」

「いや、俺だけだな。アイツらを呼ぶと、別の意味でダンジョンがエラいことになっちまう」

 見た目とか中身とか総合的に人外どころか、生物として規格外な連中を呼ぶととんでもないことになるからイヤなのだ。
 ティアマット――――ティアは以前ダンジョンを物理的に消滅させた前科もあるし。
 あれは誤魔化すのが大変だったなぁ……。

「それじゃあ、今日はわたしも同行させてもらいます。たまには、ね?」

「……わかった。でも、気を付けてくれよな? 嫁入り前の大事な身体に傷でもつけたら、旦那になるって言ってもみんなに殺されちまうからな」

「もう、バカ!」

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