勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第56話 だいたいおんなじ毎日
日常が変わることなんてあり得ないと思っていた。
だいたい同じ毎日が来る。
決まった時間に起きて似たような献立の朝食をとり、いつもと同じだけれど名前さえ知りもしない顔ぶれが並ぶバスに揺られて学校に行く。
正直、僕はそれでも構わなかった。
学生として生活を送っている中で、身の回りに――――特に自分自身にかかわる問題が起こるわけでもない。
「なんにも、起きないんだな……」
だから別に、授業中の教室になぜかテロリストが乱入してきたり、空から凶悪な侵略型の宇宙人の船が現れたり、あるいはクラスまるごともしくは学校ごと異世界に転移する……。
そんなシチュエーションの小説や漫画などはいくつか読んだこともあったけれど、そういったものの妄想に囚われるほどに憧れたことがあるわけでもない。
ただなんとなく寂しくなって空を見上げてみても、そこにはいつもの風景があるだけで他には何も存在しなかった。
とはいいつつも、中学を卒業して高校へと入学した最初の数カ月は、少しばかり期待をしたこともあった。
環境が変われば何かしら変わるのではないか。新しい“何か”と出会えるのではないか――――と。
だが、そんな僕の期待は、すぐに代わり映えのない日々の中に埋もれて消えた。
新鮮味がいつまでも続いてくれないのは、どんなものにも当てはまる。
美人だって三日で飽きるというのだからおそろしい。まぁ、そもそも美人と三日も一緒になったことはないのだけれど。
強いて日々変わっていくものを挙げるとするなら、それは授業でやる各科目の内容くらいだろうか。
もちろん、嬉しさなど微塵もない。
そんなに成績が悪い方ではないつもりだが、それでも真面目にやらねばすぐにオーバーフローしてしまう。
ちなみに、早々に学習カリキュラムについていくことを諦めた連中は、そんな挫折感を埋めるためだろうか、似たような連中同士で集団を作っていた。
教室の後ろの方に溜まっては、流行のドラマや音楽の話題、それと学校の誰と誰がくっついただの別れただのといった恋愛話に精を出している。
そうやって情報を熱心に集めてくる行動力を、学業にもう少しばかり割ければ良いものをと思わないでもないが、それができたらああはなっていないかと、自分でケチをつけておきながら勝手に納得する。
彼らは――――俗に不良と呼ばれる者たちほど素行を悪くする度胸もないが、それでも自分たちは違うんだと校内では精一杯の虚勢は張ろうとする。
そして、その虚勢のために割を喰らう人間が出るわけだ。
彼らのターゲットになったのは、ほとんど目立たない同級生だった。
だからこそ選ばれたのかもしれない。
しかし、興味を引いたのも最初だけ。
友だちと呼べる相手以外に関心を持つほど僕には余裕もなく、いつの間にか顔も名前も記憶からも消えていった。
それでもマシだったのは、自分が被害者にも加害者にもならずに済んだことだろうか。
人の不幸で快感を味わえるような趣味はなかったし、代わり映えのない毎日であっても退屈でどうしようもないわけではなく――――いや、単純にそれ以外のことに追われていたからだ。
被害者には悪いが、早々に人生を諦めに入ったような連中とは関わり合いたくなかったのである。これを加害者と呼びたいのなら好きにしてくれと思う。
いくら平凡な人生であっても、将来を左右する時期にアホなことをして何十年先まで苦労するのはごめんだった。
きっとこのまま3年近く高校で同じように毎日を繰り返し、目標にはしているレベルの大学に入って4年きっかりで卒業できる程度に遊び呆け、できる限り条件のいい企業に入るか公務員でも目指して就職。
あとは、今以上に代わり映えのないよくある人生風景の中では比較的マシな部類に入る生活を送ることだろう。
それでも、自分が恵まれてはいることくらいはわかっていた。
この21世紀のご時世でも、世界を見渡せば各地で戦争やら紛争やらテロやらが起きていたり、その日の食事にすら事を欠くほどの貧困に喘ぐ地域がある。
少なくとも、僕は今まで15年ほど生きてきた中で、他者に生命を脅かされる危険を感じたり、何日もまともな食事にありつけなかったことなど1度としてなかった。
70億近い人口がいるこの世界では、わりと高い確率でそんな国に生まれてしまう。
そうならなかっただけてどれほど幸運か、自分なりには理解しているつもりだった。
だから、だいたいおんなじ毎日であっても、それでまあまあそれなりに構わなかったのだ。
たまに、理由もなく空を見上げたりするだけで――――。
その日もいつものように僕はバスに揺られていた。
少しだけ遅くなったからか乗員のピークはとうに過ぎ、自宅近くまで走ってきたバスの中には自分と運転手、それとひとりだけ同じ高校の生徒が乗っている。
ルームミラー越しに顔が映っていたので知り合いだろうかと思ったが、どこかで見たことがあるかも程度の顔だった。
時計の針はもうすぐ18時を指そうとしていて空腹を覚えている。そんな中、僕は数日後に控えたテストに備えるべく英単語のテキストを開く。
ある程度単語は覚えたつもりだが、それが人生の役に立ったことは一度もない。会話をメインとした授業もないし、どうして学校ではこんな喋れるようになどならない勉強をさせるのだろうか。
こんなもので点数をつけて人間を順番に並べようとするのだから世の中は不条理だ。
そんなふうに、幾ばくかの社会への反発心を感じながら新たな英単語を脳に刻み込んでいると、不意にバスが盛大にクラクションを鳴らし始めた。
思わず顔を上げた先には、フロントガラス越しにタンクローリーが飛び込んでくる間際の風景。
再度クラクションが響き渡る。
だが、タンクローリーの運転席のドライバーの顔は恐怖に引きつっていた。おそらくブレーキの操作ができないのだ。
「うそ、だろ……」
呆然と呟くしかなかった。
あぁ、たしかに自分は日々の人生に刺激を求めていた。
でも、それは別に死ぬような目に遭いたかったというわけではない。
車体と車体がぶつかって変形していく衝撃と、それに伴うガソリンへの引火。
地獄の業火にも似たそれが自分の身に迫ると思った瞬間、意識は白い光の中に飲み込まれた。
◆◆◆
「……ん、ここは……?」
ふと気が付いた時、僕はどこかの床に腰を下ろしていた。
同時に生じるのは違和感。
その方向に視線を向けると、右の手はロールプレイングゲームで見るような装飾の施された両刃の件を握っていた。
その重さと刀身の輝きを見て、僕は直感で理解した。
これは“本物”だ――――と。
でも何故? 
自分のまとまらない思考に冷や汗が額を濡らす。
人の“気配”を感じ、横を見ると先ほどのバスに乗っていた同じ制服の男子の姿があった。彼もまた、僕とは違う形の剣を握っていた。
「おお、成功したようだ……。さて、ようこそ『勇者』殿。どうか我らの世界を悪しき者どもから救ってはくださらぬだろうか」
事態が呑み込めず困惑している僕の耳に言葉が届く。
声の主を探して首を動かすと、そこには教会の結婚式などで見る神父のような服に身を包んだ金髪の男がいた。
柔和そうな顔をこちらに向け、手を出し述べるように前に出している。
そして、その両脇には鎧姿の槍を持った兵士のように屈強な男が4人ほど立っていた。
ますます状況は理解できない。
ただ、“新たな何か”が始まった。
それだけは本能で理解できていた――――。
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