勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第45話 かんとりー・ろーど
さて、そんなたいして面白くもないドタバタ劇はさておき、時系列を現在まで巻き戻す。
「春だねぇ~」
俺の間延びしたつぶやきは、春の空へと吸い込まれるように消えていく。
例のごとく──というほど使っているつもりもないが──往来の多街道から少し外れた道を、俺たちはM1151タイプのハンヴィーに揺られながら進んでいた。
中等学園の春期休暇を利用して、故郷であるアウエンミュラー侯爵領へと帰省するためだ。
不思議といえば不思議だが、この世界の教育機関にも年に3回──夏、年末年始、春の長期休暇があった。
貴族の子弟を集めている各学園だが、子どもの成長具合を定期的に見たがる親も少なからずおり、また学生たちもやはりまだ年若いからか親元が恋しくなるらしい。
そんな中では、卒業するまで学生たちを強引に帝都に縛り付けておくというのも何かと無理が生じるわけで、メリットよりもデメリットの方が多くなる。
休暇と言ってはいるものの、実情としては各方面に対して不満を緩和するためのガス抜き的な役割を果たしてくれる、それなりに合理的な期間というわけだ。
また、「そんなに?」と思うほど、長期間の休みが設けられているのにもちゃんとした理由が存在する。
学生たちは帝国内津々浦々の領地を離れて帝都に集まっているため、いざ帰省するとなれば、領地によっては馬車での移動だけでかなりの日数を必要とすることもしばしば。
たとえば、辺境伯なんていう爵位を持つ家だと地の果て──もといかなりの遠方から来ているわけで、おそらく過去に文句でも出たのだろう。
だから、そのあたりの事情まで勘案した長期の休みにした方が何かと都合がよくなるのだ。
逆に言えば、領地が帝都から近い人間ほど相対的に長く自由時間を謳歌できるのだが、それはまた別の話。
ともかく、そんなわけで帝都にいてもロクにやることがない俺たちは、実家であるアウエンミュラー侯爵領へと帰るため、帝都からこうして地元へ向かってのんびりと進んでいる最中なのだ。
さて、帝都から侯爵領へと続く街道へと意識を戻す。
辺りを走る街道の存在が、ここ数年で一帯の環境を大きく変えていた。
侯爵家主導でそれまでとは比べものにならないほどきっちりと整備されたため、この辺りは帝都に近いことを抜きにしても同条件の他所と比べてかなり治安もよく、盗賊も滅多なことでは現れることもない。
アウエンミュラー侯爵家として、街道に設けられた宿場にまとまった数の衛兵を配置したのが功を奏しているからだ。
もっとも、ごくまれにその情報を知らないアホな連中がどこからかやって来て、好き勝手にやろうとしたツケを首に縄を巻かれて木に吊るされることで払わされていたりはするが。
これらは、侯爵領の西方開拓を秘密裏ながらゴブリンたちに認めたことで、本来そこへ配備する兵力を可能な限り削減できたために実現したことでもある。
所領軍の全体の兵力削減ではないので、軍の維持コストを減らせたわけではない。
だが、整備された街道を使っての交易が増えたことで、通行税などの様々な税収により支出は十二分にカバーできているどころか大きく潤ってさえいた。
治安がよければ荷駄も効率よく流通して金銭の流れが生まれ、また隊商が護衛を大勢雇う必要もなくなるため、商人にとっては税を取られる程度ならむしろ安上がりなのだ。
誰でも考え付きそうなことだが、それを実際に政策として実行に移せるかはなかなか難しい。
そういう意味でこの領地は運がよかったのだろう。
「春の海 ひねもすのたり のたりかなーっと」
銃座に座り、外を流れていく景色と雲を眺めながら俺は誰に向けるわけでもなくつぶやく。
このところの帝国中央部は三寒四温を繰り返し、もうすっかり春の気候になりつつある。
この国に、桜のような春の到来を告げる植物は存在しないが、それでも次第に雪が溶けだし、その下からゆっくりと萌え始める山並みを見ていると季節の移り変わりを五感で感じることができた。
俺は冬も決して嫌いではなかったが、やはりこの世界の文明水準の中にあっては、冬という季節は人間にとって厳しい存在であると実感せずにはいられない。
雪に深く包まれる北方の山々を見ながら、時折流れてくる北からの風をその身に受けていると、生物の気配が希薄になった世界には寂寥感を覚えてくる。
「蕪村か。海が遠いのは残念だが、気分はわからんでもないな」
それまで、黙ってハンヴィーのハンドルを握っていたサダマサが小さく反応を示す。
さすがに、荷馬車が行き来するメイン街道をその数倍の速度を出せる上に、荷車を引く馬も存在しない鉄の箱で走るのは要らぬ混乱となる。 そのため、街道から少しばかり外れた道を俺たちは通っていた。
とはいえ、その道とて適度に均されているとはいっても、コンクリートやらアスファルトで舗装されているわけではない。
当然ながら高速道路を走るように飛ばすというわけにもいかず、巡航速度として見たら時速30キロも出ているかどうかといったところだ。
一応、不測の事態に備えて俺がハンヴィーの銃座についているが、この調子では銃架に据え付けられたFN M240G 7.62㎜汎用機関銃の出番もなさそうだ。
「ふぁぁぁ、ねみぃ……」
あくびと共に両手を伸ばして伸びをすると、腕がM240Gのストックへと軽く当たる。
その衝撃でベルトリンクされた弾丸が触れ合い、チリンと俺を咎めるような金属同士特有の甲高い音を立てた。
正直、あくびとぼやきが出るほどには退屈だが、それでも平和であるならそれに越したことはない。
あまりにもやることがなく、銃座からハンヴィーの中に入って様子を見ると、後部スペースにマットとクッションを敷いて座っていたベアトリクスとイゾルデは仲良く肩を寄せ合うようにして眠っていた。
ちなみに、ベアトリクスとイゾルデだがかなり仲が良い。
《竜峰》から戻った際に逗留した我が家で出会ったことに端を発し、そこから学園に通うべく移った帝都でも親交を深めていたからだ。
イゾルデからすれば年の近い姉のような存在らしく、ベアトリクスによく懐いており、彼女も妹のような存在を可愛がっていた。
そんな彼女たちにとって、サスペンションもなにもない馬車と比べればずっと快適らしく、リラックスした表情ですやすやと眠っている。
まぁ、そもそもの安全性が桁違いだからか。
安らかな寝顔を浮かべる美少女たちを見ていると、自然と口元がほころんでいくのを感じる。
「顔がにやけておるぞ、クリス」
完全な人間形態となって助手席に座り、開けた窓枠に右腕を預けて頬杖をついていたティアマット──ティアが、バックミラー越しにからかうような視線を俺に向けながら言葉を投げてくる。
「そりゃコレを見たら、な?」
「なんじゃ、今日はやけに素直じゃな。……じゃが、その気持ち、妾としてもわからんでもないぞ」
ゆっくりと振り返ったティアもまた、わずかに目を細めてイゾルデとベアトリクスに向けて慈愛の眼差しを送っていた。
その母性すら感じられる姿に、俺は内心で大したものだと感心する。
ティアは、本当に《神魔竜》なのかと疑いたくなるほどに、俺へ幾分かのアブナイ視線を送るだけでなく、イゾルデやベアトリクスに対しては深い親愛の情を見せている。
伝説として数多の神性を以て語られる《神魔竜》の存在は、世界を滅ぼして余りある畏怖すべき生物として現在に伝えられているものなのだが、これではまるで異種族同士で今も尚いがみ合っている人類が、どうしようもなく矮小な存在に思えてくるではないか。
もっとも、永い間竜峰アルデルートに引きこもっている《神魔竜》一族から、ひょんなことから外界に出てきたティアが単純に変わり者なだけな気もするけれど。
……まぁ、止しておこう。
種族でどうのこうのと判断するなんて、それこそ今も絶賛いがみ合っている連中と同じようなものだ。
少なくともイゾルデやベアトリクスにとっては、姉のような存在。
それでいいんじゃないだろうか。
いずれにせよ、世界最強クラスの存在が姉貴分をやってくれるなんて面白い話だしな。
「まぁ、それでも婚約者とかいう人間たちの習慣は、妾にはあまりよくわからないものじゃがのぅ」
そう言って、視線を俺の方へと向けるティア。
《神魔竜》をはじめとする知性をもった高位竜は、各個体が強力な魔力と永い寿命でほぼ自己完結しているため、純粋に他者と個体としての強さ以外で結びつきを持とうとする行為が理解しにくいのだろう。
「そりゃ強いオスがどうのこうのなんてそこらでやってたら、国なんて到底やっていけないからな。悲しいことに、強いヤツ=君主としてふさわしい人間、とは限らないわけさ」
抽象的な俺の言葉に、ティアは何かを考えるかのように再び顔を窓の外に戻してしまう。
「なるほどのぅ……。じゃが、妾は強くて聡明な者が好きじゃよ。クリスのように、のぅ?」
不意打ち気味の言葉とともに、ミラー越しに艶然とした微笑みを向けてくるティアの顔を見た俺は、一瞬ドキリとしてしまう。
なまじとんでもない美人の姿をしているだけに、こういう攻撃の破壊力は抜群であるといえた。
心臓と思春期の身体にあまりよろしくないんですけどね!
「バ、バッカ、オメー。からかうんじゃねぇよ……!」
「ふふふ、期待を裏切らぬよい反応をしてくれよるのぅ」
「知るか。それに、強いっていうなら、俺なんかよりもサダマサがいるじゃないか」
俺は竜峰で初めてティアと対峙した時、初手でそれなりのダメージを負わせることこそ成功したが、それが成功したのも相手にとって未知の攻撃方法だったからに過ぎない。
その後のデイビー・クロケットにしたって、ティアがそれを歯牙にもかけず俺を殺そうとしてきていたらどうなっていたかはわからない。
少なくとも今頃俺はこの世にはいなかったはずだ。
「そうじゃなぁ……。サダマサはのぅ……。強い。たしかにこの世界でも相当上位の部類に入るであろうな。じゃが、その強さは必ずしも妾の感情を揺り動かしてくれるわけではないのじゃ」
ふわりと微笑みつつ放たれる意味深なティアの言葉。その瞳にこめられた感情が何を意味しているか、それは俺にはわからなかった。
「会話が盛り上がっているところ悪いが、さりげなく本人のいる前でダメ出しとかしないでもらえないか」
まったくの遠慮ない物言いに、サダマサが少しだけ不機嫌そうな響きを声に交ぜてくる。
まぁ、間接的に男としての魅力がないと言われているようなものだし、ついでに端から見ればいちゃこらしているのを見せつけられているのだから、気分がいいはずもない。
ティアにしても本人がいる前でよく言ったものだ。
大方愉快犯的な行動だろうが。
「しかし……ふぁぁぁ、この柔らかな日差しはさすがに眠くなってくるのう。……妾も少しばかり休むとしよう。サダマサ、あとはよしなに」
俺やサダマサをからかうのにも飽き、またすでに眠っている少女たちの姿を見て眠気を誘われたのか、ティアもかわいらしいあくびをひとつ漏らして座席に背中を預け始める。
「はいはい、恋するお姫様。よだれは垂らすなよ」
こうなっては何を言っても無駄だとわかっているのか、ハンドルを握るサダマサはティアの言葉を適当に流す。
下手に反論でもして数倍の手間となって返ってくるのが面倒なのだ。
それでも、なにか一言付け加えるのを忘れないあたりは、さすがとしか言いようがない。
「盗賊の気配もまるでない。クリス、お前も寝ていて構わないぞ」
「いや、さすがに悪いから起きてるさ。なーに、どうせあと2、3時間だろう?」
俺を気遣ってくる様子のサダマサにそう告げて、再び俺は銃座へと戻る。
M240Gの銃口が見据える向こう側には、依然としてのどかな風景が広がっていた。
さて、しばし俺も春のうららかな午後の空気を楽しむとしようか。
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