勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~

草薙 刃

第23話 まもの の むれ が あらわれた!


 サダマサとの訓練開始からだいたい2年が過ぎ、俺ももうすぐ10歳になろうとしている頃。

 まだまだ見た目からしてもガキの域は出ないが、肉体の成長と共におぼつかないながらも超手加減モードのサダマサと打ち合いができるくらいまでシゴかれるようになった。

 そして、とうとう実戦訓練という名目のもと山の向こう側へ繰り出すことになる。

「そろそろ実戦経験を積んでもらうタイミングかな」

 そうは言うが、別に戦争が何処かで起きているわけでもないので、実際のところは魔物の討伐だ。
 こう言ってしまうと、まるで訓練みたいで緊張感のない話に感じられるかもしれないが、人間にとっては魔物との生存圏争いが戦争に近い。

 この世界の生物は、全て魔力――――この場合は魔素の影響を受けているが、その中でも特に外見的な特徴だけで言えば動物と差異のないものの魔力の影響を受けて大型化ないしは狂暴化している生物や、魔力そのものが何らかの理由で指向性を持ってしまい生物として具現化したモノの2種類を『魔物』と分類している。

 ほぼ例外なく高い攻撃能力を持っており、人間にとっては少なからず危険な存在となる。
 そのため、冒険者のような個々の戦力の高い人間に駆逐を依頼するか、人里に下りてきて被害が出ないように一定期間ごとに所領軍によって討伐が行われるのだが、それを今回俺とイゾルデ、また保護者ということでサダマサで行うというのである。

 上級貴族子弟にあたる俺とイゾルデに魔物を討伐させるなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
 だが、俺の中身が特殊であることと、イゾルデの魔法の才能強化のためという名目でヘルムントから許可をもぎ取っている。
 さらに言えば、戦闘能力が〝さよなら人類〟レベルに達したサダマサがいれば、たとえ何かの間違いで魔族が現れても99%ブチ殺せるので心配する要素がないのだった。

 某RPGで言うなら、最初の町の酒場で仲間を加入させたらなぜかラスボスに単身挑めるクラスのスーパー上級職だったようなものだ。
 とんだバランスブレイカーである。

 そんなこんなで、アクセサリでゴテゴテにしたH&K MP7A1 個人防衛火器PDWを前方に向けて構え、間断なく警戒する俺を先頭にして森の中を進んでいく俺たち。

 そこには俺の『探知』の魔法と、サダマサの『気』──これは魔力を身体能力の増幅に使う場合に使用される用語で、便宜上俺とサダマサの間で呼んでいるもの──によりガチガチの警戒網が構築されている。

 用心し過ぎと思うかもしれないが、イゾルデがいること、さらに実戦を想定した訓練なので、この程度ではやり過ぎとは言わない。
 想定される『敵』が雑魚であっても、決して手を抜いてはいけないのだ。

 しかし、『気』とか思いっきりチートかと思うほどの能力で、俺の『探知』が首振り式のレーダーだとすれば、サダマサの気の放出は全方位のため、さながら電子走査式レーダーAESAだ。
 しかも、逆探知されそうな場合、赤外線照準追尾システムIRSTのように敵の存在のみをパッシヴで感知できるというのだから反則級である。

 別に機械を使っているわけではないので世代がどうとかではないのだが、羨ましさはかなりある。
 俺の魔力放出は、ざっくりの方向性を絞って走査させるか、数秒かけて全方位をカバーできるように飛ばしていて、微妙な魔力量のコントロールと複数放出の習得までには至っておらずムダが多いからな。
 ……などと考えていると、逆探知されないように密度を絞った『探知』の魔法が生命体の反応をつかむ。

「前方200m、何かいるぞ」

 左手を掲げて制止の合図を出すと、イゾルデから魔力を練り始める反応が感じられる。
 反応は速いが過剰だ。警戒し過ぎである。
 余談だが、イゾルデがメートルという単位で距離感を理解したのは、既に侯爵領ではメートル法を導入しつつあり、『お取り寄せ』したメジャーや物差、ノギスなどで家臣団を中心に教育を行っていたためである。

「イゾルデ、魔力を練るのが早い。逆に相手を警戒させるかもしれないぞ」

「はい、兄さま。気を付けます」

 俺からの指摘を受けて、イゾルデはやや恥ずかしそうな声色を伴って魔力を霧散させる。
 初めて経験する実戦で神経質になっているのだろう。

 そういえば俺も初の実戦を経験した際はそうだったと内心で苦笑する。
 地球では魔法なんてものはなかったが、トリガーに指がかかりっぱなしだったのだ。

 サダマサもとっくの昔に察知はしていたのだろうが、あくまで保護者として来ているので余計な口出しをするつもりはないようだ。

「ゴブリンだな……。こんな人里近くにもいるとはね」

 MP7A1のピカティニーレールに取り付けた中距離用のドットサイトで前方を覗き込むと、遠くに動く緑色をした子どものような影がいくつか見えた。
 屋敷の蔵書の図鑑にも書かれていたが、ファンタジーの王道キャラである子鬼ゴブリンだ。
 なんというか魔法とか既にあったけれど、いよいよファンタジーを身をもって感じることになった気分だ。

「イゾルデ、『探知』や『鷹の目』は使うな。渡しておいた望遠鏡を使え」

 通常の冒険者であれば、魔法を使える仲間がいる場合、見通しの悪い場所では索敵役として重宝され、前方確認に『探知』の魔法だけではなく、小さく練り上げた魔力で視力強化する『鷹の目』も使用することが多い。
 この『鷹の目』は、森の中のような閉鎖環境では効果を十全に発揮できないが、それでも使用すれば遠くから敵の動きを把握でき、『探知』と併用することで先制攻撃のチャンスを得られるという優位性がある。

 ただし、それなりに知性を持つ魔物や魔法が使える魔物などには、魔力の流れを察知されるというデメリットも存在する。
 本来、これらの魔法は戦場で魔法が乱れ飛ぶ中で使うもので、魔法同士のぶつかり合いが想定されるケースでの隠密活動には向かないのだ。

「群れか。……近くに集落でもあるのか?」

「ダンジョンということはあるまい。そこ由来の魔物は滅多なことがないかぎり、中から出ては来ないからな」

 冒険者にとっては一攫千金を目指して挑む場、ダンジョン。
 この世界にもそれは見事に存在しており、自然界で魔力が溜まる場所に形成され、アリの巣の如く年月をかけて大きくなっていく謎の存在である。

 ダンジョン内部では、中枢部にある魔力の塊『ダンジョンコア』から生み出されたと思われる一般ゴブリンが働きアリの如く単独行動しているようだが、その感覚で冒険者がフィールドのゴブリンを討伐しようとすると、知性ある個体に率いられ組織立った攻勢を受けて返り討ちに遭うこともある。

 それは、ゴブリンというのはあくまでも種族名に過ぎず、ダンジョン内の魔力で生み出されたモノではない自然環境下で発生した個体の中にはいくつかの上位種が存在しているからだ。

 書物でしか見ていないが、ホブゴブリンやゴブリンメイジなど能力の高い個体がいるらしく、人里に近い場所ではグループで行動をすることが確認されており、この上位種にあたるゴブリンメイジが冒険者の魔法使用で位置を察知するのだ。 
 たかがゴブリンと油断した結果であろう。

「馬鹿正直に遭遇戦しても仕方がない。リーダーから刈り取るぞ。イゾルデ、魔法をいつでも放てる準備はしておけ」

 無言で頷くイゾルデ。それを見届け、俺は照準をゴブリンの群れに合わせる。  
 狙うはリーダーのホブゴブリン、次にゴブリンメイジだ。
 ストックを延伸させて肩でしっかりと固定させているため、まだまだ成長段階の途中にいる俺の身体でもMP7A1は何とか撃てる。
 さらに、魔力で肉体を強化させれば反動などほぼ関係なしである。
 このMP7A1、見た目はコンパクトな短機関銃サブマシンガンだが、前身のMP5K PDWで使用する9㎜パラベラム弾よりも低反動である4.6㎜×30弾を使用し、有効射程は200mと5.56㎜弾を使用するアサルトライフルに近い驚異的な精度を持っている。
 また、銃口には高い静粛性せいしゅくせいを持つ抑音機サプレッサーを取り付けてあり、この世界では未知の手法と言える凶悪な奇襲が可能なのだ。

「まるで七面鳥撃ちだな……」

 こちらに進んで来ているわけではないので、側面を突く奇襲になる。
 さらにもう少しだけ待てば、森の広場のような開けた場所に出る。森の中から狙いたい放題の完璧な奇襲が可能なのだ。
 冒険者相手であれば脅威となるゴブリンの集団行動も、前世で非正規戦の経験を積んだ俺からすればなんということはない。
 幸いにして、こちらは風下なので人間の匂いで察知されることもない。
 集団が広場へ進入したのを見届け、先頭を進むリーダーの頭に風穴を開けるべく、トリガーを絞ろうと呼吸を止めてゆっくり力をかけようとした時だった。

「ちょっと待て、クリス。どうも様子がおかしい」

 背後に控えていたサダマサが、何か別の異変を察知したのかイゾルデを連れてすぐそばへと近付いて制止の声をかけてくる。

 なんだいったい……。

 警戒を強めようとした瞬間、ゴブリンたちの前方の森の中から醜悪な咆吼が聞こえた。
 ゴブリンが現れたのとはまさしく反対側となる森の中から、叫び声と共に2メートル近い体躯を持つ、豚が二足歩行且つ人間っぽく進化したような見た目の生物が複数飛び出してくる。

「なんだありゃ。いや、オークか……!」

 あー、ファンタジーなんだけど、なんつーかなー。コックの格好した豚のキャラクターを醜悪にした感じにしか見えねぇんだよなー。
 ゴブリンは小さいからまだマシなのだろうか。いや、とにもかくにも、オークの生理的嫌悪感を覚える度合いがとんでもなく強いのだ。

「まさか豚鬼オークまでいるとはな。こりゃ女騎士ブリュンヒルトを連れて来なくて正解だったな」

「おいばかやめろ」

 元地球人の一部にしか通じないネタを放つとは思えなかったサダマサに、思わず突っ込んでしまう俺。ていうか世界線違うのに何で知ってるんだ?

 ……って、そんなことをしている場合ではない。

 サダマサなら、単体でもゴブリンもオークも難なく片付けられるだろうが、今回の魔物討伐は実戦経験のない俺とイゾルデがメインで行うものである。
 このままゴブリンとオークの2種族を同時に相手にするのは、前衛と後衛が各ひとりしかいない状況では悪手としか言いようがない。

 さてどうしたものか……。

 初めてとなる魔物との戦闘を前に、いつしかMP7A1を握る右手には自分でも驚くほどの力が込められていた。


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