勇者の出番ねぇからっ!!~異世界転生するけど俺は脇役と言われました~
第17話 干渉のはじまり~後編~
「それで、クリス。武力に関しては十二分に理解したつもりだが、知識というのはどのようなものがあるんだ? 見せてくれた能力や武器の説明よりもずっと有用なものだと言っていたが……」
再びヘルムントの執務室に戻ってきた俺たち。
結果から言えば、俺は父親でありアウエンミュラー侯爵であるヘルムント、高位聖堂騎士である叔母のブリュンヒルトを抱き込むことに成功した。
俺の目的が、『人類圏の発展』であることをベースとした上で、帝国主導によるものにすること、ある程度の軍事的な行動(示威や直接行動含め)は必要になるだろうが、それが対魔族の国家間共同体を作るための基盤になることはすでに事細かに説明している。
幸いにして、それが長期のスパンで見れば結果的にアウエンミュラー侯爵家の発展にも繋がることを理解してくれたため、早々に2人は俺への協力を約束してくれた。
また、自分たちの領土も結局は帝国あってのものであるため、祖国が勢力を増すのは好ましいのであろう。貴族であるが故の聡明な判断というわけだ。
さて、ここからがまた課題となってくる。
「繰り返しになりますが、私の持つ能力の簡単なお披露目をしたわけですが、それはあくまで潤沢な兵站を前提とした戦力です。ちょっとした部隊には適用できますが、全軍ともなれば消耗品の関係から行き渡らせるのは不可能ですし、残念ながら今の帝国の技術では再現できません」
「切るたびに刃を交換しなくてはいけない制約付きの古代の名剣みたいなものですね」
軍事方面におけるブリュンヒルトの理解は早くて助かる。
たとえ話ででも理解できるということは、基本的な部分をおさえているということになるからだ。
「ですので私の能力に依存せず、それらの武器を再現できるレベルにならなければ意味をなさないと思います。加えて、それらを実現し帝国軍の総力を増すにはまず諸々の向上が必須になります。まぁ、最初はクロスボウあたりが狙い目かなぁ。そのためには経済力の発展──産業を振興させる必要が出てくるわけです。我々の世界の言葉では昔『富国強兵』と言っていましたが……」
「ちょっと待ってくれ、クリス。その……経済だったか? それの発展をするというのがイマイチ、ピンとこない」
そこから俺は再び説明することを開始した。
だが、前半部分の内容を理解するのでやっとという様子の2人をそのままにしてはおけない。
まずは『経済』という単語がこの世界になかったため、その概念から解説する必要があるか。
「ざっくり言えば世の中は、パンを食べたい『需要』とパンを売りたい『供給』で成り立っているわけです。社会が発展していく上で、物のやり取りの範囲が村落内外間での物々交換から財貨を介した不特定多数間へと広がっていき、最終的に社会構成要素のほぼ全てがそれに関わっていく形態です」
まぁ、大体合っているだろうという感覚で説明した。
俺は経済学者でもなんでもないし、そんな説明のやり方をすると却ってわかりにくくなると思ったためだ。
「そして、この『経済の発展』において、この世界の富がほぼ権力者に独占されており、財貨の循環がひどく偏っていることが最大の障害となっていることも併せてご理解頂きたいのです」
貴族にはその名に恥じない莫大な資産を持つ人間も少なからず存在する。そんな彼らは予想に違わず、宝飾品、煌びやかな調度品など嗜好品に多くの費用をかける。
そのため、いつまで経ってもその嗜好品を提供する限られた商人と生産者にしか富が流れない。
考えてみればどこの世界でも似たようなものである。
いくら金持ち──たとえば、所得が平均の10倍あったとしても、毎日贅沢な食事をしなければ彼らの支出において食費の占める割合は10倍にはならないし、平均とそう乖離はしない。
人間いくら金があっても、毎日回らない寿司ばかりを食べ続けたりはしないのと同じである。
なので、貴族階級以外の資産を保有している生産者(色々なもの──食糧や工芸品などを生産する側)からも税以外で物品の供給をさせ、対価として財貨を流すことで消費を促し、国家全体で経済の循環を発生させる。
とりあえずは貨幣経済の浸透が最初の狙いだ。
「ふむ、つまり領民にもっと貨幣を持たせようというわけか」
「まぁ、一番近い目標を掲げるならそこになりますね。物々交換は、資産が外に出て行かないので村の内々でやるには自給自足となりいいですが、そのぶん成長の可能性がほとんどないと思われます。しかし、街道などの交通網を整備して、村と村、ひいては都市との交流を進めることができれば貨幣が必要になります。商人にその流れを促す必要はありますが」
「侯爵領主導でやるとすれば、我々がその面倒を見なければならないのですか……」
ブリュンヒルトも、今は侯爵家から聖堂騎士団に所属する身になっているとはいえ、ぱっと聞いた限りでは実家の財政状況を悪化させそうに思える政策にはあまり良い顔をしなかった。
まぁ、武芸に秀でているとはいえ、わざわざ他の貴族家に嫁入りもせず聖堂騎士となったのだから、そこには何らかの政治的なものが絡んでいると見て間違いないだろう。
基本、彼女は聖堂教会のためだけに動いてはいないと見てよさそうだ。
そして、このブリュンヒルトの反応もこの世界の社会階層を見れば当然であった。
21世紀の地球にも貴族はいたがその中身は全く別であり、この世界では貴族が、家臣団でもない不特定多数の平民のために何かをするということはまず有り得ないのだ。
あるとしても有力貴族である寄親が、寄子である地方貴族のちょっとした面倒をみてやるくらいである。
まぁ、最悪街道の整備など、一部の事業はそれを盾に遂行させればいいと思っているが。
別に人の財布に手を突っ込むような真似をしておきながら、「ボランティアしない人間はクズだ」とか思うほど俺も脳内お花畑ではないので、その投資によって得られるリターンを教えてやればいいだけだ。
「取り急ぎとしては、街道の整備ないしは隊商の護衛が経費として必要にはなりますね。理想としては両方ですが。隊商護衛となると大規模な動きとなるので冒険者ギルドに委託し、侯爵軍の訓練代わりに野盗討伐を行う方が効率的で良いかもしれません」
「それほど色々とやるべきものなのか」
「そう思われるのも無理はありません。しかしながら、社会がある程度発展するまでは、行政……領土の政治を仕切る部門が導き役として基盤の面倒を見なくてはならないのです。そのために税を徴収しているのですから」
税の徴収の意味は、本来ならばそこにある。
その行政区分を管理するところへ資産を集め、それを必要とあらば一気に使うことで公共事業などの大掛かりなインフラ整備が可能なるのだ。
まぁ、残念ながらこの世界の税の徴収具合は、国庫に納める最低限度以外は各領土の裁量にゆだねられているっぽいので、その気になれば8公2民的なアホなレベルも可能となる。
ジャガイモ・サツマイモのような戦略食料の類も見つからない中では、ちょっとのことで餓死者が出かねないため、農奴の反乱すら起きないレベルだ。
賛同こそできないが、生かさず殺さずを実践している、ある意味支配者としては上手なやり方である。
「必要性は何となくわかった。まずはこの侯爵領の都市部と周辺の比較的大きな町を結ぶルートを考えよう」
「ありがとうございます」
「それと、私としては平民を見下しているつもりはないが、どうにもクリスの持っている社会の階級構造においての価値観が違うようだな。その辺りもおいおい教えてくれないか?」
言葉は悪いが、ヘルムントの言葉に俺は感心した。
彼は、俺の持つ多岐にわたる知識を社会に適用していくことで、社会構造そのものの変化が起きることをうっすらと理解している。
だがそれは自身の持つ貴族としての既得権を侵されるのではと危機感を覚えてのことではなく、今後どのようなことが起き、その中でどのように自分が動くべきなのかを判断しようとしているのだ。
こういう稀有な考え方を持つ人間には、できることなら政治の中枢に食い込んで行って欲しいと感じてしまう。
「それはぜひとも機会を設けて。……それと同時にこの侯爵領で産業を発展させたいと思います」
そこから俺は、現状のこの世界の文明レベルで再現できそうなモノをいくつか取り寄せて机に並べていった。
この世界での供給に対して需要の多いもの、あるいは存在せずに需要は間違いなくあるものを『お取り寄せ』で取り寄せたりした。
生活の質(単純に俺が美味いものを食いたいだけだが)を上げるという意味では、塩・砂糖などの基本的な調味料。発酵などややこしいものもあるので、本当に欲しい味噌や醤油などの日本の調味料は後々やっていくことになるだろう。
嗜好品の分類にもなるが、酒はグレードはべつとして庶民から貴族まで嗜むものであり、発酵した酒ばかりの中に蒸留酒の概念を教えておくことにした。
特にウイスキーなどは樽で長期間寝かせる熟成を必要としたり奥が深いので、この辺はまた別途動く必要がありそうだ。
当面は必要ないと思うものの、いずれはその存在の有無を知っておくだけでアドバンテージとなりそうなゴムについてもその特性を説明することにした。
もちろん、この世界でゴムがゴムの木から取れるとは限らないので似たような特性を持つものを探して欲しいという要望に止めておいたが。
そして、最大の技術的障壁となりそうなのがガラスである。
いずれ科学的なものが浸透していけばその存在は必須のものとなる。
しかし、地球史でも長らく超機密扱いされていたことからわかるように、製法がとにかく難しい。
というか、作るのに耐火煉瓦が必要なのでまずそこから作らなくてはいけないからだ。
そこまで考えて自分の中途半端な知識ではムリだと思い、俺はもう技術系の教本に関しては『お取り寄せ』で引っ張って、この世界の言語に翻訳するべきかと思った。
だが、一瞬で思いとどまり、脳内会議で却下する。
翻訳作業のほうが重労働になりそうだとかではなく、基礎教育を受けていれば誰もが読めてしまう公用語で書かれた技術文書などリスクが高過ぎる。
むしろ、中世ヨーロッパでラテン語が高等言語扱いされていたように、機密保持の観点から日本語をヘルムントとブリュンヒルトに習得してもらうべきだろう。
そして、この機会を利用して、木版印刷および活版印刷についての技術を伝えることにした。
正直、コレに関しては秘匿しようとしても見たままの技術なので、早々に公開してヘルムントの功績にする方が良いと判断している。
また、公開しても問題のない知識に限るが、この世界で一般的な書物は手書きであるため、とてもじゃないが1冊1冊やってはいられず、なるべく技術として普及させておきたかったのもある。
「──以上になりますが、内容が多く困惑されていると思います。近日中にざっくりとした内容の備忘録を用意しますので、そこから尋ねてもらう方が良いかもしれませんね」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
結局、この世界での需要なども考慮するに、何から始めていいかわからなくなると考え、俺は概要を書いたメモをヘルムントとブリュンヒルトに渡し、そこからスタートすることにした。
よく伝える技術を間違えて世界のバランスが……というモノを創作物で見たことがあるが、この世界にとって地球の知識や技術は冗談抜きに劇薬になりかねないものである。
そう考えれば、現地で政治に関わる人間が、新しい知識や技術をどのように判断するかも検討しなくてはいけないと思ったからだ。
やると決めた時からわかってはいたことだが、どうにも先は長くなりそうだ。
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