俺はこの「手」で世界を救う!
第57話
「いよいよ試験だな!   もう分かっていると思うが時間は一時間、それと何度も言っておくが不正行為を見つけた瞬間失格とするので、絶対に余計な真似はしないように!」
等々、試験監督官であるティナリア先生が諸注意を述べる。
--カーン、カーン!
開始の合図である校内放送のチャイムが鳴り、座学の期末試験が始まった。
いつもの授業開始より少し早めの午前八時四十分から始まった、夏休み前の前期期末試験は、一時間の試験ごとに十分の休憩を挟み午前三回行われる。
それが四日間続き、残りの二日間で基礎体力等の身体能力と剣技、そしてスキルの上達具合をそれぞれ一日中使って確かめる。
今日は夏の一月二十四日、試験三日目。知識を問う座学の試験は明日で終わりだ。
「クロン、どうだった?」
「ああ、カッツ。計算問題は何とかなったよ……」
前の席で試験を受けていたカッツが、振り向きそう訪ねてくる。
今日の試験は計算能力を測るものだった。試験は一日に同じ科目を裏表がある三枚の紙に分けて問われる。数字ばかり見ていたせいで頭がいたい……
「マジか、すげーな。商家の出の俺でも結構難しかったんだがなあ。本当に何で四十位なんだよお前?」
「さあな、入学試験の採点をした人に聞いてくれ。それに座学だけじゃなくて、実技で何か問題があったのかもしれないし」
「それもそうか」
聞いた話だと、スキルの応用で点が及ばなかったようだが。
「クロンさん、この後お暇でしょうか?」
クラスメイトが帰り支度をする中二人で話をしていると、アナスタシアとプッチーナが近づいてきた。
「ん?   ああ、大丈夫だぞ。どうしたんだ」
「あの、その、よかったら食堂でお昼を一緒にと「本当ですか!?」
目をキョロキョロとさせながら言いかけた彼女にかぶせてカッツが身を乗り出した。
「え、ええ、よければカッツさんも」
アナスタシア、顔がちょっと引きつっているぞ。後カッツも、分かり易すぎるだろおい……
「分かった、行こうか」
「俺もご一緒します!」
「うふふ……」
笑顔のはずなのに眉間がピクピクと動いているが見なかったことにしよう。彼女はどうも彼のことが苦手らしい。
と、くいくいと袖を引っ張られる。見ると、プッチーナだった。
「なんだ、どうした?」
「……お腹減った」
「ははは、行こうか」
コクリと頷き、疲れた様子でさっさと先に行こうとするアナスタシアとそれを追いかけるカッツについて行く俺の横に並び一緒に歩く。
「……試験はどう?」
「そっちこそどうなんだ?」
「朝飯前……やっぱり昼飯前?」
可愛く首を左に傾ける。
「なんだそりゃ」
プッチーナも、最初あの馬車で出会った時はおとなしそうな女の子だと思ったが、意外と冗談もいうし、可愛い反応もするんだよな。後頭もいいし。
銀髪に赤目、白い肌と神秘的な雰囲気も併せ持っていて、一年生の間でも少なくない人気があるようだ。
「そっちはどう?」
「ああ、そうだなあ----」
「と、そこで現れた父ちゃんが」
「こ、こんにちは、アナスタシアさんっ!」
(主にカッツの自分の父親がいかにすごいか自慢をバックに)食堂で食事をしていると、どこから現れたのかトルツカ君がプレートを両手にいつの間にか俺たちの前に立っていた。
並び順は俺が六席ある机の真ん中に座っていて、目の前にアナスタシア、その左隣にプッチーナ、その前、つまりは俺の右横にカッツだ。左横と左前の二席は空いている。
「あら、こんにちは!   どうされたのですか?」
礼儀正しく口元を布で殴ったアナスタシアが応対する。
「あの、ご一緒に食事をとっ!」
若干低めの声をはりきらせて軽く頭を下げ頼み込む。
「私は別に構いませんが……」
「……私も別に構わないけど」
「俺も大丈夫だぞ」
「ちっ」
おいカッツ、小さくだが聞こえているぞ。
「じゃ、じゃあお邪魔する」
おっ、カッツは流石に横に座る度胸がなかったらしく前に座ったが、トルツカ君は堂々とアナスタシアの横へ座ったぞ。
アナスタシアはほんの微妙に椅子をずらし、プッチーナに近づく。見てるこっちも地味に傷つくなこの動作。
「こほん!」
トルツカ君が咳払いをし、食前のお祈りをすませる。そしてパンを一口齧ったあと、アナスタシアの方を向いた。
「そ、それで、アナスタシアさんは期末試験は手応えはありましたか?」
当たり障りのない話題から始めようと、彼は彼女に少し緊張気味に話しかける。
「え?   まあ、普段から勉強を怠っていませんので、それほど難しくはありませんでしたよ」
明らかに他人向けの作った笑顔で応対するアナスタシア。最近の彼女はなんだか人による切り替えが露骨な気がするなあ……俺やプッチーナなどの仲の良い生徒には、自然な笑顔を見せることが多いのに。
「流石アナスタシアさんですね!   俺なんて三十九位ですからまだまだということでしょう!」
すかさずカッツが話に便乗する。だがトルツカ君は少しムッとした顔になり、かぶせるように話を続ける。
「勉強もできてスキルの使い方も応用が利き感心するところが多い。おまけに人当たりも良く誰に対しても優しく接してくれる。正に機知に富むという言葉が似合う才女と言える!」
アナスタシアのことをこれでもかと誉めたたえるトルツカ君。
「えっと、その……」
おいおい、次第に曖昧な笑顔になってきたぞ。頑張れアナスタシア。そんな縋るような視線をよこされても俺にはどうすることもできないからな!
「クラスメイトの俺から言わせると、授業中のアナスタシアさんと、こうしてお話ししているアナスタシアさんにら差が見られてそこも可愛らしいと思いますね!」
同じクラスであることを強調するカッツ。それに余計顔をしかめるトルツカ君。なんか空気が濁ってきたな。
その後も直接言い合いはしないが、自分がいかに彼女のことを知っているかをいい合う戦いが繰り広げ続けられる。
--ガタッ!
が、ついに我慢の限界が来てしまったのか、アナスタシアは勢い良く椅子から立ち上がり、プレートを手にとって無言で立ち去ってしまった。
驚いた顔をする二人。俺とプッチーナもびっくりしてしまい、互いに顔を見合わせる。
「……追いかける?」
「……そうだな」
そして食器を返却し食堂から出て行くアナスタシアを、二人をこの場に残して追いかけた。
「おい、アナスタシア!」
女子寮区画に入るギリギリで追いついた俺たち。アナスタシアは一瞬立ち止まったが、再び早足で歩き始める。
「待てってば!」
彼女の肩を掴み、今度は無理やり立ち止まらせる。
「あっ」
「あっと、大丈夫か、すまん!」
がその勢いで少し仰け反ってしまい、俺の胸に背中を預ける形となった。
「……ぐすっ」
え?
背中を押し立たせたあと、出来るだけ優しく肩を掴んで俺たちの方へ身体を振り向かせる。
アナスタシアは、涙目で頬を大きく膨らませていた。針でつついたら破裂しそうだ。
「お、おい、どうしたんだよ?」
「……ばか」
「はい?」
「クロンさんの、ばかっ」
俺の胸を結構な力で両拳を使ってポカポカと叩く。
「な、なんだよ?」
「また助けてくれなかった……」
「いや、だって今回は」
「私、怖かったんですよ」
涙を手で拭い、そう言う。
「怖かった?」
「だって、男性が私をめぐって言い争うだなんて初めてですから……王女と言ってもずっと疎開していた身ですし、住んでいた村ではそんな言い寄られることもありませんでしたから、あのような空気に巻き込まれるのは始めてで……」
また涙を溜め始める。
「それに二人ともギラギラした目で、それも怖かって……まるで餌を求める猛獣みたいな。男性をこんなに怖いと思ったのは初めてです……」
「あ、アナスタシア……」
「でもクロンさんは冷静に状況を見ていましたから、助けに入って下さると思っていたのに。また何もしてくれなかった」
「いや、そんなこと言われても……」
前回とは違い、今回は俺にできることがあったろうか?
「……なでなで」
「え?」
唐突にプッチーナがそう呟いた。
「アナスタシアは、慰めて欲しいと見受けられる」
「……ぐすっ、ふえ……」
「ちょ、泣くなよ!」
「怖かった……本当に……さっきまでは怒りの方が強かったのに、今になってさらに恐怖が増してしまって……ふえぇ〜ん」
「あーあー、なーかした」
「そんな呑気に非難されても。はあ、仕方ないなあ、これで良いのか?」
この前の隊長決めの時みたいに、アナスタシアの頭を優しく撫でてやる。
「えぇーん!」
すると、俺に抱きつきさらに泣き声が大きくなった。
「な、どうしたら」
「そのままで大丈夫。よしよし、私もいるからね」
プッチーナはアナスタシアの背を撫でる。
「はあ……」
カッツには明日きちんと怒っておこう。確かに空気が悪くなっていた、その言い合いの原因?   であるアナスタシアは怖かったろう。止めに入ったらよかったな、と今更思う。
問題は、トルツカ君だ。同じ勇者候補として、カッツよりも多くの時間接することとなるだろう。さて、どうしたものか……
「さあお前ら、期末試験最後の時間がやってきたぞ!   準備はいいか?!」
『はい!』
ヨッスル先生の問いかけに対し、一組の四十人が一斉に返事をする。
いよいよ実技二日目、スキルの試験だ。これで期末試験は終わり。最後まで気を抜かないことが大切だと、フォーナさんも言っていたから気をつけないとな。
俺たちは今、お馴染みの模擬戦場に来ていた。
模擬戦場はこの学園の敷地内に三つあるので、午前と午後に別けて三組ずつ、一日あれば一学年の試験を行えるのだ。
六日間の試験期間のうち、一日目の六年生から始まり、六日目の今日が一年生の使用期間となっている。
実技の授業で一組に割り当てられていた場所は、縦に並んだ一番手前、学園本棟側の模擬戦場。それはこの期末試験でも同じだ。
そして今回はなんと、聖女様であるエナ様が一緒に試験を受けている。もともと一組の生徒なので何も問題ないとはいえ、クラスのみんなとこのようにまともに学園で一緒になるのは初めてだ。
聖女様のスキル……この目で実際に見たことがないので楽しみだ。
「今回は補佐としてホサリ先生についてもらうと共に、担任であるティナリア先生にも来てもらった。よろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
ヨッスル先生の横に立つホサリ先生、ティナリア先生へ頭を下げる。
「はい、こちらこそ」
「うむ、今更言わなくてもわかると思うが、全力を尽くすよう!   お前たちのスキルは常に様々な人達から期待されていることも忘れずにな!   以上で、ヨッスル先生、あとは頼みます」
「はい。では早速始めよう。持ち時間は一人四分、入替を含めて五分だ!   さっさと終わらせられるよう身体と心の準備は済ませておくように。出席番号一番、アーナジュタズィーエっ!」
「はいっ!」
アナスタシアが戦場部分へ向かう。残った生徒は客席だ。
ヨッスル先生が操作盤(あの灰色の大きな箱のことだ)を使い防御装置を起動させほぼ透明の障壁を出現させた後、場所を変わったホサリ先生がゴーレムを起動させる。
「キドウシマス」
戦場部分に佇むゴーレムが立ち上がり、目が青く光った。
今回のゴーレムは、関節部分が再現されているより人に近い形の、だが大きさは変わらずアナスタシアが見上げるほどの大きさだ。
ついこの二ヶ月弱前には最新鋭と謳われていた角張りゴーレムも、今では旧機種となってしまっているのだ。
すごい速さで開発が進められているらしく、一体なんに使うつもりなのかと、もしかしたら戦争に関係あるのでは?   という噂も起こっているほどだ。
「このゴーレムは攻撃方法も人と変わらない。殴る蹴るはより速さが増し、躱す能力も高い。こちらでも制御に気をつけるが、そちらでも気をつけるように!」
「はい!」
アナスタシアは大きく息を吐き出し、体の力を抜く。ぴょんぴょんと飛び跳ねることにより、耳で切りそろえられた少し丸まっている金髪が、それに合わせてふわりふわりと浮かぶ。
『おおっ!』
「ああ、麗しのアナスタシアさん!」
十二歳という年齢に違わず、ここ数ヶ月で少しずつ膨らんで来ている胸も合わせてポヨンと跳ね、数人の男子たちから短い歓声が上がった。
お前ら、そこじゃなくて試験内容に注目しろよな……ほら、女子がゴミを見る目をしているぞ。特に明らかにわかるくらいにだらしなく鼻の下を伸ばすカッツに。
「では……始め!」
時計を確認し、八時四十分丁度を確認したホサリ先生が操作盤をいじる。
「ハイジョ、カイシ」
ゴーレムの目が一度強く光り、歩き出す。武器を持っておらず素手のままだ。まあこれはこの前のバージョンとは違い、攻撃力が上がっているための措置だろう。
対するアナスタシアは自らは動かず身構える模様だ。
「……まずは様子見。今回のゴーレムはver.1.52。より人型に近づいたver.1.5をこの国立学園専用に能力制限したもの」
隣に座るプッチーナが話しかけてくる。
「ああ、そうらしいな」
”新聞”と呼ばれる紙を束ね薄い本のようにした冊子が学園には置いてあり、週に一度発行され男子寮にも何部か置いてある。まだまだ発展途上のものらしく値段が高いが、そこは流石国立だ。
皇都のみならず、主要な都市で起きた出来事、またそれ以外にも国内で起きた重大な出来事を。中には帝国の情報も含まれている頁まである。
新聞には、俺の村のことやその他開拓村のことは見たところ何も書かれていなかった。やはりトルツカ君やガルムエルハルト様の話は嘘だったのだ。
「機動力は勿論。相手の動きを目に備えているセンサーと、魔素機器を応用した人工頭脳と呼ばれる思考回路で事前に判断し回避することができる。生半可な攻撃じゃかわされて反撃されるのがオチ。もしかしたらそこら辺の兵士よりも強いかも」
「え、そんなにすごいのかこれ?」
「新聞は毎週欠かさず読んでいる……隅々まで読んでる?」
「いや、俺の目的はほとんど……」
「……そうだった、ごめん」
「ううん、今の所悪い情報は目にしていないからな。っと、アナスタシアが反撃に出るみたいだぞ?」
話をしている間、ゴーレムの殴打を避け続けていた彼女が、ついに反撃に出だした。
「はあっ!   <ドレインっ!>」
「ギギッ!」
片手を突き出すと、突進して来てきたゴーレムの右足がいきなり破裂してバラバラになった金属片が後方へ吹き飛んだ。片足がなくなったためか、そのままバランスを崩し勢いのまま地面に倒れこむ。
「あれ?   何をしているんだ?   さっさと終わらせたらいいのに」
「……討伐遠征のために、足止めする方法も編み出しているんじゃない?」
「なるほど。ただ殺戮するだけでは駄目らしいからな。負傷者の数も戦況を大いに左右するって」
「その通り。一人が怪我したら、もう一人ないしは二人、怪我人を助けるために戦力を割かなければならない。殺したらそのまま残りの敵は敵のまま。むしろ仲間を殺されて激情する可能性まである」
そう、敵の戦力を減らすには色々な方法がある。他にも落とし穴等の罠に嵌るだとか、捕虜にするなど様々だ。
うわあ、容赦ねえなあ……これがもし人間だったら、今頃戦場は血まみれだろうな。血を見ると戦意を失くす兵も多いと聞く。この方法は全体をとは行かないまでも、敵部隊を降伏させるために使えるかもしれない。
ゴーレムは倒れたまま立ち上がろうと地面に両手をつく。
「させません、<ドレイン>!」
が、アナスタシアが再びスキルを使い、両手を吹き飛ばしてしまった。
「コウドウ、フノウ!   コウドウ、フノウ!」
残った左足をバタバタと動かすが、何ができるでもなくただよくよくのない無機質な声を漏らすだけだ。
「これで終わりです……<ドレイン>!」
最後、頭が吹き飛び、ゴーレムは完全に停止した。
          
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
149
-
-
353
-
-
75
-
-
238
-
-
39
-
-
6
-
-
22803
-
-
4
-
-
3
コメント